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2018 水無月日記 1

歴史的な米朝会談ー
Robert De NiroがTrumpをTony賞授賞式で罵るというニュースがあって、
G7で欧州首脳らと駄々っ子のような態度で接するこの「類稀な」アメリカ大統領を
見てから、世界史に確実に残る自己顕示のための最良の場で彼を再び見る。
駄々っ子の、前向きで大人の態度のsustainabilityこそ今は問題だ。
不機嫌になった途端、すべてが水泡に帰す。
正恩くんは付き合っていけるだろうか。

*

Mooさんが1週間ぶりの更新ー
体調面の記述には胸が痛くなる想いがした。
入院・手術をしたのに、思わしくない経過であるのは明らかで、体の不調がそのまま
当然気力に反映するという状態のようだ。

私と違って、何事にも果断により良さを追求するMooさんが、今回腰の具合の改善にも
果敢に取り組んだのに未だ思ったとおりになっていないことには気の毒だと言うしかない。
気が塞いでくる、当面やるべきことの最小限だけに行動を抑えてしまうー
私にもよく分かる推移だ。

それでもどうか、気長に果報を待っていただきたい。
それしか言いようがない。
手術が失敗したということでない限り、回復の道程を確実に歩んでいくしかない。

心からお見舞い申し上げます。



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新潟県知事選の結果に接して

寝っぱなしの日曜が過ぎ、今起きた。
新潟は池田候補が僅差(?)で敗北したとのこと。
長い物には巻かれろという人が多数を占めた、そして無関心も4割以上、
最大多数派だったわけだ。

この上の2つに属した新潟県民をこの影響力ないブログで批判するのはたやすい。
また、これが現実なのだと悲観するのも。
今回は政権の未曾有のデタラメぶりがこれほど露見していてもこういう結果になった
ことは本当に重大なことだと思っているけれど、しかし、あきらめずに、
デタラメは保守だろうが革新だろうが絶対に許さないという国民意識を育てていく
小さな努力をこれからも積み重ねていくしかない。



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愛子さまをありがとうございます

先のブログ記事を書いている中、歯の疼きが増してきて、そのまま体調を崩してしまい、
国会前には行けぬし、その後の用事もキャンセル。ずっと寝ていた。

新潟の選挙が気になっている。
良識が発揮されますように!

*

皇太子ご夫妻の銀婚式で私のフォロワーさんの多くが昨日から今も慶賀している。
お二人の受けた悲しみ、屈辱を思うと心から同情を禁じ得ないし、
それを乗り越えてのあの笑顔、愛ある言動に頭が下がる。
「雅子を一生守る」と言って有言実行する皇太子さまは立派としか言いようがない。
一粒種の愛子さまと3人、互いを愛し、尊重する家族像。
これはきっと虚妄ではない。
本当にそういう家族なのだと思う。
すばらしいモデルである、あんなふうにはなれぬ夫婦、家族が夥しいほどいる今の世の。

なにしろ、ここでも紹介した愛子さまの中3生として作文である。
こんな娘が育つ家庭に何の問題があろうか。
正に愛の子なのだ。

銀婚式、おめでとうございます。
すばらしいお子様をこの世に送り出してくださって、ありがとうございます。



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灯火のやうな花

けふは国会前へ復た行かうかと思つてゐるが、夕方前に用事ができて困つてゐる。
それでも、このデタラメ極まる政権にpressureを少しでも与へられるならと寸暇でも
行つてみやうと思つてゐる。

*

然し参つた。梅雨入りし、雨がちになつた途端、歯の神経が疼き出した。
季節の変はり目には必ずと云つてよい程にこれがある。

*

先程ウォーキングしてゐる間、ずつとNHKラジオで芥川龍之介の『地獄變』、
『或る阿呆の一生』の朗読解説を聴いてゐた。
本当に狂気一歩手前で踏みとどまつての創作。
漱石にも、龍之介にも母の影が色濃い。
さう云つてしまへば、JohnだつてPaulだつて。
天才は母との縁が薄くできてゐるのだらうか。

*

藝術のため、愛娘が焼かれるところを具に見て炎熱地獄の様を描く良秀。
無論殆ど有り得ない正に絵空事だけれども、程度の差こそあれ、
さういふ肉親をも犠牲にする生き方をしてしまふ藝術家は少なくないだらう。

島崎藤村は特に非道い。
己の小説のために生きてゐた。
生きることが小説のネタそのものであつた。
結果的にさうなつてしまつたのではないと思へる。
藝術のため作為的に生きる人生とは、藝術と共に生きるそれとは全然違ふ。
藤村は本当に嫌らしい人だと思ふ。

*

小雨が降る中そんなことを考へながら歩いてゐた。
処処さまざまな百合の花、紫陽花が咲いてゐる。
薄暗い情景の中、灯火のやうである。

究極的には、藝術とはさういふものへの愛の表現ではないか。

さう改めて思ひながら帰つて来た。



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So glad he's still with us

うれしいことがあった。

昨日夜明け頃、調布市染地の多摩川土手道を歩いていたら、
もう亡くなったと、今にして思えば失礼千万にも勝手に思い込んでいた
「元校長らしいお爺さん」が歩いていらっしゃったのだ![わーい(嬉しい顔)]

小雨がぱらつく中、湿気がすごかったが、いつもどおりの厚着(ジャンパーだった)で
いつもどおりのマスクをして!

「おはよう。」

そしてこれもいつものようにしっかり挨拶してくださった!


*

Mick師が先ほど唐突に(笑)私のtweetに「いいね」をくださった。

Trump: What did ya come this time for?
Abe: I came to you just for the sake of coming to you this time!

という、私がよくやる仮想会話。

トランプ「今回は何しに来たんだ。」
安倍「今回はただあなたの許へ来ることのためにあなたのところへ来ました!」

[わーい(嬉しい顔)]



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デカパンさんのご命日近づく

Mooさんの農作業等の過多による腰痛を嗤えない(って嗤ってないけれど)。
私も歩き過ぎて、やはり足腰にそれなりの荷重がかかってしまった。
まあ、ゆっくり歩けばそう負担ではないと思うのだが。

*

さて、デカパンさんのご命日が近づいてきた。
私は殊更親しかったわけではない。
功君を通じて知り合わせていただき、数回のギグ会場でお会いし、そして一回だけ
吉祥寺のBopさまでジョイントさせていただいただけのことだ。

しかし、どれほどにすてきなお人柄かは当初からすぐに分かって、
これから段々親しくさせていただこうなどと思っていた矢先の訃報だった。

今このブログで安定的に読まれている記事はデカパンさん=依田稔さんのことについて
書いたものなのだ。ご命日が近づいたこともあろうが、昨日も30人の方がデカパン
さんの記事を読んでくださった。

リハビリが順調にいったなら、いつか我が曲にも参加していただきたかった。

返す返すも残念だ。



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散歩での想いを歌に

暇があれば歩いているけれど、今日梅雨入りということで、
朝方に小雨の中4キロ歩いたけれど、夕方はどうだろうか。

「先週木曜の体験」以来、やはり多摩川土手道に行こうという気持ちが
萎えてしまっている。それでももう以降3度も行っているのだけれども、
切なくなってしまうのだ。それゆえ、逆の二子玉川方面に行ったり、
あるいは野川方面へ行くことが増えた。

だからどうした、なのだけれども、野川方面だと市街地を通り、また住宅地を通る。
主に1990年代の私のテリトリーだったところだ。
朝や昼に生田緑地方面へ行くこともできるけれども、暑くなってしまったこの頃では、
そこまで日陰がないことがつらい。そしてこの目的地だと、1980年代後半から
2000年に至るまでの思い出だらけのコースとなる。

歩いていると、どのコースであれ、いろいろなことが想起される。
そしてそれらが私につまりはちゃんと創作活動をせよ、と迫る。

Kと先週土曜に少し話したのだけれども、やはりKはRAJOYの二人のメンバーが
重篤な病気の肉親を今抱えている中、8月に向け私の「歌」をまずは録音し、
その素の状態から後に仲間たちに音を入れてもらうのがいいではないかと言った。
その通りだと思う。



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Azumino Rose Garden

2018.6.2_01.jpg


昨日は日曜ということもあって、3回の散歩、合計15km歩いた。
1日最低でも8km以上歩こうと思っているけれど、もうすでに今、朝散歩には暑いか。

*

上はMooさんたち有志による、北安曇郡池田町会染渋田見のバラ園。
昨日一昨日が祭りで大盛況だったそうで、ご同慶の至り。
そこで、かえってちょっと空く今日あたり、もし行ける方はいかがでしょうか。
(ご案内遅れまして失礼いたしました。)

お問い合わせは090-1865-7743(村端さん)

バラの会主宰のMooさんご自身は未だ腰が完治せず、おつらいようだ。
それでも会員の皆さんが懸命にカヴァーしてくださる中、できることはされている。
頭が下がります。


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ヰタ・シーネ・アンビティオーネ

ウォーキング、成城の野川の方まで行きました。
そう久しぶりでもないのですが、やはり新鮮な感じがしました。
朝まだ4時台、ほとんど誰も歩いていないから、清々しさを独り占めです。

「NHKラジオ聞き逃し」でずっと森鴎外『舞姫』の解説を聴いていました。
鴎外がモデルの太田豊太郎は泣く泣くエリスと別れたということ、
決して立身出世のために冷酷に彼女を捨てたのではないということを解説者は
何度も何度も力説するのでした。封建時代のメンタリティーの持ち主太田が、
ドイツで自我に目覚める、と。

紫陽花、百合、未央柳などの花々が次々と私の視界に入ってくる間に、
鴎外の美文が頭の中に響いて、趣ある時が流れていきます。

イヤホンを取れば、世田谷区立ふれあい広場(?)下の野川に沿った歩道の静けさが
『舞姫』の苦渋世界を一挙に打ち消すようです。
ベンチに座り、暫し茫っとしておりました。

舞姫に宿りし子の末知らぬ儘石見の軍医位極めぬ

大将になる気はないと林太郎小説も亦棄てて死にたり

余は只の石見人で御座候官位名声戒名も無く

鴎外の魂は今舞姫と共に踊るか草葉の陰で



お粗末。



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Kが!

昨日夕方前にKが野暮用でこちらに来たついでにまた私に会いに来てくれました。
早速彼も気にしてくれていた「現場」付近まで行き、彼も合掌。
その後1時間ほど食事をしてすぐに彼は帰って行きました。

95歳の彼の母は、彼が土日外出することが多いことにやはり時々不満を漏らされる
そうで、できるだけ母と一緒にいてやりたい、家事をやりたいと言うのです。
立派なことだと思います。

お母堂はなんと関東大震災前年のお生まれであって、殆ど存在自体が歴史みたいです。
つまり、あの古今亭志ん生が売れる前、なめくじ長屋で家族が爪に火をともすような生活を
共にする「りん」と結婚した年、1922年生誕なのですから、いやはや。

アフリカのどこだか、114歳の男性がいて、「そろそろ禁煙しようと思っている」という
記事を読んだことを話し、二人で笑いましたが、彼のお母堂はそんな人とも<たった>
19歳違うだけなのですから!(笑)

慶賀、ですな、なにしろ。
矍鑠とした95歳の母親と共にいられること。

*

私もすぐに帰宅して、ビール一杯と紹興酒半合で十分睡魔に襲われて寝てしまい、
先ほど目が覚めたというような次第でして、これを書いたら朝ウォーキングです。

しかし夏至近しと云えどもまだ暗いですから、ちょいと多摩川土手道を歩く気には
さすがにならないなあ。どうしましょう。



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オカルトとすぐ片付けられる人に

昨日フォロワーさんとやりとりをさせていただく中、
私が「ユング的」という言葉を使うことになったものがありました。
その方もそういう世界観を共にしていらっしゃったのです。
共時性(synchronicity)ー
私がちょうどそのユングのtermを知る頃に正に共時的に
The PoliceがSynchronicityというアルバムを出したのでした。

その方(へつまんさんとおっしゃいます)がこんな返信をー

<そうですね!
私も若い頃はあまり思わなかったけど、年を重ねてきてご縁とかシンクロニシティとか
シンパシーとか全ては必然という事があると思うようになりました。
オカルトと言う人の方が逆に「現代」「日本」「普通」というバイアスがかかっている
文化のない無味乾燥な人に見えます(笑)>

そこで私はこう返信ー

<快哉!
そんな人間のことを養老孟司さんが玄侑宗久さんとの対談でこう言っています。
「何かちょろいっていうか、ダサいっていうか(笑)、うるせえっていうか(笑)、
やかましいっていうか(笑)、そういう感じ」と。
(『脳と魂』筑摩書房 p.200)>

養老さんが共時性を信じることになった体験は、東大解剖学の恩師三木成夫という
人物と知り合ったからなのです。この人は「形はリズムである」というようなことや、
「三十八億年の生命記憶」というような言葉を使い、東大医学部の「天下の秀才たち」を
魅了した人だったらしいのです。そしてその方にまつわる共時性については本を
読んでいただくということで。(笑)

そしてもう一人の私のフォロワーさん、「好きな日、夏至の日」さんは、
医療関係のお仕事をされている方で、「生れる命とかお亡くなりになる命とか、
ごちゃ混ぜの建物の中にいた時は不思議な体験もありましたので…何となく。
Kingさんの物事を深く感じ取る能力とか優しさだとか御遺体はそれを求めたのだ
と思います」と書いてくださった。

私は自分が「優しい」かどうかは疑問ながら、こう返信しました。

<(私は)矢作直樹東大救急部長の「人は死なない」はすぐに買って読んだ口です。
きっと彼にとってはout on a limbだったでしょうね。この著作。
でもWittgensteinじゃないですが、「存在が存在する不思議」に打たれた人には、
何もおかしくはないと思います。>

なお「out on a limb」とは米俳優Shirley MacLaineの著書の題名にもなった成句で、
「危ない橋を渡る」ということ。彼女はアンデス山中で宇宙人と出会い、
God Forceとは「核力」のことだと教えられるというような内容の本なのです。
1987年頃、もちろん私は原書で読みました。この本により、彼女は変人、
オカルト好きの奇矯な人とされてしまうだろう、それまでの名声を賭すことになる
だろうと思っての題名だったはずです。

神秘などと言えば、すぐに構えられてしまう現代です。

しかし、しかしです。
存在自体が神秘だってこと、なぜ分からない?
なくてもよかった物質が生まれ、宇宙が生まれ、生命が生まれた。
それを神秘と言わず、なんと言うのか。
神秘なんて、その意味では、ありふれているんです。
私たちがtake for grantedしてしまうことなのですよ。

違います?




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これでおしまい、くどくどやると功徳なくなる

Kから昨日LINEメッセージ。
「ブログ読んだ。おめは絶対に冥界とつながってんな。」

TwitterでURLを示したこともあり、昨日の記事はすさまじく読まれました。
そのKと18歳(私は実は際どく17歳)のときに故郷大山祇神社本社前の旅館二階で見た、
私が推察するに、そこに逃避してお籠りの信者を装いつつも、密告あって薩摩兵に
捕まり、私が幼い時によく遊んだ野原にその首塚を建てられた長岡藩士2名
中田良平さんと岡村半四郎さんのうちのいずれかの霊ー

このお二人にたどり着けたのは、郷土史家だった父のおかげ(資料が家にあった)、
そして私のインスピレーション旺盛であるせい。
友人知人、塾の生徒たちにも話してきたし、中田良平さんと岡村半四郎さんは
戊辰の役で無念の死を遂げ、忘れ去られるところ、私の、或る人には荒唐無稽で
デタラメなストーリーではあろうが、それでも話されることによって信じてくださる
方がでてきて、その方々の記憶に残り、追悼されることになったのは疑いないのだ。

私とKだけでなく、勉強合宿していた男女10名中男部屋のあと3人と引率の教師、
それも当時(今はどうか分からないので)唯物論者だったH先生の計6人がこの幽霊を
目撃したのだ。

そしてまたこのブログで、新たに中田良平さんと岡村半四郎さんを知る方が出てくる。
忘れ去られるより、いいことなのだと思う。

會津の私の家の菩提寺、曹洞宗常楽寺の墓地にこの長岡藩士2名と、
さらに「薩藩 北陸道官軍先鉾(?) 吉田與藤二清次墓」と記された墓が仲良く
並んでいることも、再び記したい。

http://mnemosyneoforion.blog.so-net.ne.jp/2016-05-07

幽霊を見た夜のことについては↓

http://mnemosyneoforion.blog.so-net.ne.jp/2011-12-12




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功徳

昨日31日夕暮れ前に多摩川の土手へ出て、「いつものようにウォーキング」と
二百メートルも歩かぬ裡に、私は川面に「異状」を見出した。

何か膨れた物体が川中央の浅瀬に流れぬままになっている。
目が良くなった(両眼平均1.6)私には、どうにもそれが人の体に見えたのだ。
望遠のカメラを持っていたらと悔やんだが、とにかく近くに行くしかないと思い、
草地を踏み分けつつ、最接近して凝視すると、いよいよ人体のように見えたのだが、
それでも断言はできなかった。

スマートフォンでできるかぎりの望遠撮影をし、すぐに駅前の交番へ。
警察官は自損事故の対応(それも後で知ったが、私が今住む集合住宅の駐車スペースでの
こと、私は3時前銀行に行くときにこの警官を見ていた)でずっと電話中、
5分ほど待ったけれど、彼が一瞥も私にくれないし、私の勘違いだったらと思うと
面倒臭くなって「もう、いいや」と一旦自宅へ戻った。

家で写真を拡大して見てみると、いよいよ人体のように見えて、
私はもう一度交番へ行った。巡査長(と思われる)さんは電話対応も終わっていて、
すぐに対応してくれ、私は説明方々写真を彼に見せた。

彼は「お!」と言い、「私にも人間の体に見えますね」と言った。
すぐに名前や住所などを訊かれ、「今一人なので応援呼びますね」と言った。
10分ほどして警視庁刑事課の人が二人現れた。さらに一人。

「間違いだったら、申し訳ないんで」と私が言うと、巡査長さんは
「いえいえ、間違いなら間違いでよかった、ということなんですから」と言ってくれた。

もうさすがに真っ暗になっていて、巡査長さんはだいぶ現場に近づいても、
「物体」が見えないと言ったが、刑事課の大柄な方は「ああ、あれね」と200mは
離れている土手の上からも視認した。「顔が悪い分、目がいいんです」と冗談を言った。

「物体」に最も近い護岸のところで私と警官4人でしばしライトを当てて見ていたが、
刑事課の一番若い人が「消防のレスキュー隊に来てもらって」と言い、電話をすると、
川崎の方へかかったのか、色々と現場の正確な位置がつかめず混乱していた。

交番で地図を見た時、私は川崎の岸側でも東京都の飛び地になっているところが
あるのを知って、だとすると狛江だと思うと言ったのだが、もちろん確定はできない。
警察官たちはGoogleを使っても位置確定ができないと言っている。

そのうち、まず川崎方面から数台の緊急車両がやってくるのが見えた。
川崎側の多摩川沿線道路脇の土手道に停まり、けたたましいサイレンの音が消えた。
東京側の方にも1台来た。そしてそれから数台。
物々しい。
いよいよ私の通報が誤りだったらどうしようと心苦しくなってきた。
しかし、では確かに遺体だったとなれば、それはそれで辛い。

「いろいろおありでしょうから、どうぞお帰りを。ご協力ありがとうございました」ー
巡査長が言ってくれたのだけれど、さすがに帰れない。一旦離れたけれど、
近くで推移を見守った。

消防士の一人がボートも使わずに、歩いて川中央へ進んで行く。
膝下しかない水位だった。それでも石ころが滑るから、慎重に「物体」へ近づく。

到達。
ライトで確認する。
声は上げない。無線で語っていたかもしれないが、私からは百メートル弱離れている。

消防士や警察官がどんどんと土手を下りてくる。
川崎側からも、川を歩いて渡って、中州から数人の消防士が近づいてくる。
「狛江市元和泉で確定」とか、「腐乱」という言葉がその消防士たちの中から聞こえた。

「ああ、やっぱり!」

遺体の周りを10人に近い消防士たちが囲んでいる。
担架も運ばれ、10分ほどで収容、岸に遺体は搬送された。

「発見者ですが、やはりご遺体でしたか。」

私が近くに来た消防士の一人に最終的な確認で尋ねた。
その人は答えぬまま、「ああ、発見者の方ですか。ちょっとここで待っていただけます?」
と言った。数分後戻ってきて、私の名や住所、年齢などを訊いた。
もうご遺体であることははっきりしていたので私は同じ問いをしなかった。

すると今度は警官が「恐れ入ります。私は神奈川県警の者です」と言い、
やはり私の名や発見時のことなどを訊いた。
もうそのときは発見場所が狛江市元和泉で確定していたが、報告が必要なのだろう。

答えている中、ご遺体が私の前を通って運ばれていった。
合掌した。


*

その間Twitterで私は折々つぶやいていた。
フォロワーさんたちからそれなりの反応があったので、経過報告をしていたのだ。
家に戻って反応に返信する。
6、7人の方が私のことをねぎらってくださり、またご遺体の冥福を祈った。
うれしく、ありがたかった。
重い心がどんどん軽くなっていく。

その中、「King Reguythさんに見つけてもらってよかった」というようなことを
書いてくださる方が数人いらしたので、私は考え込んだ。

私が「物体」に気づいた時はまだしっかり明るかった。
土手から川面を眺めれば、異状に気づく人は少なくなかったはずなのだ。
水量は少なく、日中はずっと流れずに見えていたと思われる。
土手道は去年舗装され、広く、また元々眺めのいいところなので多くの人が歩いたり、
ジョギングしたり、自転車で通る。だから異状を知る人の数は本当に少なくない
はずなのだ。

もちろん私の推測でしかないが、気づいた人がいても、面倒だと思って立ち去った
のではないかと。確かに相当に目が良くないと、人ではないかとまでは思えないかも
しれない。しかし、何が浮いている、あるいは浅瀬に引っかかっているのだろうと
訝る程度の見え方はしているはずなのだ、よほど視力が悪い人でない限りは。

その土手道を通ることはほとんどの通行人にとって常習的、日課的なのだ。
だから川面にさえ目をやれば、異状に気づいていた人は多かったはずだ。


私がそれでも発見者になったのは、いろいろな付帯的理由があろうけれども、
やはりそうなるべき決定的なことがあったと思うようになったのだー
Twitterのフォロワーさんのコメントを拝読している裡に。


ご遺体が浅瀬に乗り上げていたところは、2006年に15階の高さから小学校
低学年生が放り投げられるという悲惨な事件があった川崎市多摩区中野島のマンション
真ん前ということになる。私は毎回そこを通る度にマンションに向かって
手を合わせている。もう12年、そうしているのだ。

そして、ご遺体に近づくため土手を下りる時、できるだけ草地を避けるなら、
階段があるところ、ということになる。最も近い階段は、このブログでも何度も
書いてきた(小説内も含め)、お地蔵様がいらっしゃる小路の延長線上にあるものとなる。

このお地蔵様も私にはいつも手を合わせる対象で、数年前、拝んでから家へと歩いて
いると六十過ぎの男性に呼び止められ、「あのお地蔵様の由来を知っていますか」と
聞かれたのだった。知らないと答えると、もう50年くらい前にあそこのすぐそばの
多摩川で少女の水死体が上がって、身元不明のままになり、かわいそうに思った方が
ご自分の家の敷地内に小さな地蔵堂を造った、それがあれなのだ、とのことだった。


もちろん、川がある以上、水難事故は不可避だ。
どんな川にもそうした悲しい出来事が有史以来何度も何度も起こってきたろう。

しかし、<私にとっては>、川を挟んではいるがほぼ毎日手を合わせる二つの対象の
真ん中にご遺体があったのだ。

「King Reguythさんは功徳を積まれた」と書いてくださったフォロワーさんが
いらした。ありがたいお言葉だった。

しかし、もし「功徳」ということならば、中野島の小学生と、お地蔵様になった少女の
それではないかと思っている。
私など、動かされたに過ぎないと。




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幸夫ちゃん、おめでとう!

今日は友人幸夫ちゃんのお誕生日です。

ロマンティストで、しかし冷静な視点も常に持ち、心やさしい。
そして日本酒が似合う男、と云えば、だいたいそれでいいような気もします。
もちろんもっと形容が必要でしょうが、一緒に呑んで愉快さを分かち合える人、
それが私の幸夫ちゃん観です。

おめでとうございます!


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苦境を乗り越えて、愛さん初タイトルへ!

長くこのブログを読んでくださっている方はご存じでしょうが、
私は弱小将棋女流棋士団体LPSAの判官贔屓を発足以来しておりまして、
特に生え抜き1号の渡部愛(わたなべ・まな)さん(24歳)を高校生の時から
ずっと応援してきました(と言っても心の中だけでですが)。

彼女が3級(女流プロの最低級位)としてデビューした時、
米長会長(故人)率いる「ギルド」将棋連盟はそれを認めず、大変な騒動となりました。
LPSAの当時の責任者石橋幸緒さんは対局拒否までして争い、結局辞任に追い込まれた。
自分のことで前代未聞の騒動となってどれほど彼女は高校生として心痛めたことか。

しかし米長氏が間もなく他界、真宗の寺の息子谷川浩司新会長の下、
なんとか3級が連盟でも認められ、彼女はすぐに2級、1級、初段と駆け上がりました。
その後も順調に、かなりのスピードで勝ち星を重ね、最近二段となって、
女流王位戦のリーグで優勝、今あの「出雲の稲妻」里見香奈さんとそのタイトルを
懸けて5番勝負を戦っており、昨日3局めで勝ち越したのです!
そう、あと1勝で女流王位なのです!

3局めは完勝と言っていい内容で、勢いを感じました。
1局めは里見さんの詰みの見逃しがあって、しかし長手数を読みきっての勝ち。
地元北海道での戦いだったので、地の利であったとも思います。
2局めは完敗でした。里見さんの8七歩がすごかった(ってマニアック)。
そして昨日福岡での第3局は完勝、勢いをつけたのです。

渡部さん、才能はもちろんあるに決まっていますけれども、なにより努力が大きく
彼女を羽ばたかせていると思います。「強くなりたい」とツイッターでも呟かれていた。
その文字に変哲はもちろんないけれど、私は心からの思いを感じ取ったものです。
「きっとタイトルを!」と私はコメントしました。彼女は「いいね」をくれました。

まだ「あと1勝」の段階でここまで書いてしまうのは艶消しだし、
勝利の女神も感心しないことでしょうけれど、
それでもきっとタイトル奪取してくれると信じています!


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『道草』ふたたび

どんなに国民を欺いてきた事実が明らかにされても居直り、見苦しい言い訳ばかり。
見苦しい、聞き苦しい、それが募りすぎてもう本当に心が苦しい。

*

絶望はしないけれど、それでもあまりにこの国が劣化しすぎているから、
立て直しはほとんど不可能に近いというほど難しいと思う。
もちろん立て直しなんて私ができることではないけれど、
心ある人々と連帯して、微力を尽くしていくしかない。

*

NHKラジオの「文学の世界」では漱石の『道草』と『こころ』がテーマになっている。
いずれも私が生涯的にこころ惹かれる作品だ。

『道草』は漱石の半(?)自伝的小説だ。
忘れられないー
養父「島田」が「健三」幼少時以来、健三が洋行から帰ってきて駒込の住居近くに
数十年ぶりに現れたシーンを。金の無心で再登場したのだ。

私は駒込の漱石宅跡には数度行った。
漱石作品探求のためだった。
梅雨の時季に一回行った記憶が有る。

なんだか、同じ季節の今、『道草』の論考をする講演者の話というより、
作品の一部分を朗読するNHKアナウンサーの声、そしてもちろんその内容に
独り駒込を歩いたあのときの自分の心境が蘇ってくる。

人は解り合えない。
どんなに親しかろうが。
そう痛感する自分のphaseがまたやって来た。



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ケンちゃん

昨日Kと会食。
互いにほとんど飲むこともなく(二人ともビール換算3杯)、中華料理を食べて解散。
それでも田舎言葉でしっかり話しました。

共通の友人「ケンちゃん」の話。
会津若松で何十年ぶりとかで会った時、「あの毛布で指スリスリまだしてんの?」
との問いに、昔通りの否定のポーズ(手のひらを床に垂直に差し出して左右に振る)を
無意識に「してくれた」そうで、懐かしかったと。

そのケンちゃんとK、そして私は、一時期京王線八幡山駅周辺に暮らしていました。
昨日はそこを通って狛江にK連れてきて会食したのです。
八幡山はほとんど変わっていません。

ケンちゃんはライナスのような人で、今も性格はそうらしい。
さすがにもうお気に入りの毛布を触っていないそう。
大学時代までそうしていたんですけれどね。





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残り時間は多くないのだから

これから久しぶりにこの頃(常に?)忙しいKとサシで呑みます。
いろいろ話すことはありますが、別にそんなものも特段なくてもいい。
田舎言葉でボソボソ他愛ないことを話しているだけで十分です。

*

6月か7月、どこかのスタジオでacoustic guitar一本で歌を録音し、
Kにvideoを撮ってもらい、勤務時間外で編集してもらって(笑)、
それをYouTubeに載せ、Twitterの心あるフォロワー様たちに聴いていただくー

*

なにしろ、動く。


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2018 皐月短信

朝からうんざりする暑さ。日陰ウォーキングでも厳しい。

*

いやあ、五月ももう一週間足らずで終わりなんですね。

RAJOYは、過日書いたように、複数のメンバーの親御さんが重篤な病を患っておられ、
先の見通しが立たない状況です。

そんな中なので、自分でできることを模索するということ、
できればKの力をまた借りて、8月のアウトプットをしたいと思っています。


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Bob Dylanの誕生日だそうで

自分でスタジオを持ってしまえば、歌はいくらでも出てくる可能性がある。
売れて裕福になったsingerはそんな施設を自分で持てるから、
さらにどんどん売れるタネが出来てくるわけだ。

そんなことを現状で私が言っても仕方ないわけだけれども、
売れてなくても自宅録音ができるよう少しでも努力するべきだと思っている。

もう再三再四以上言ってきたが、そう時間は残されていない。
今日はBob Dylanの誕生日、77歳になったそうで、彼はギター1本と歌で世界を
席巻した。<ずっと若い>私が「そう時間は残されていない」などと言うのは
Bobにはきっと腹立たしいことかもしれないけれど、しかし、いつまで生きられるかなど
誰も分からないのだから。

私はギターについてはコードを弾くだけの話、技巧など殆どない。
だから、歌だけが命だと言っていい。
それだけでも残していくー

残していくことにどういった意義があるかということだけれども、
どうせ聞かれないではないかという悲観論や皮肉には「そうだね」と言うよりない。
でも、疑いなく自分以外に1人以上のリスナーは確実にいてくださる。
それも「いい歌だ、声だ」と言ってくださるリスナーが。

それでいいではないか。




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Silver Tears歌いたし II

12弦ギターが欲しいです。
Ovationの、昔功君が持っていたけれど、今あれば譲ってもらえたかも。
間違って買ってしまったMartin D-45とこのOvationでacoustic guitarsのバッキングー
Silver Tearsも爽快に歌えそうだなあ。

しかしそんな金はないのです、D-45のローンで到底当面買えませぬ。

*

Silver Tearsは1987年に多摩川の夜空から降りてきた歌で、
私は初めて「歌うべき歌」に巡り会えた気がしたものです。
多摩川の大きな空からメッセージを受け取ったんですね。
「すべてall right」っていう。

能天気すぎる?
しかし、今ならなおさら「すべてall right」っていう気がしますよ。
死にぐっと近づいていても?
そうなんです。
もちろん、そういう段になったらそれなりに辛くて、慌てて、みっともないことも
したり言ったりするでしょうけれど、でも、宇宙に帰っていくんだっていう想いは
87年当時の比ではないほど確信に近づいています。

歌ってみりゃ分かる。
オリジナル・ヴァージョンを聴いたことがある方なら、きっと分かる。

そんな歌になるから、歌いたい。




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Silver Tears歌いたし

こんばんは。
昔ギャンブル市長、今はセクハラ市長で有名になりつつある狛江市民のMNEMOです。
市の標語は「日本一安心安全な街」です。
笑わないでください。

*

新しいフォロワーさんが、<声に惚れて>「No-One」をRTしてくださいました。
こういうことが<たまに>あるから、やっぱりTwitterやっててよかったって思うんです。

*

今日姉から久しぶりのLINEが。
「斑入り」の葉っぱの白い部分の説明を英語でしたいが協力をとのことでした。
もちろんその本題の前は目を気遣ってくれる文章でしたが。 ^^;)

考えてみると先月24日に左目を手術して以来会った友人知己というと
KとMick師だけなのですから、なんとも寂しいことではあります。 ^^;)
(もちろん(お)二人と飲んだ晩はそりゃ愉快でした!)

*

ギターを弾いていると、時にブーム的にある楽曲を繰り返し演奏するときがあります。
今はSilver Tearsでして。
転調してのサビの部分がなんとも気持ちよくて。
ギター1本で歌ってみるかなあ、どっかで。
夜の多摩川の河原でいいんですよ、ええ。
そこでできた歌なんだし。

(^^)/




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朝からイ茶モン

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午前3時起床成功。
外に出たら寒い!気温14度。半袖で最初は震えました。

写真は多摩水道橋から撮った日の出。
朝焼け、本当に焼けていた。

*

今ふと、飲んでいる伊藤園の「濃い茶」のボトルを見たら、

夏の日に僕がついた赤い嘘

という「新俳句」なるものが「佳作特別賞」でラベルに。

16歳の作品とのことだけれど、いくらなんでも賞なんかあげていいレベルじゃない。
なんだよ、「赤い嘘」って。
夏の日の太陽の色と被せたってこと?
夏の日の太陽って赤いの?
「秋の日に僕がついた赤い嘘」ではまずかったの?
秋と赤い嘘は被らない?
「夏の夕に」ならまだいいかもね。字余りだけどね。
でも中七が中六だしね、元々。

少年よ、上の写真のような「夏の日の出の太陽」を見たことがあるかい?
見たから「赤い嘘」かい?
こんな朝日を見て、おらは嘘つけないなあ。


・・・勘違いしちゃうんだよ、こういうのに賞なんかあげちゃうと。

伊藤園のお茶のファンだし、ずっと飲んでるけれど、飲むのやめるぞ! (^^)


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狭く、浅く?

3時起床ならず。
しかし今日は少し涼しいかも。

*

A grey heron
becomes the rosy sky itselfー
thinking nothing

青鷺は
薔薇色の空
喪神す


先ほどこんな俳句をTwitterに載せたら、アメリカ在住のsaboliちゃんと、
アラビア語を話すアフリカ人の方から早速「いいね」。

うれしいです。

*

しかしー
放送大学でメディア論だか社会運動に関係する学問の話をちょっと聴いたのですけれども、
TwitterなどのSNSでの発信では広がりに限界があるという。
ゆえにやはり同好の士だけの耳目ではなく、無差別的にメッセージが流布される
マスメディアに乗る(載る)のが一番効果的だと。
ゆえにその努力をすべきだと。

そんなことを聴いていたら、やはりMooさんのことを思い出したのです。
氏は長野の地元メディア(紙媒体が主)も巻き込んでバラ園の存在をかなり広く
知らしめたのです。MooさんはSNSはやられないわけで、実にまあ、
的を射た戦略なのですね。

Twitterではもちろん同好の士と細くつながっていくことはできます。
しかし大拡散をするというところまでには至らない。
地道に共感者を増やせればと思って始めたことですし、悲観もしていませんが、
しかし、publicityを得るということは大変なことなんだと改めて思いましたなあ。



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サイクル変えるのだ

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Mooさん撮影の初夏の安曇野です。

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田圃に水が入って、蛙は恋の季節ってところかな。
卵がいたるところに産み付けられていて。
大合唱はもうピークが過ぎたのかな。
一ヶ月前くらいにうるさいほどだとMooさんは書いていたっけ。

Mooさん、わざわざメールくださりありがとうございました!

何度でも申し上げますが、お大事に!

*

東京は暑い。
昨日なんかは湿気があったから尚更だった。
しかしだからこそ夕焼けが美しい。
「夕焼け」は夏の季語だ。
いろいろな雲が絡むから、夕焼けが変化に富むゆえのことだ。

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この頃寝坊助で、未明散歩ができない(というか短夜だし)。
この時間から出るともう熱に中ってしまう。
だから小田急の高架脇を歩くのだ。
新宿に向かって左側は午前中はなんとか日陰がずっと続く。
それでも発汗し、気持ちが悪い。

ああ、未明散歩、今の時候なら朝3時過ぎくらいに出られるようサイクル変えよう!



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養生なされませ

Mooさんが久しぶりの日記更新ー
読むとなんだか手術後の経過は芳しくないようです。
お見舞い申し上げます。

前にも書いたことがあるのですが、私も大昔、千葉の別荘(私のではもちろんない)に
あった家庭菜園や芝生の手入れなどをやったことがあって、
1時間もすると腰が痛くなり過ぎて続けるには相当の休憩が必要でしたっけ。

Mooさんは教師であったのだし、農家の生まれ育ちでもありませんから、
安曇野で始めた家庭菜園規模の農作業が凝り性もあってほとんど玄人はだしとなり、
基礎力がない身体、特に腰がすさまじい勢いで経年劣化したに相違ないのです。
さらには主宰するバラ園を1から造成し、一年中手入れもされているのだし。

収穫の喜び、開花の喜び、人々が喜んでくださることの悦びー
それは何ものに代え難いでしょうけれども、手術まで受けてしまうほど悪化した腰、
脊髄などをとにかく今はできうる限りいたわるべきであって、
バラ園などで他に気を使ってちょっと作業してしまうMooさんのお気持ちはよく
分かるけれども、安静が一番、そして回復してももう無理をしないことですよ!


・・そんなこと、Mooさんに個人的にメールしろと言われそうですが、まあ、お許しを。

Kや幸夫ちゃん、功君はMooさんの知己でもあるので、彼らへの情報提供でもあるし。

^^;)

Mooさんが撮られた安曇野の近影があって、それを転載しようと思ったけれど、
なぜか「不正ファイル」だそうで、uploadできません。

北アルプスはまだ冠雪しており、麓の初夏風景とのギャップがいいのです。

みなさまもよろしかったら安曇野を旅先の候補になさってください。




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8月に向けての気持ちを一層強く

Twitterで、広島の呉で原爆を目撃し、水沢(奥州市)で3.11を体験されたお母様を
持つフォロワー様からNo-Oneのretweetをしていただきました。お母様にお聞かせ
くださるとのことでした。うれしいことです!

もちろんもっと多くの方々がRTしてくださっております。
それでも、こういう縁(えにし)を語っていただけると一層うれしいですね。

*

8月に向けて、やらなきゃいけないことがあります!
がんばるぞ。


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それにしても来年春からだなあ

昨日は母の日と、長兄の命日でした。
遺影の前にカーネーション、でも長兄には「おいおい!」の供花。

*

Kは土日出歩きパターンが続き、95歳のお母様もご不満だったらしく、
母の日もあってちゃんと母親サービスができたでしょうか。
Kのお母様の矍鑠ぶりにはMick師ご夫妻も仰天されていましたけれども、
なにしろ95歳なのですから、世界最高齢並みに長生きされてもあと20年ほど。
むろん他人さまのご寿命を云々するのは失礼ながらも、
お母様の宿願が早く果たされるといいなあと心から思っています。
それが何かは書きませんけれど。

*

RAJOYは残念ながらちょっと前に書いた状態が続いており、
それはもうもちろん肉親のご健康のことなのですから、ご回復をお祈りするのみ、
しかし私もずっと何もしないでいるわけにはいかないので、
Kが言ってくれたのですけれども、Twitterでもよく見られるギター1本かき鳴らし
歌うシンガーたちのようにやったらどうなのかという提案をそれなり検討。

ただね。
音はやっぱりちゃんと録りたいのですよ、たとえギター1本と歌だけでも。

まあ、若者シンガー達にはこの超シンプル・スタイルが時代を超えていて、
むしろカッコいいわけで、まあ、彼ら彼女らの若さゆえのvisualの良さには
全く敵わないにしても、acoustic soundsの録音ができる環境を整えて、
なんとか残り少ない音楽人生を多作の日々にしたいと思っています。




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大町の強い地震

今日は母の日。

http://www13.plala.or.jp/r-shirakami/0600.html

このイザベラ・バードが2泊した車峠の茶屋ー
その女主人の孫に当たるのが私の母、旧姓石川フミでした。
母が亡くなって4年3ヶ月。

*

昨日大町市で震度5弱の強い地震が。
すぐにでもないものの、30分後くらいに発生を知ってまずは生徒たちが心配で
塾頭先生にLINEしましたら、大町は大丈夫だとのことで安心。
もちろん大町の南隣り池田町のMooさんご夫妻のことも気になりましたが、
震源地が大丈夫なら、震度3の池田ではいつもの地震で済んだと解釈。 ^^;)

そのMooさんの日記に、少し前の白馬・小谷の大地震から糸魚川・静岡構造線沿いに
南へ震源が下がってきた、と。いよいよ池田や松本の方へ来るか、ということですね。

まあ、日本ではどこが大地震に見舞われてもおかしくはない。
東京も震度5なんかが再びあったら、それも直下型のだったら、大パニックですね。

用心、用心です。




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雨上がりの五月の午後

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雷雲が去って、昼散歩へ。
どんどん回復する空を見つめながら、多摩川べりの道から調布市染地の市街地へ。
市街地とは云え、団地が多く、空間が多くてせせこましくない、緑がいっぱいで、
店はほぼ全くないから静かな街なのです(クイーンズ伊勢丹が撤退してしまったし)。

住宅や団地の周りには花々も多く、雨に当たったばかりだから陽光にキラキラ輝くのです。
すれ違う人々もこの天気回復に皆うれしそうでした。
もちろん私も花たちに、雲に、幸せな気分で挨拶ばかりする散歩となりました。



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