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みんな、ありがとう!

E2aT(Connivance)という反核の歌については何度かここでも書いてきました。
前回Heaven青山では歌詞をdisplay上に映し、そのおかげもあって好評だったのです。
その曲を昨日書いた「月曜ユニット」でやるということになって、RAJOYの反核曲が
ひとつ抜けたものですから、When There's No-one Left to Hearを取り上げようと
いうことになりました。

この曲には功君の名ソロが入っており、安ちゃんが昨日それを聴いて絶賛しました。

この歌は、私が新百合ケ丘で若者たちに英語をお教えしていた頃に降りてきたもので、
ちょうど当時のNHKの大河ドラマは「太平記」だったのです。この辺りのことは、
この頃ひとつも書かなくなった『蹉跌集め』で書きました。

足利尊氏は仏への信仰厚かったと言われています。
彼は何度か厭戦気分に陥ったし、殺してしまった者たちへの供養も懇ろにする人だった。
弟の直義すら結局は殺さざるを得なかった彼の悲痛な思いを、太平記の主要舞台である
多摩地区=多摩丘陵で私は歌として表現したと言ってもいいのです。

その歌を、ほぼすぐに千代田区の一口坂スタジオ(ポニー・キャニオン社)で録音
できる幸運に恵まれ、ディレクターは米人Steven、ミキサーは豪州人のJohnでした。

録音は2日に渡ったのですが、私は1日目の夕方には明大前の若者たちへの
授業があって中座したのです。Stevenは「今日は休んでほしい」と当然言いましたが、
私は事前に休まないと言っておいたはずだ、若者たちとの約束も音楽と同様に尊いと
言ってスタジオを出て行ったのです。そのとき、弟が一時バンドに加わっていたの
ですが、「I'm proud of you!」などと言ってくれました。

その私の中座中に功君が凄まじいギターを弾ききっていたのですね。

スタジオに入るとStevenが興奮していて、「It's one of the greatest guitar
solos I've ever heard」と言うのでした。私もreplayを聴いて心打たれましたっけ。

*

昨夜仕事の後にその「No-one」と略していう曲を久しぶりに聴きました。
功君のソロもそうだし、自分の歌にも感動してしまったのです。
最終部のつぶやきのような歌は、今聴いても秀逸で、あんな風に歌えるかなって
思うほどです。

そしてそのMD(!)に入っている他の曲も聴くことになって、ELIXIR時代の営みを
振り返って涙が止まらなくなりました。

EUROXに負けないバンドになるというのがELIXIRのひとつの目標でした。
その意気込みが伝わってきてね・・・。

そしてそのEUROX soundの中核を担った安ちゃんと治雄ちゃんと、
ELIXIRの功君とスティックがRAJOYで集っている事実にまた泣けました。

私の歌を愛してくれる友たちと音楽をやれる幸せ。





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