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刹那であれ梵我一如を感じて

あずみのMooさんの最新記事はなかなかに悄然とさせるものがあります。
http://www.moo-azumino.com/main/Diary/2017.12/diary2017_12.html

沖縄在住の義弟様が鹿児島で急死・客死されたと。(合掌)
元気に沖縄を発った夫・父が間もなく荼毘に付されて帰ってきたという事態ー
それは俄かに信じがたいことでありましょうし、信じれば人生の儚さに打ちのめされる
だけのことなのです。

Mooさんにも衝撃の訃報だったということで、そのことへの思索でご自分の「終活」と
いう言葉も見られます。

私より11歳上であるMooさんご自身のこととは全く思えない。
私もこの頃ずっとそれなり深刻に老い先を考えているのですから。
人生は苦であり、楽しみは一時の気晴らしに過ぎないという諦観は愈々強まるのです。
「ただ狂へ」と梁塵秘抄的に思え、実行できたらこれはもう「悟り」に近い。

一時的であれ、享楽に耽り私は死なないというような態度の人を見ると哀れにさえ思う。
いや、どうせ死ぬのだから楽しく生きるのだと反論されても、
楽しさの後の虚しさはいっそう募らないのかと反駁したくなってしまう。

今のRAJOYの営みも「気晴らし」なのかもしれないと言ったら、メンバーに怒られて
しまうかもしれません。何かを残したいとかというのも執着でしょう。

とは云え、生きているうちは生き切らなければ。
深く生老病死を自覚しながら、瞬間瞬間を大切に生き切っていかねば。
それは、私にとっては、この世と同一になるということ以外にありません。
たとえそれが刹那というような瞬時とも言えぬほどの短い間でも。



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