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蹉跌集め III-26 [小説]

26

周平楽器車は鶴川街道から高石交差点にまで続く県道へと左折した。
1キロほど行くと、多摩丘陵を登っていくカーブの多い道になった。

「周平、そうスピード出すなよ!」

幸嗣が言う。

「わり。俺こういうヘヤピンとかんなると燃えて。」

「お前、ハイエースだぞ、これ。それも6人も乗ってんだ!」

「わり。そうだったな。」

坂を登りきって、よみうりランドの入り口が左手に見える。
今度は下り坂になり、途中で芳樹が、

「この右手の藪がそうさ。<かがみ>さんが俺に話しかけてきたところ。」

津久井街道に入って、百合ヶ丘方面へ。
まもなく高石神社の看板が見え、右折して狭い坂道へと入っていく。
駐車するところを見つけるのに難渋したが、短い「取材」を条件に周平がクルマに乗った
まま待機することにしてくれて、他の者は神社へ向かった。

境内には芭蕉(桃青)や石田波郷の句碑が在る。

「雲の峰いくつ崩れて月の山、か。」

ケンスキーが読む。

「うん、芭蕉が月山で詠んだ句だな。どうしてこれがあるのか、分からないんだ。」

芳樹が言う。

「月山神社とか湯殿山神社とかとアフィリエイトっていうことじゃないの?」

「そんなことはどこにも書いてないんだよ。」

悠奈が熊野様の祠を見つけて、佇んでいた。

「どうだ、悠奈。」

芳樹が言う。

「神仏習合の潮音寺は臨済宗ね。やはり武家だわ、加賀美さんは。
ご神体に『加賀美』と書いてあるそうよ。表記もゆうべお会いした加賀美さんと同じ
だったわ。」

「ふ〜ん。で、熊野様からなにかお告げは?」

「そなたは月じゃ、って。」

「え?」

「私は月なんですって。月で西施なのだ、と。」

「西施?」

ケンスキーが言った。

「あの中国四大美人の?『沈魚美人』西施?」

「お前、ほんと詳しいな。」

芳樹が呆れて言う。

「西施が裾をまくり、脚を露わにして川で洗濯をしていると、魚たちが見惚れて
溺れちゃったんだよな、確か。」

「湯殿山で芭蕉が見たのはきっと蛤(はまぐり)なのね。」

悠奈が言った。

「熊野様もはっきり言わないの?」

芳樹が訊く。

「ええ。湯殿山神社で見たものを口外してはいけないという掟は神様同士でも守るのね。
重要なのは、芭蕉が月山、羽黒山、湯殿山と出羽三山を巡り、後に秋田・象潟で詠んだ
『象潟や雨に西施が合歓の花』という句になることよ。」

「蛤っていうのは?」

「西施は呉王が滅びる原因になった、つまり傾城の美女なのよ。敵で彼女を献上した
越王勾践の妻も西施の美貌を恐れ、呉の人も魔女扱いして彼女を長江に皮袋に入れて
捨てた。後に不思議とその辺りで蛤がよく獲れるようになったというのよ。」

「その蛤って、西施の象徴になった・・・。」

悠奈は黙った。

「湯殿山には誰も行ってないから、これ、口外にはならないよな。」

幸嗣が心配して言った。

「想像だもんな!」

「加賀美さんと西施がどう結びつくんだよ!」

光が皮肉を込めた口調で言った。

「お前、悠奈が月だっていう言葉、一番響くんじゃねぇの?」

ケンスキーがこれまた皮肉を込めて言った。
光は無言でケンスキーに殴りかかった。

「やめてッ!」

悠奈が鋭い声を発した。

「こんな場所で、よくもそんな真似ができるわね!」

光はケンスキーの胸ぐらを掴んだ手を徐々に緩めて、うな垂れた。

「この句碑自体は加賀美さんと直接関係があるわけじゃないわ。
石田波郷さんっていう昭和の俳人の句碑もあることだし。
大切なのは、インスピレーションでしょ?
ここの宮司さんであれ、氏子や信徒さんであれ、芭蕉の数ある句の中で月山の句を
選んだのもインスピレーションよ。もちろん、まずは芭蕉の句こそインスピレーション
じゃないの?あたしたち、歌のインスピレーションを得るためにここに来たんでしょ?

感じようよ、いろいろ!」

遠くでクラクションの音が聞こえた。

「周平が困ってるぞ、戻ろう。」

幸嗣が言った。


<つづく>




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蹉跌集め III-25 [小説]

25

「義興殿も後醍醐天皇から名を戴いたのじゃ。この子は義貞の家を興隆させる、と。
源氏の名門で、しかも天皇が直々に名付け親になるんだぞ。これほどの権威があるか。
儂もまだ幼さが残る義興殿を見知っていたから、尚更、嘘で籠絡し、矢口で待ち伏せて
射かけるという卑怯に堪えられなくなったんじゃ。」

芳樹のここまでの話にケンスキーが反応するー

「その甲斐の侍、姓は何と言うのじゃ。」

「かがみ、と申しはべり。」

「やっぱな。芳樹の説は相当に確度が高いよ。八幡太郎義家の弟、新羅三郎義光の
孫ないしは曾孫の加賀美遠光だろ、ご先祖は。」

「詳しいな。」

「MNEMOさんのトーホグマンで読んだよ。」

「いやあ、MNEMOさんもタダもんじゃないな。」

「いや、タダのまんじゅうだ。」

「あ?」

「いや、シャレ。義家も義光も多田(源)満仲の子孫だから。漱石も自分は多田満仲の
子孫だって書いている。夏目というのは甲斐ではないが、その北、信州の地名だ。
満仲の子孫は甲信地方にいっぱいいるんだろうな。」

「なるほど。それもMNEMOさん?」

「ああ。漱石のより近い先祖は加賀美と親戚の武田家に仕え、一説には武田最後の当主
勝頼が討ち死にする前に徳川側に寝返った、と。それを幼い頃に元旗本の家の
同級生にからかわれるのを極度に、病的に、嫌ったというぞ。」

「それもMNEMOさんから。」

「うん。」

「お前はほんと熱心なMNEMOさんファンだな。」

芳樹は半ば呆れて言った。

「芳樹、続きがあるんだろ、話してくれよ。」

幸嗣が言った。

「ああ。それでな、俺はそれからどのくらい後だったか忘れたけど、近所の高石という
ところに在る正に高石神社で流鏑馬があるっていうのをチラシかなんかで知って、
見に行ったんだ。流鏑馬って言っても、一般の人が的に矢を当てるっていうのなんだが。」

「流鏑馬とかって、小笠原流が有名じゃん。小笠原初代は加賀美の子だ。」

すぐにケンスキーが解説を加えた。

「・・・で、高石神社の縁起をそこで読んで驚いた。さっき言った、加々美という地頭の
名前が出てくるんだからな。」

「字は微妙に違うけど、表記っていうのは曖昧なもんだからな。」

ケンスキーが言う。

「MNEMOさんが言ってたよ、昔英語を登戸で教えた生徒に<鏡>という姓の男の子が
いたって。優秀な男子だったそうだ。きっとその男の子もつながるんじゃない。」

「牽強付会だな。」

光が言う。

「なんでもかんでも縁にしたがるMNEMOさんってちょっとおかしいんじゃないか。」

「彼はロマンだってちゃんと言ってる。ロマンが実証主義でなければいけなかったら、
世のフィクションはみんな死んじまうだろ!」

ケンスキーが気色ばんで反論する。

「やっぱりそうだったのね。」

悠奈がポツリと言った。

「加々美っていう名をさっき聞いた時からそうじゃないかって思ってたの。
あたしもね、トーホグマンを読んでたから。それにねー」

悠奈のポーズに男どもも静まり返った。

「ゆうべね、藤熊さんがある方を紹介してくださったの。お名前が・・・加賀美さん。」

「え〜〜〜〜ッ!」

周平が絶叫する。

「出来すぎだろ、それぇ!」

「ねぇ、その高石神社って、主祭神は?」

悠奈が芳樹に訊く。

「神明社って言われてたくらいだから、天照だよ。」

「八幡様が合祀されていない?」

「うん。されてる。さすが悠奈。俺もそこに注目した。」

「どういうこと?」

周平が訊いた。

「八幡神は源氏の守り神なんだよ。」

「なるほど。」

「熊野様も合祀されてるよ、悠奈。」

悠奈はにっこり笑った。

「行ってみたい!」

「うん、行こう。」

一同は川に向かい一礼して、ハイエースに乗り込んだ。


<つづく>




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蹉跌集め III-24 [小説]

24

一同はハイエースを降りて、多摩川沿線道路を横断して川の土手に立った。
川原までは相当下流方向へ歩かないと行けそうにない。
みな路肩に立って、矢野口の渡しを見つめていた。

「およそ七百年前、ここで義興さんと兵庫助さんが自刃、ないしは矢に貫かれた。」

芳樹がしみじみと言った。

「見えるようだろう。」

「そうかあ?」

周平が言った。

「まあ、なにしろ南無妙法蓮華経だ。」

幸嗣が合掌した。

「俺は南無阿弥陀だ。」

周平が言い、合掌し、他の者も従った。

「俺なー さっきの話の続きだけど」

と芳樹が言った。

「あーあ。」

周平が不平の声を上げる。

「その藪から声がするような気がしたのさ。」

芳樹が振り返ってよみうりランドが在る多摩丘陵を見つめながら言った。

「呼びかけられたっつうか。軽音の打ち上げの後だったから、だいぶ夜も更けててな。」

「飲んでたんだろ、どうせ。よくないぞ、自転車でも。」

周平が非難する。

「ちょっとな。でもしっかり覚醒してたよ。
その声だけどー 『臆病といふのは情けないことぢや』ってな。
そう聞こえたんだ。」

「え?どういふことだらうな。」

ケンスキーが言う。

「お前まで歴史的仮名遣いをしなくていい!」

芳樹がピシャリと言った。

「俺な、ピンと来たんだわ。これは太平記の時代の人の声だって。
そんとき俺、大学でちょうど鎌倉末期と室町・南北朝時代の特講受けてたのな。
輪講でさ。『太平記と多摩』っていう回の教授がおもしろい人で、細山の隣の多摩美って
いうところに自身も住んでて、相当に詳しく多摩の太平記戦跡を巡って研究したと。
その講義で新田義興のことも話して、そのとき、義興らのことをハメた側、
つまり足利基氏や畠山国清側の侍で、その計略を潔しとせず、さらに人殺しに倦んで
しまった者がいたはずだ、って言うんだな。」

「なんで?」

ケンスキーが訊く。

「感じるんだー ってよ。」

「はあ?」

「散歩なんかしていると、その侍の魂を感じるんだって。戦争忌避者の走りだろって。
むろんそれ以前にもいただろうけれど、義興らを矢で射る前に、
戦や謀殺などにいよいよ辟易した者が、密かにあの丘を登って逃げて行ったって。」

「その教授、霊感つえーんだな。」

幸嗣が言った。

「分かるよ、その感覚。」

「その侍な、俺は当時金程と呼ばれたそこら一帯の江戸前期の地頭
加々美金右衛門正吉につながるんじゃないかって思ってるのさ。」

芳樹が続けた。

「え?」

悠奈が驚きの声を上げる。

「地頭の加々美さん?」

「うん。彼は息子が室町中期創建の潮音寺の住職をしていた関係で、
息子が逆縁で早くに亡くなって、寺の名を改め再興したというんだ。
その寺を創建した日峯法朝こそ<その侍>の子孫だと。」

「お前の推測でしかないだろ。」

周平が言う。

「もちろんだ。でも、否定はできない。大体ー
俺はそう聞いたんだよ、その藪から声を発する者からな。」

「はっきりか?」

「もちろん正確ではないけれど、こう言ったー
『儂は戦にほとほと嫌気がさしての、矢野口から逃げ出したのじゃ。
戦はいかんな、本当にいかん。逃げて、すぐに剃髪した。僧の格好をしたのよ。
とは云え、きれいには剃れなんだ。がしかし、当時ぼろぼろという破戒僧がうんと
いてな、多摩川にも多くいたんじゃ。だから怪しまれることはなかった。
眉も剃ってみれば、儂が誰だかは分からなくなったしな。追手も来なかった。

儂は元々甲斐の者で、甲斐源氏の端くれだ。しかし我が先祖の長男は頼朝に討たれてな。
また次男以下も霜月騒動で次第に衰退していった。儂は百姓になって細々と暮らして
いたが、同じ清和源氏の足利公や新田公が挙兵され、我が家の再興をと儂も馳せ参じた。
足利公は六波羅探題攻めで京都にいたから、儂は新田公の鎌倉攻めに従った。
しかし後に尊氏様に心酔し、足利方に回った。その時はまだ尊氏様が新田義貞公と
敵対することになるとは思っておらなかったのじゃ。』」

一同は多摩丘陵を見つめながら芳樹の話に聴き入る。


<つづく>



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蹉跌集め III-23 [小説]

23

悠奈を和泉多摩川駅のロータリーで乗せて、ハイエースは多摩川を渡らず、
東京都の多摩川沿いを走ることにした。光の提案だった。

「そっちの方が殺風景じゃなくていい。」

光は悠奈が乗ってから、できるだけ饒舌に話そうとした。

「川崎側の多摩川沿線道路は、右側の視界は開けて気持ちいいんだけど、
左側のビルや建物が迫っていて、窮屈な感じなんだよ。」

「そうなのよね。」

悠奈が呼応する。

「藤熊さんとどっちも歩いたことがあるの。」

「そ。」

光があくまで進行方向を見る目を外さずに相槌を打った。

「ここの桜並木は春んなるとすごいんだ。」

「そうらしいわね。楽しみ。」

「周平、ひたすら<まっつぐ>で。」

光が言う。

「ほいよ。左が多摩川の土手?」

「そう。右側、圧迫感ないでしょ。並木があって、余裕がある。」

「うん。お、日活撮影所?」

「そうなんだ。裕次郎だよ。赤木圭一郎とか。」

「赤木さんの方は知んね。」

「ここでゴーカート事故を起こして亡くなったんだ。」

「よせやい!」

周平が3度目の「よせやい」を言う。

「昼だからまだいいけどさ。」

「もう少し行くと大映の撮影所もある。」

「多摩川って映画産業の密集するところなのね。」

悠奈が言う。

「東宝の砧撮影所だって、多摩川の河岸段丘に在るわけだし。」

「円谷プロも砧に在ったしな。」

ケンスキーが言う。

「三船プロだって、石原プロだって、成城だし。」

「あ、そこ左折。」

光が言う。

300メートルほど行くと、一気に視界が開けた。

「ああ、左多摩川、右が京王閣ね。」

芳樹が言う。

「ほら、見えるだろ、よみうりランドの丘。左正面さ。学生時代、ちょっとだけ
あそこにアパート借りたんだ。すぐに親に仕送りストップされて引き払ったけど。」

「何しでかした。」

ケンスキーが訊く。

「まあまあ。レイディーがいることだし。」

芳樹が笑って言った。

「自転車で通ったんだ、生田の大学まで。」

「ふ〜ん。」

クルマは鶴川街道に左折して入る。東京側の矢野口の渡しにはもう着いている。

「橋渡り切ったら左折して、で、ちょっと行ったら右に入って。
クルマ、少しなら駐められるから。」

光が言う。

「おいよ。」

周平が返事をする。

「俺なー」

芳樹が続ける。

「ありゃいつだったかな、大学からの帰り道、津久井街道を高石の交差点で右折して、
アパートの在る細山っていうところへえっちらえっちら坂登ってたの。
左の方に藪みたいなところがあんだけど、そこでさー」

「よせやい!」

周平が信号待ちをしつつ言った。

「どうせまた怪談噺なんだろ。」

「怪談だけでいいんだよ、噺は要らない。」

ケンスキーが茶々を入れる。

「うっせ。」

「まあ、いいや。河原で話すよ。」

芳樹が言う。

「いいよ、別にぃ。」

周平がハンドルを切りながら言った。


<つづく>



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蹉跌集め III-22 [小説]

22

新田神社に詣でて、何事もなく義興の冥福を祈り、RAJOYのメンバーは多摩市の
矢野口へ行くことで一致した。神奈川県側には渡らず、ずっと東京都側を走行し、
田園調布で多摩堤通りに入り西進する。

「このまま行けば狛江じゃん。」

芳樹が言った。
光と幸嗣は黙っている。

「永さん、今悠奈と一緒に暮らしてんだろ。」

周平がハンドルを軽やかに操りながら言った。

「うん。」

ケンスキーがケレン味なく返事をした。

「誘ってみる?」

「当てつけかよ!」

光が憤りを隠さず言った。

「違うよ。」

ケンスキーは言下に否定した。

「特に悠奈はこの太平記戦跡巡りに興味を示すだろうと思うからさ。
彼女だってモチーフはいくつあってもいいだろ。」

光は黙った。

「まあ、彼女もいろをし房さんや白梵字さんと<知り合い>だしな。」

芳樹が付け足す。

「なにしろ木野先生のご加護があるから、悪霊とかにもし俺たちが憑かれそうに
なったら、きっと退散させてくれるんじゃないか。」

「ふん。そんなのは俺の霊力でなんとかできる!」

幸嗣が抗議するように言った。

「とりあえず電話してみるよ。」

ケンスキーが呆気にとられる光と幸嗣を尻目に悠奈を呼び出す。

「あ、悠奈。うん、あの、突然だけれどさ、今暇かな。
ん?あ、そう。今ね、矢野口ってとこにバンドのメンバー全員で行くとこなの。
太平記って知ってる?知ってる。さすが。そこに記されている新田義興たちの
憤死事件でね、それが矢野口で起こったんだよ、およそ七百年前に。
なんかさ、歌できそうだなって。うん、取材。一緒に来ない?
うん・・・うん・・・うん。そりゃいいよな。じゃあ、あと30分くらいかな。
はい、はーい。じゃね。」

光と幸嗣は怒り心頭に発していた。

「降りるよ、俺!」

光が言う。

「俺も!」

幸嗣が追随する。

「待てよ!」

芳樹が押しとどめる。

「もういいじゃないか、悠奈と永のことは。悠奈が乗ってきたことが尚更許せないんだろ、
もうお前たちとのことは眼中にないっていうか、それが悔しんだろ。」

「んな!そんなんじゃない!」

幸嗣が強く否定する。

「克服したんじゃなかったのか、お前ら。だらしねぇな。
悠奈の歌に懸ける気持ち、立派じゃないか。彼女も取材したいんだよ。
お前らはどうであれ、俺もケンスキーも周平も悠奈は友達だと思っている。
いいじゃないか、彼女も太平記のことを知りたいって思うことって。」

光も幸嗣もシュンとしてしまう。正に青菜に塩だ。

「ここ左折だよな。」

周平が我関せずで言う。

「ナビはそう言ってないけど、光が狛江に住んでた時、ここがショートカットだって
言ってたよな、確か。」

そう言って不二家レストランのところを左折した。

「いいんだろ?」

「う、うん。」

光が返事をした。

周平の楽器車は狛江市に入って行く。


<つづく>



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蹉跌集め III-21 [小説]

21

「怖い話か?」

周平が少し怖気づいたような声で訊いた。

「いや、そうでもない。」

芳樹がほほ笑んで言った。

「矢口のことなんだ。『やのくち』とも『やぐち』とも読めるし、
実際『やぐち』の方はこの下流の大田区にあるんだ。そして『やのくち』はー」

「多摩市だろ、上流だ。」

光が言った。

「俺の住む宿河原から南武線で立川方向へ一本だ。表記は『矢野口』で、
『の』が入ってfieldの『野』だ。」

「そう。」

芳樹が応える。

「太平記に書かれた『矢口の戦い』はそのどっちであったのか、というのさ。」

「え?」

周平が怪訝そうな顔をした。

「そんなのその多摩市の方に決まっているじゃん。上流なんだから。
兵庫助さんの遺体が流れてきたんだろ。」

「常識はそうさ。でもな、大田区の矢口には新田神社が在るんだ。
義興が祭神でな。なぜ祀ったかというと、義興や兵庫助を謀殺した側の江戸遠江守が
後にその矢口の渡しに来ると俄かに雷雲が湧き上がり、舟は転覆するわ、
落雷で火事は起こるわで、慌てて逃げたのだが落馬、その後狂死したからと。
だから当然そこが矢口の戦跡だっていうんだな。」

「あんだよぉ。話、やっぱしこえーでねぇの。」

周平が千葉弁で不平を言う。

「さらに謀殺を指図した関東管領畠山氏の埼玉は入間川の領地の家や寺社も落雷による
火災で焼失したっつうんだな。またさらに、矢口では夜な夜な『光り物』が出たと。
ま、人魂だな。」

「みんな恐れて新田神社を創建して鎮魂したと。」

ケンスキーが言った。

「そういうこと。」

「じゃあ、なに、兵庫助の遺体は下流から流れ着いたっつうの?
それも超自然現象かや。」

周平が納得できないという表情で言った。

「鶴川街道っていうのが多摩市の矢野口を通るんだ。」

光が言った。

「今は町田で終点になるけれど、きっと多数ある『鎌倉みち』のひとつだったはずだよ。
義興は本拠の新田、今の群馬県太田市にいたんだろ。だとすれば、多摩市の矢野口の方が
断然合理的なルートだよ、鎌倉に行くなら。なんで大田区の、東に寄り過ぎのルートを
使う必要があるのか、解せないじゃないか。」

「そのとおりなんだよ。」

芳樹が応える。

「だからミステリーだって言うんだ。」

「きっとさー」

幸嗣が口を開いた。

「義興の遺体がその大田区の方に流れ着いたんじゃないか。ここ二子を越してさ。
それでその矢口の土地の人々が義興を葬り、さらに神にまでしたんじゃないの?
多摩市の矢野口で合戦があったのは疑いないと思うな。逆流もありうるとかって
説があるかもしれないけれど、なにしろ群馬の太田と鎌倉を結ぶ合理的な線は
やっぱり埼玉を通って多摩の矢野口を通るルートだし、無理がありすぎる。」

「だよな。」

周平が納得する。

「じゃあ、次は新田神社に行ってみるか?お告げがあるかも。」

ケンスキーが笑って言う。

「よせやい。」

周平がしかめ面をして応える。

「いや、俺はすでに兵庫助さんの霊気を感じてる。」

幸嗣が言った。

「さっきの説は俺が言ったんじゃない。」

一同は黙った。

「よせやい!」

周平がたまらず大きな声で言った。

「みんな合掌しろ。」

幸嗣が率先してお題目を唱え始める。


<つづく>



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蹉跌集め III-20 [小説]

20

2月初旬、RAJOYのメンバーは周平の「楽器車」であるハイエースに乗って
二子玉川の兵庫島を訪れた。

早咲きの梅がよい香りを放っている。
5人は芳樹の先導で「島」というより古墳のような小山を登っていく。

「これは、由良兵庫助という新田義貞の遺児で次男の義興の家来が矢口の戦いで
戦死、遺体が流れ着き、ここの土地の人が弔った場所なんだ。」

芳樹が説明する。

「いつ頃の話だ?」

周平が訊く。

「1358年だな。」

「さすがは史学学士。」

ケンスキーが褒める。

「それって・・・。」

周平が顎を撫でながら言った。

「室町初期さ。南北朝時代と言ってもいいけどな。」

「新田義貞っていうのは後醍醐天皇の忠臣だろ。」

光が言う。

「そうだ。」

芳樹が答える。

「後醍醐天皇は鎌倉幕府に実権を握られていることに反発して、何度か幕府転覆を
画策しては見つかり、島流しにもあった。そしてその隠岐の島から脱出、
とうとう倒幕の狼煙を上げ、呼応したのが足利高氏、新田義貞などの下野や上野に
勢力を張っていた清和源氏の末裔だったんだ。」

「清和源氏の嫡流は源頼朝の流れだったが、三代で滅びたからな。」

ケンスキーが言う。

「源義家、八幡太郎義家四男の義国のそれまた次男義康が足利家の祖だ。」

「長男は?」

「義重で、これが新田氏の祖だ。」

「ケンスキーもよく知ってるよな、理系のくせに。」

芳樹が舌を巻く。

「俺、好きなんだよね、氏姓関係の話。」

ケンスキーが笑って言う。

「MNEMOさんのトーホグマンの影響だな。」

「で、その後醍醐天皇の倒幕の話は?」

周平が急かした。

「うん。鎌倉幕府の有力な御家人で、名家清和源氏の末裔である新田と足利が
反旗を翻すようでは、鎌倉幕府、つまり北条氏の命運は決まってしまったな。
鎌倉には新田義貞が攻め入り、それは凄惨な戦いになったそうだ。
高氏は六波羅探題を滅ぼして、北条家と幕府は滅亡さ。北条の最後の執権は高時で、
その一字をもらって『高氏』としていたのに、裏切ったことになるな。」

「そして高氏は後醍醐天皇の諱(いみな)『尊治』から一字もらって、以降尊氏とするん
だからなかなかの変わり身の早さだ。」

ケンスキーが付け足す。

「で?」

周平が兵庫島にいる理由に早くたどり着きたがる。

「その後尊氏は後醍醐天皇の建武の新政に反旗を翻すんだ。」

「え?また裏切るの?」

「そして同祖を持つ親戚筋の新田義貞も滅ぼすのさ。そしてまあ、室町幕府が成立し、
いろいろあって尊氏が死ぬと、好機到来と義貞の次男義興が鎌倉へ攻め入ろうと
するんだな。ところが、鎌倉公方足利基氏や関東管領畠山国清らの命令で江戸氏や
蒲田氏などに多摩川の矢口の渡しで船に工作されて一網打尽にされてしまう。」

「その義興と一緒に殺された家来が由良兵庫助なんだな。」

周平が納得する。

「しかしな、これにはミステリーがあるんだ。」

芳樹が意味ありげな表情で言った。


<つづく>




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蹉跌集め III-19 [小説]

19

「太平記を基にしたアルバムってどうだ。」

芳樹が言った。

「太平記?」

周平が少しウンザリした口調で言った。

「そう。鎌倉末期から建武新政、南北朝、室町幕府の始まり辺りまでの軍記物さ。」

「モチーフいっぱいあんのか?」

光が訊く。

「すさまじくあるよ。」

芳樹が答える。

「恋のことも?」

「尊氏はともかく、高師直がおもしろい。人妻に横恋慕して、拒絶され、怒りまくって
その夫の塩冶判官高貞に謀反の罪を着せて一族を滅ぼしてしまう。」

「ひでぇな。」

「実は師直の恋文を代筆したのが吉田兼好なんだ。」

「え!徒然草の?」

幸嗣が仰天する。

「じゃあ、正に白梵字さんやいろをし房さんの時代じゃないか!」

「ああ。」

「お二人は宿河原で潔く決闘して共に殺され合った。一方で都では勝手に人妻に恋して、
拒まれ、夫と一族もろとも殺してしまう?なんていう時代なんだ。
その二つとも直接間接兼好さんが絡んでいる。」

幸嗣はブルブルと震える。

「観応の擾乱っていうのもあってな。」

芳樹が続ける。

「かんのうのじょうらん?なんだか悩ましいことか?」

周平が興味をみせる。

「いや、尊氏・直義兄弟の確執、殺し合いだ。」

「ええ?なんつー話だ、いったいぜんたい。」

「な、モチーフだらけだろ。」

芳樹が得意そうに言う。

「これをロック・オペラにしてー」

「ちょっと、ちょっと。」

ケンスキーが口を挟んだ。

「それはおもしろそうだけれど、現代の、ロック・グループのRAJOYとどう折り合うの?」

「戦争、恋、嫉妬、骨肉の争い、教養人の諂(へつら)い・・・」

「最後のは兼好さんのこと?坂東武者、非教養人の権力者へのお追従?」

「そうだよ。すべて現代にもあるだろ、ひとつも変わらず。」

ケンスキーは頷く。

「モチーフにする価値あるかも。」

「だろ?」

芳樹はうれしそうに言った。

「だとしたら、宿河原行って、報告しなきゃな。」

幸嗣が言った。

「なんで?」

芳樹が訊く。

「いや、なんとなく。いろをし房さんや白拍子さんの同時代のことだからー」

「そういうことなら、太平記の舞台は全国ながらも関東、特に武蔵・多摩や相模が
大きな部分を占めるんだぜ。お参りに行くか?」

「そうしたほうがいいような気がする。」

幸嗣が不安そうな面持ちで言う。

「じゃあ、そうすっか。今度の土日、史跡巡りすっか。」

周平が元気良く言った。


<つづく>




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蹉跌集め III-18 [小説]

18

RAJOYはMNEMOをゲストに迎えてのギグを成功させた。
彼らは「愛と平和」ではなく「恋と平和」をLove & Peaceの訳として打ち出し、
スタンディングで200を超える聴衆を集めたのだった。

余勢を駆って、光は大胆な構想をギグ後の打ち上げで語った。

「なあ、アメリカでギグやろうよ。トランプ以降、アメリカは怪しくなってしまった。
公然たる白人至上主義やネオナチ、KKKが台頭しつつあるんだ。
それを阻もうとする心あるアメリカ国民と連帯してー」

「それもいいけれど、まず自分の国なんじゃね?」

ケンスキーが口を挟んだ。

「よその国のことなんか言えるような状態じゃないっしょ、ここも。」

光は黙ってしまう。

「MNEMOさんや悠奈が『愛と平和』を押し出してるからなあ。」

芳樹が言う。

「俺たちが連帯するのは当然としても、俺らは『恋』だろ。それを確認し合ったことは
忘れないで行こうぜ。俺たちは恋の歌で平和を間接的に唱えていくんだろ。」

「俺はよく分かんねぇけどー」

周平が言う。

「MNEMOさんや悠奈の路線で俺たちが敵うはずはないんじゃねぇか。」

「別に彼らに抵抗していくわけじゃないんだからー」

幸嗣が言った。

「ただ、俺らはロックだろ。カマしたろうぜ、光だって英語バッチリだし、
世界進出だって全然無理じゃないんだから。」

「ああ。」

芳樹が応える。

「それでも俺は、国内をまず固めることを優先したいな。日本のロックを追求したい。
その追求の過程で、世界的なものが生まれてくる気がするんだ。」

「それってどんなのだ?」

ケンスキーが訊く。

「日本の古典文学から発想を得るんだよ。あのアニメの新海監督みたいに。」

芳樹が答える。

「物語性も、むろん和歌のエッセンスも。」

「MNEMOさんはだいぶ昔に『Haiku Rock』っていうのを提唱して1曲作ったんだ。
ディストーションをバリバリ効かせたギターで、歌詞を省きに省き、
そのモチーフは良寛の偈だった。」

「げ?」

周平がキョトンととする。

「仏の教えを詩にしたものさ。」

芳樹が解説する。

「それで、うまくいったの?」

「失敗ではなかったって。日本文学の古典からロックをっていうのは、だから、
MNEMOさんは発想していたんだ。それでも結論としては、歴史文化的な固有性から
全世界的な普遍性へ到達するのは容易なことではなく、周辺的なエイドがないと
やはりむずかしいってことだったと。」

「はあ?」

周平がたまらず声を上げた。

「つまり、アニメとか映画とか、そういう視覚的な助けがあって、ということさ。」

「なるほど。」

芳樹が納得する。

「じゃあ、そういうアニメや映画を作る人と巡り会えばいい。」

「簡単に言うな。」

光が窘める。

「そんな意欲的で、制作費も捻出できる作家と簡単につながれるはずもない。」

「MNEMOさんて、Somogumiっていうアニメ制作会社と親しいんだろ?」

芳樹が言う。

「ああ。」

ケンスキーが答える。

「でもその夢は今のところ夢のままだって。」

RAJOYたちはこの後もバンドの今後の方針を語り合うのだった。


<つづく>




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蹉跌集め III-17 [小説]

17

粟田も加賀美も「魂を醸す」に移行していた。
大の日本酒党の加賀美は殊更に喜んで呑んだ。

「悠奈ちゃんと実はさっきのNo-Oneの話してたんだよ。」

藤熊が言った。

「そうですか。」

加賀美は大きく頷いて応えた。

「ニューヨークでそれを歌ってほしいっていうオファーがあったって。」

「ほう。どんな団体の主催なんですか。」

「SNSのフォロワーさんなんです。New York Peace Lovers Associationの
メンバーだと聞いています。」

悠奈が答えた。

「歴とした団体?」

「ええ。そのホーム・ページも見ました。John Lennonのストロベリーフィールズでも
彼の命日とかに集会をする団体です。」

「そうですか。スィキュリティは?」」

「よく分かりません。ただ、国連の軍縮担当の上級代表と話をつけると言っています。」

「なるほど。で、その辺り、ホムラーやMUZIKがどう言うかを話し合った?」

「そうなんだよ。」

藤熊が言った。

「デビュー間もないシンガーが、早々にいわゆる色がついちゃうってのがね。
でも、反戦・反核っていうのは、政治的じゃなくて、倫理的なことだって。」

「ええ、ええ。」

加賀美は何度も頷いた。

「昔のジョーン・バエズみたいなね、立ち位置で。」

「そうそう。」

「こんな時代だからこそ、そういう歌姫が必要なんじゃないんですかね。」

粟田が言った。

「なにしろ唯一の戦争被爆国の日本が核兵器禁止条約の交渉のテーブルにさえつかない
なんていう情けない状況ですよ。核保有国が賛成しない条約には意味がない?
そんな。地球村で、銃を持つ10世帯とかがあって、その十倍もの世帯が銃は持たない、
使わないと取り決めをした。そのことに意味がないはずないじゃないスカ、ねぇ!
暴力追放運動を市民が始めた。しかし市長は、暴力団がその運動にはいってくれなきゃ
意味がないって言っているようなもんですよ。」

「いい喩えですね。」

悠奈が言った。
粟田は大いに照れる。

「でね、悠奈ちゃんー」

藤熊が言った。

「加賀美君を呼んだのは、悠奈ちゃんの数々の歌を元に、ドラマタイズしたステージを
作れないかって思ってね。その物語構成を加賀美君にって。」

「そうなんですか!」

悠奈は驚きながらも、実にうれしそうな表情で言った。

「ある若い女性の1日、ないしは1週間とかなんですよ。」

加賀美が言った。

「ふつうの、と言ったら語弊があるかもしれないけれど、一人の女性が、朝、陽の光に
微笑み、野原に出て花を愛で、鳥の声を楽しみ、自分も歌を歌う。恋への期待や不安を
抱え、そのことも歌い、進行する自分の生の営みー
しかしそれが突然人為的なmalice、そう悪意によって遮断されてしまう。」

悠奈は顔をこわばらせる。

「死ぬことはなかったけれど、すさまじいほどの孤独と絶望に陥ってしまう。
けれども、結局は、結局は、自分の愛するものたちによって立ち直っていこうとするー
そんな一人の女性のめまぐるしい命の展開を表現できたらいいな、と。」

悠奈は涙していた。
加賀美のストーリーに完全に自分を重ねていたのだ。

「加賀美さん、ぜひやらせてください。」

悠奈はなんとか発話した。

「それを、全編でなくても、ニューヨークでもやれたらいいなって望みます。」

「うん!」

藤熊も粟田も大きく頷いた。
加賀美は我が意を得たりという充実した表情で、

「改めて乾杯しましょう!」

と言った。


<つづく>



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