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No-Oneの訳

ありがたいことに昨日の訪問者は405人、
閲覧数は2067ということで、これは2006年にブログ開設以来最大とは
言わぬものの、第2位ほどの記録であるはずです。

*

Twitterでは仙台の猫人さんという方が殊の外の理解を示してくださり、
いいねやRTはもちろん、「できれば訳を」という返信をくださったので、
猫人さん宛にお示ししました。

一方安曇野のMooさんは、ご自身のサイトにvideoを上げてくださった上で、
隣人のカナダの男性とこの歌の詩について話されたそうです。
やはり訳詞が欲しいという仰せでしたのでー


When There’s No-One Left to Hear

I’ve been thinkin’ about the sad news I read this evening
I’ve been wondering where we’re going
Without knowing why we must

この夕べに読んだニュースのことをずっと考えている
僕らはどこへ行こうとしているのだろうって
なぜそうしなければならないかも分からずに

People seem to have no shame to doubt their friends
With no room for understanding
There’s no way that we can trust

人は自分の友人をすら疑って恥じず
理解の余地もなく
信頼しあう方途もなくて

Wo, wo
It’s been a long time
Wo, wo
It’s been such a long, long time

ああ、ああ
もうだいぶ経ってしまった
ああ、ああ
こんなにも長い長い時間が

Wo, wo
It’s been a long time
Wo, wo
It’s been such a long, long time

ああ、ああ
もうだいぶ経ってしまった
ああ、ああ
こんなにも長い長い時間が

Since I, since I
said good-bye
To you

君に
さようならを言って以来

Was there nothing that you hated more than reason?
In emotion you found meaning
And the end of what we were

理性以上に嫌悪するものはないというのか
感情の中に意味を—
わたしたちの終わりを
見出したのか

One man’s gain directly means another man’s loss
And the earth is getting smaller
When there’s so much more of us

ある者の利益は他の者の喪失
そして地球は小さくなってゆく
わたしたちがこれほどに増えている一方で

Wo, wo
It’s been a long time
Wo, wo
It’s been such a long, long time

ああ、ああ
もうだいぶ経ってしまった
ああ、ああ
こんなにも長い長い時間が

Since I, since I
said good-bye
To you

君に
さようならを言って以来

Wo, wo
It’s been a long time
Wo, wo
It’s been a long time

ああ、ああ
もうだいぶ経ってしまった
ああ、ああ
長い時間が

I really don’t know
How I can win the war
My answer is no
Even if they force me to go nuclear
To sustain the balance of fear

本当に分からない
僕はどうその戦争に勝てるのだろう
僕の答えは「ノー」だ
たとえ彼らが恐怖の均衡を維持するため
僕に核武装を強いたとしても

I’ve been talking to myself
Watching people passing by
I’ve been wondering where I’m going
Without knowing why I must

僕は自分に語りかけている
人が通り過ぎるのを見ながら
僕は一体どこへ行こうとしているのだろうって
なぜそうしなければならないのか知らずに

Now a time has come for emptiness and healing
And the silence of a heartbeat
When there’s no-one left to hear

今虚しさと癒しの—
また鼓動の沈黙の時が
来たのだ
そして誰も聞く人はいない


猫人さんも3.11に悲しい思い出を持っていらっしゃるのです。
原発近隣地区にもよく行かれている。
鋭い舌鋒で理不尽と反知性を斬りまくる方ですが、心優しい方です。
RAJOYのこの曲のremakeを心待ちにするとおっしゃってくださり、
またRAJOYが「仙台公演」をするときは絶対に飲みましょうと約束しています。

Mooさんは歌詞中の「balance of fear」についてその加人と話され、
その方がかなり穿った見解を披瀝されていて私も戸惑いました。

「How I can win the war」というところの「the war」とは、
「I」という人間のこころの戦いなのです。
他者への不信があって、だから<こころの核武装>をするのを「I」は
「no」と言っているのです。

個人のこうした態度が集団的、国家単位になっての核武装、核抑止論です。
これは帰納的な結果と言っていい。
だから、個人個人のこころの核武装を解くよりないのです。



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