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短編小説5 光の春のうたた寝



昌秀は白内障手術で慈愛第三病院に入院した。
軽い白内障なら、日帰り手術もざらなのだが、生来の面倒臭がりと、目の手術という
幼い頃から恐怖していたことでもあり、相当に厄介な状態にまで引きずった後の
本格的な手術が必要な事態にまでなってしまったのだ。

病室は早い裡から個室をと望んだのが、さすがは調布狛江地区の基幹病院ー
4人部屋となった。病院は、カーテンで仕切った「準個室」と宣った。

この慈愛は白内障手術では一定の評価があり、昌秀はそれに縋った。
11月の初旬に日帰り手術を当て込んで行った狛江駅近くの個人経営の眼科では匙を
投げられてしまって、紹介状をもらって慈愛へと1日置かずに足を運んだのだった。
診断は厳しいもので、最悪は眼内レンズを入れられない事態だと言う。
それを宣言したのはまだ四十には届かないだろう若い男の医師で、
ふた回りも違う「人生の大先輩」に事務的な言動で対抗してきた。

「そうなったらどうなるんですか。」

昌秀が訊く。

「そのときはコンタクトレンズか眼鏡ですね。」

昌秀は肝を潰した。それらを装着あるいはかけていなかったら、レンズなしの眼と
なるのだから、一体どんな世界を見ることになるのだろう、と。

「そういう最悪の事態もありうると?」

「そうですね。」

「どうしてそんなことにまでなってしまうんですか?」

「白濁した水晶体は膨れていまして、それを上手く取り除いても、
眼内レンズがうまく入らない可能性があるんです。うまく収まらないという。」

「上手く取り除けないというのは?」

「そうした水晶体は硬くなっていまして、無理にやると下に落っこちてしまうことも
あるんですよ。」

昌秀は「下に落っこちる」とはどういうことかと思案した。

「まあ、それでも取り除けて、レンズ挿入となって、しかしうまく入らないとなれば
切開部を2つにして、レンズを縫い付けるということになります。」

昌秀は気が遠くなるようだった。
「なんだそれは。どういうことなんだ。ちっちゃなちっちゃな水晶体の『世界』は
恐ろしいほどに色々なことが起こり得る深淵を抱えているのか」と。

「では、12月23日、再度来てください。まずは全身検査。翌日それを基に最終診断
ということで。手術日は、明けて1月の10日とします。」

随分と遠い日程となった。



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