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2.17後記 ーその3

「コンサート、大変感動いたしました!

初めてMNEMOさんの歌を聴いたのは、高校生の時でした。
辛いとき、しんどい時は星の一秒を聴いて頑張ってきたので、
コンサートで生で聴けて本当にジーンときました。

次回コンサートも楽しみにしてます!
娘の機嫌がよければまた一緒に行きますねw
ちなみに娘は朋ちゃんなので、Two Moonsなのです。

Gretschのギター、とてもカッコ良かったです!
じつは私も、一緒に行った友人もGretschを愛用してるのです(^.^)

本当に素晴らしいコンサート、ありがとうございました!

by Ishaynishus」


・・・本当に、こちらこそ落涙ものの(実際そう)コメントをありがとうございました、
Ishaynishusさん!

『星の1秒』、『ガリアン・ワールド』の2曲を歌わせていただいて、
こうしてIshaynishusさんやそのお嬢様まで今に至ってわが歌をお聴きいただけるー
本当に、高橋監督、サンライズ様、当時WP社の担当ディレクター藤倉さん、
そしてすばらしい楽曲を作ってくださり、歌唱指導もしてくださった故・井上大輔さん、
一緒に録音日当日まで(!)詞を一緒に作ってくださった三浦徳子さん、
そしてEUROXの個々のメンバーのおかげです。

本当に感無量です。


*

昨夜はRAJOYヴィジュアル担当のKと打ち合わせをしました。
8月の2つの原爆忌、15日の「終戦」記念日に向けてのRAJOYのアウトプットを、
trailerを作ってみなさまに待望いただくという企画についてです。

その話の折、Kが私とスティックのduoで歌った1986年の歌、
CAN'T LET YOU SLIP AWAYがとても良かったと言ってくれました。
当時ELIXIRとして、功君とスティック、山口じゅんさんとで1987年に仕上げ、
それを彼に聞いてもらったその日を鮮明に覚えている、と言うのです。

3年後ーもう時効だからいいと思いますー
ポニーキャニオンの米人ディレクターのStevenの耳にELIXIRのデモが止まり、
この歌にも惚れてくれましたが、まずはWhen There's No-One Left to Hearと
There Is Nothing to Be Afraid of, Girl、そしてReptilesの3曲を一口坂で
録音したのでした。Can't Let Youはラヴ・バラードの範疇であり、
シブい部分もあるので、まずはキャッチーないしエッジのある曲をとなったのです。

そのStevenが唐突に帰米してしまい、ELIXIRのポニーキャニオンからの
デビュー(私には2回目のメイジャー・デビュー)話は頓挫してしまったのです。

まあ、そんな話はいいか・・・。 ^^;)


話は戻って、Ishaynishusさん、Two Moonsさんにもどうぞよろしく。
多分8月にはミニアルバム発売記念コンサートをやらせていただきますので!

(^^)/



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Stop the Tyrant from killing Syrians

シリアがひど過ぎる状況です。
アサドは同じ民族、同じ言語を話すつまり同胞を誰彼なく殺しています。

遠く離れた私たちはほとんど何もできません。
私は日本政府(外務省)に外交努力するよう投書しましたが、
むろん紋切り型の「参考にいたします」くらいの返事だけが来ました。

よろしければSNS上の拡散、またユニセフへの寄付で、ご協力を心から
お願いいたします。

Humans can kill so many people with the same ethnicity and language.
Think deeply about this and start acting to stop the tyrant, or at least help support the victims.

https://www.unicef.or.jp/kinkyu/syria/


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2.17後記 1の付記

後記1の最後の思わせぶりな記述につき、数人の友人より「何があった」と。
コンサートに関係した者の中に不届き者がいたとしか言えないのです。
それ以上はやめておくのが上策なので、お許しください。
むろんRAJOYのメンバーの中に、ということではありませんし、
RAJOYに普段関わってくださる方々でもありません。
その人間の怠慢で我々の思うような音が出せないところがあった、と。
どうぞこの辺りでお許しを。


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2.17後記 ーその2

コンサートで歌った曲はすべて私の思い入れのあるものばかり。

中でもスティックとduoでの冒頭4曲のひとつ、
CAN'T LET YOU SLIP AWAYは歌っていて本当にグッとくるものでしてね、
1986年にこれが降りてきたときのこと、その前後のことがあまりに懐かしくー

おととい猫のチロを埋葬したところの近くでこの歌を口ずさんで泣いてしまった。

20180205_090953.jpg

生田緑地に在る科学館で買ったこのオリオンのペンダント。
これをつけて私はコンサートで歌ったわけですが、

Picture ourselves in the breezy field
Remember the stars in the sky

という、Dに転調した直後のラインを歌ったとき、すさまじいほどの懐かしみに
襲われたのでした。Dという和音の響きもピッタリでしてね。

歌が降りてきて、チロがオリオンへ昇天して、今年の十月でもう32年も経つことになる。
ということは33回忌なのですね。

ああ、RAJOYでこの曲をremakeして発表したいな、その日までに。



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2.17後記  ー多分その1

まずは笑って読んでください。

コンサート後、「声がよく出てたねぇ」といの一番に言われるのは、
私にはそううれしくない感想なのです。
「いい(すばらしい)声だ」、「いい歌、曲だった」、「ジーンときました」と
言ってくださる方こそ我が友です。

「声がよく出てた」と言うのは全部<身内>の方々。
上の後段で述べた感想は当たり前ってことなんでしょうけれど。
(ジーンときたかどうかはしらないが。)

その「身内」でも功君は、「凄みを増した」と言ってくれました。
さすがはミュージシャン同士の身内です。

*

こういうことを書くのはいかがとおっしゃる向きもありましょうがー

当ブログの数少ない投稿者でいらっしゃるIshaynishusさんは、
お連れ合い様、お嬢様、ご友人お二人で来てくださり、
大いに動員協力をしてくださいました。感激などというものではない、足らない。
もう土下座をしたい気分でした、本当に。

このHNはお嬢様とのjazz unitの名前だとお聞きして感心してしまいました。
なんという微笑ましいことでしょう。
音楽ご一家なのですね。

Ishaynishusとはシャイアン族の戦士の名、英語ではTwo Moons。
なんと私にはI've got two moonsという詞の歌があり、
昔2moonsを入れたアドレスを使っていました。(変えてますよ、もう。)

なんということでしょうね。

Ishaynishusがそういう意味であることを今知ったのですから情けない。
でもそれゆえに感動も大きいです。


「はなちゃん」も毎回来てくださる、得難い若い友人でファンです。
はなちゃんとは知り合ってずっと後に互いに紀野一義先生との縁があったことを
知り驚愕したのでした。


こう考えてみれば、来てくださった皆様とはなにかしらのご縁でつながって
いるのだと思いたくなります。

*

一昨日も私たちは人生をそのまま歌い、奏でました。
人生とは縁ですから、縁を私は、安ちゃんは、功君は歌にし曲にし、
治雄ちゃんとスティックは強いきずなで奏で合ってくれました。
さらに私は歌い、安ちゃんはヴァイオリンを、ピアノを奏でました。

その、人生とは縁であるということをまるで感じない者が今回の
コンサートに関わってしまいました。
お気づきの方は多いでしょうね。

そんな人間に図らずも関わらす状況になったことにつき、
心からお詫び申し上げます。


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2.17を終えて

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昨日は寒い中、青山まで駆けつけてくださった皆様に
あらためて心の底から御礼申し上げます。

我々のような力不足のミュージシャンたちにとって、
貴重な時間とお金を費やしライブ演奏を聴きに来てくださる方々こそ、
大袈裟でなく、本当に神様のような存在なのです。

どのメンバーのとは言いませんが、ご友人が来てくださり、
私と握手してくださって、「どうかXXをよろしく頼みます!」と嗚咽を
抑えながら何度も何度もおっしゃるのでした。
「私こそ彼に<よろしくされている>のです」と申しましたが、
その方の言わんとされていることがとてもよく分かるのでジーンと来ました。

そのメンバーの才能が今活かしきれていないことへの無念さです。
そのことについては私だって同じように思われていることでしょう。
活かしたくてもそのいとまが限られてしまう現状ー
悔しいことですが、呪ってみても詮無いことです。

ただもうひとつ、その方の真意があると思っています。
RAJOYのコンサートに感動してくださり、そのメンバーが活かされるのは
このRAJOYなのだと確信してくださったからよろしくと言うのだ、というものです。

私はMCでも再三言ってしまいました。
長くてあと10年でしょう、と。
私たちが何十年もやってきたことの総決算をRAJOYで行うことは疑いない。
音楽=歌の本質にいよいよ迫って、私たちは死んでいきたい。

それだけです。

その願いをさらに強くしてくださった、昨日来てくださったおひとりおひとりに
手を合わせています。

ご恩を忘れません。




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みなさまとよい時間を過ごせますように

いよいよ明日です。

今の処風邪は引いていません。 ^^;)

明日お会いできるみなさま、本当に楽しみです。
いい歌が歌えるよう、全力を尽くします。

おやすみなさい。


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あと中2日

大きな力に、まさに民草が根こそぎにされる図ー
Mooさんの日記の記述には現場で体験した者のみが語れる凄みあり。

*

RAJOYには、恥ずかしながら、音楽だけで糊口を凌いでいるメンバーがいません。
情けない現実ですが、むろん今は受け入れるよりありません。
あと長くて10年、何ができるものか。

自分らの音楽的および思想的信念を具に音にしていくことしかありません。

私たちのラストスパートにできればご声援を賜りたいのです。
むろん、できれば、です。

*

明日はKの仕上げてくれたIS THIS AMERICAのCDを取りに行き、
夜はおそくにスティックと練習です。

友人の思いやりと自分らの持ち出しばかりで支えられる活動ですが、
弱音は吐きません。

コンサートに来てくださるみなさまも「友人」ですね。

ありがとうございます!

きっといつかは僕らの歌が理解される、愛されると信じています。


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さびしさと悲傷を焚いて

本番が近づいてきて、風邪やインフルエンザにかからぬことがまずは私の責務。

*

綾瀬はるかさんが「世界平和」を望んでいると。
山本(新島)八重役をやってから「ふくしまに恋して」くれて、
そして今world peaceを言う。
すばらしいですね。

*

音楽やっている者にとって、Peace & Loveしかないのは再三言ってきました。
そうでもないミュージシャンもいるんでしょうけれども、
そんなのはホンモノじゃない。

それしかないって歌って、そして死んでいく、それだけです。
現実はまったくそうなっていないけれども。


もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと云つたとこで
またさびしくなるのはきまつてゐる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚いて
ひとは透明な軌道をすすむ

ー宮澤賢治「小岩井農場」の一節から


さびしさと悲傷を<焚い>て灯火にし、透明な道を歩いていく。

ああ、また花巻に行きたくなったなあ。



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あと中5日

これからリハーサルです。

*

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今朝は橋を渡って登戸・宿河原方面を歩きました。
聴いていた曲はRaspberriesが中心。

Let's Pretendという名曲があって、ファルセットでEricと共に歌いました。

https://www.youtube.com/watch?v=d_-nxBzxb1c

中学・高校時代の感性にピッタリの歌ばかりのRaspberries。
その頃を思い出しながら、しかしこんな年寄りになってもときめく自分。
徒然草にも書かれた場所を、白梵字、いろをし房という二人の「ぼろぼろ」に
祈りを捧げながら、英語の歌を歌って通る自分。
客観化して笑うのです。

彼らにしてみれば、平安末期や鎌倉初期には到底考えられない類の<歌詠み>が
己らのことを思いながらわけのわからぬ言葉を節にして通って行く。

「どうか、お力を与えてください」

と私は歌の合間に祈りました。




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メールにてご予約を

訂正

すみません。
電話予約ではなく、

http://www.heaven-aoyama.jp/schedule/?cal=20182#2018217

RAJOYページにあるメールフォームから予約をお入れください。

よろしくお願い申し上げます。


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いよいよあと1週間

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われらThe RAJOYのヘヴン青山コンサート、
ちょうど1週間後となりました。

実質的に今は無力なわれわれですが、
日本人バンドとして必ずそうであるがゆえのモチーフと感性で世界に訴えていきます。

どうか草創期(!)のわれわれに力をお貸しください!


*

HEAVEN青山
電話予約 03-6447-0558

「2.17 RAJOYのコンサート観覧希望」とお申し込みください。
前売り扱いとなります。



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非売品限定版IS THIS AMERICA今日ミックス完成

アンリ君が全幅の信頼をおき、また私も治雄ちゃんもスティックもそれなりの
お付き合いの中で頭が下がる思いをもうすでに何度もしてきたミキサー&
エンジニアの青野光政氏(青ちゃん)が、IS THIS AMERICAにつき今渾身の
ミックスをしてくださっております。

Versionラス前のを拝聴しましたが、まるでIS THIS AMERICAのオリジナル
(1995年発売のOMNICHRONISM収録)とは違う音になりました。
ミックスが時代を捉えている、ということです。
これを2.17、白土恭子氏のカヴァー写真、栗田栄光のデザインのパッケージで
みなさまのご喜捨に応えるかたちで贈呈申し上げます。
(ワンコインで販売というかたちをとらないことにいたしました。)

どうぞRAJOYの活動を応援くださるみなさま、よろしくお願い申しあげます。


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minor7の空

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2.17でいくつもの私の曲を歌いますが、
中にはこの空のような心境で声を出すこともありましょう。
暗い?
それはそうだけれど、明暗の暗が勝っている空でも、明はもちろんあって、
なんというか、この空こそminor7なんです。
もう少し明があるとMajor7の端境に達する。

なにを言っているんだ。
でもそうなんです。

2.17、どうぞみなさま、おいでください!



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Henri's Birthday

バンド内SNSなどでは先陣切って祝辞を捧げましたが、
今日は関根安里くんのお誕生日です。

日曜のリハ後、スティックも交えて食事していろいろ語り合いました。
1984年のEUROXの時も、こんなことができていればなあって思った。^^;)

互いにいろいろな経験をあれからしてきて、いよいよその音楽の心の襞に
とどまったものを一緒に楽曲にしていく今がどれほど大切か。

安ちゃん、おめでとうございます。

どうか互いの「終の住処」RAJOYでずっとよろしく!


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2018 立春大吉雑記

名護で稲嶺さんが落選。
Twitterの私のタイムラインでは、当然そのことに悔しさを表明するtweet多し。
ただ、これで終わりではないと結ぶ人が多くて立派だなと思う。

美しい海をつぶして、戦争のため(防衛のためという言い方であっても)の施設を
造るということの根本的な愚かさー
人間なんて結局戦争する生き物だという悪しき諦観にー
こころから情けなさを感じる。

*

昨日立春のリハーサルも楽しく充実していました。

安里君がRAJOYに参加してくれて、昨日は狭いスタジオでメンバー同士向かい合って
演奏していると、ふと藤倉師のご自宅のスタジオでリハーサルをしていた
もう三十数年前のことを思い出しました。目の前は治雄ちゃん、
左すぐ隣が安里くんですからね。

みんな歳をとりました。
けれど、音楽を奏で出すとまったくそんなことは頭の中で雲散霧消して
若い頃に劣らぬ情熱が蘇ってくる。

どうぞ、そんな僕らを見に、聴きに来てくださいね、みなさま。




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We do nothing but sing for Peace & Love

今日もリハーサルです。

トランプ政権はより核攻撃をし易くする方針(使用基準の緩和、
核の小型化により)を出しました。
この方針に河野外相はすぐに支持するとの声明を発表しています。
アメリカのことは措いておくわけにはいかぬものの、
なにしろまったくもってどういう国になってしまったのでしょう、日本は。
先の大戦のすべてを忘却したかのようです。

究極には、思想の違い、世の見方の違いで核による大量殺戮をしてもいいというのが
核戦争肯定論です。こんなバカな話があるでしょうか。

ドナルドとジョンウンというたった二人の決断で、東アジアが、世界が、
核の戦場になりうる今です。

RAJOYが反核を歌ったところで何になるかと空しくなるところですけれども、
本当に、我らの乾坤一擲の活動が何らかの違いを生み出すと信じて
やっていくほかはありません。

どうか、みなさま、お力をお貸しください。


RAJOYはとにかく平和と愛を死ぬまで歌っていきます。
その「死ぬまで」もそう遠くない今です。

歌い切りたい。



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2.17 追加情報

Ishaynishusさんご夫婦(お嬢様も)、Mooさんの従妹さま、HONDAのI君など
前回の青山ギグに来てくださった方々が17日のにも来てくださいます。
本当にありがたいことです。

より音数の少ない、acoustic感が大幅に増えるコンサートとなります。
ごまかしが利かないということでもあります。(汗)

そこで私たちは平和と愛を歌うわけですが、
特に反核・反戦の歌にフォーカスを置く。
と言いつつ、アジるような歌ではなく、切々と、そのまんまの反核・反戦歌詞でない
ものを歌い上げていきます。

もちろん愛の歌もたくさん。

どうぞおいでくださいね。

IS THIS AMERICAの1曲入りCDを記念に販売(限定40枚)させていただきます。
どう考えても赤字の1枚500円です。
ご希望あれば、サインを入れさせていただきます。

パッケージ・デザインはK(栗田栄光@シモグミ)によるもの。
写真はギグ宣伝vid同様白土恭子さんによるものです。

音源のエンジニアリングとミキシング・マスタリングは青野光政氏。
すばらしい音です。
ご期待ください。


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2018 晩冬日記 1

今日はMooさんのお誕生日です。
おめでとうございます。
いつも思うことですが、Mooさんのアクションで様々な変化が起きました。
被災地支援、無料開放のバラ園造成運営、公民館使用に関する全国的な基準見直しの
機運醸成および改革などなど、枚挙に暇なし。
これからも、ぜひ!

*

昨日のセッションは楽しいものでした。
1858年日米修好通商条約のアメリカ側全権ハリスとドーアがいた
横浜市神奈川区高島台の本覚寺を見下ろしながら、IS THIS AMERICAの
ハーモニーを録音したのは痛快でした。


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Semi-Unplugged Session

今日は6時間にわたるRAJOYのセッションがあります。

場所は世古さんの所有するシェアハウスのグランドピアノのある部屋です。
電気による増幅がほとんどないかたちでの、正に生の演奏。

2.17で前半を中心にそうした演奏をお届けします。


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歌に生まれはここだと言う私

今日のウォーキングは、久しぶりに野川緑道へ。
狛江駅近くから昔頻繁に通った道順を行きますと、
さらにその昔に慣れ親しんだ緑道につながります。
もちろん長靴で、雪をカリコリ(凍っている)踏みしめながら。

スティックが今G String時代の音源をネット(Line)に上げられるようにして
くれておりまして、狛江市東野川2丁目在住時に作ったものが主ですから、
それを聴きながら、当時を懐かしく思い出しました。

創作部屋だったところが今でも遠くからながらも見ることができ、
歌に「お前がうまれたところだぞ」などと語りかけた。


目がよくなって、日中に、それも陽光まぶしい中でも歩けるようになって、
今までの分を取り返すがごとく歩き回っています。




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左目の手術日決まる

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昨日の多摩川、午後2時くらい。
ほぼ誰もいない中、Love for Loveという歌の練習をしました。
功君の従弟Yくんが発表当時絶賛をしてくれましたっけ。
2.17に歌うつもりでいます。

*

今日は朝から雪踏み分けて(そこまで凄くない)眼科の医者へ。
やはり予想通り混まなかった。
すぐに検査と診断、そして手術日を決めてきました。
3月中旬に採血とかされ最終診断、手術は4月下旬となりました。

今右目は1.0、左目は0.4ですが霞みがひどい。
それでもうまくしたもので右目があまりにいいので補ってしまうのです。
だからとてもクリアな視界で十分に雪景色なんかも楽しめます。

これで左目も水晶体再建手術したら一体どれほど世界が澄み渡るものか。

まあ、少し難しい右目手術を、そこに至るまでの手続きを含めがんばったので、
左目は軽い症状ゆえ日帰りで済みますし、面倒くささはほとんど感じていません。

早く両目開眼となるといいなあ。
新緑の季節はバッチリです。
待ち遠しい。


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Hal's Birthday

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今日は治雄ちゃんの誕生日です。
おめでとう!

祝意を持ってくださる方、2.17においでくださいね!

(^^)/


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1ヶ月切りました

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さて今日で2.17ヘヴン青山RAJOYコンサートまで1ヶ月を切りました。

これからリハーサルの追い込みで、
今日は「前座」スティックと私のduo部分の練り込みです。

RAJOY本編はPeace&Loveをいつものように訴えます。
Peaceの方ですと、前回ご好評をいただいたE2aT、When There's No-one
Left to Hear、そして初公開The Saviourも演奏予定です。

歌詞は全曲ディスプレイに訳付きでお示しいたします。

このコンサートをバネにして、8月に向け、反戦・反核のJapanese bandとして
世界に訴える活動を加速化していくつもりです。

唯一戦争被爆国の我々はICANの事務局長と会おうとしない首相を擁しており、
そのすさまじい消極姿勢に民草の我々RAJOYが少しでもお尻を叩いてさしあげたい。

どうぞお誘い合わせの上ご来場を!

HEAVEN青山
電話予約 03-6447-0558

「2.17 RAJOYのコンサート観覧希望」とお申し込みください。
前売り扱いとなります。

また、当日お越しくださった方に、栗田栄光デザインによるシリアルナンバー入りの
チケットをお渡しいたします。

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短編小説5 光の春のうたた寝 その4



年が明け、いよいよ入院日が近づいた。
昌秀は喜多見不動堂への初詣でももちろん目の手術の成功を祈願した。
7日には千葉県の横芝光町に在る不動明王像にも参って祈りを捧げた。

8日月曜には、Skypeで英語を教えている長野の中3生に、授業終了間際、
「明日とうとう入院です。来週の今日、みなさんのお顔がくっきり見え、
またテキストが昔のようにしっかり読める目になっていることを希望しています」と
言い、生徒たちが頷くのを見て感動するのだった。

また多くの友人たちが激励のメールをくれた。
昌秀は自分は幸せだと心から思った。


9日午前10時ちょっと前、昌秀は慈愛の入院受付のカウンターにいた。
やはり2.5キロの距離を歩いてやってきた。
その日も冬晴れの日で、見える世界は霞みまくり、眩しく、徒歩は危険ですらあった。
今回ばかりはタクシーをとさすがに思ったが、ひとつもつかまらなかったのだ。

3A病棟へ行くよう指示され、ナース・ルームで担当の若い看護師高田美涼を紹介され、
彼女が昌秀を病室へ案内した。そこで彼女には紋切り型の挨拶などが続いて、
入院生活の流れなどの説明があった。

「パーテーション」で区切られた4人部屋、「準個室」ー
昌秀は早くも居心地の悪さを覚えた。
窓側の隣には見舞い客が来ており、会話がなんの障害もなく聞こえてくる。
聞く気がなくても聞こえてしまうのだ。どうも腎臓を悪くした老人らしい。
透析を始めるのか始めたのか、そんな段階のようだ。会話の相手は連れ合いだ。

20分ほどして突如その夫婦の会話が右翼的な言辞にあふれてきて、昌秀は面食らう。
なるほど、4割とかの国民が政権を今でも支持しているのを昌秀は不思議に思っていたが、
こういう普通そうな夫婦もこうして国防の話題では豹変するのだと思い知った。
「アメリカに押し付けられた憲法なんてダメだ」と妻の方が言う。
夫の方は、「そう」と首肯している。
そして1分も経たぬ裡に妻は「アメリカと共同して北朝鮮には強い態度で
当たらねば」と言うのだった。昌秀はアメリカは敵対国なのか友好国なのか一体
どっちだと声を出さずに笑った。

「いやはや。」

昌秀は笑った後に憂鬱になった。

通路側の隣も腎臓を病む人らしい。看護師と交わす会話の口調から自分よりは
若そうだと思えた。どうも自分は医師や看護師が思うほど深刻な病状ではないと
心から信じているようで、入院自体が大袈裟なこと、連れ合いが勝手に承諾した
ことだと言いたいらしかった。なにしろ横柄さがあった。

窓側の左斜向かいの患者はかなり深刻な病状に思えた。
この人も腎臓を病んでいるらしく、透析をずっと施術されているらしい。
言語不明瞭で、とにかくよく咳をする。痰を吐き切れないというようなのだ。

この人間模様の病室で、2泊とは云え、人生初の手術の前後を過ごすのかと思うと、
昌秀の沈鬱はいっそう募る気がした。



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手術成功のお墨付き

診断を受けて参りました。

「きれいです。うまく行きましたね」

と執刀医のお言葉。

手術後6日目、成功のお墨付きがいただけました。

ご心配いただきましたみなさま、ありがとうございました。


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右目手術後の中間報告

さて、明日は執刀してくださった医師による術後検診です。
その診断をもってして手術成功としたいと思っていましたので、
MooさんやNYのやすさんなどにはまだご報告しておりませんがお許しを。

事実として、右目は今すばらしく見えています。
ご心配いただいたすべての皆さまに感謝申し上げます。
ただ、目が重い感じがし、充血も治っていません。

また、左目は右目術後なぜか一層かすみがひどくなりました。
どうしてなのか、これは明日医師に問いたいと思っています。

なお、どうでもいい話ですけれども、明日執刀医は左目の手術のことを
聞いてくると思います。すばらしい腕の医師ですから、お願いしたいのはやまやまですが、
大病院での手術が避けられる程度の左目については町医者にお任せすることに
心を決めています。大病院では、どうしても患者は埋没してしまうと思うのです。
私の実感です。

その旨執刀医に告げ、できるだけ早く左目の手術も受けるつもりです。



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短編小説5 光の春のうたた寝 その3



「四の五の言わず、さっさと手術してくれ!」

昌秀はその後毎日のようにそう独り言つのだった。

「俺は健やかとは言わないが、目の手術ぐらいちゃんと耐えられる。
全身検査なんて要らない!」

子どものようにゴネた。

「正月を跨いでしまうのも口惜しい。めでたさも中位なりおらが春だ。
目の検査はもう個人クリニックのも含めて2度やったんだし、23日に手術を
決行してくれれば、新年を文字通り晴れ晴れと迎えられるのに!」



悶々とした思いを抱きながら、遅々として進まぬような日々だったが、
いよいよ全身検査日が来た。

昌秀はまたもや徒歩で慈愛へと行くのだった。
冬晴れで、日光は抜けるような青空をやすやすと透過し、角度が低い分、
目を直撃する。多摩川の開けた景色も霞みに霞んでただただ昌秀を憂鬱にさせた。
昌秀が夜や未明の散歩をするのはこれがあったからでもあった。
昔も「ラジオ深夜便」を聴きながらほぼ誰ともすれ違わずラジオに集中して歩くのは
大好きであったのだが、日光を避けたいからという理由もここ数年加わっていた。

病院の検査受付に行き、まずは検尿、次に大嫌いな採血だ。
看護師は昌秀の腕を見るなり緊張した表情になった。太り気味というのもあるが、
そうでなかったときからもずっと昌秀の腕の血管は盛り上がり浮き立って見える
ことはない。それでもベテランの看護師は探り当て、
「はい、チクっとしまあす」と言い、注射針を刺した。
昌秀は顔をそむけ、何も考えないようにした。

「はい、結構です。」

看護師の声に昌秀はどれほどの安堵感を得たか知れなかった。
しかし次は胸部レントゲン写真撮影だ。
変なものが写らないか不安がまた一気に高まった。
ドアを開けると、技師はシャドー・ピッチングをしていた。呑気なものだ。
そしてさっさと手順を踏んでいく。あっという間に終了。
次は心電図。これもあっという間に終わった。

この検査結果がもう明日には判定されているというのだ。
主治医が明日開口一番なんと言うのだろうー
昌秀はそう思いながらまた来た道を戻って行った。


翌日。
医師は開口一番、「検査結果はOKです」と言った。
昌秀はその言葉を聞いただけで辞去し、近くのバーミヤンで祝杯を上げたいと思った。
しかし医師はまた目の検査をし、深刻な状態であることを繰り返し言った。
昌秀もどう手術がむずかしいのかを具体的に訊いた。
水晶体が硬く膨れているから、メスを入れたとたんに角膜が破裂するかもしれず、
またそうならなくとも患部を除くためには水晶体を支える部分に下方向の
圧力が相当にかかり、それが「落ちてしまう」恐れがあることー
白濁したモノが溢れて、それを除去するのもむずかしく時間がかかることー
などだった。

そうした問答を3分くらいして、昌秀が「わかりました」と言うと、
昌秀のこれまでの不作為をずっと口調的に責めてきた医師が突然昧の悪そうな
表情をした。

「あの、唐突で申し訳ないんですが、今年いっぱいで私、異動でここを離れることに
なりましてねー」

医師はそう切り出した。

「この期に及んでの主治医交代っていうのは申し訳ないんですが、
代わりに河端という医師が担当します。腕は確かな人です。」

昌秀はすぐに「これはラッキーだ」と思った。
河端という医師のことは全く知らないが、今の担当医よりはベテランであることは
すぐに察知できたし、「腕は確か」というのは、この慈愛が白内障手術の高い評価を
得ていて、その実績を生み出している医師の一人であることを意味していると
思ったからだ。

昌秀は、狛江駅近くの個人クリニックでのことも含め、
今までで一番心を軽くして病院を後にした。



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短編小説5 光の春のうたた寝 その2



「9日入院で、2泊3日ですから。」

担当医はことも無げに言った。

「まあ、むずかしい手術になりますが、がんばりましょう。」

口調には熱がなく、紋切り型に聞こえた。

「はあ。」

昌秀はまだ呆気にとられていた。
眼科医はコンピュータ画面に視線を完全に移した。
それまでも昌秀にしっかり正対して話すことはほとんどなかった。
ひとこと言うとすぐにディスプレイに向き直り、キーを叩いた。

「何かお聞きになりたいことはありますか。」

医師はチラっと昌秀を見て言った。
混み合いすぎる程の眼科待合である。「次に行きたい」ということか。
自分も担当医にかかるまで一時間以上待った。
なにしろ何回かの事前検査でそのたびに数十分待ったのだから。

昌秀は質問も浮かばずにそのまま辞去した。


昌秀は自宅から2キロ半ある慈愛まで歩いて来た。
帰りもほぼ同じコースを辿って帰った。
いつも歩くウォーキング・コースを使うのだ。
当然帰りは最後の1キロがその道程となる。多摩川土手だ。

冬晴れの多摩川河畔は昌秀の目には眩しすぎ、また霞みはひどくほとんど白い世界だ。
昌秀は最初に白内障の症状にはっきり気づいたのもここであったことを思い出した。

「もう3年近くになったか。」

眼科医の言う「むずかしい手術になる」ほど放っておいた自分のまさに不明を恥じつつ、
しかし今や後ろ向きのことを考えても仕方がないと思った。
東京の冬晴れは乾燥が激しいけれども、決して昌秀は嫌いではない。
むしろ冬薔薇(ふゆそうび)や蝋梅、早咲きの梅などを探しに歩いたりするのは
大好きで、凛としてクリアな青空を愛していたのだった。

「またそんな散歩がしたい!」

痛切に思った。


来月23日の全身検査も、しかし、不安だった。
そこで別の病気が見つかったらどうしよう、というわけだ。
過去をくよくよしてもしかたがないが、未来はどうだ。
もちろん哲学的には同じように意味がない。
それでも想像してしまうのが人間というものだ。

苦しい想いで昌秀は家に戻った。



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短編小説5 光の春のうたた寝



昌秀は白内障手術で慈愛第三病院に入院した。
軽い白内障なら、日帰り手術もざらなのだが、生来の面倒臭がりと、目の手術という
幼い頃から恐怖していたことでもあり、相当に厄介な状態にまで引きずった後の
本格的な手術が必要な事態にまでなってしまったのだ。

病室は早い裡から個室をと望んだのが、さすがは調布狛江地区の基幹病院ー
4人部屋となった。病院は、カーテンで仕切った「準個室」と宣った。

この慈愛は白内障手術では一定の評価があり、昌秀はそれに縋った。
11月の初旬に日帰り手術を当て込んで行った狛江駅近くの個人経営の眼科では匙を
投げられてしまって、紹介状をもらって慈愛へと1日置かずに足を運んだのだった。
診断は厳しいもので、最悪は眼内レンズを入れられない事態だと言う。
それを宣言したのはまだ四十には届かないだろう若い男の医師で、
ふた回りも違う「人生の大先輩」に事務的な言動で対抗してきた。

「そうなったらどうなるんですか。」

昌秀が訊く。

「そのときはコンタクトレンズか眼鏡ですね。」

昌秀は肝を潰した。それらを装着あるいはかけていなかったら、レンズなしの眼と
なるのだから、一体どんな世界を見ることになるのだろう、と。

「そういう最悪の事態もありうると?」

「そうですね。」

「どうしてそんなことにまでなってしまうんですか?」

「白濁した水晶体は膨れていまして、それを上手く取り除いても、
眼内レンズがうまく入らない可能性があるんです。うまく収まらないという。」

「上手く取り除けないというのは?」

「そうした水晶体は硬くなっていまして、無理にやると下に落っこちてしまうことも
あるんですよ。」

昌秀は「下に落っこちる」とはどういうことかと思案した。

「まあ、それでも取り除けて、レンズ挿入となって、しかしうまく入らないとなれば
切開部を2つにして、レンズを縫い付けるということになります。」

昌秀は気が遠くなるようだった。
「なんだそれは。どういうことなんだ。ちっちゃなちっちゃな水晶体の『世界』は
恐ろしいほどに色々なことが起こり得る深淵を抱えているのか」と。

「では、12月23日、再度来てください。まずは全身検査。翌日それを基に最終診断
ということで。手術日は、明けて1月の10日とします。」

随分と遠い日程となった。



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