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蹉跌集め III-24 [小説]

24

一同はハイエースを降りて、多摩川沿線道路を横断して川の土手に立った。
川原までは相当下流方向へ歩かないと行けそうにない。
みな路肩に立って、矢野口の渡しを見つめていた。

「およそ七百年前、ここで義興さんと兵庫助さんが自刃、ないしは矢に貫かれた。」

芳樹がしみじみと言った。

「見えるようだろう。」

「そうかあ?」

周平が言った。

「まあ、なにしろ南無妙法蓮華経だ。」

幸嗣が合掌した。

「俺は南無阿弥陀だ。」

周平が言い、合掌し、他の者も従った。

「俺なー さっきの話の続きだけど」

と芳樹が言った。

「あーあ。」

周平が不平の声を上げる。

「その藪から声がするような気がしたのさ。」

芳樹が振り返ってよみうりランドが在る多摩丘陵を見つめながら言った。

「呼びかけられたっつうか。軽音の打ち上げの後だったから、だいぶ夜も更けててな。」

「飲んでたんだろ、どうせ。よくないぞ、自転車でも。」

周平が非難する。

「ちょっとな。でもしっかり覚醒してたよ。
その声だけどー 『臆病といふのは情けないことぢや』ってな。
そう聞こえたんだ。」

「え?どういふことだらうな。」

ケンスキーが言う。

「お前まで歴史的仮名遣いをしなくていい!」

芳樹がピシャリと言った。

「俺な、ピンと来たんだわ。これは太平記の時代の人の声だって。
そんとき俺、大学でちょうど鎌倉末期と室町・南北朝時代の特講受けてたのな。
輪講でさ。『太平記と多摩』っていう回の教授がおもしろい人で、細山の隣の多摩美って
いうところに自身も住んでて、相当に詳しく多摩の太平記戦跡を巡って研究したと。
その講義で新田義興のことも話して、そのとき、義興らのことをハメた側、
つまり足利基氏や畠山国清側の侍で、その計略を潔しとせず、さらに人殺しに倦んで
しまった者がいたはずだ、って言うんだな。」

「なんで?」

ケンスキーが訊く。

「感じるんだー ってよ。」

「はあ?」

「散歩なんかしていると、その侍の魂を感じるんだって。戦争忌避者の走りだろって。
むろんそれ以前にもいただろうけれど、義興らを矢で射る前に、
戦や謀殺などにいよいよ辟易した者が、密かにあの丘を登って逃げて行ったって。」

「その教授、霊感つえーんだな。」

幸嗣が言った。

「分かるよ、その感覚。」

「その侍な、俺は当時金程と呼ばれたそこら一帯の江戸前期の地頭
加々美金右衛門正吉につながるんじゃないかって思ってるのさ。」

芳樹が続けた。

「え?」

悠奈が驚きの声を上げる。

「地頭の加々美さん?」

「うん。彼は息子が室町中期創建の潮音寺の住職をしていた関係で、
息子が逆縁で早くに亡くなって、寺の名を改め再興したというんだ。
その寺を創建した日峯法朝こそ<その侍>の子孫だと。」

「お前の推測でしかないだろ。」

周平が言う。

「もちろんだ。でも、否定はできない。大体ー
俺はそう聞いたんだよ、その藪から声を発する者からな。」

「はっきりか?」

「もちろん正確ではないけれど、こう言ったー
『儂は戦にほとほと嫌気がさしての、矢野口から逃げ出したのじゃ。
戦はいかんな、本当にいかん。逃げて、すぐに剃髪した。僧の格好をしたのよ。
とは云え、きれいには剃れなんだ。がしかし、当時ぼろぼろという破戒僧がうんと
いてな、多摩川にも多くいたんじゃ。だから怪しまれることはなかった。
眉も剃ってみれば、儂が誰だかは分からなくなったしな。追手も来なかった。

儂は元々甲斐の者で、甲斐源氏の端くれだ。しかし我が先祖の長男は頼朝に討たれてな。
また次男以下も霜月騒動で次第に衰退していった。儂は百姓になって細々と暮らして
いたが、同じ清和源氏の足利公や新田公が挙兵され、我が家の再興をと儂も馳せ参じた。
足利公は六波羅探題攻めで京都にいたから、儂は新田公の鎌倉攻めに従った。
しかし後に尊氏様に心酔し、足利方に回った。その時はまだ尊氏様が新田義貞公と
敵対することになるとは思っておらなかったのじゃ。』」

一同は多摩丘陵を見つめながら芳樹の話に聴き入る。


<つづく>



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蹉跌集め III-23 [小説]

23

悠奈を和泉多摩川駅のロータリーで乗せて、ハイエースは多摩川を渡らず、
東京都の多摩川沿いを走ることにした。光の提案だった。

「そっちの方が殺風景じゃなくていい。」

光は悠奈が乗ってから、できるだけ饒舌に話そうとした。

「川崎側の多摩川沿線道路は、右側の視界は開けて気持ちいいんだけど、
左側のビルや建物が迫っていて、窮屈な感じなんだよ。」

「そうなのよね。」

悠奈が呼応する。

「藤熊さんとどっちも歩いたことがあるの。」

「そ。」

光があくまで進行方向を見る目を外さずに相槌を打った。

「ここの桜並木は春んなるとすごいんだ。」

「そうらしいわね。楽しみ。」

「周平、ひたすら<まっつぐ>で。」

光が言う。

「ほいよ。左が多摩川の土手?」

「そう。右側、圧迫感ないでしょ。並木があって、余裕がある。」

「うん。お、日活撮影所?」

「そうなんだ。裕次郎だよ。赤木圭一郎とか。」

「赤木さんの方は知んね。」

「ここでゴーカート事故を起こして亡くなったんだ。」

「よせやい!」

周平が3度目の「よせやい」を言う。

「昼だからまだいいけどさ。」

「もう少し行くと大映の撮影所もある。」

「多摩川って映画産業の密集するところなのね。」

悠奈が言う。

「東宝の砧撮影所だって、多摩川の河岸段丘に在るわけだし。」

「円谷プロも砧に在ったしな。」

ケンスキーが言う。

「三船プロだって、石原プロだって、成城だし。」

「あ、そこ左折。」

光が言う。

300メートルほど行くと、一気に視界が開けた。

「ああ、左多摩川、右が京王閣ね。」

芳樹が言う。

「ほら、見えるだろ、よみうりランドの丘。左正面さ。学生時代、ちょっとだけ
あそこにアパート借りたんだ。すぐに親に仕送りストップされて引き払ったけど。」

「何しでかした。」

ケンスキーが訊く。

「まあまあ。レイディーがいることだし。」

芳樹が笑って言った。

「自転車で通ったんだ、生田の大学まで。」

「ふ〜ん。」

クルマは鶴川街道に左折して入る。東京側の矢野口の渡しにはもう着いている。

「橋渡り切ったら左折して、で、ちょっと行ったら右に入って。
クルマ、少しなら駐められるから。」

光が言う。

「おいよ。」

周平が返事をする。

「俺なー」

芳樹が続ける。

「ありゃいつだったかな、大学からの帰り道、津久井街道を高石の交差点で右折して、
アパートの在る細山っていうところへえっちらえっちら坂登ってたの。
左の方に藪みたいなところがあんだけど、そこでさー」

「よせやい!」

周平が信号待ちをしつつ言った。

「どうせまた怪談噺なんだろ。」

「怪談だけでいいんだよ、噺は要らない。」

ケンスキーが茶々を入れる。

「うっせ。」

「まあ、いいや。河原で話すよ。」

芳樹が言う。

「いいよ、別にぃ。」

周平がハンドルを切りながら言った。


<つづく>



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蹉跌集め III-22 [小説]

22

新田神社に詣でて、何事もなく義興の冥福を祈り、RAJOYのメンバーは多摩市の
矢野口へ行くことで一致した。神奈川県側には渡らず、ずっと東京都側を走行し、
田園調布で多摩堤通りに入り西進する。

「このまま行けば狛江じゃん。」

芳樹が言った。
光と幸嗣は黙っている。

「永さん、今悠奈と一緒に暮らしてんだろ。」

周平がハンドルを軽やかに操りながら言った。

「うん。」

ケンスキーがケレン味なく返事をした。

「誘ってみる?」

「当てつけかよ!」

光が憤りを隠さず言った。

「違うよ。」

ケンスキーは言下に否定した。

「特に悠奈はこの太平記戦跡巡りに興味を示すだろうと思うからさ。
彼女だってモチーフはいくつあってもいいだろ。」

光は黙った。

「まあ、彼女もいろをし房さんや白梵字さんと<知り合い>だしな。」

芳樹が付け足す。

「なにしろ木野先生のご加護があるから、悪霊とかにもし俺たちが憑かれそうに
なったら、きっと退散させてくれるんじゃないか。」

「ふん。そんなのは俺の霊力でなんとかできる!」

幸嗣が抗議するように言った。

「とりあえず電話してみるよ。」

ケンスキーが呆気にとられる光と幸嗣を尻目に悠奈を呼び出す。

「あ、悠奈。うん、あの、突然だけれどさ、今暇かな。
ん?あ、そう。今ね、矢野口ってとこにバンドのメンバー全員で行くとこなの。
太平記って知ってる?知ってる。さすが。そこに記されている新田義興たちの
憤死事件でね、それが矢野口で起こったんだよ、およそ七百年前に。
なんかさ、歌できそうだなって。うん、取材。一緒に来ない?
うん・・・うん・・・うん。そりゃいいよな。じゃあ、あと30分くらいかな。
はい、はーい。じゃね。」

光と幸嗣は怒り心頭に発していた。

「降りるよ、俺!」

光が言う。

「俺も!」

幸嗣が追随する。

「待てよ!」

芳樹が押しとどめる。

「もういいじゃないか、悠奈と永のことは。悠奈が乗ってきたことが尚更許せないんだろ、
もうお前たちとのことは眼中にないっていうか、それが悔しんだろ。」

「んな!そんなんじゃない!」

幸嗣が強く否定する。

「克服したんじゃなかったのか、お前ら。だらしねぇな。
悠奈の歌に懸ける気持ち、立派じゃないか。彼女も取材したいんだよ。
お前らはどうであれ、俺もケンスキーも周平も悠奈は友達だと思っている。
いいじゃないか、彼女も太平記のことを知りたいって思うことって。」

光も幸嗣もシュンとしてしまう。正に青菜に塩だ。

「ここ左折だよな。」

周平が我関せずで言う。

「ナビはそう言ってないけど、光が狛江に住んでた時、ここがショートカットだって
言ってたよな、確か。」

そう言って不二家レストランのところを左折した。

「いいんだろ?」

「う、うん。」

光が返事をした。

周平の楽器車は狛江市に入って行く。


<つづく>



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蹉跌集め III-21 [小説]

21

「怖い話か?」

周平が少し怖気づいたような声で訊いた。

「いや、そうでもない。」

芳樹がほほ笑んで言った。

「矢口のことなんだ。『やのくち』とも『やぐち』とも読めるし、
実際『やぐち』の方はこの下流の大田区にあるんだ。そして『やのくち』はー」

「多摩市だろ、上流だ。」

光が言った。

「俺の住む宿河原から南武線で立川方向へ一本だ。表記は『矢野口』で、
『の』が入ってfieldの『野』だ。」

「そう。」

芳樹が応える。

「太平記に書かれた『矢口の戦い』はそのどっちであったのか、というのさ。」

「え?」

周平が怪訝そうな顔をした。

「そんなのその多摩市の方に決まっているじゃん。上流なんだから。
兵庫助さんの遺体が流れてきたんだろ。」

「常識はそうさ。でもな、大田区の矢口には新田神社が在るんだ。
義興が祭神でな。なぜ祀ったかというと、義興や兵庫助を謀殺した側の江戸遠江守が
後にその矢口の渡しに来ると俄かに雷雲が湧き上がり、舟は転覆するわ、
落雷で火事は起こるわで、慌てて逃げたのだが落馬、その後狂死したからと。
だから当然そこが矢口の戦跡だっていうんだな。」

「あんだよぉ。話、やっぱしこえーでねぇの。」

周平が千葉弁で不平を言う。

「さらに謀殺を指図した関東管領畠山氏の埼玉は入間川の領地の家や寺社も落雷による
火災で焼失したっつうんだな。またさらに、矢口では夜な夜な『光り物』が出たと。
ま、人魂だな。」

「みんな恐れて新田神社を創建して鎮魂したと。」

ケンスキーが言った。

「そういうこと。」

「じゃあ、なに、兵庫助の遺体は下流から流れ着いたっつうの?
それも超自然現象かや。」

周平が納得できないという表情で言った。

「鶴川街道っていうのが多摩市の矢野口を通るんだ。」

光が言った。

「今は町田で終点になるけれど、きっと多数ある『鎌倉みち』のひとつだったはずだよ。
義興は本拠の新田、今の群馬県太田市にいたんだろ。だとすれば、多摩市の矢野口の方が
断然合理的なルートだよ、鎌倉に行くなら。なんで大田区の、東に寄り過ぎのルートを
使う必要があるのか、解せないじゃないか。」

「そのとおりなんだよ。」

芳樹が応える。

「だからミステリーだって言うんだ。」

「きっとさー」

幸嗣が口を開いた。

「義興の遺体がその大田区の方に流れ着いたんじゃないか。ここ二子を越してさ。
それでその矢口の土地の人々が義興を葬り、さらに神にまでしたんじゃないの?
多摩市の矢野口で合戦があったのは疑いないと思うな。逆流もありうるとかって
説があるかもしれないけれど、なにしろ群馬の太田と鎌倉を結ぶ合理的な線は
やっぱり埼玉を通って多摩の矢野口を通るルートだし、無理がありすぎる。」

「だよな。」

周平が納得する。

「じゃあ、次は新田神社に行ってみるか?お告げがあるかも。」

ケンスキーが笑って言う。

「よせやい。」

周平がしかめ面をして応える。

「いや、俺はすでに兵庫助さんの霊気を感じてる。」

幸嗣が言った。

「さっきの説は俺が言ったんじゃない。」

一同は黙った。

「よせやい!」

周平がたまらず大きな声で言った。

「みんな合掌しろ。」

幸嗣が率先してお題目を唱え始める。


<つづく>



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蹉跌集め III-20 [小説]

20

2月初旬、RAJOYのメンバーは周平の「楽器車」であるハイエースに乗って
二子玉川の兵庫島を訪れた。

早咲きの梅がよい香りを放っている。
5人は芳樹の先導で「島」というより古墳のような小山を登っていく。

「これは、由良兵庫助という新田義貞の遺児で次男の義興の家来が矢口の戦いで
戦死、遺体が流れ着き、ここの土地の人が弔った場所なんだ。」

芳樹が説明する。

「いつ頃の話だ?」

周平が訊く。

「1358年だな。」

「さすがは史学学士。」

ケンスキーが褒める。

「それって・・・。」

周平が顎を撫でながら言った。

「室町初期さ。南北朝時代と言ってもいいけどな。」

「新田義貞っていうのは後醍醐天皇の忠臣だろ。」

光が言う。

「そうだ。」

芳樹が答える。

「後醍醐天皇は鎌倉幕府に実権を握られていることに反発して、何度か幕府転覆を
画策しては見つかり、島流しにもあった。そしてその隠岐の島から脱出、
とうとう倒幕の狼煙を上げ、呼応したのが足利高氏、新田義貞などの下野や上野に
勢力を張っていた清和源氏の末裔だったんだ。」

「清和源氏の嫡流は源頼朝の流れだったが、三代で滅びたからな。」

ケンスキーが言う。

「源義家、八幡太郎義家四男の義国のそれまた次男義康が足利家の祖だ。」

「長男は?」

「義重で、これが新田氏の祖だ。」

「ケンスキーもよく知ってるよな、理系のくせに。」

芳樹が舌を巻く。

「俺、好きなんだよね、氏姓関係の話。」

ケンスキーが笑って言う。

「MNEMOさんのトーホグマンの影響だな。」

「で、その後醍醐天皇の倒幕の話は?」

周平が急かした。

「うん。鎌倉幕府の有力な御家人で、名家清和源氏の末裔である新田と足利が
反旗を翻すようでは、鎌倉幕府、つまり北条氏の命運は決まってしまったな。
鎌倉には新田義貞が攻め入り、それは凄惨な戦いになったそうだ。
高氏は六波羅探題を滅ぼして、北条家と幕府は滅亡さ。北条の最後の執権は高時で、
その一字をもらって『高氏』としていたのに、裏切ったことになるな。」

「そして高氏は後醍醐天皇の諱(いみな)『尊治』から一字もらって、以降尊氏とするん
だからなかなかの変わり身の早さだ。」

ケンスキーが付け足す。

「で?」

周平が兵庫島にいる理由に早くたどり着きたがる。

「その後尊氏は後醍醐天皇の建武の新政に反旗を翻すんだ。」

「え?また裏切るの?」

「そして同祖を持つ親戚筋の新田義貞も滅ぼすのさ。そしてまあ、室町幕府が成立し、
いろいろあって尊氏が死ぬと、好機到来と義貞の次男義興が鎌倉へ攻め入ろうと
するんだな。ところが、鎌倉公方足利基氏や関東管領畠山国清らの命令で江戸氏や
蒲田氏などに多摩川の矢口の渡しで船に工作されて一網打尽にされてしまう。」

「その義興と一緒に殺された家来が由良兵庫助なんだな。」

周平が納得する。

「しかしな、これにはミステリーがあるんだ。」

芳樹が意味ありげな表情で言った。


<つづく>




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次のリハ対象曲です

The Savior
Lyrics by King Reguyth

Under the yellowish blue sky
Between the broken car and truck
Someone is moving now
He's so thirty and about to die
Can you see?

黄色みかかった青空の下
壊れたクルマとトラックの間に
誰かが今動いているぞ
喉が渇き切って今にも死にそうだ
見えるか

Radioactive dust is everywhere
Not a soul is to be seen except that guy
I've seen the person once before
Isn't he the one who's made the Earth this way?
Can you see?

いたるところに放射性の塵が舞い
彼以外に人は見えない
前に一度あの男、見たことあるぞ
地球をこんなふうにした張本人じゃないのか、彼
見えるか

There's a can of coke near him
But he can't find it
'Cause he's totally blind
Can you see?

やつの近くに缶コーラが落ちてるけど
見つけられない
完全に視力を失っているんだから
見えるか

"He's the man who pushed the button!"
"No mercy on him!"
"Thirst will soon get him."
"No mercy on him!"

「やつがボタンを押したんだぞ!」
「情け無用!」
「渇きでまもなく死ぬさ」
「情け無用!」

NO MERCY ON HIM!
「情け無用!」


Then the purple rain has started
falling down on the hell he created

そのとき紫色の雨が
彼がつくった地獄の上に落ち始める

It's not the kind of rain
that fell down on Hiroshima
Nor is it the kind of wind
that blew across Fukushima

広島に降った雨とは違う
福島に吹いた風とも違う

God
Are you really sure?
Is this your will?

神よ
本気でいらっしゃいますか
これはあなたの意思ですか

The rain from a blue sky is your tears
Am I right?
Oh, God
You've saved his life
The only human

青空からの雨はあなたの涙ですね
おお、神よ
彼の命をお救いなされた
唯一の人間を

Are you going to make another Eve from his broken rib?
Are you really sure humans won't do it again?

彼の折れた肋骨からイヴをお創りになるのですか
人間が同じ事をしないとお思いですか

Look
He has stood up
He didn't give up

見て
彼が立ち上がった
あきらめなかった



*

1985年、川口功くんのメロディーに私が詞をつけてThe Saviorが一応の完成を
みましたが、実は作詞能力が今よりも数段劣る私には手に負えなかったのです。
それでも、当時Reagan大統領が対ソ強硬論=Star Wars計画などを言い出し、
核戦争はソ連のゴルバチョフ書記長次第で現実になる可能性もあった頃で、
冗談ではないと上の詞のようなストーリーで歌詞をつけたのです。

E2aTを青山で聴いてくださった方々は、あの曲が、凄絶な事を凄絶に歌うものだと
お分かりいただいたと思うです。そしてこのThe Saviorは、温かい曲調で反核を歌うー
カップリング、ですね。



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蹉跌集め III-19 [小説]

19

「太平記を基にしたアルバムってどうだ。」

芳樹が言った。

「太平記?」

周平が少しウンザリした口調で言った。

「そう。鎌倉末期から建武新政、南北朝、室町幕府の始まり辺りまでの軍記物さ。」

「モチーフいっぱいあんのか?」

光が訊く。

「すさまじくあるよ。」

芳樹が答える。

「恋のことも?」

「尊氏はともかく、高師直がおもしろい。人妻に横恋慕して、拒絶され、怒りまくって
その夫の塩冶判官高貞に謀反の罪を着せて一族を滅ぼしてしまう。」

「ひでぇな。」

「実は師直の恋文を代筆したのが吉田兼好なんだ。」

「え!徒然草の?」

幸嗣が仰天する。

「じゃあ、正に白梵字さんやいろをし房さんの時代じゃないか!」

「ああ。」

「お二人は宿河原で潔く決闘して共に殺され合った。一方で都では勝手に人妻に恋して、
拒まれ、夫と一族もろとも殺してしまう?なんていう時代なんだ。
その二つとも直接間接兼好さんが絡んでいる。」

幸嗣はブルブルと震える。

「観応の擾乱っていうのもあってな。」

芳樹が続ける。

「かんのうのじょうらん?なんだか悩ましいことか?」

周平が興味をみせる。

「いや、尊氏・直義兄弟の確執、殺し合いだ。」

「ええ?なんつー話だ、いったいぜんたい。」

「な、モチーフだらけだろ。」

芳樹が得意そうに言う。

「これをロック・オペラにしてー」

「ちょっと、ちょっと。」

ケンスキーが口を挟んだ。

「それはおもしろそうだけれど、現代の、ロック・グループのRAJOYとどう折り合うの?」

「戦争、恋、嫉妬、骨肉の争い、教養人の諂(へつら)い・・・」

「最後のは兼好さんのこと?坂東武者、非教養人の権力者へのお追従?」

「そうだよ。すべて現代にもあるだろ、ひとつも変わらず。」

ケンスキーは頷く。

「モチーフにする価値あるかも。」

「だろ?」

芳樹はうれしそうに言った。

「だとしたら、宿河原行って、報告しなきゃな。」

幸嗣が言った。

「なんで?」

芳樹が訊く。

「いや、なんとなく。いろをし房さんや白拍子さんの同時代のことだからー」

「そういうことなら、太平記の舞台は全国ながらも関東、特に武蔵・多摩や相模が
大きな部分を占めるんだぜ。お参りに行くか?」

「そうしたほうがいいような気がする。」

幸嗣が不安そうな面持ちで言う。

「じゃあ、そうすっか。今度の土日、史跡巡りすっか。」

周平が元気良く言った。


<つづく>




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蹉跌集め III-18 [小説]

18

RAJOYはMNEMOをゲストに迎えてのギグを成功させた。
彼らは「愛と平和」ではなく「恋と平和」をLove & Peaceの訳として打ち出し、
スタンディングで200を超える聴衆を集めたのだった。

余勢を駆って、光は大胆な構想をギグ後の打ち上げで語った。

「なあ、アメリカでギグやろうよ。トランプ以降、アメリカは怪しくなってしまった。
公然たる白人至上主義やネオナチ、KKKが台頭しつつあるんだ。
それを阻もうとする心あるアメリカ国民と連帯してー」

「それもいいけれど、まず自分の国なんじゃね?」

ケンスキーが口を挟んだ。

「よその国のことなんか言えるような状態じゃないっしょ、ここも。」

光は黙ってしまう。

「MNEMOさんや悠奈が『愛と平和』を押し出してるからなあ。」

芳樹が言う。

「俺たちが連帯するのは当然としても、俺らは『恋』だろ。それを確認し合ったことは
忘れないで行こうぜ。俺たちは恋の歌で平和を間接的に唱えていくんだろ。」

「俺はよく分かんねぇけどー」

周平が言う。

「MNEMOさんや悠奈の路線で俺たちが敵うはずはないんじゃねぇか。」

「別に彼らに抵抗していくわけじゃないんだからー」

幸嗣が言った。

「ただ、俺らはロックだろ。カマしたろうぜ、光だって英語バッチリだし、
世界進出だって全然無理じゃないんだから。」

「ああ。」

芳樹が応える。

「それでも俺は、国内をまず固めることを優先したいな。日本のロックを追求したい。
その追求の過程で、世界的なものが生まれてくる気がするんだ。」

「それってどんなのだ?」

ケンスキーが訊く。

「日本の古典文学から発想を得るんだよ。あのアニメの新海監督みたいに。」

芳樹が答える。

「物語性も、むろん和歌のエッセンスも。」

「MNEMOさんはだいぶ昔に『Haiku Rock』っていうのを提唱して1曲作ったんだ。
ディストーションをバリバリ効かせたギターで、歌詞を省きに省き、
そのモチーフは良寛の偈だった。」

「げ?」

周平がキョトンととする。

「仏の教えを詩にしたものさ。」

芳樹が解説する。

「それで、うまくいったの?」

「失敗ではなかったって。日本文学の古典からロックをっていうのは、だから、
MNEMOさんは発想していたんだ。それでも結論としては、歴史文化的な固有性から
全世界的な普遍性へ到達するのは容易なことではなく、周辺的なエイドがないと
やはりむずかしいってことだったと。」

「はあ?」

周平がたまらず声を上げた。

「つまり、アニメとか映画とか、そういう視覚的な助けがあって、ということさ。」

「なるほど。」

芳樹が納得する。

「じゃあ、そういうアニメや映画を作る人と巡り会えばいい。」

「簡単に言うな。」

光が窘める。

「そんな意欲的で、制作費も捻出できる作家と簡単につながれるはずもない。」

「MNEMOさんて、Somogumiっていうアニメ制作会社と親しいんだろ?」

芳樹が言う。

「ああ。」

ケンスキーが答える。

「でもその夢は今のところ夢のままだって。」

RAJOYたちはこの後もバンドの今後の方針を語り合うのだった。


<つづく>




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蹉跌集め III-17 [小説]

17

粟田も加賀美も「魂を醸す」に移行していた。
大の日本酒党の加賀美は殊更に喜んで呑んだ。

「悠奈ちゃんと実はさっきのNo-Oneの話してたんだよ。」

藤熊が言った。

「そうですか。」

加賀美は大きく頷いて応えた。

「ニューヨークでそれを歌ってほしいっていうオファーがあったって。」

「ほう。どんな団体の主催なんですか。」

「SNSのフォロワーさんなんです。New York Peace Lovers Associationの
メンバーだと聞いています。」

悠奈が答えた。

「歴とした団体?」

「ええ。そのホーム・ページも見ました。John Lennonのストロベリーフィールズでも
彼の命日とかに集会をする団体です。」

「そうですか。スィキュリティは?」」

「よく分かりません。ただ、国連の軍縮担当の上級代表と話をつけると言っています。」

「なるほど。で、その辺り、ホムラーやMUZIKがどう言うかを話し合った?」

「そうなんだよ。」

藤熊が言った。

「デビュー間もないシンガーが、早々にいわゆる色がついちゃうってのがね。
でも、反戦・反核っていうのは、政治的じゃなくて、倫理的なことだって。」

「ええ、ええ。」

加賀美は何度も頷いた。

「昔のジョーン・バエズみたいなね、立ち位置で。」

「そうそう。」

「こんな時代だからこそ、そういう歌姫が必要なんじゃないんですかね。」

粟田が言った。

「なにしろ唯一の戦争被爆国の日本が核兵器禁止条約の交渉のテーブルにさえつかない
なんていう情けない状況ですよ。核保有国が賛成しない条約には意味がない?
そんな。地球村で、銃を持つ10世帯とかがあって、その十倍もの世帯が銃は持たない、
使わないと取り決めをした。そのことに意味がないはずないじゃないスカ、ねぇ!
暴力追放運動を市民が始めた。しかし市長は、暴力団がその運動にはいってくれなきゃ
意味がないって言っているようなもんですよ。」

「いい喩えですね。」

悠奈が言った。
粟田は大いに照れる。

「でね、悠奈ちゃんー」

藤熊が言った。

「加賀美君を呼んだのは、悠奈ちゃんの数々の歌を元に、ドラマタイズしたステージを
作れないかって思ってね。その物語構成を加賀美君にって。」

「そうなんですか!」

悠奈は驚きながらも、実にうれしそうな表情で言った。

「ある若い女性の1日、ないしは1週間とかなんですよ。」

加賀美が言った。

「ふつうの、と言ったら語弊があるかもしれないけれど、一人の女性が、朝、陽の光に
微笑み、野原に出て花を愛で、鳥の声を楽しみ、自分も歌を歌う。恋への期待や不安を
抱え、そのことも歌い、進行する自分の生の営みー
しかしそれが突然人為的なmalice、そう悪意によって遮断されてしまう。」

悠奈は顔をこわばらせる。

「死ぬことはなかったけれど、すさまじいほどの孤独と絶望に陥ってしまう。
けれども、結局は、結局は、自分の愛するものたちによって立ち直っていこうとするー
そんな一人の女性のめまぐるしい命の展開を表現できたらいいな、と。」

悠奈は涙していた。
加賀美のストーリーに完全に自分を重ねていたのだ。

「加賀美さん、ぜひやらせてください。」

悠奈はなんとか発話した。

「それを、全編でなくても、ニューヨークでもやれたらいいなって望みます。」

「うん!」

藤熊も粟田も大きく頷いた。
加賀美は我が意を得たりという充実した表情で、

「改めて乾杯しましょう!」

と言った。


<つづく>



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蹉跌集め III-16 [小説]

16

藤熊が腕時計を見る。

「悠奈ちゃん、席移ろうか。」

「え?はい。」

悠奈はよく事情が分からずに四人掛けのテーブルへ移動した。

「あきもっちゃん、もうすぐ来るんで。」

「はい。」

「どなたかいらっしゃるんですか?」

「うん、粟田とね、こちらは初見参の加賀美っていう僕のブレーンでね。」

午後7時を回って、入り口の戸が開いた。

「らっしゃい。」

「どうも!」

粟田が人懐こさをたたえた満面の笑みで入って来る。
続いて粟田より5センチほど背が高く、50キロほど体重の少なさそうな50歳くらいの
男性が暖簾をくぐる。

「いやあ、粟ちゃん、幸夫ちゃん、こっち、こっち。」

藤熊が手招きしながら言った。

「いやあ、悠奈ちゃん、また今日も光り輝いて!」

粟田がそう言って藤熊の隣に座った。

「こちらはねー」

藤熊が座る前の加賀美を紹介する。

「加賀美幸夫くんです。ライターでね。」

「いろんなものに火をつけるんです。」

粟田がいつもどおり混ぜっ返す。

「そ、この人にみんな焚き付けられちゃう。」

藤熊も戯ける。
加賀美は、

「まいったな、紹介がそれですか、いきなりぃ」

と言って笑った。渋みのある表情の男だ。

「初めまして。佐藤悠奈です。」

悠奈は立ち上がってお辞儀をして言った。

「どうも、初めまして。加賀美です。」

加賀美も慇懃にお辞儀をして、

「僕の席、悠奈さんの隣ですか?」

と照れるように言った。

「いいなあ!」

粟田がまたくだらないことを言う。

「何言ってんの、粟ちゃん、あーた、悠奈ちゃんの正面がいいって言ってたじゃん。」

藤熊がツッこむ。

「藤熊さ〜ん、それを言っちゃあおしめぇよ。」

四人は笑った。

「いやね、この加賀美君、去年の悠奈ちゃんの吉祥寺のコンサートを見てさ、
ほとほと感心したって言うんだよ。」

「感心、ですか?」

悠奈が意外そうに言った。加賀美は、

「あの、悠奈さんの勇気に、ですね、一言で言うと」

と応える。

「勇気。」

悠奈が加賀美をじっと見た。

「あのとき悠奈さんはストーカーに悩まされていたでしょう?
それでも、そのことをおくびにも出さず、さらに物騒なこの頃の世相で愚直と言うべき
真摯さで平和を訴えましたね。」

「幸夫ちゃんも真摯だねぇ、物言いが。」

また粟田がチャチャを入れる。

「あの、When There's No-One Left to Hearでしたね、特に打たれました。」

悠奈は顔をさらに輝かせて、

「ありがとうございます!」

と頭を下げて言った。

「幸夫ちゃんー」

粟田が呼びかける。

「まずは飲み物頼もうよぉ。」

「あ、ごめんなさい、粟さん!」

加賀美が謝る。
二人はまずはあきもっちゃんオススメの生ビールを所望した。


<つづく>




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蹉跌集め III-15 [小説]

15

「魂を醸す」を一口飲んで、藤熊は唸った。

「これはうまいねぇ。富山の南砺市かあ。立山の伏流水かな。」

「でしょうね。米は滋賀の玉栄っていう品種らしいです。」

悠奈が言った。

「ほう。富山も米どころだろうにね。」

「ところで、藤熊さんー」

悠奈が話を切り出した。

「私のWhen There's No-One Left to Hearなんですがー」

「ああ、あの反核の歌?」

「はい。Twitterにアメリカの人からDMが来て、ぜひ歌ってもらえないかって。
場所はニューヨークなんですけれど。」

「あらら。MNEMOっちゃんのことがあったばっかなのに。」

「ええ。その方もそのことには触れていて。でも今こそますます日本人歌手が
反核を歌うことが大事なんだって言うんです。核兵器禁止条約も122カ国の賛成で
成立しましたでしょう、去年7月に。」

「ああ。その最中と言っていい時に、北朝鮮の第一書記とアメリカ大統領が脅し合戦して
たね。水を差すなんてもんじゃなかった。1963年の米ソ核危機に劣らない緊張だった。」

「ええ。今だって、どうなるか分かりません。あのときはなんとか中露そしてドイツの
リーダーたちが諌めましたけれど。国連の軍縮担当の責任者が日本人なんですね。
その方の支援も得るから、ぜひ軍縮キャンペーンのイベントの一環で歌ってほしいって。」

「薗さんには話したの?」

「いいえ、まだ。」

悠奈は溜息を吐いた。

「MNEMOさんのことが余りにも強烈でしたから・・・。」

「ね。薗さんもニューヨークのことは詳しいけれど、さすがにー」

「永(とこしえ)は出ようって言うんです。」

「あ、そう。ホムラーの根回しはするって?」

「ええ。MUZIKの方も説得するよって。でもその前にー」

「ああ、僕がOKしてるっていう前提が欲しいんだ。」

「そうなんです。」

藤熊はグラスの「魂を醸す」をグッと呷った。

「まあ、悠奈ちゃんが撃たれるなんてことはまずないだろうね。」

そう言って枡に零れた分もグッと呷った。

「ただ、薗さんは悠奈ちゃんに政治色が付いちゃうのが嫌かもね。」

「ええ。」

悠奈は「やっぱり」というような表情をして下を向いた。

「あの歌は多くの他の趣旨の歌があってー
つまり、アルバムの1曲としてだから政治色が薄まっていると言えるでしょう。
あの歌だけピックアップされちゃうとね。」

「永はMNEMOさんのこともあったからこそ、反核反戦・平和の歌を歌うべきだって
熱くなっているところもあるんです。いえ、私だってそう思うところ大なんです。
ただ私は、その主張だけを歌っていくつもりはないんです。私には恋愛の歌だって
同じくらいに大事です。恋愛も平和あってこそですから、もちろん優先度は二の次かも
しれないけれど、でも、歌は政治的主張が第一ではないのですから。」

「そう。そうだね。まあ、反核の歌が政治的なのかどうか議論があるかも、だけど。」

藤熊は少し考えた。そして、「うん!」と言って、

「戦争してはならない、核兵器を二度と使ってはならないっていうのは、政治的って
言うより倫理的、人倫の問題だよね」

と決然とした口調で続けた。

悠奈は藤熊の顔をじっと見つめた。

「人倫の問題・・・そうですよね!」

「うん。政治的なことではないでしょう。」

悠奈は霧が晴れたような表情をして、「魂を醸す」をチビリと啜った。

「おいしい!」

藤熊もうれしくなって、同じ酒をまた注文した。


<つづく>



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蹉跌集め III-14 [小説]

14

悠奈が藤熊と夕暮れに多摩川周辺を歩いていた。
いろをし房と白梵字が決闘した宿河原が川を挟んですぐ目の前の野道と言っていい小径は、
冬枯れの草木が全体の色調のモノトーンをつくりだしていたが、
常緑樹もそこかしこにあるから、殺風景ではなく、また、雲間からときどき覗く
日没直前の太陽がそれらを照らすと、心もその茜色に染まるようで、
二人は温かく、落ち着いた気分になるのだった。

「悠奈ちゃんのアルバムCD、順調に売れてるね。」

藤熊が言った。

「YouTubeからとか、SNSからのiTunesやSpotifyへの導入もいい感じだし、
薗畠社長も、ホムラーも喜んでたよ。」

「ありがとうございます!」

悠奈が藤熊に向き直り、お辞儀して言った。

「いやあ、俺なんか何もしてないし。」

藤熊は照れた。

「なにしろ悠奈ちゃんの魅力に尽きるよ。写真や動画、悠奈ちゃんというシンガーの
世間への押し出し方がほんとにうまくいっているしね。」

「写真家の白戸さん、デザインの粟田さん、動画のSomogumiさんー
みなさんのおかげです、本当に。」

二人は土手道へと出て、藤熊推奨の開店したばかりの秋元蔵という飲み屋へ向かう。
藤熊の家の近くを通って、六小通りと呼ばれる道を歩いた。

「ここ、ここ!」

藤熊は「酒が飲める。それもとびきりの可愛こちゃんと!」といううれしさを
隠すことのない声調でそう言ったが、悠奈には分からない。

「どもッ!」

藤熊が暖簾を掻き分けて、主人に挨拶した。

「お!藤熊さん。お待ちしてました。」

「え〜。俺じゃなくて悠奈ちゃんをでしょ!」

藤熊は軽口を叩きながら定席らしいところへと歩を進める。
遅れて暖簾をくぐった悠奈ー
主人の「あきもっちゃん」は口をアングリと開けている。

「こんばんは。初めまして。佐藤悠奈です。」

飲んでいた客たちも、あきもっちゃんの表情に気づき、悠奈に視線を向けるー

「おおッ!」

感嘆の声を発する者もいる。
それほどに悠奈は輝いていた。

「ダメだよ、あきもっちゃん!」

藤熊が窘める。

「水出っ放しだよ。」

「あ、あ、はい!」

あきもっちゃんは慌てて水を止めたが、持っていた皿をシンクに落としてしまう。

「ガチャン!」

「し、失礼いたしましたああああ!」

あきもっちゃんが泣きそうな顔で謝る。

藤熊は得意満面で悠奈と二人掛けのテーブルに座り、

「悠奈ちゃん、まず何いく?」

と訊く。

「もういきなり日本酒で。」

「お!やっぱりね、新宿っ子だ、関係ないけど。」

悠奈は笑って、

「関係あるかもです。あたし、歌舞伎町の病院で生まれましたから。」

「大久保病院ね。そっか・・・って、何がそっかなのか分からないけど。
まあ、ともかくね、悠奈ちゃん、ここは売り酒屋直営の飲み屋なんで、品揃えは
半端ないから。」

「じゃあ、富山の『魂を醸す』、ありますか?」

「すごい名前だね。ね、あきもっちゃん、魂をカマすっていうー」

「醸す、です。」

「あ、醸すっていう富山の酒ある?」

あきもっちゃんはお絞りを持ってきて、渋面をつくった。

「こんな美しいお客様に、その美酒を提供したいのは<富山やま>なんですがー」

「おいおい、あきもっちゃん、MNEMOっちゃんみたいなこと言うなよ。」

藤熊が笑って窘める。

「やっぱりないですよね。幻過ぎますものね。」

悠奈が応える。

あきもっちゃんはしかし、フフっと笑った。

「実はね、実は・・・仕入れてます!」

悠奈は破顔一笑して、礼を言う。

「でも、悠奈さん、なんでそんなマニアックな酒をご存じで?」

「知り合いの富山出身者に一度飲ませてもらったことがありまして。」

「立山っていう名酒は知っているけどねぇ。」

藤熊が言う。

「私も噂聞きつけてね、買いに行ったんですよ、富山まで!」

「成政、ですよね、酒蔵は。」

「そうそう!いやあ、特別のお客様にしか出さないんだけど。悠奈さんがそれを
ご所望になるとは!」

「え?五升も飲むの?」

藤熊が戯けて、三人は大笑いした。


<つづく>




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2017 葉月雑記

明後日は克己會=Mick師を囲む会、兼師の誕生会」、RAJOY結成祝賀会、
8.6ギグ慰労会、Kの誕生会、私の誕生会というすさまじい多趣旨のパーティーがあります。

*

Trumpと金ぼんが愚劣な挑発の応酬合戦。
xxどうしが喧嘩するのはちっとも構わないけれど、人類的な悲劇は、
このxxたちが刃物どころか核兵器を使えるということです。
中国・ロシアも巻き込んでしまったら、第3次世界大戦です。
「そんなことには」と思うでしょうが、アルジャジーラはかなり深刻にその可能性を
論じています。

何をするか分からないから、彼らはxxなのです。

*

今朝ラジオで、母親の子守唄で瀕死の状態から蘇ったという被爆者のお話を聴きました。
その後教師となり、校長となって、今は語り部に。
いい話を聴けたなあと歩いていると、

ブーケ.jpg


が6つも道端にあって、「どうぞご自由にお持ち帰りください」と。

こういううれしいこともある人間社会。
xxがリーダーになるのはなぜなんだろう。


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Thus told an assessorー I like Stick

まず、以下はTwitterで書いたものです。

boy.jpg


今日長崎原爆忌。写真の少年は長崎の子で、彼の背中で寝ているように見える幼子は弟。
これを撮った米兵オドネル氏によれば、ここは荼毘に付す場所だったと。
この後マスクをした大人が紐を解き、そうしたと。
No more Nagasakis!

*

とある方が8.6ギグの「アセスメント」をしてくださいました。
いろいろと興味深い内容でした。
RAJOYを初めて知られた方なのに、かなりの洞察力で、たとえば私と治雄ちゃん、
そして「棒」の3人の人間関係的な安定度がよく分かった、と。
私は今回、治雄ちゃんおよび棒へ目配せすらもしませんでしたのに、
それでも長いバンドメイト同士であることが滲み出ていたとすれば、
それはまずそのトライアングルのstaticなところに正に「不動性」を
感じられたのだろうというのと、もうひとつは3パート・ハーモニーが如実に
互いへの信頼を声=音として響かせていたからでしょう。

3人がDDないしはSUBTLYで16年やってきた(とは云え、スカスカな活動内容でしたが)
というのはやはり有形無形で安定性を感じさせるのだろうと思います。

Henriくんと功君は、そうした安定基盤の上で闊達にやってくれればいいんです。
ただ、できるだけ早く、trioからquintetとして安定したいものです。
なにしろ二人はいわゆる上モノ担当で、ソリストですから、目立たねばならないー
というか目立ちたいというのが第一にあるはずであって、中高音域のすばらしい演奏で
目立ってくれるのはもちろん大歓迎。そのとき、その曲の魂あるいはコアを十分に
感じさせる演奏であってほしいわけです。

彼らならきっとそうできると確信しています。

なお、そのアセスしてくださった方は、棒のファンになったそうです。
さすがは棒です。

棒に興味を惹かれた皆様、次回もぜひ棒の応援においでくださいね!
何回ギグをやっても棒で(連続で、という意味)来てくれたら、
棒がどれほど励まされることか。

我が相棒が好かれること、それは私の喜びでもあります。


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8.6始末記〜その2

Mooさんの従妹さまがギグに来てくださいました。
「Mooの紹介で来た者です」と声を掛けてくださったのです。
「ああ、本当に来てくださった!」
感動だらけの夜でしたが、またもやの大感激でした。

気品のある方で、「Connivance〜ETaT」の「黙過」という言葉に反応くださり、
「あの歌よかったですよ。世界に広めなければ」と言ってくださいました。

某君なんかはラフ・ミックス段階のを聞いて「暗すぎる」なんて言っていたんですね。
「逆にむしろ明るい反核の歌ってぇのがよかったんじゃないか」なんて。

もちろんいろんな意見、批評があっていいので、腹も立ちません。
ただ、私は自分の思いを直截に歌にしただけ。
明るく歌うことなんかできなかった、それだけです。

昨夜も広島原爆のドキュメンタリーが放送されていて、6日のうちに亡くなったのは
少なくとも6万人だったというのです。その日は生きていても地獄の苦しみに
もがいた方々も同じくらいの数だったはずです。

テニアン島に戻ったエノラ・ゲイの搭乗員は、勲章を授与されました。
その写真が画面に映し出されたところで私はたまらなくなりスウィッチを切った。

これを狂気と言わず、なんと言うのでしょうか。

「むしろ明るく歌う」?

それができたら、私はすごい藝術家だ。
そうできたらとも思うけれど、まずは悲惨を、非道をそのまま歌ってのことでしょう。


従妹さまは、Is This Americaも好きだとおっしゃってくださった。
これはG StringのOMNICHRONISM収録の歌、私が初めてアメリカへ行き、
New YorkにIndependence Dayに到着、ハドソン河船上で体験した「お祭り」に
感動して降りてきた歌です。

歌詞は移民の気持ちをつづったもの。

「ここは(が)アメリカか?」

この問いは、ようやく自由の国へたどり着いた移民が、自由の女神が遠くに見えた
時に発するものー
ところがトランプ政権になって、「建国精神はどこへ行った?」の意味に。

変容してしまったアメリカへの批判、そして励ましという意味で今回久しぶりに
歌ったのです。オリジナルを弾いてくれた当人のがっちゃんのギター、
Henri君のピアノとヴァイオリンも入って、そして治雄ちゃんとスティックのコーラスも
すばらしく、確かにいい出来でした。

アンコールの拍手声援をいただき、Henri君が「Is This Americaをもう一回ということで
いかがでしょう」と提案、私はそれほどHenri君も印象的に思ってくれたのだと思って
賛成しました。するとお役御免だったはずのがっちゃんが「フエ〜」とか言いながら
再びステージに立って私は苦笑せざるを得なかった。

Is this America?

Yes, it's the land where everyone is free
Yes, it's the land where you are meant to be
Yes, it's the land that you have longed for and dreamed
Yes, it's the land of liberty and love

「日本にはもう住めない」と言っているyasuさんにもきっとひとしお響いた歌だった
ろうと思います。



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8.6始末記〜たぶんその1

昨日朝、いつもより遅くなったウォーキングはひどい暑さと湿気の中でのことと
なってしまい、歩き出してすぐに汗だくとなりました。

8時15分、聴いていたラジオで、広島平和式典で黙祷開始が告げられ、
私は多摩川沿いの道で直立不動、富士の方(真西)を向いて1分間祈りを捧げました。

その後の松井市長の平和宣言、安倍首相の式辞、いずれも無味乾燥で失望感が募りました。

そして紀野一義先生のお宅を<遥拝>し、また祈りを捧げました。
先生はあの日広島でほとんどのご家族を失くしておられるのです。
「紀野先生、どうぞお力を与えてください。」

13:30楽屋入り。
Henri君がいずれも小学生の娘さん二人を「ローディー」として(笑)連れてきており、
微笑ましい図が。「パパのステージ姿は初めて見る」とのことで、
初めて来たライブ・ハウスにそれなり興味を持っているようでした。

リハーサルが始まると、二人は耳を塞いでいて笑ってしまいました。
それでも徐々に馴れていったようです。

そして開場。
心配していたお客様の入りも、なんとか水準以上に達したよう。

本当にありがとうございます!

しみじみありがたさを感じている楽屋では、Henri君の娘さんが子どもトークを
展開していて、余計な緊張感をほぐしてくれました。

そして本番ー
準備不足を露呈することも実は頻々と起こったのですけれど、概ねよい出来で、
私も声がよく出て、大方の賛嘆をいただくことになりました。

Beatlesカヴァーや、私の処女作から最新作まで、死ぬほど歌いました。
メンバーのプレイも、リハーサルではなかった新機軸が織り交ぜられていて、
本番の場で私も楽しませてもらいました。

ところでー

上で「準備不足」とこの後に及んでプロが言ってはならぬことを書きました。
しかし、「プロ」というのがその仕事だけで生業となっている人のことを言うのなら、
RAJOYは全員がプロではありません。
言い訳をしようというのではないのです。それが現実なのだ、ということです。
ミュージシャン受難の時代と言われて久しく、もうそんなことは話題にもなりません。
売れっ子はそれなりいるけれど、「中間」がいない、と言われ出したのは90年代です。

リハをそれなりに重ねてきましたが、しかし、毎回は参加できぬメンバーもいましたし、
メンバーは東京多摩地区2人、城北地区1人、埼玉1人、神奈川(川崎市)1人で、
スタジオも楽器運搬等でクルマが必要なメンバーがいますので都心とかの中間地点という
わけにもいかないのです。ウィークデーは他の仕事があり、では土日はと言っても、
土曜勤務になるメンバーもいますし、日曜しか集まれないことが多く、その日も仕事が
入ってしまうメンバーがいると、2週間間が空いてしまうのです。

これが現実です。

それでも、昨日のギグでメンバーたちは恵まれないミュージシャンシップ維持の環境を
打破し、来てくださったみなさまのご厚志に報いたいと心から思いました。

本当にありがとうございます!

自分たちのともすれば眠ってしまっていたポテンシャルを目覚めさせて下さったのです!

昨日のレパートリーも、そしてこれからのレパートリーも、
ますますその曲、歌としての質を磨いていくー

お誓い申し上げます!


*

いちいち特定のご来場者の方のことをここで記すのは控えたいと思います。

それでも、NYのyasuさんが、おととい日本に来て、今日午前10時に帰るという強行
スケジュールを組んで下さったことを記さぬわけにはいきません。

炎天下、貴重な日曜日に私たちRAJOYの門出を祝いに来てくださったみなさま、
本当に、重ねて重ねて、御礼申し上げます。

メンバー全員、2017年8月6日のHeaven青山コンサートに来てくださったみなさまの
ことを生涯忘れません(とは云え、そう長くはないがー ^^;)。

次回コンサートの折は、必ず報恩させていただきます。

ありがとうございました。



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今日を期して世界へ日本のバンドとして発信するぞ

今日は72回目の広島原爆忌。
72年前の今の時間、ほとんどすべての「被爆者」が晩夏の暑い朝を迎えて、
元気でおられたわけです。十万単位の方々が、あと約一時間半の余命だったのです。

狛江市の人口は8万くらいで、この人口のすべてが一瞬に命を奪われるー
あるいは塗炭の苦しみの中数時間後に亡くなっていったー
そんな想像するのもおぞましいことが本当に起きたのです。

さらに6万の人が、12月末までに亡くなった、と。

むろん米国政府と軍の非人道性だけを声高に訴えても詮無い。
日本政府と軍がこのような悲惨の原因をつくったとだけ論難しても同じです。

核の問題は、原爆の惨禍は、人類全体の問題なのです。

全人類的視点で、「こんなエネルギーは要らない、こんな非道は二度と許されない」
と心ある人々がひとりひとり連帯し、訴えていくしかありません。
その成果が、まだ部分的とは云え、今年国連での核兵器禁止条約成立です。
どれほど犠牲者のみなさまの魂が喜びに打ち震えていることか。

前途はしかしまだまだ遠いのも事実です。
核兵器を持つ国や、その傘の下にいる国は、条約は不完全だからと拒んだ。
その中になんと日本が入っているという信じがたい事実。

みなさまに笑われてしまうでしょうが、このことへの怒りは、
あの世にいらっしゃる原爆犠牲者こそ一番激しく覚えていらっしゃるのであって、
きっと不届き者たちへ天罰を下すであろうと私は確信しています。

今日はとうとう企画して久しいコンサートの当日です。

本当は新曲Connivance〜E2aTのヴィデオをYouTubeに上げ、
それを会場でも流して、RAJOYの門出を飾りたいと思っておりましたのに、
そうはいかず、恥ずかしい想いを持ちながらの広島原爆忌になってしまいました。

Connivanceとは「黙過」のことです。
トルーマン大統領は、本当は原爆投下に消極的でした。
しかしローズヴェルト(「ルーズ」ではありません。為念)が逝き、
急遽副大統領から昇格、就任間もないトルーマンは、軍部の原爆計画の詳細を
知らず、また十分には知らされず、結局「黙過」してしまったという真相が
去年のNHKスペシャルで明かされました。そして長崎にも原爆が落とされて
ようやく彼はストップをかけ、その非人道性に悩んだといいます。
けれども、彼はアメリカ将兵の命をまずはこれ以上出さぬこと、
そして日本人の犠牲者もそれ以上出さぬために必要なことだったという
ロジックを見出し、そう強弁するようになったのです。

それから72年。
「黙過」は今も続いています。
なんと日本においてすら。
もしかすると広島・長崎においてすら。

だからこそ、国連での有志の国々による核兵器禁止条約の締結が「黙過」では
ないという人類の勇気と理性の部分的勝利として尊いのです。

RAJOYに一体何ができるというのかー
その問いは常にありますが、圧倒的多数の国々が核兵器使用は犯罪であり、
人道上の大きな罪であると声を上げ、条約を成立させた年として
2017年は記憶されますし、その人類史的快挙に励まされ、
やれることはやっていく、と決意するだけです。

*

昨日の記事に、「みかん母」様から感動的なメッセージをいただきました。
小さなお子様がいらっしゃる中、コンサートにご来場くださることをぎりぎりまで
ご検討くださったこと、そのことだけで、私は幸せこれにすぐるものなしと
感じています。もちろん来て下さるみなさまの真心も私の最上至上の幸せです。

正直申し上げて、おとといの記事を書いてから、見通しの甘いところが露見し、
満員盛況はおろか、最低ノルマにも達しないかもしれないという事態に
陥ってしまい、昨日は慌てふためきました。

そんな恥さらしは書くなと言われそうですが、私はこれが今の現実だということを
公に認めることに躊躇しません。カッコつけたってしょうがない。

ひとえに実力不足、これだけです。
自分たちの抱える現実の「疎外」を見つめるべきなのです。
そして、あきらめず、RAJOYの音楽を通じPeace & Loveというclicheを愚直に
訴えていく意志を曲げぬための反動を得るよりないではないですか。

今日来て下さるみなさまは、それゆえ、本当にありがたいだけの存在です。
反動を得るためにも、まずは動かねばならず、その動力を与えて下るのです。
「RAJOY草創期の、本当のファンの皆様」と心から感謝申し上げます。

今日以降、RAJOYのメンバーは音楽的「終の住処」たるこのバンドで、
ミュージシャン・ステージでの最終楽章を創り上げ、奏で合うために、
文字通り死力を尽くしていくつもりです。

ことさら日本のバンドであることを強調はしませんが、しかし、
原爆を落とされ、原発の過酷事故を起こしたこの国のミュージシャンとして
期待されることをやり尽くして人生を終えたい、そう思っています。

今日のコンサートはその意味で「最初の一撃」なのです。
私たちはその力で動き出すのです。

その力を与えて下さるみなさまー

本当にありがとうございます。

安曇野のMooさんや「みかん母」様のように、来場することあたわず、
しかし真摯無比なメッセージをくださったみなさまにも、こころから御礼申し上げます。
必ずやRAJOYは世界へPeace & Loveのメッセージを、比類ないかたちで発信します。

広島原爆犠牲者のみなさま、お安らかに。
どうぞRAJOYにお力を賜りますように。



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いよいよ明日です。

今日は明日に備えてゆっくりとします。
2本のギターの弦を張り替えるー
気持ちが落ち着く作業です。

私はrock musicianですが、立って歌うことはしません。
フォーク歌手のように座って歌います。
カッコよく言えば、Neil YoungやJames Taylorのように。

明日は譜面立てありで歌うことになるでしょう。
Rock musicianにあるまじき行為です。
フォーク歌手やクラシックのミュージシャンじゃないぞ!

でも、ある歌において、正確に歌詞を歌いたいのです。
それはなにより重要なことです。
頭に入っていることがもちろん一番ですが、間に合わなかったなら、仕方がない。
そんなんじゃ準備不足を自ら露呈している?
そうも言えるけれど、歌への誠実さでもあるのです。

カッコだけつけて、わけわからんことになっている方がカッコ悪い。

*

最後まで呼びかけさせてください。

どうぞ、明日おいでください。

一緒にPeace & Loveを歌いましょう!



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原爆の絵を描く少女

いよいよ中1日になりつつあります。
緊張感があります。

どうせsloppyな私ですから、何かしらヌケてしまうでしょう。
まあ、それもご愛嬌にできればいいのですけれど。

報道ステーションを見ていたら、広島の女子高校生が被爆者の体験を絵にするのに
長く苦労するミニ・ドキュメンタリーが放送されました。
その健気さにジーンときました。

その体験を語った被爆者はもう何度も癌にかかって、手術を20回だか繰り返し、
女子高校生と<共同制作>している間にも腎癌が発見されるのでした。
駄目を彼からも、また自らも何度も出され、ようやく足掛け2年で完成させ、
被爆者の男性からとうとう感謝される日を迎えた女子高校生。

こんな子がいてくれるありがたさに私も打たれました。

これを安倍さんや与党の方々は見ないのでしょうね。

だから、我々が、民間レベルで反核運動を、平和運動をやっていくしかないのですね。

あらためてそう思いました。



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うたのくにの我なれば

東京は梅雨はとっくに明けたと言いつつ、変な天気です。
今朝も曇天で涼しかった。

それなりの数の方々にギグに来ていただけるという報せが入っており、
本当にありがたい気持ちでいっぱいです。
立錐の余地なき、大入り満員とまではならないでしょうけれど、
Heaven青山さまにご迷惑をおかけしない程度まではご来場いただけるよう
これからもお呼びかけいたしますー

と言いつつ、もうあと中2日なのですね。 ^^;)

*

やまとうたは、人のこゝろをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。
よの中にあるひとことわざしげきものなれば、心におもふ事を、
みるものきくものにつけていひいだせるなり。
はなになくうぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、
いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける。
ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬおにかみをもあはれとおもはせ、
をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきものゝふのこゝろをもなぐさむるはうたなり。

〜古今和歌集仮名序〜
紀貫之


最後が今は特に私の心に響きます。

「たけきものゝふのこゝろをもなぐさむるはうたなり。」

戦、戦という人たちにすら慰めとなる歌は軍歌ではないのです。
愛する人、故郷を思い出させる歌です。

貫之は紀家の人、むろん「きのくに」和歌山に本拠があった豪族の末裔。
紀野一義先生も疑いなく(!)その末裔です。
いつも先生の御宅の近隣を通り、合掌し、ご挨拶しています。

「はなになくうぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、
いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける。」

今多摩川の朝はキリギリスと蝉の声、ウグイスも時に聞けますが、
そろそろ山に帰る頃でしょうか。

生きとし生けるものみな歌を歌う。
そして山や川、草や木、石さえも。

私も一緒に歌います。




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ひたすら感謝

午前2時頃の地震で、いくら早起きの私でも早すぎる起床となりました。

Twitterを開くと、元天声人語子氏が「目が覚めてしまった」と。
「ご同様」と返信し、2900に迫る全世界のフォロワーさんたちのtweetsを
見つつ、1時間半失った睡眠をあきらめました。
そしてウォーキングに出ると、涼しくてびっくり。
不快でないウォーキングは久しぶりでした。

そのウォーキングに出るちょっと前に、Mooさんの「日記」を拝見したら、
K製作のフライヤが貼られていて、私への激励のお言葉にあふれていました。
ものすごく感動しました。

Mooさん、本当にありがとうございます。
2回メイジャー・デビューした、『ガリアン』は当時で15万枚以上売れたと
言っても、私なんぞは本当に無名であり、また無名であることを実はかえって
うれしく思い暮らしてきたくらいで、それゆえギグをやるとなっても、
動員は常に不安で、自分のことならいいのですが、コヤに迷惑をかけられないという
思いでいっぱいになってしまうのです。

お一人でも来ていただけるよう信州から手を尽くしてくださるMooさん。
本当にありがとうございます。
ギグで、「Mooさんの紹介で来ました」とどなた様かに言っていただける瞬間を
心待ちにしております。

NYのYasuさんも、来られないと言っていたのに、やっぱり行く、と。
頭が下がります。

もちろん、他にも感謝感謝しかないご来場予定のみなさまがいらっしゃいます。

本当にありがとうございます!



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Just One Week from Today

8.6_Flyer.jpg


Just One Week Before!

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Musical Potpourri

昨日はリハをする日としては記憶する限り初めての本格的な雨、
湿度百パーセントの不快さの中でしたが、6人全員が集まり(当然ですが)、
楽しい4時間を過ごし、クルマの治雄ちゃんとスティックはリハ後帰りましたが、
Henriくん、功くん、がっちゃんとで食事をしました。

*

いよいよ来週の今日が本番です。

ますます思うのは、そのギグを梃子にしてRAJOYここに在りと世界へその音楽を
アピールせねば、ということです。

私個人としても、埋もれてしまったかわいい我が子のような歌がたくさんあって、
それらを信頼できるRAJOYの仲間にいろいろと育ててもらいたいと念願しています。
反核・反戦もそのものズバリ訴える歌があっていいけれども、元々歌というのは、
戦闘のため士気を上げるとかという目的のものでない限りは、それ自体が平和なもの。

これからいろいろな歌を、まるでBeatlesのホワイト・アルバムのようなパッケージの
中にまとめていきたいと思います。もうそのイメージはpotpourriという言葉に
なっています。

8.6では、全て私の作詞作曲のものになりますが、それらだけからでもみなさまには
多様な音楽性を感じ取っていただけると確信しています。
そしてその後、Henriくんや功くんのメロディーも加わっていくわけで、
多様性はますます高められていきます。

その予感というべきものをぜひつかんでいただければと思っています。



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RAJOYの魂

今日はMick師のお誕生日です。
おめでとうございます!

明日RAJOYメンバー全員とがっちゃんが集合、4時間のリハーサルです。
当面8.6のことで手一杯で、師のお誕生会もそれ以降となってしまいます。
そうするとsimoちゃんや私の誕生日が近づいてきてしまうので、
「克己會(Mick師を囲む会)」を来月中旬には開いて、一気にKを含めた合同誕生会も
やってしまうしかないようです。

*

師はEUROXこそ世界を相手にできるバンドだとずっとおっしゃってくださっていました。
そのお言葉は、G StringやDDを主宰していた私には時に厳しく響きました。
「そうかもしれないな」と思ったことも何度もありました。

EUROXには緊張感がありましたー
とは云え、私はデビューから半年もたずに飛び出したのですから、
そんなに論評できるほどの内部経験があったわけではありませんが。
楽典知識からこなせる楽器の多さ、そして作曲能力、編曲能力など、突出した才能が
あるHenri君がいて、学生時代からTAOを経てずっとそのHenri君と共に演奏してきた
治雄ちゃん、たっちゃん、そして最終的に加わった、常に新しい音楽を追求する
栗原君で結成されたEUROXは、80年代中葉の、まだフロンティアがあると信じられた
時代で、先鋭的であろうとしていたバンドでした。

私には音楽的な前衛に立つことも大事でしたが、なにしろ作詞を担当していたことも
あって、何より大事だったのはバンドの詩情的な部分でした。
Cold Lineや星の1秒などなど、たった4曲、5曲くらいで自分の詩的ストックが
枯渇してしまった時、私には為す術がなくなってしまっていたのです。

「何を訴えるバンドなのか」ー

この問いに一番答える義務を有したのが私だったのです。

そしてその任に非ずと、蓮舫さんのように限界を悟って<逃げた>。


逃げてELIXIRを結成し、そこでまず「I'll Quit」が降りてきた。
功君の歌には反核の歌詞をつけた。しかしいずれも未熟なものでした。

86年秋、猫のチロの死を迎えます。
そこでようやく自分が本当に歌いたい・歌うべき詩情が溢れ出てきます。

95年、G Stringで再デビューした年、治雄ちゃんが過去のことを不問にして私を
訪ねてくれました。考えれば、この訪問から、RAJOY結成の萌芽が生じたのです。

その95年、Mick師が<喜んで>我がG Stringのco-producerになって下さった。
それでも師の本音は「EUROXこそ」だったのです。

EUROXではないけれど、RAJOYはELIXIR(G String)とEUROXの融合体です。
互いに全部のメンバーが融合したわけではないですから、「ひとつになった」などと
吹聴する気はありません。

しかし、RAJOYが1日も早く軌道に乗って、いつか、本当に「ひとつになった」と
言える日が来るといいな、と思っています。



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RAJOYを主宰して

私はリーダーには全くふさわしくない人間で、
そう言うのは、結局ずぼらな性格だからなのです。
責任を負うのは最小限にしたくなってしまう性向がどうしても抜けません。

小学校のときは児童会副会長、中学のときは報道部の部長でしたが、
生徒会の役員は目指さず(教師たちに媚びたくなかったというのもあり)、
応援団を組織して、そこでも副団長、幼馴染の文男くんに団長を譲りました。
(Kは別の小学校で児童会会長、同じ中学では生徒会会長、バレーボール部の
キャプテンでした。)

それでも今RAJOYの主宰になっているのは、どういうことなのでしょうか。
EUROXとELIXIRを全部ではなくとも融合させたいといういつの頃からか抱いた夢を
ずっと見続けてきたのは私なのですから、当然と云えば当然なのですが。

治雄ちゃんとHenriくん、スティックと功くんー
少なくとも1990年代末まではとても考えられないメンバーでRAJOYはいよいよ
スタートします。

いずれのバンドでも曲と詩を書き、歌を唄ってきた私です。
要と云えば要ですね。
すばらしいミュージシャンたちと一緒に、要となって、これから1984年に見ていた
みんなの共通の夢をとうとう2010年代の後半に実現させます。

それは世界的な大ヒットを生み出すことではありません。
むろんそうなったらそうなったですばらしいことですけれども、
メンバー個々の才能と経験の集積をバンドとしてさらに集積し、
個々が人生最高のパフォーマンスができたと実感できる瞬間を迎えることです。



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Kの誕生日

今日はKの誕生日、暦が還ってきました。

Kのことは実に何度も何度も書いてきましたので、今更書くこともそうはありません。
お母様は94歳でご健在、孝行息子をしっかりやっていて偉いですよ。

私にとっては13歳で出会ってからずっと友だちです。
そういう存在は他にはいません。
メールなどでは田舎言葉でやりとり(これも以前書きましたが)。
一番使うのは「ほーが(せ)」、
「そうか(い)」に当たります。

まあ、そんなことはないだろうけれど、彼がお母様のお歳まで生きるなら、
あと34年もあります。ぜひそうであってほしいですが。
私ももし付き合えたら、こんなありがたいことはない。
もっともっと彼と人生を語り合いたいです。



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あと13日。

本番まで2週間を切りました。
しつこくてすみませんが、どうぞよろしくお誘い合わせの上おいでください!

*

昨夜もリハでした。
3時間歌い通しで、なかなかheavyでしたけれど、楽しかったです。

1、2部のリハ(SUBTLY部分)の演目を聴いていた安ちゃん(Henri)が、
「いやあ、いい曲ばっかりじゃん」と言ってくれてうれしかったですよ、ええ。
治雄ちゃんやスティックはそういう<照れるようなこと>は言ってくれませんから。
(笑)

それで、飛び入りでどんどんviolinやkeyboardを即興演奏するものだから、
混乱してしまってー いや、うれしい悲鳴になったりしました。(笑)

今度のリハは功くんもがっちゃんも来ますので、大賑わい。
スタジオは立錐の余地もなくなってしまうでしょう。

すべては来てくださるお客様のためにー

引き続き集中します。






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蹉跌集め III-13 [小説]

13

「ELIXIRのベースの人ってどうなったの?」

周平が『Savior』を流しながら訊いた。

「いろいろあってELIXIRの発展型だったG Stringが解散になったのね、2001年に。
それ以来MNEMOさんはそのベーシスト甘口ジョンさんとは活動しなくなって
しまったのよ。」

「Rock'n Reds春さんの方が考えてみれば出会いは早んだよな。」

ケンスキーが言った。

「だからMNEMOさんね、こう言ってたわー

2EsはEUROYとELIXIRの合体バンドなんだ。自分が飛び出たバンドと、飛び入った
バンドが、30年とかの時間が経過して合体する、それは夢だったんだよって。
甘口さんも本当に甲斐甲斐しくMNEMOさんを支えてくれたって。
だからいつか、EUROYとELIXIRの全員が集まって、個々の音楽人生の最終章を
奏で合えたらいいなって。」

「やべッ。」

芳樹が言った。

「涙腺緩んだ。」

「歳をとると、いろんなこと乗り越えられんだなあ。」

幸嗣が言った。

「乗り越えるはずだよ、だって先がない、ってな。」

落語好きのケンスキーが七五調で戯けた。

「な、俺たちだっていつかそうなるんだ。」

「MNEMOさん、ご長兄を2013年に亡くしたでしょ。まだ63だったのよ。
前々年の暮れにお父様を亡くし、そして2014年晩冬にお母様も。
たった2年半で次々と。特にご長兄の死はショックだったみたい。
若過ぎるって。一時期鬱状態にもなったようよ。

そして一昨年、イーグルスのグレン・フライが70前に亡くなったでしょう?
影響を受けたシンガーだったから、これまたショックで、自分にももうそんなに
音楽をやっている時間は残されていないってしみじみ感じたって。」

RAJOYのみんなは押し黙ってしまった。

「Life is very short
And there's no time
for fussing and fighting, my friend

って、今こそこの歌詞の意味が痛いほど解るようになったって。」

「We Can Work It Outだね。」

ケンスキーが言った。

「うん。だからもう恩讐を超えて、Peace & Loveっていう自分のロックを目指した
まさに基本的動機=モチーフのため、みんなと最終楽章を奏で合いたいって。」

「MNEMOさん、全然声嗄れてないもんな。」

芳樹が言った。

「ああ。I'll Quitなんて、トップが、ギターで言えば、1弦の12フレットのEだ。
ファルセットじゃないんだから、呆れる。」

光が言った。

「それでも、いつ、急に出せなくなるか分からないよねって。」

悠奈が応えた。

「今、今、なんだよな。Seize the day、Carpe diemなんだよ。」

光が強く訴えるように言った。

「あ?」

周平がキョトンとした。

「その日をつかめ、今という時を大切に使うんだってことさ。」

「あー。」

周平が力なく呻くように言った。

「オラよぉ、みんな頭良すぎて、浮いてるよな。
つらくなってきたよ。でも、見捨てないでくれよな。」

「大丈夫。見捨てても、いつかまた糾合するって。」

ケンスキーが言う。

「なんだ、<きゅうごう>って。」

周平の言葉にみんなは大笑いした。

新年会の夜は更けていく。


<つづく>






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蹉跌集め III-12 [小説]

12

「悪いけれど、MNEMOさんなんてそんな目の敵にするほど・・・。」

周平がそこまで言って、言い淀んだ。

「いや。」

ケンスキーがすぐに反論をした。

「周平はネットやらなさすぎ。ま、彼女とのことで手一杯なんだろうけど。」

周平は「デヘヘ」と照れた。

「サンフランシスコでの銃撃事件以来、知名度上がりまくってるんだ。
アラブのフォロワーの数を軽く凌駕しているよ。アンチ・トランプの人々も続々
糾合っていうような状態でな。さらに国内の反核反原発反戦争の人たちも
フォローしまくりで今20万以上いるぜ。」

「ええ?じゃもうそういうののアイコン状態じゃん。」

周平がそう言って、口を開けたままにしている。

「MNEMOさん、去年の7月にEUROYとELIXIRのメンバーたちと新しいバンド、
2Esを結成して、YouTubeに数本ヴィデオを上げてて、これもすごい視聴数で。」

「ええ。」

悠奈がケンスキーの話を受けた。

「ELIXIRっていうのはMNEMOさんがEUROYを1984年に半年もたずに脱退して
すぐに結成したバンドでね。沢口勲っていうMNEMOさんの最初のバンド仲間が
国分寺のスタジオに出入りしていて、そこで知り合ったドラマーとベーシストを
MNEMOさんに引き会わせてできたバンドなのよ。」

「そのドラマーが棒さん?」

周平がドラマー同士の関心を寄せる。

「そう。84年当時、MNEMOさんと勲さんは、EUROYに負けないバンドを作るって
息巻いていたそうよ。その記念すべきリハーサル1曲目が『I'll Quit』よ。
原爆忌のコンサートでMNEMOさん、言っていたでしょ。」

「ああ。あの最後のリフレインのところでMNEMOさんが絶叫するやつ。」

「そう。そして2曲目が『All We Know』って曲で、これは後に日テレのスポーツ番組の
オープニングで使われたんだけれど、すさまじく音量が低くてどうにもなんなかったって
MNEMOさんが嘆いていたわ。」

「ほんとに悠奈はいろいろ聞いてんだな。」

「3曲目が沢口さんが作曲した『Savior』よ。反核の歌でね、核のボタンを押せと
言った本人だけが生き残って、水を求めているの。神様を呼ぶのね。」

「そんなの、見捨てるだろ。」

「ところが、雨が降り出すのよ。」

「ああ、黒い雨。」

「いいえ。おいしい雨よ。雲ないのに、雨が。」

「は?」

「それって、神様の涙だろ。」

ケンスキーが口を挟んだ。

「さすがね、ケンスキー。」

悠奈はにこやかに言った。

「MNEMOさんらしいストーリーだよな。」

「この『Savior』もYouTube上ですごい聴かれてるよ。」

周平は早速自分のスマートフォンで検索し始めた。


<つづく>





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来てくださる皆様のために全力を

これから歩きに出ます。
未明散歩でなく、この頃は深夜散歩になっています。

ところで、Ishaynishus様が前記事にコメントをくださり、なんと3名様で
8.6ギグにおいでくださるとのこと!

今その御コメントに接し、なんだか感動してしまって・・・。
大袈裟のようなですが、そんなことはありません。
どんなにか歌を聴いてくださる方への感謝は私には計り知れないか。
それも奥様とお嬢様もお連れくださると。

しかもIshaynishus様は昔ランタンのギグに来て下さったことがあるとか。
そのときお嬢様は幼かったが今や年頃とのことで、本当にそんなにも長き間
私の歌にご関心をお寄せくださり、そしてご支援をくださっているなんて。

もちろん、<いつも>ギグに来てくださる花ちゃん始め何人か(!)の皆様への
感謝も計り知れないの数乗(数学的に意味なし)ですけれども、
ワンマンでの公演では本当にうれしい限りなのです。

どうか、みなさま、本当にしつこくて申し訳ないのですが、
Ishaynishus様にお続きください!

心よりお願い申し上げます!!!



*

きてくださるお客様のために全力を尽くすー
当たり前のことですが、今晩もRAJOYメンバーとやりとりしていて
その言葉をみなでシェアしました。

こんなことができているのも、ファンのみなさま、お客様のおかげです。

本当にありがとうございます。



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