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蹉跌集め III-12 [小説]

12

「悪いけれど、MNEMOさんなんてそんな目の敵にするほど・・・。」

周平がそこまで言って、言い淀んだ。

「いや。」

ケンスキーがすぐに反論をした。

「周平はネットやらなさすぎ。ま、彼女とのことで手一杯なんだろうけど。」

周平は「デヘヘ」と照れた。

「サンフランシスコでの銃撃事件以来、知名度上がりまくってるんだ。
アラブのフォロワーの数を軽く凌駕しているよ。アンチ・トランプの人々も続々
糾合っていうような状態でな。さらに国内の反核反原発反戦争の人たちも
フォローしまくりで今20万以上いるぜ。」

「ええ?じゃもうそういうののアイコン状態じゃん。」

周平がそう言って、口を開けたままにしている。

「MNEMOさん、去年の7月にEUROYとELIXIRのメンバーたちと新しいバンド、
2Esを結成して、YouTubeに数本ヴィデオを上げてて、これもすごい視聴数で。」

「ええ。」

悠奈がケンスキーの話を受けた。

「ELIXIRっていうのはMNEMOさんがEUROYを1984年に半年もたずに脱退して
すぐに結成したバンドでね。沢口勲っていうMNEMOさんの最初のバンド仲間が
国分寺のスタジオに出入りしていて、そこで知り合ったドラマーとベーシストを
MNEMOさんに引き会わせてできたバンドなのよ。」

「そのドラマーが棒さん?」

周平がドラマー同士の関心を寄せる。

「そう。84年当時、MNEMOさんと勲さんは、EUROYに負けないバンドを作るって
息巻いていたそうよ。その記念すべきリハーサル1曲目が『I'll Quit』よ。
原爆忌のコンサートでMNEMOさん、言っていたでしょ。」

「ああ。あの最後のリフレインのところでMNEMOさんが絶叫するやつ。」

「そう。そして2曲目が『All We Know』って曲で、これは後に日テレのスポーツ番組の
オープニングで使われたんだけれど、すさまじく音量が低くてどうにもなんなかったって
MNEMOさんが嘆いていたわ。」

「ほんとに悠奈はいろいろ聞いてんだな。」

「3曲目が沢口さんが作曲した『Savior』よ。反核の歌でね、核のボタンを押せと
言った本人だけが生き残って、水を求めているの。神様を呼ぶのね。」

「そんなの、見捨てるだろ。」

「ところが、雨が降り出すのよ。」

「ああ、黒い雨。」

「いいえ。おいしい雨よ。雲ないのに、雨が。」

「は?」

「それって、神様の涙だろ。」

ケンスキーが口を挟んだ。

「さすがね、ケンスキー。」

悠奈はにこやかに言った。

「MNEMOさんらしいストーリーだよな。」

「この『Savior』もYouTube上ですごい聴かれてるよ。」

周平は早速自分のスマートフォンで検索し始めた。


<つづく>





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来てくださる皆様のために全力を

これから歩きに出ます。
未明散歩でなく、この頃は深夜散歩になっています。

ところで、Ishaynishus様が前記事にコメントをくださり、なんと3名様で
8.6ギグにおいでくださるとのこと!

今その御コメントに接し、なんだか感動してしまって・・・。
大袈裟のようなですが、そんなことはありません。
どんなにか歌を聴いてくださる方への感謝は私には計り知れないか。
それも奥様とお嬢様もお連れくださると。

しかもIshaynishus様は昔ランタンのギグに来て下さったことがあるとか。
そのときお嬢様は幼かったが今や年頃とのことで、本当にそんなにも長き間
私の歌にご関心をお寄せくださり、そしてご支援をくださっているなんて。

もちろん、<いつも>ギグに来てくださる花ちゃん始め何人か(!)の皆様への
感謝も計り知れないの数乗(数学的に意味なし)ですけれども、
ワンマンでの公演では本当にうれしい限りなのです。

どうか、みなさま、本当にしつこくて申し訳ないのですが、
Ishaynishus様にお続きください!

心よりお願い申し上げます!!!



*

きてくださるお客様のために全力を尽くすー
当たり前のことですが、今晩もRAJOYメンバーとやりとりしていて
その言葉をみなでシェアしました。

こんなことができているのも、ファンのみなさま、お客様のおかげです。

本当にありがとうございます。



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Isao to play "I'll Quit" on Aug. 6

今狛江は落雷が続いています。
ようやくの本格的雨と言っていいでしょう。
被害が出ない程度で収まってくれれば、これは喜雨です。

*

とりあえずのニュースとして、川口功君が8.6でI'll Quitという曲の演奏に
参加してくれることになりました。

この曲は1984年初冬ELIXIR(川口、スティック、山口じゅん、私)結成時、
真っ先にやった私の曲で、次にAll We Know(君にたどり着いた)、
そして功君の名曲の一つ、Saviorに取り組んだのでした。

そんな古い曲ではありますが、ロック・スピリットは、自分で言うのは烏滸がましい
ですけれども、すさまじいものがあります。

「quit=やめる」というのは、当時はもちろん「EUROXを」ということになりますが、
それよりも、自分のアホさ加減に辟易していた頃でしたので、そんな自分をやめる、
というような歌でした。

やめられたかどうかー
その答えは聴いていただければお分かりになるでしょう。


8.6が終わったら、RAJOYはアルバム制作に入っていくつもり、
功君の曲の中で私が特に好きな数曲をまずはリハにかけたいと思っています。
私の遠い昔を知っている方々なら、Light Through the Cloudもその候補で
あることを喜んでいただけるのではないかと信じます。


8.6、重ね重ねよろしくお願い申しあげます!



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2017 文月雑記 II

Kと登戸の安い中華料理屋でたらふく食べて、カラオケへ。
どうしても「Pretty Maids」が歌いたくなったのです。

まもなくK、そしてMick師も1歳齢を重ねます。

「Pretty Maids All in a Row」についてはもう何度ここで記してきたか。
Joe WalshはHotel CaliforniaからEaglesに加入しました。
1976年にこのアルバムが発表された時、日本での発売元の正にWP社の洋楽部で
ディレクターをされていたのがMick師。アメリカから送られてきた原盤のコピーを
日本では真っ先に聴いた方なのです。
私とKはプレスされた1枚を池袋西武のレコード売り場で買って、
私の練馬区桜台のアパートで初めて針を落としました。

当時Mick師は桜台の隣と言っていい春日町に住んでおられたのですから、
合縁奇縁とはこのことです。師にお会いする7年も前の話です。

*

Kは夜になっても暑い中なのに、一緒に狛江まで歩こうと言ってくれました。
本当に蒸し暑くて、嫌になってしまったけれど、途中、「俺が先に逝ったら、
Pretty Maidsをずっと流してくれ」と頼みました。
彼は「おうよ」と快諾しつつ、「しかし俺が真っ先に逝きてぇな」と。

「見送るばっかになったら、香典貧乏になっちまう。」

*

今晩もリハーサルです。

集中して、いい時間になるよう心がけます。



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あと約3週間です。

今晩は久しぶりにKと飲みます。
フライヤ制作へのお礼です。

8.6_Flyer.jpg


私なりに声かけをいたしておりますが、他のメンバーのお客様も含めた「票読み」はまだ
していませんが、心細い状況です。^^;)
本当に心苦しいのですが、どうぞお誘い合わせの上、おいでくださいますよう。

*

RAJOYは本当の意味で私が属する最後のバンドです。
Henri君ははっきり言っています、「もうやれて10年ないと思う」と。
PaulとRingo、あるいはストーンズのように70を越しても精力的な例外はありつつ、
やはり寿命に関して楽観的でいるのは正に<おめでたい>ことです。
40歳代とかなら、「いつ死ぬか分からん」などというのはかなり強迫観念っぽい感じが
しますけれど、50歳代も押し詰まって、本当に迫られているとひしひし思います。

スティックは6つ下ですから、まだまだというところですが、それでも音楽人生の
最終章に入りかけているという想いはあるはずです。
治雄ちゃんは本当に見た目ではいくつだか分からないくらい若いので、
このままずっとこの若さじゃないのなどと軽口を叩きたくなりますが、
しかし、RAJOYが音楽の終の住処なのは私と全く同じ想いです。

核兵器禁止条約が成立したすばらしいこの年の原爆忌に、しっかりYouTubeデビューを
果たしたかったのですが、頓挫してしまい、恥ずかしい限りです。
しかし、なんとか世界中に日本のバンドが反核・反戦、平和を訴えるー
そうした「ニッチ」は必ずあります!

どうか、8.6をRAJOY壮行集会にさせてください。
送られる者が開催をお頼みするのは本末転倒ですけれども、
以降の本格的活動へのエールを頂戴できれば本当にこれにすぐる栄誉はありません。

以降はHenri君の曲も交えつつ、さらに豊かな音楽性を持つバンドになっていきます。
もう待ったなしバンド、ですね。
5歳のときBeatlesに憧れて以来の半世紀以上の歌うたいの営みを私は最終楽章として
このRAJOYでしっかり表現したいと思っています。




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蹉跌集め III-11 [小説]

11

年が明け、2018年となった。

悠奈は例のストーカーをSNS上でブロックし、永と暮らすようになってからは
それなりに平穏に暮らしていた。
年末年始は十二社の実家に戻って、ゆっくりとしていた。

ケンスキーからRAJOY新年会への誘いがあり、1月4日に新宿へ出て行った。
「高いところじゃやれない」というRAJOYの貧乏メンバーたちが決めた会場は、
新宿の中央口から少し南へ行った雑居ビルの中の居酒屋だった。

光も幸嗣もケレン味なく悠奈と相対した。もう昔ことは昔のことだった。
「永さんも呼ぼうぜ」と周平が言ったが、幸嗣と光はさすがに気まずそうな表情になった。

「いいよ、今回は。」

光が言った。

「ところで永ちゃんとの暮らしはどうだい。」

ケンスキーが悠奈に訊いた。

「うん、楽しくやってるよ。あたしの創作室で彼女は寝るんだけど、全然平気って。」

「そうなんだ。12弦ギターやシンセと一緒に寝てるんだ。」

「そうそう。」

「もうストーカーも来なくなった?」

「それは分からない。外に出るときはなるべく一緒にしているし、永が出社したら、
私は部屋に閉じこもっているしね。」

「散歩できないじゃん。」

芳樹が言った。

「うん。藤熊さんがソルト君の散歩の折に誘ってくださるのね。大体夕方前かな。
朝のときもあるけれど。」

「ところで俺たちのライブへのゲスト出演、よろしくな。」

芳樹が話題を変えた。

「うん。新曲がおかげさまで溜まってきたよ。」

「そりゃあ、いい。」

「MNEMOさんはどうだろうな。やっぱり音しかない世界になったからー」

ケンスキーが言った。

「いよいよ清さんもサンフランシスコの戻るらしいよ。年末年始は會津に帰って、
そのまま渡米だって。任期が終われば、會津若松の病院だし。」

「じゃあ、今MNEMOさんは?」

「娘さんの発見(ほつみ)さんが世話しているのよ。」

「そっか。それでも娘さんにも生活があるしな。」

「申し訳ないっていつも言ってるわ、MNEMOさん。これからは日中ヘルパーさんの
お世話になることも増えるみたい。ただ、ライブへの出演とかってなると、
近親者じゃないとね。まあ、その日はあたしがお連れするけれど。」

「そっか。」

RAJOYのメンバーたちはしばらく押し黙った。

「MNEMOさんが尾行されてるって、知ってる?」

悠奈が問いかけた。

「うん、俺はちょっと聞いた。」

メールのやり取りをするケンスキーが言った。

「アラブ関連なんじゃないかって。」

「そうなの。それともちろん反核・反戦のシンガーだしね。」

「もう現政権もガタガタだし、そんなことやってる暇なんかないだろうに。」

芳樹が怒気を含んだ声で言った。

「最後っ屁ってヤツかもな。」

光が言った。

「もうもたないから、その前にカタをつけることはつけちまおうっていう。」

「なるほど。」

ケンスキーが頷いて、苦々しげにハイボールを呷った。


<つづく>




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蹉跌集め III-10 [小説]

10

「通知」にはおかしなことが書かれていることもあった。
「Xさんがあなたをリストの中に入れました」などというものだ。
そのXのところへ行くと、いわゆるネトウヨのホームであって、
MNEMOは反日とか「ブサヨ」、「パヨク」などと認定されているのだ。

MNEMOは「水と土と空気を汚す者に反対」とプロフィールに英語で書いていた。
自分が反日や左翼である認識は全くなかったが、その主張が左だというなら左でも
構わなかった。

さらに、アラブのフォロワーが多いことについてだが、MNEMOはイスラムのことを
よく知っているわけではなかった。爆発的にアラブのフォロワーが増えたきっかけは、
海外ニュース・ソースのtweetで、ガザ地区であったか、ナイフを持ったパレスチナ人の
少女が、結局イスラエル兵に撃たれ、死亡したという記事に触れて、

「There should have been a way not to kill her」

とコメントを書いたことだった。3月にtweetし始めて1月半後のことだった。
MNEMO自身は反イスラエルでも親アラブでもなかった。はっきり言えば、遠い地域の
さほど自分には関わりのない話であった。けれども、単純に、ナイフを手放さなかった
からという理由で殺す必要などないに決まっているから、その残忍さに怒りを覚えて
書き込んだのだった。

その書き込みからたった2日で、アラブのフォロワーが1,000人を超えてしまった。
共謀法施行の7月の中旬には2,000人を超えている。アラブのフォロワーだけでである。

MNEMOを<監視>する者が、公安当局へ通報することなどまことに容易だ。

「変なミュージシャンをかたる奴が、異様なほどアラブ人にフォローされています」

そう通報するだけでいいのだ。



清が「あ」と言った。

「どうしました。」

MNEMOが訊いた。

「いえ、私の勘違いかも。」

「なに?」

「いえ、あのぅ、和泉多摩川駅周辺で見たクルマが路上駐車しているんです。
右斜め前の、横断歩道の手前に。」

「え?同じクルマって、よく分かったね。」

「私、観察眼が鋭いんです。駅のロータリーのところ、交番の前に、なんだか
堂々と駐車しているセダンがあって、念のためナンバーを見ていたんです。
6236。6割る2足す3は6って。」

「なんと。」

「よくやりました、ナンバーを見ては、算数の式とその答えにできるかって。」

「僕なんかはナンバーで<おいちょかぶ>しかしなかったなあ。」

「おいちょかぶ?」

「うん。例えば6236をそれぞれ足して合計すると17でしょ。そのひと桁目が9なら
<かぶ>って言って、最も強いんですよ。以下8、7って価値が下がっていく。
7は<泣き>って言って、勝負するかしないか、泣所だってー」

「MNEMOさん博打やってたんですか?」

「トランプで学生時代やっただけですよ。」

MNEMOはハハと笑ったが、すぐに真顔になった。

「そのクルマ、2人以上乗ってます?」

「ええ。あ、こっちが気づいたのが分かったみたい。動き出しました。」

「やっぱりな。間違いないですよ。僕は監視されている。」

清は戦慄を覚えた。


<つづく>



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蹉跌集め III-9 [小説]

9

藤熊を見て変質geekは一目散に上流方向へ駆け出し、逃げて行った。
藤熊は愛犬ソルトを連れていた。

「どうしたの、悠奈ちゃん。」

悠奈は過呼吸状態になりながら、顛末を語った。

「まずいなあ。」

藤熊が苦々しい表情で言った。

「そいつ悠奈ちゃんのマンションも知ってるって?
じゃあ、また来るな。警察に言おうか。SNS上のストーキングだって今は
取り締まれるし。人相風体も分かってるんだしさ。」

悠奈は頷きつつも、事を荒立てたくないという気持ちも拭い切れなかった。
そんなことで煩わされる理不尽に怒りを感じたが、警察沙汰にすることへの躊躇は
強いものだった。

「藤熊さん、あたし、永と一緒に暮らそうかなって思います。」

「うん?永ちゃんと。」

「ええ。永もちょうどマンションの更新時期だって言ってて。
だったら一緒に住まないってあたし提案していたんです。」

「なるほど。」

「永は合気道初段なんですよ。」

「へえ!」

「あたしも実は剣道二段なんです。」

「なんと。」

「棒切れがあったら、あんな小太り中年なんか一撃です。」

「じゃあ、散歩とかんときは、ステッキとか持っていくといいよ、いつも。」

ソルトが「ク〜ン」と散歩を催促して、二人は上流方向へ歩き出す。

「藤熊さんがちょうど現れてくださって・・・いろをし房さんとしら梵字さん、
そして木野先生のおかげですね。」

悠奈が言った。

「ああ。ね、俺もこの時間の散歩は珍しいんだよ、うん。
この時間だとふつうはカミさんがするし。今日は偶々俺、オフだったんだよね。」

「やっぱり。」

悠奈は宿河原の方へ向かって合掌し、お辞儀した。




ちょうどその頃、MNEMOは清に介助されつつ、調布市域内の多摩川を歩いていた。

「誰かつけてないかい、清さん。」

MNEMOが訊いた。
清は辺りを見回して、

「どうでしょう、怪しい人はいないようですけれど」

と答えた。

「そう。」

MNEMOはそう言って、7月11日のことを思い出していた。
すなわち共謀罪の施行の日だった。

その朝MNEMOはいつもどおりに多摩川の土手道を歩き、戻ってSNSにログインし、
フォローしている富有覚(ふゆう・さとる)のツイートをまず読んだ。
富有は曙光新聞で日本一有名な一面コラムを書いていた人で、八幡山の近くに住んでいる。
八幡山や近隣の上北沢や桜上水などでの彼の散歩記事に興味を持ってMNEMOは
フォローするようになったのだった。MNEMOもその辺りに暮らしたことがあったからだ。

富有は、茱萸(ぐみ)のような形のトマトがまだ熟さずに垂れ下がっている
鉢植えか何かに散歩の途中で出会い、その写真を載せつつ、共謀法施行の朝だと書いていた。
MNEMOはすかさず、

「青トマト 悪法施行の朝来る」

と一句を献じたのだった。

その日から、とは言わぬものの、政権批判をする自分も監視対象になっていったのでは
ないかという疑念が湧き始めたのだ。

8月6日に、MNEMOは「Rock'n Reds春」と「棒(ぼう)」、そしてHenriとで
原爆忌コンサートを催したところ、おそろしいほどの不入りで、涙を呑んだのだが、
その直前、来てくれると言っていた人たちが次々とキャンセルする事態があったのだった。

広島市を選挙地盤とする外相が核兵器禁止条約に不参加を決めたのは自分の意思だと
言って、しかし、122カ国が賛成し、人類史上画期的な条約が成立して間もなくのこと、
それまでMNEMOは政権を激しく非難していたのだった。

MNEMOはそのSNSでわずか4ヶ月のうちに2500人のフォロワーを得ていた。
無名の歌うたいとしては僥倖でしかない。
その6割がアラブ人だった。
フォロワーの国籍は、日本と中東の国々はもちろん、欧州の数ヶ国、アメリカ、台湾、
韓国、アフリカ(ケニヤ)、南アジア、南米と多岐に渡っていたが、
なにしろ中東のムスリムたちが多数派だった。

MNEMOは当局に目をつけられているのではないかと感じていた。


<つづく>





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Mooさんに流るる藤村家の血

Mooさんの、叔母様ご葬儀後の日記を読ませていただきました。

叔母様のご逝去が、Mooさんのひとつの大きな画期になったと。
そうでしょうね。
私も叔父を失えば、父母とその兄弟姉妹全員がこの世を去ることになります。
一番若くて昭和初期に生まれた兄弟姉妹たちです。
私にとっては大正時代の完全な終焉、昭和初期すらも、ということです。

印象的な写真が掲げられていました。

fujimura_1600.jpg

お母様と叔母様のご実家、加賀・松任の藤村家戦中の一枚で、
次男・鐡夫(?)さんの応召時の記念写真です。

当主のお父様だけがカメラを見ておられないのです。

「祝・入営」という垂れ幕の文字に明らかに「冗談ではない」という態度をとられて
いるように見えるのです。

見事なほどご長男も鐡夫さんもお父様にそっくり。
お父上はかわいい息子をどうして愚かな戦争に奪(と)られてしまうのかと
憤懣やるかたないように私には見えるのです。

私の父も大学時代に応召、その記念写真がありますが、
田舎で言う「蝗(いなご)やま(=頼りない痩身の男)」だった我が父に赤紙が来た
時には、「おめさんが召集されるようじゃ、日本もいよいよダメのすけさんかいのう」と
新潟の知り合いの年配がしみじみ言ったそうです。

その写真では、みんながまっすぐ前を見ていて、複雑な表情の持ち主はいません。
存命の叔父も1つ下ですから、「次は我が身」なのですが、恐怖や諦観のある表情は
していません。祖父母にも息子を死地へと送り出すことになるかもしれないという
無念さは見えない。見せてしまったら「非国民」だったからでしょう。

父は唇を引き締めていて、膝上の握り拳がかえって痛々しく思えます。
当時「油ヤンマ」と罵られたポマードで撫でつけた長髪のままで、
そこにせめてもの抵抗の気持ちが滲んでいるように思えます。

Mooさんの母方のお祖父様はー

あからさまな抗いのポーズをとっていらっしゃいます。
私はどんなお方だったか知る由もありませんが、無謀な戦争へと息子を送り出す
ことへの恨みすら感じます。

それはごく真っ当なことです。
しかしきっと当時見る人が見れば、国賊的な態度だったでしょう。
非難されたこともあったのではないか。

Mooさんにはこのお祖父様の血が、藤村の血が、色濃く受け継がれていると
思うものです。



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8.6 RAJOY Live at Heaven Aoyama

広島原爆忌のコンサートのフライヤです。
https://youtu.be/LAyuTboj6Dg
https://youtu.be/KQ5z_GBiIq4
https://youtu.be/oBbD8yw0MTY
も歌う予定です。
よろしければぜひおいで下さい!

8.6_Flyer.jpg

私の写真は遠い昔のものです。
これははっきり言っておきます、はい。

^^;)



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今宵星に願ひを託しませうぞ

暑中に入って、東京はひどい暑さです。
九州の豪雨被害、お見舞い申し上げます。

*

今朝はTwitterで仙台市の「陸奥冬緑」さんと東北弁チャット。
仙台弁はなかなかに奥深く、會津弁より東北性が濃い。
「尊皇護憲派」という旗印の人で、いかめしいようですがユーモアある人です。

*

フォロワーさんの数は2480を超えました。
おかげさまです。
数が目標というより、より多くの方にRAJOYの平和の歌を聴いていただける
蓋然性を高めたいということなのです。同じことのようで、私には違う。

The Realm of Athenaを聴いてくださって、YouTubeなどで「いいね」を下さった
特に南米の方々ともつながりたいのですが、工夫が足りないのでしょう、
そういう方とはつながっておりません。

RAJOYのホームページを作って、そこへ誘導できれば、ということですね。
なんとかそういう方向でがんばっていきたいと思います。

*

8.6のフライヤは今日完成予定です。
Kが忙しい中、自分の時間を削ってつくってくれました。
感謝です。

みなさま、どうか8.6、怖いもの見たさでも結構です、
足をお運び下されば本当にありがたいです。



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Mooさんの叔母上逝く

http://www.moo-azumino.com/main/Diary/2017.7/diary2017_7.html

安曇野のMooさんの叔母様が亡くなられたそうです。
お母様の妹でいらした叔母様は、姉と同じ七月に旅立たれたわけですね。
心からお悔やみ申し上げます。

Mooさんにとっては最後の<おじおば>だったそうです。
加賀の人で、愛らしいお顔立ち、とても愛嬌のある方だったと。
Mooさんにとって父母の兄弟姉妹の中で最も好きな方だったそうです。

私にとっては、父母の兄弟姉妹で健在なのは父のすぐ下の弟で、
今93歳、會津で長男夫婦と暮らしていますが、先頃連れ合いを亡くし、
めっきり元気がなくなったということです。
この叔父と私は、父や兄や母が亡くなってから葬儀などで話すようになった
というような次第で、それまではそれほど親しいわけではなかった。
しかし今や唯一生きてくれている父母の兄弟ですから、
Mooさんの悄然たるお気持ちがよく分かります。

しかし、「日記」でのお写真を拝見すると、2003年には本当にお若いのに、
その11年後にはめっきりと衰えてしまわれていて、月日というのは本当に
確実に人を老いらせる。2003年なんて、ほんのちょっと前という気がして、
私も切なくなります。

重ねてご冥福をお祈り申し上げます。



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2017 文月雑記

支持者が多いと踏めば、高飛車で不遜な態度。
イエスマンしか傍に置かない。
不勉強のくせに恬として恥じず、「この道しかない」などと賢者のように言う。
裸の王様かもとようやく気づけば逃げ回る。

ああ、本当に大した反面教師だ。
しかし小ちゃな会社のワンマン社長じゃないんだから。

*

島根は空前の大雨とか。
どうかみなさまご無事で。

*

8.6は3部構成です。

最初はMNEMOソロ。
なつかしい歌など、ギター1本で。

次はSUBTLY。
がっちゃん(嘉多山信くん)がアシストしてくれます。

トリはRAJOY。
とりあえず、世に出た曲をご披露します。


お楽しみに。



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12時間で400人以上増えた!

昨日夜、1850辺りだったフォロワーさんの数が、今現在2259。
このラッシュは、やはり99パーセントアラビア語話者によるのです。
火がついた理由は相変わらず明確には分かりませんが、
ずっと中東の方の記事にコメントをつけてRTをしてきたのが一番の理由だろうとは
思っています。ただし、どの記事がどうというのは分かりません。

なにしろこんなに(1600人ほど)アラブの方々をフォロワーに抱える
日本人twittererもそうはいないだろうなと思います。
もちろん、うれしく、ありがたいことだと思っています。

私は日本語と英語をほぼ半々使い分けてtweetしています。
アラブの方々は、英語のを読んでフォローしてくださるわけです。
Bingの翻訳システムはついていますが、アラビア語の訳がひどいのですから、
あちらが日本語をアラビア語にしても同じでしょうから。

英語というのは本当に便利なものですね。

*

時候は今半夏生。
半年が過ぎてしまいました。

そう云えば、パンちゃん(パンチーノ)君とTwitterでつながりました。
精力的に音楽活動に勤しんでいるようです。
ドラムを叩きながら歌うという新境地に入ったようです。

RAJOYのリハのことについてのtweetにも「いいね」をくれました。

8.6、重ね重ねよろしくお願いします!



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当面はとにかく8.6だ

この頃はNetと云えばTwitter対策(?)に追われることが多く、
このブログの更新が滞ります。すみません!

昨日は期末試験を控えた生徒の対策でエクストラ授業、今日はリハです。

Kがデザイン始めいろいろと骨を折ってくれています。
8.6の動員は死活的なことなので、こんなブログ上で申しわけありませんが、
どうかよろしければご観覧とお知り合いへのお声かけをお願いいたしたいのです。

すみません、本当に厚かましくて。


*

Twitterでは1847のフォロワーさん。
幕末に近づいてきましたが、戊辰まではあと20、どうもそこまでなかなか伸びません。
6割がアラブの方々で、戦争反対を唱える先としてはもちろん共感を得やすい
だろうとは思いますが、もっと国内のフォロワーさんとつながりたいものです。

活動可能なのはおそらく10年ほど、核廃絶、原発廃絶、戦争反対、
peace & loveを訴えて、思う存分訴えて、と思っています。

引き続きのご支援をこころよりお願い申し上げます。



追伸

アラブの方々も少しずつ反応をくださるようになっています! ^^;)



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A Twitter Day in the Life

医者の不養生

新しい諺です。

「Lawyerが牢屋」

・・なんて、Twitterでやっています。
稲田さん、ひどすぎです。

記者「大臣、辞任のお考えは。」
大臣「否だ。」
記者「責任をとるということは?」
大臣「否だ。」
記者「夏が旬の、若いブリは。」
大臣「イナダ。」
記者「あなたは正しい。」


こういうすばらしい(!)シャレでフォロワーがとうとう1792に。
でも日々変動します。
さらにこのシャレで圧倒的多数派のアラブの方々が喜ぶはずもない。

詩人棲みし坂に芳し桐の花

Near the sloping land where a poet used to live
there is a paulownia
emitting a fragrance.

この我が俳句もどのくらい惹きつけているものか。
なにしろアラブの方々は「いいね」などで反応せず、<ただ>フォロワーに
なってくださるのです。 ^^;)


DDUFZKzXcAEXmGp.jpg

このBeatles Archiveさんのtweetに、

They should have walked between the A & B strings.
Yeah, it's "AB road."

と書いたら、大ウケでした。



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暗澹たる事実

ひとつも原発事故は終わっていません。
これが過去のデータと言っておしまいにはできないのです。
汚染源は「納棺」されているわけでもなく、
地下水もコントロールなど事実上されていなくて、
また、あちこちで濃縮が起こっています。

image_9408.jpg

新宿は3.11前2Bq/kg以下だったのに、事故後は790Bq/kgとなったそうだ。
それが今、減ってはいないどころか増えているという。

許しがたいことだ。
このこと自体と、そしてこうしたデータを「風評」につながるからということなのか、
国民に示さない政府!

みなさんのお住まいのところはどうですか?
暗澹たる気持ちになります。



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まとまっていこう、それでも

おととい、ラマダン明けを控えて、中東の方々がまた大挙フォロワーと
なってくださいました。「第二次中東ラッシュ」です。

きっかけはおそらく長くフォローバックしていなかった方々にまとめて
そうしたことだと思ってはいますが、よく分かりません。タイミングが絶妙
だったのは疑いないかな。ムスリムにとって最高のお祭り気分の時ですから。

フォローする人々が増えすぎ情報の洪水となっていたので、
フォローとフォロワーの比率を限りなく1:1にする作業をしました。
フォロワーさんは1750くらいです。
刻々と変動したりします。
よく分からないですね、どうしてそんなに動くものか。

*

夏至が過ぎてしまい、日がそれこそ刻一刻、いや、日一日と短くなっていきます。
夏も暦の上ではあと一ヶ月と十日ほどになってきました。
その立秋直前の8月6日、青山ギグをやるわけです。
夏にさようならの日。
そしてもちろん広島原爆忌。

広島が選挙区の岸田外務大臣は、核兵器禁止条約の会議に日本が出られるよう
最後まで粘ったそうです。しかし、「政府方針」は不参加。
もちろんその方針は安倍さんが最終決定したわけです。

岸田さんは唯々諾々と従ったわけではないけれど、
結局は信念どおりには行動できなかったわけで、残念無念です。

核保有国が参加しないなら意味がないなんて、なんで言えるんでしょうね。
例えば町内で、二、三人がピストルの所有を放棄しないということがあって、
しかし圧倒的多数が銃器所持禁止でまとまることに意味がないはずがない。

全く情けないことです。
唯一の被爆国が。



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蹉跌集め III-8 [小説]

8

ケンスキーはすぐにMNEMOと悠奈にメールを送った。
RAJOYの「核の傘より虹の傘」コンサートにゲストで出てくれと言う内容だ。

MNEMOは読めないが、付き添いの清が読んでくれる。

「そう。この共謀法下で、このコンサート名でやるか、彼ら。」

MNEMOは笑った。

「悠奈ちゃんは出られるかな。」

同じ頃悠奈もメールを読んでいた。
脅しに負けてはいけないと固く思っていた。
すぐに永に電話をし、永はスケジュールを確認してから大賛成した。

「内館さんに連絡するわ、すぐに。MUZIKもきっとOKするよ。」

師走も押し詰まっているのに、狛江は春のような暖かい日になっていた。
冬独特のやわらかい日差しに応えるように悠奈はマンションから出た。
すぐ近くの花屋にはポインセチアが店頭に並べられている。
蕎麦屋には「年越し蕎麦ご予約承ります」との張り紙が出ている。
悠奈の好きな時季だ。

土手に出て、まず悠奈はMNEMOに「コペルニクス的世界認識の転回」をもたらした
子猫のチロが埋葬された場所を遠くに見て、合掌した。
そして河原の方へは下りずに、世田谷区喜多見や宇奈根の方向へ土手道を歩いた。

途中木野の家の近くに来て、また合掌した。
しばらく行くと、川崎側の川原、つまり宿河原がよく見えるところに来る。
ここでも悠奈はいろをし房としら梵字に祈りを捧げた。
勇気が湧いてくる気がした。

悠奈にはなるべく人の通行が途切れないところを歩く習慣がついていた。
今は午後3時過ぎ、冬の太陽はかなり南西に傾いていたが、まだ明るい。
それでも、自動車教習所を越えた辺りで人の行き来が途絶えた。
引き返そうとしたそのときだった。

「悠奈ちゃんだよね。」

後ろから付いてきていたのか、30歳くらいの小太りの男がにこやかに声を掛けた。
ラフな格好と言うには余りにだらしない着こなしで、悠奈はすぐに嫌悪感を覚えた。

「へへ。会えちゃったなあ!」

男はそう言って、照れるような仕草をした。

「もしかして、あなたはSNSでよく私に返信をくださるー」

男は「そう、そう!」と言って、一歩近づいた。

「Yuna=LiFeです、分かりましたかあ!」

「ど、どうして私がここに住んでいるのが・・・。」

「ハハ。僕、ライダーでしてね。コンサートの後、出待ちして、そんで、へへ、
悠奈ちゃんがクルマで帰るのを付けて行ってね。」

「それって、ストーキングじゃないですか!」

男はニヤニヤ笑いをやめて真顔になった。

「好きな子がどこに住んでるか知りたくなるのって犯罪ですか。」

悠奈はただならぬものを感じて駆け出す。
土手道から、猪駒通りと呼ばれる市道の方へ走って行く。

「マンションもどこだかちゃんと知ってるよ〜!」

男が叫んだ。

「悠奈ちゃんがSNSなんかで『いいね』押したりする時刻で大体家にいるかどうかも
分かるしさ。ほとんどPCでブラウズしてるでしょ?」

悠奈は立ち止まった。

「コンサートのスケジュールは分かってるし、リハーサルで使うスタジオも知ってるよ。」

悠奈はクルッと向き直って、

「訴えますよ!」

と言った。

「僕、何も犯罪的なことしてないよ・・・まだね。」

そう言うと男が突然ダッシュして悠奈に駆け寄ってきた。

「キャアーッ!」

悠奈が叫ぶと、

「どうした、悠奈ちゃんじゃないか!」

脇道から出てきたのは、藤熊だった。


<つづく>




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もっとフォロワーさんとつながらなければ

梅雨らしい雨になっています。

それはいいのだけれど、決まり切ったように体調があまり良くないのです。

Twitterでは、<耕し>を怠るとすぐにフォロワーが痩せ細るので、
律儀にやっていますけれど、昨日なんかはかなりきつかった。

それでも、信州読書会の宮澤さんとTwitterでも繋がったのはうれしいことでした。
固定ツイートの我が歌も聴いてくださったようです。
天声人語を6年書かれていた方(あえてお名前は伏す)が桜上水近くにお住まいで、
八幡山の松沢病院敷地内に在る池のことを書かれて私が反応し、以来よくやりとり
していただくようになっています。ミーハー的感覚でしょうけれど、日本有数の
コラムニストと直接やりとりするっていうのは、当初なかなかの興奮がありました。

むろん外国の方とも多くやりとりさせていただいています。
中東の方々ー
と言ってもほとんど自由シリア・メディア・ハブの方ですが。
日本に暮らす少なくともtrilingualの台湾人女性。
Georgeファンのイギリス人現役女子高生2人。
Paulファンの英米いずれかの女性。

女性ばっか? ^^;)

いやいや、私のtweetにほとんどすぐに反応してくださる日本人男性数人の
みなさま、英語訳付きの俳句にすぐ反応してくださるポーランド人男性、
皇室や神道関係のtweetsばかりでなく、俳句などでも反応くださる
東宮ご一家ファンの女性のみなさま。

福島(原発)関連のtweetsにご反応くださる方々も、もちろん。

え?音楽の方は?
先日「ガリアン」のボックスを買ってくださったアメリカ留学中の女子大生・・・
だけかな?

う〜ん、確かに少ないかも。

(ToT)



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3部構成

RAJOYは、8.6のYouTubeデビューを逃してしまい、
態勢立て直しの時期に入っているのですけれど、
私はかなり神経を使っている状況です。

8.6はHeaven青山さまのご厚意でワンマン、みなさまが早くお帰りになれるよう
スタートを早めにするつもりでおります。

こんなブログ上でお願いするのは本当に厚かましいのですけれど、
RAJOYが日本人バンドとして世界に平和を訴えていくそう長くはない活動を
どうかご支援ください。

どうぞ8.6はお誘い合わせの上、少なくともRAJOYの初ギグということは確かなので、
どうぞ門出を祝うおつもりで応援ください。

タイバンもいませんので、3部構成にして、たっぷり歌います。

MNEMO Solo
SUBTLY
RAJOY

ということです。

喉?
そうですね、当日健やかなら、きっと大丈夫です。
健康管理もしっかりしなければね。

G Stringをご存じの方なら、懐かしいのも何曲か歌います。

どうぞよろしくお願い申しあげます。





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I'll Quit

今日はリハでした。

I'll Quitという曲があって、これはELIXIR結成の1984年冬にリハにかけたもので、
録音は翌年にしたものです。これを前回に続いて3、4度通しで演奏しました。
1999年にとてもお世話になったミュージシャン大久保薫くんが絶賛してくれた曲で、
その当時CDを製作した際に中にエントリーされていないのはなぜなのかと訊かれたの
でした。どうしてだったか、私も詳細は忘れてしまいました。

33年前の曲ながら、私はコーダでの絶叫が何の苦もなく出せます。
ありがたいことです。

Major 7thコードも入る曲ながら、rockしています。

どうぞ、8.6で実際お聞きになってみてください!



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Differences should be always respected

狛江は空梅雨です。
私は近年とみに雨好きになっておりますので、残念です。
本当の意味で「水無月」になってしまっている。
残念どころか、このままじゃまずいでしょう、人間生活も、動植物にも。

去年一度咲いているところを刈られてしまった多摩川土手のオシロイバナが、
その後晩秋にもかかわらず二度咲きを果たしたことを書きました。
そのオシロイバナがおととい開花しているのを薄暗い朝に確認しました。
もちろん(?)私は手に触れて挨拶しましたよ。

*

今朝の「Twitter活動」ではー

Land of Cutenessさんというどこか外国の方(英語圏)が上げられるかわいい
動物写真で、草食動物(羊やヤギなどの要諦類)にニワトリが入って、
カメラの方をみなが向いているというものがありまして、
私は触発されて、こう書きました。

「みんなちがって、みんないい」ー金子みすゞが言いました。
中島義道さんは哲学的に論難されたけれども、しかし、この写真を見ると
やはり私はみすゞさんに与したい。
「お花畑」なことなんだろう。けれど、そのお花畑も、
いろんな花が咲いていればいるほど、いい。

多くの(?)方に支持されたので、さらに、

中島氏のは、例えばテロリストの存在もいいというのかというような趣旨の論駁でした。
でもそれはstaticな見方です。稀代の哲学者に反論など烏滸がましいけれど、
皆違っていいんだという許容・寛恕の集団が過激になってしまう人をも包み込んでいく
dynamismに信をより置きたいのです。

まあ、詩人と哲学者の間に屹立する壁なのでしょうけれども。
私はもちろん詩歌の方の人間ですから、結局みすゞさんの直観的なことばに
より共感するのです。

と言いつつ、私は中島さんのファンなんです。
彼はそういうの(ファンなんかを持つこと)をとても嫌っていらっしゃいますが。 ^^;)
幸福よりも真実を追い求める人ー そういう人がいて、それでいい。

*

ここで告知です。

8.6 Heaven 青山
RAJOY Peace & Love ギグ

どうぞ、よろしくお願いいたします!


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Galient 再び

DCYorNeVwAAs2V3.jpg


Followerさんの一人で、なんと米国留学中の<若い>お嬢さんが、
上のGalient BD Boxを購入、「届いた!」と私に知らせてくれました。

幸せなことです。
ありがたいことです。
ね、EUROXのみんな、Mick師匠。
もう約30年前のアニメなのに。

高橋監督、故・塩山様、サンライズのみなさま、関係各位、
本当にありがとうございます。



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Thank you all, my dear followers

私のTwitterでのフォロワーさんの中には、天皇家のファン、
特に皇太子ご一家熱烈支持者、愛子さま天皇御即位を願う方が数人
いらっしゃいます。

私は、愛子さまが学習院中等科卒業の記念文集に書かれた広島での想いの文ー
全文をこのブログに掲載させていただきましたが
http://mnemosyneoforion.blog.so-net.ne.jp/2017-04-05-4
ーを読ませていただいて、愛子さまこそ浩宮さまの次に天皇になられたらいいのにと
心から思いました。ですから、上記の方々と意気投合するのも時間の問題でした。

天皇家の弥栄を願う人々が保守でないはずはありません。
その方々も、安倍政権には本当に憤っていらっしゃいます。
穏健保守派閥をバランス良く抱えていたかつての自民党よ再びという方々も多いのです。
保守論壇の文藝春秋さえ「安倍よ驕るな!」と言う今なのです。

私は加計隠し・逃れで治安維持法に匹敵する悪法を数の力で通した安倍政権は、
きっと倒れると確信します。

昨夜の想いとは真逆な気持ちです。

その転回は、Twitter上の同じこころならん方々のおかげです。



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夜国会前へ行って

今夜は後半の仕事が先週終わっていたので、「中間報告」の後
共謀罪を委員会採決なしで成立させるという与党側の暴挙の意図を知り、
国会前へすっ飛んで行きました。

抗議の人々はもちろんいらしたけれど、混乱するようなほどの数ではありませんでした。
しかたがないですね、私だっていつもどおりのスケジュールだったら行けなかったの
ですから。

福島瑞穂さんが国会から出てこられて、現状をお話しになっているのを聴きながら、
彼女の失礼ながら抑揚に欠ける、つまりは一本調子になんだかとても空しさを覚え、
途中でその場を離れてしまいました。

彼女がどれほど必死に奮闘されているかは知っているつもりです。
演説は集まった支持者たちへの配慮であることも。
それでも、いかんせん、決まり文句だらけすぎる、弱すぎる。

世は安倍さんの熱烈支持者と消極的支持者が半分ほどを占めていて、
支持しない人も選挙で反対票を投じればいいじゃないか、
国会に平日の夜押しかけるほど暇じゃない、ということなのです。
私だって結局そういうことなんです。

地下鉄の中ラジオを聴くと、木村草太さんが「加計疑惑隠しのための国会閉幕だ」と
断言されていました。そしてひとしきりあって、将棋ファンでもある彼が、
後のコーナーで語られる藤井聡太四段の話に<お決まりで>乗って、
楽しそうに<同名>の天才棋士のことを語ったりする。

それはまるで、私が国会前を離れ、しみじみ考えたくなって赤坂の駅まで歩き、
かの繁華街がいつもどおりの賑わいであったことと似ている、と思いました。
山王坂を上って下りていく道は、本当に静かで、警官もいませんでした。
国会前のシュプレヒコールもほとんど聞こえなくなるのでした。
そして赤坂に着くと、夜の街の喧騒ー
(木村さんはその赤坂のTBSで話しておられたわけです。)

永田町と赤坂という隣町同士の対照が、木村さんの話の前段・後段の対照と
似ていた、ということです。

もちろん、共謀罪のこと、国会のことだけが人生ではないのです。
そんなことにはなんらお構いなしでも生活はおそらく続いていきます。

地下鉄の中、福島さんの演説を聴いていた時の空しさがまた襲いました。



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蹉跌集め III-7 [小説]

7

「本歌どりすら共謀罪摘発案件になるんだって。」

ケンスキーがRAJOYのリハでメンバーに言った。

「漫画もアニメも、パロッたりすんのも。」

「世の中に完全なオリジナルなんてあんのかよ。」

芳樹が言った。

「俺らが例えば戦争反対っていう趣旨のギグやろうってなって、それを権力側が
気にくわないって思ったら、著作権法から政府転覆の共謀とかってことで検挙とか?」

光が問う。

「そうできないこともないだろうな。」

ケンスキーが答えた。

「でも俺らなんてまだデビュー前の小者だぜ。」

周平が言った。

「取り締まりなんてないだろ。」

「怖いのは、権力側がいつでも危険分子は取り締まれるってことさ。
その『危険分子』の認定は彼らの恣意ってことなんだ。」

ケンスキーが言うと、

「なんだ、<しい>って。」

周平が真顔で訊く。

「あいつら危ないって好き勝手に彼らが決められるってことさ。」

「なんだよ、それじゃどっかの隣国みたいじゃねぇか。」

「国連の人権委員会とかが再三疑義を呈してんのに、聞く耳持たないんだよ。
G7なんていう先進国クラブに名を連ねられなくなるのも時間の問題さ。」

光がケンスキーと周平のやりとりを聴いていて、

「なあ、そんな事態に黙っていられないよな!」

と強い口調で割り込んだ。

「反核を歌ってMNEMOさんは撃たれるし、悠奈のコンサートでも変なヤツが紛れ
込んだっていうし。こんなこと座視できないよ。」

「ああ。」

芳樹が同意する。

「俺たちのデビュー記念コンサート、派手にやるか。」

「ああ。Rainbow Arching Just Over Youだぜ、俺たち。
核の傘より虹の傘ってのはどうだ、キャッチコピー。」

光が言う。

「そりゃいいや!」

周平が大喜びする。

「はは。<共謀>成立だな!」

ケンスキーがそう言って皆が大笑いした。


<つづく>




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蹉跌集め III-6 [小説]

6

悠奈は、吉祥寺に在る200人規模のコンサート会場で頭から3曲ほどノンストップで
歌った。オーディエンスはスタンディングで満員、みな悠奈の歌に聴き惚れ、
またその容姿に見惚れていた。

MCの段になって、悠奈は来場への感謝の言葉を言って、

「次の曲なんですが、MNEMOさんの作詞作曲のものです」

と聴衆に告げた。

「MNEMOさんー みなさんはご存じですか、サンフランシスコの反核集会で歌って、
銃撃され、視力を失ってしまった方です。」

会場がシーンとなった。

「私、MNEMOさんとは本当に偶然に多摩川の河原で知り合いました。
一緒にいた友人のひとりがMNEMOさんのブログに連載されていた小説のファンでー
『トーホグマン』っていう題名なんですけれど、それを口にしたんですね。
本当に偶然にその場をMNEMOさんが通られて、自分の小説の題名を言う人間の
存在に驚いて話しかけてきたんです。

以来MNEMOさんには私も友人たちもいろいろとお教えいただいていました。
そしたら、あんなことになってしまってー。」

悠奈は嗚咽しそうになった。

「頑張れ!」

あるファンが声を掛け、俄かに拍手が鳴り出した。

「ごめんなさい。そしてありがとう。」

悠奈が目頭を押さえて応えた。

「シンガーが平和を訴えるのは当たり前のことです。
シンガーにとって平和はどんなものよりも価値があると私は思っています。
私も、どんなにひどい目に遭っても、落ち込んでも、落ちぶれても、歌と共にあります。
そして、それでも平和を歌っていく。」

「いいぞ!」

また声が掛かる。

「詩情はどんなときにも在ると思います。戦場においてすらもです。
それを勇ましい歌詞にして歌うか、そうではなく、そんな中でも平和を希求する歌に
するかー 歌い手の思いひとつです。私はどんなときもあきらめず、平和を、
愛を歌っていきます!」

「お花畑やってろ!」

男の鋭い声が会場に響いた。
最前列中央のちょっと後ろ辺りからだった。
みんな不意を突かれて会場は静まりかえった。

「歌で平和な世になったら世話ねぇや!」

再び同じ声が響いた。

「お前らがこんな歌舞音曲で現抜かせてられんのも、平和あってだ。
そしてその平和は力によってこそ守られてんだぞ、忘れんな!」

声の主の近くにいるファンたちが、振り返ったり、その人物に向き合ったりして、
悠奈はその人物がいる場所を特定した。顔も見えた。

「だから言いましたよね。」

悠奈は静かに言った。

「私はたとえ戦場においてでも歌うって。」

スタッフ数人がその人物の近くへと聴衆をかき分けながら近づいて、

「お客様、他の皆様のご迷惑になりますし、進行を妨害するのはおやめください!」

と一人が言った。永だった。

「じゃあ、戦場で歌うハメにならねぇように、そういう歌を歌うんだな!」

男は最後にそう言って、スタッフに脇を抱えられて会場を出て行った。

悠奈は毅然としていた。
動揺を示すような表情はまったく見せなかった。

「あの方のおっしゃるとおり、私は戦場で歌うハメにならないように、
愛と平和の歌を歌い続けます。」

ファンたちの中から拍手が起こり、それは伝播し、万雷の拍手となった。

「では、MNEMOさんの歌、Would You Be Mineですー」

Would you be mine
Would you be with me all the time
Even when I'm down
And cry like a child

Would you define
The meaning of my life
And let me see you smile
Like the morning star


<つづく>




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お詫び

8.6原爆忌に向けての反核メッセージソングYouTubeへ投稿という計画が、
さまざまな事情で頓挫してしまいました。

本当に申し訳ありません!

私のリーダーシップが至らなかったというのが第一の原因です。

ご期待くださった皆様には裏切ることになってしまい、ただただお詫びするより
ありません。本当にごめんなさい。

ただ、8.6のHeaven 青山のコンサートは決行します。

反核を最も強力に訴えることができるはずの日本人のバンドとして、
RAJOYはこれからも命の限り世界に発信する決意です。

態勢立て直しです。

どうかこれに懲りず、私たちを後押ししていただければ、
これにすぐる幸せはありません。

どうぞご理解とご寛恕を賜りますように。


RAJOY 主宰

MNEMO



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2017 水無月 徒然

昨夜のリハも楽しいものでした。

18歳のときに生まれて初めて作った曲などもリハにかけたのですが、
なにしろ8.6では初めて聴いたっていう曲がいくつもー
ということになると思います。

デカパンさんの訃報はスティックも共通の友人から聞いていました。
8.6はデカパンさん追悼の曲もやりたいということで一致しました。

*

梅雨のなのに、なんだかまとまった雨がこちらでは降りません。

https://youtu.be/xbZWZoYQ_Qo

PaulのMamuniaです。
能天気な歌ですが、雨の歌です。

The rain comes falling from the sky,
To fill the stream that fills the sea
And that's where life began for you and me

So the next time you see rain it ain't bad,
Don't complain it rains for you,
The next time you see LA rainclouds,
Don't complain
It rains for you and me

本当にそういうことです。

滝は夏の季語ー

壮年や『沈める滝』の音のする

Getting oldー
I barely hear the sunken waterfall
roaring.

と、駄句で締めるだらしなさ。



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