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蹉跌集め III-8 [小説]

8

ケンスキーはすぐにMNEMOと悠奈にメールを送った。
RAJOYの「核の傘より虹の傘」コンサートにゲストで出てくれと言う内容だ。

MNEMOは読めないが、付き添いの清が読んでくれる。

「そう。この共謀法下で、このコンサート名でやるか、彼ら。」

MNEMOは笑った。

「悠奈ちゃんは出られるかな。」

同じ頃悠奈もメールを読んでいた。
脅しに負けてはいけないと固く思っていた。
すぐに永に電話をし、永はスケジュールを確認してから大賛成した。

「内館さんに連絡するわ、すぐに。MUZIKもきっとOKするよ。」

師走も押し詰まっているのに、狛江は春のような暖かい日になっていた。
冬独特のやわらかい日差しに応えるように悠奈はマンションから出た。
すぐ近くの花屋にはポインセチアが店頭に並べられている。
蕎麦屋には「年越し蕎麦ご予約承ります」との張り紙が出ている。
悠奈の好きな時季だ。

土手に出て、まず悠奈はMNEMOに「コペルニクス的世界認識の転回」をもたらした
子猫のチロが埋葬された場所を遠くに見て、合掌した。
そして河原の方へは下りずに、世田谷区喜多見や宇奈根の方向へ土手道を歩いた。

途中木野の家の近くに来て、また合掌した。
しばらく行くと、川崎側の川原、つまり宿河原がよく見えるところに来る。
ここでも悠奈はいろをし房としら梵字に祈りを捧げた。
勇気が湧いてくる気がした。

悠奈にはなるべく人の通行が途切れないところを歩く習慣がついていた。
今は午後3時過ぎ、冬の太陽はかなり南西に傾いていたが、まだ明るい。
それでも、自動車教習所を越えた辺りで人の行き来が途絶えた。
引き返そうとしたそのときだった。

「悠奈ちゃんだよね。」

後ろから付いてきていたのか、30歳くらいの小太りの男がにこやかに声を掛けた。
ラフな格好と言うには余りにだらしない着こなしで、悠奈はすぐに嫌悪感を覚えた。

「へへ。会えちゃったなあ!」

男はそう言って、照れるような仕草をした。

「もしかして、あなたはSNSでよく私に返信をくださるー」

男は「そう、そう!」と言って、一歩近づいた。

「Yuna=LiFeです、分かりましたかあ!」

「ど、どうして私がここに住んでいるのが・・・。」

「ハハ。僕、ライダーでしてね。コンサートの後、出待ちして、そんで、へへ、
悠奈ちゃんがクルマで帰るのを付けて行ってね。」

「それって、ストーキングじゃないですか!」

男はニヤニヤ笑いをやめて真顔になった。

「好きな子がどこに住んでるか知りたくなるのって犯罪ですか。」

悠奈はただならぬものを感じて駆け出す。
土手道から、猪駒通りと呼ばれる市道の方へ走って行く。

「マンションもどこだかちゃんと知ってるよ〜!」

男が叫んだ。

「悠奈ちゃんがSNSなんかで『いいね』押したりする時刻で大体家にいるかどうかも
分かるしさ。ほとんどPCでブラウズしてるでしょ?」

悠奈は立ち止まった。

「コンサートのスケジュールは分かってるし、リハーサルで使うスタジオも知ってるよ。」

悠奈はクルッと向き直って、

「訴えますよ!」

と言った。

「僕、何も犯罪的なことしてないよ・・・まだね。」

そう言うと男が突然ダッシュして悠奈に駆け寄ってきた。

「キャアーッ!」

悠奈が叫ぶと、

「どうした、悠奈ちゃんじゃないか!」

脇道から出てきたのは、藤熊だった。


<つづく>




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蹉跌集め III-7 [小説]

7

「本歌どりすら共謀罪摘発案件になるんだって。」

ケンスキーがRAJOYのリハでメンバーに言った。

「漫画もアニメも、パロッたりすんのも。」

「世の中に完全なオリジナルなんてあんのかよ。」

芳樹が言った。

「俺らが例えば戦争反対っていう趣旨のギグやろうってなって、それを権力側が
気にくわないって思ったら、著作権法から政府転覆の共謀とかってことで検挙とか?」

光が問う。

「そうできないこともないだろうな。」

ケンスキーが答えた。

「でも俺らなんてまだデビュー前の小者だぜ。」

周平が言った。

「取り締まりなんてないだろ。」

「怖いのは、権力側がいつでも危険分子は取り締まれるってことさ。
その『危険分子』の認定は彼らの恣意ってことなんだ。」

ケンスキーが言うと、

「なんだ、<しい>って。」

周平が真顔で訊く。

「あいつら危ないって好き勝手に彼らが決められるってことさ。」

「なんだよ、それじゃどっかの隣国みたいじゃねぇか。」

「国連の人権委員会とかが再三疑義を呈してんのに、聞く耳持たないんだよ。
G7なんていう先進国クラブに名を連ねられなくなるのも時間の問題さ。」

光がケンスキーと周平のやりとりを聴いていて、

「なあ、そんな事態に黙っていられないよな!」

と強い口調で割り込んだ。

「反核を歌ってMNEMOさんは撃たれるし、悠奈のコンサートでも変なヤツが紛れ
込んだっていうし。こんなこと座視できないよ。」

「ああ。」

芳樹が同意する。

「俺たちのデビュー記念コンサート、派手にやるか。」

「ああ。Rainbow Arching Just Over Youだぜ、俺たち。
核の傘より虹の傘ってのはどうだ、キャッチコピー。」

光が言う。

「そりゃいいや!」

周平が大喜びする。

「はは。<共謀>成立だな!」

ケンスキーがそう言って皆が大笑いした。


<つづく>




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蹉跌集め III-6 [小説]

6

悠奈は、吉祥寺に在る200人規模のコンサート会場で頭から3曲ほどノンストップで
歌った。オーディエンスはスタンディングで満員、みな悠奈の歌に聴き惚れ、
またその容姿に見惚れていた。

MCの段になって、悠奈は来場への感謝の言葉を言って、

「次の曲なんですが、MNEMOさんの作詞作曲のものです」

と聴衆に告げた。

「MNEMOさんー みなさんはご存じですか、サンフランシスコの反核集会で歌って、
銃撃され、視力を失ってしまった方です。」

会場がシーンとなった。

「私、MNEMOさんとは本当に偶然に多摩川の河原で知り合いました。
一緒にいた友人のひとりがMNEMOさんのブログに連載されていた小説のファンでー
『トーホグマン』っていう題名なんですけれど、それを口にしたんですね。
本当に偶然にその場をMNEMOさんが通られて、自分の小説の題名を言う人間の
存在に驚いて話しかけてきたんです。

以来MNEMOさんには私も友人たちもいろいろとお教えいただいていました。
そしたら、あんなことになってしまってー。」

悠奈は嗚咽しそうになった。

「頑張れ!」

あるファンが声を掛け、俄かに拍手が鳴り出した。

「ごめんなさい。そしてありがとう。」

悠奈が目頭を押さえて応えた。

「シンガーが平和を訴えるのは当たり前のことです。
シンガーにとって平和はどんなものよりも価値があると私は思っています。
私も、どんなにひどい目に遭っても、落ち込んでも、落ちぶれても、歌と共にあります。
そして、それでも平和を歌っていく。」

「いいぞ!」

また声が掛かる。

「詩情はどんなときにも在ると思います。戦場においてすらもです。
それを勇ましい歌詞にして歌うか、そうではなく、そんな中でも平和を希求する歌に
するかー 歌い手の思いひとつです。私はどんなときもあきらめず、平和を、
愛を歌っていきます!」

「お花畑やってろ!」

男の鋭い声が会場に響いた。
最前列中央のちょっと後ろ辺りからだった。
みんな不意を突かれて会場は静まりかえった。

「歌で平和な世になったら世話ねぇや!」

再び同じ声が響いた。

「お前らがこんな歌舞音曲で現抜かせてられんのも、平和あってだ。
そしてその平和は力によってこそ守られてんだぞ、忘れんな!」

声の主の近くにいるファンたちが、振り返ったり、その人物に向き合ったりして、
悠奈はその人物がいる場所を特定した。顔も見えた。

「だから言いましたよね。」

悠奈は静かに言った。

「私はたとえ戦場においてでも歌うって。」

スタッフ数人がその人物の近くへと聴衆をかき分けながら近づいて、

「お客様、他の皆様のご迷惑になりますし、進行を妨害するのはおやめください!」

と一人が言った。永だった。

「じゃあ、戦場で歌うハメにならねぇように、そういう歌を歌うんだな!」

男は最後にそう言って、スタッフに脇を抱えられて会場を出て行った。

悠奈は毅然としていた。
動揺を示すような表情はまったく見せなかった。

「あの方のおっしゃるとおり、私は戦場で歌うハメにならないように、
愛と平和の歌を歌い続けます。」

ファンたちの中から拍手が起こり、それは伝播し、万雷の拍手となった。

「では、MNEMOさんの歌、Would You Be Mineですー」

Would you be mine
Would you be with me all the time
Even when I'm down
And cry like a child

Would you define
The meaning of my life
And let me see you smile
Like the morning star


<つづく>




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蹉跌集め III-5 [小説]

5

悠奈はデビュー・アルバムのPRで忙殺されていた。
評判は上々で、なにしろ彼女のシンガーとしての魅力は多くの人々を惹きつけた。
主に英語で歌う日本人歌手は国内でもなんらハンディキャップにならなかった。
知的で美しい歌姫の登場で多くの人が喝采していた。

しかし、彼女のSNSには複数の不審な投稿者がいて、悠奈も永も困惑していた。

「きれいですね、声も姿も、ほんとに。ライブ聞きましたよ。
ずっとあなたを愛し抜きます。ふふ。」

これは投稿者「Yuna=LiFe」による。

「人類愛、いいね。でもまず自分の国を愛してからだろ。日本語で歌え。」

これは「山桜魂」。
他にも決して悠奈が喜べないコメントをする者はいたが、この両者が突出して
頻繁な投稿をした。内容はいつも同趣旨で、しかし犯罪的とまでは言えないのだ。

野津田は「過度に気にするな」と言う。
しかし、何があっても不思議ではない世相だ。

「今度の吉祥寺でのライブ、警戒しようね、今まで以上に。」

永が言った。

「ホムラーからも、MUZIKからも、できるだけ動員して警備するわ。」

永はすぐにMUZIKの内館圭子という悠奈担当マネージャーに電話をした。

「はい、MUZIKの内館です。」

永は事情を説明した。

「うん、分かったよ、永ちゃん。こっちもできるだけ人員出すね。」

悠奈は傍で不安な気持ちを払拭できずにいた。

「去年、ひどい事件があったでしょう、小金井で。」

悠奈が言った。

「本当に被害者の方がお気の毒過ぎて・・・。」

悠奈はうっすらと涙を目に浮かべた。

「パブリシティを得たら、それだけのリスクを負うのはしかたがないけれど、
あたしはただ歌いたいだけなのに。名声なんて要らないのに。
MNEMOさんもあんな目に遭ってしまうし、一体どういう世の中なの!」

永が悠奈の肩を抱いた。

「それでもね、悠奈、いや、だからこそねー」

永は涙を抑えた。

「愛を歌える、それも多くの人に訴えることができる力を持って歌える人間は、
その幸運を幸運として生かさなきゃいけないんだって思う。
負けてはいけないよ、その幸運を悲運にしてしまおうとする者たちに。」

悠奈は永にもたれて泣いた。


<つづく>



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蹉跌集め III-4 [小説]

4

MNEMOの知名度はかなり上がっていた。
なにしろサンフランシスコでの銃撃事件は日本でも大きく報道されたからだ。

「日本人反核シンガー重傷」

さまざまなSNSでもこの話題は取り上げられ、同情する声、自業自得論など賛否両論が
巻き起こった。

MNEMOの「つぶやき」も多くの人に読まれ、その政治的傾向を探られた。
「水、土、空気を汚す者に反対」と英語でプロフィールが書かれていて、それが政治的
立場かどうかは分からないが、その一点でMNEMOの言動は括られるものだった。

MNEMOはその立場からの反核、反戦、反原発だったし、環境破壊反対であった。
その環境重視の姿勢から、古い神道の植物崇拝、八百万の神思想に共鳴し、
瑞穂の国を言うなら、環境保全あってこそと訴えていた。
皇太子は水、水運に学者レベルの知識を持ち、MNEMOは平和主義者の天皇と共に厚く
尊敬心を持っていた。

Twitterでは、右からは左翼(パヨク)と言われ、左からは右翼と言われた。
あるいはどちらからも<右顧左眄する「骨なし野郎」、日和見主義者>とも。

また、MNEMOはガザでパレティナ人の少女がイスラエル兵に殺されたニュースに
「There should have been a way not to kill her」とコメントしたことで、
たった3日ほどで1,300ものアラブ人フォロワーを獲得したことがあった。
それをきっかけに自由シリアの「media hub」がTwitter上に載せる記事に関心を
否が応でも寄せることになり、特に子どもたちが殺され、傷つけられる写真を見ては
涙してコメントした。そこを捉えて、ある者はMNEMOはアラブ・シンパ、
反セミティズムであり、ひどい者はISに関わっていないかなどとも言うのだった。

「八百万の神を尊ぶ私が、なにゆえガチガチの一神教に帰依するというのか」と
MNEMOは冷ややかに笑ったが、そういう無茶苦茶な言説が飛び交うのがネット世界だ。

日本はもうすでに共謀罪が施行されることになっていた。
共謀罪には著作権法も絡むことになり、例えば他人の作品を無断で演奏することなども
共謀罪として摘発できるようになる。反戦の歌、たとえばWar Is Overなどをギグで
歌えば、著作権法の違反として取り締まりを受け、そのまま徒党を組んでの政府転覆、
あるいは騒擾の企てなどいう嫌疑を掛けられてもおかしくなくなってしまうのだ。

「俺の次の音楽活動を見張って探ろうとしているんだろう。」

MNEMOが言った。

「落語家にも政権批判をずっとしているのがいるから、その監視かも。」

粟田が言った。

「いや。俺だろうよ、やっぱり。」

MNEMOが応えた。

「そうだとして・・・一体なんだ、この国は。どうなっちまったんだ。」

粟田は歯軋りをした。

「天皇陛下すら左翼だって言うのもいるんだからな。
右だ左だなんて、俺はそんな相対的なことで動いちゃいない。」

三人は末廣亭の前を後にした。


<つづく>




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蹉跌集め III-3 [小説]

3

粟田が電話に出たのを確認し、MNEMOは清にエスコートされ居酒屋の入り口から
出て、階段下で話し始めた。粟田は来られるかどうか微妙だと言った。

「プロットの練り直しで、ちょっとかかっててさあ。」

粟田は言った。Somogumiの新作アニメの脚本のことだ。

「いいアイディアさえ出ちまえば終わりなんだがなあ。」

「無理しなくてもいいよ。清さんと飲むから。」

「看護師が付き添っているときに飲むことはないですよ!」

清があわてて訂正を促した。

「ハハ、飲めないって。」

MNEMOが言う。

「ミサイル騒動はそっちではなかったの?」

Somogumiは中野区に在る。

「それどころじゃなかったのえ。」

粟田が會津弁になった。

「ほーがせ(そうかよ)。」

MNEMOも応じた。

「ミサイルが着弾するガもっていうのを<それどゴろのゴど>にしっちまう
大大事なんてあんのガ。」

「いや、だガら、この脚本のゴどえ(ことさ)。これが確定しねど、Somoちゃん、
いや、監督が絵コンテが描ゲねべ。一刻も早グその作業にうづんねど、やべだ。」

「ああ。」

MNEMOが素っ気ない声で返事をした。

「そりゃ大事だべゲど、ミサイルで吹っ飛んだら、アニメも何もねぇべな。」

「まあな。でもどうせガセだろってみんな思ってだだ。」

「うん。もうこういうの何度あったかわガんねもな。」

「そーえ(そうさ)。」

「んでも、今回はなガなガに迫るものがあったぞ。」

「ああ。でも、おめがアメリカいる間にもあったんだわ・・・
お、わり、今監督ガらお呼びがかガった。アイディア出だみでだ(みたいだ)。
行ゲだらすぐ行グわい。」

「おー。無理すんな。」



小一時間して粟田がやって来た。
おしぼりで手を拭きながら、

「いやあ、清さん、大変だね、付き添い」

と開口一番言った。

「會津若松の病院と、UCSFの病院が総意で付き添いを認めてくれましてね。
私には幸い世田谷の砧に住む叔父がおりまして、通えるんですよ。
発見(ほつみ)さんが今、夜MNEMOさんといてくださるので。」

「そっか。」

「みんなに迷惑かけっぱなしさ。発見も連れ合いを置き去りだし。」

MNEMOが嘆息を吐きながら言った。

「そうだ。」

粟田が言った。

「MNEMOたちのヴィデオな、再生回数が500,000を超えたぞ。
Somoちゃんの動画も高い評価を受けているらしい。」

「らしいって。」

「いや、まあ、コメントが英語でよく分かんないんだが。」

「ありがたいよな。少しでも多くの人と反核・反戦のこころを分かち合えれば、
これに勝る喜びはないよ。」

「・・・そ、それで、おめは目を失って!」

粟田が突如泣き出す。

「おめが作ってくっちゃ(くれた)ロゴ、ちゃんと脳裏に焼きついでんぞ。」

MNEMOが言う。
さらに粟田は泣いた。


午後7時近くに店を出て、再び末廣亭の前を通ると、粟田が、

「えーッ、今夜トリが小三治さんなの!」

と叫んだ。

「超満員だよ。」

MNEMOが言う。

「そりゃそうだ・・・あれ?」

粟田が、末廣亭の前を行く人々を見ていて、不審の声を上げた。

「なじょした(どうした)?」

MNEMOが訊くと、

「いや、飲み屋に入るとき、俺と入り口でぶつかりそうになった男がいるんだ。」

「え?」

「おかしいだろ。呼び込みでもないようだし。もう2時間くらい経つ。
それもMNEMO、おめんとこ(おまえのこと)じっと見てたんだ。」

「・・・そっか。いよいよ監視対象になったか。」

粟田と清は顔を見合わせて、よそを向いているその男を苦々しく見た。


<つづく>



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蹉跌集め III-2 [小説]

2.

電車の中は全体として落ち着いてはいたが、連れのいる人々は先ほどのミサイル警報の
ことをヒソヒソ、あるいは声高に語っているのだった。

清はひやひやしていた。
明らかに朝鮮学校の生徒というチマチョゴリ風の制服を着た女の子がすぐそばのドア
付近に立っているのだ。誰かに絡まれなければいいがと念じていた。

「あなた、朝鮮学校の生徒でしょ。」

ああ、と清は落胆した。
女子生徒の斜向かいに座っていた二十代半ばくらいのスーツ姿の女性が女子生徒に
呼びかけたのだ。

「よくそんな平気でこんなところにいられるわね。」

女子生徒は下を向いてしまう。

「地下鉄で避難してんの?どんな気分。え?母国の将軍サマがあなたという同胞をも
含めて日本人を大量に殺そうとしている今、どんな気分?」

「そうだ!」

少し離れたところに座っていた六十代と思しき男が賛同の声を上げた。

「お前、北だろ。けぇれよ、とりあえず、え!けぇれねぇんなら、韓国に行け。
なにをおめぇ、日本人と一緒に地下鉄で退避してんだ。おう。ミサイル着弾を合図に
テロか、ゲリラか。そのカバンの中、何入ってんだ。」

「無体なことを言ってはいけませんよ。」

MNEMOが言った。

「私には見えませんが、朝鮮学校の子でしょう?まだ少女でしょう?」

「少女も何も、イスラム過激派なんて子どもだってテロに使うわよ!」

スーツの女がヒステリカルに言った。

女の子は恐怖を感じ、電車が西早稲田の駅に着きドアが開くや、すぐに下車して行った。

「お前さんも朝鮮人か。」

六十男がMNEMOに言った。

「なに人だ、ですか。」

MNEMOはフフっと笑った。

「お宅様はなに人でいらっしゃるんですか?」

「ふざけんな!」

男は気色ばんで、唾を飛ばしながら言った。

「おりゃあ、生粋の日本人だ。明治神宮近くに住む、神道への信仰厚い大和健児だ!」

「私も神道の神様を崇敬していますよ。まあ、主に熊野様やお諏訪様の系統ですがね。
一番尊崇もうしあげるのは村の鎮守の神様ですがね。お稲荷様もいいなあ。
ああいう静かなお社や祠にこそ日本を感じますなあ、私は。」

「何言ってんだ、あんた。」

「縄文人も稲作はしていたと聞きましたが、陸稲でしょうね。やっぱり本格的な
水田耕作をもたらしたのは弥生人でしょう。弥生人は大陸からの人ですよ。」

「だからなんだ!」

「生粋の日本人て何ですかね。今上陛下も日韓サッカーW杯共催のとき、
桓武天皇のことに言及され、その母高野新笠が百済・武寧王の子孫であると
おっしゃっていますね。平和を尊ばれ、行動でそのことを示される天皇皇后両陛下への
尊崇の念もまた私は厚く抱いているものです。」

「ふん!」

スーツ姿の二十代の女性が鼻を鳴らした。

「それなのに韓国人は『日王』は韓国人の血を引いていると認めたなんて言ったのよ。
何が日王よ!」

「分かります、その呼称への違和感。」

「違和感?冗談じゃない、憤激よ!」

「しかし、自分の国の帝でもないのに天皇とは呼べないでしょう。
まあ、それでも、日本国天皇でいいでしょうにね。」

「そ、そうでしょう。そうよ。」

女は語気を急激に弱めた。

「韓国の人も、今上陛下のお気持ちを、世界平和実現へのお取り組み、先の大戦への
深い個人的内省による慰霊のご巡幸などから汲み取って静かに報道すればよかった。
高野新笠へのご言及は本当にどれほど重いことだったか。」

電車の中は静かになっていた。


まもなく新宿三丁目に着いて、MNEMOと清は下車した。
MNEMOのたっての希望で、熊本ラーメンの桂花へ行き、太肉麺を食した後に
末廣亭で柳家小三治を聴くというのであった。
十二月の下席、人間国宝が語ってくれるのだが、予約ができないから並ばねば
ならない。それは覚悟していたが、清によるともうすでに長蛇の列だと言う。

MNEMOは挫けた。
目が見えなくなって、なおさらずっと立って座席を確保するのはしんどいことだ。
暇をつぶすこともままならない。

MNEMOは清と近くのビルの地下に在る少し価格設定が高めの居酒屋へ入った。
席に座って、MNEMOは同郷の旧友セミ(粟田)に電話をした。


<つづく>




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蹉跌集め III-1 [小説]

1.

豊島区と文京区の防災アナウンスが雑司ヶ谷墓地に突然鳴り響いた。

「只今、内閣官房よりJアラートが発令され、北朝鮮から発射された弾道ミサイルが
日本に飛来する可能があります。直ちに頑丈な建物の屋内や、地下への避難を
開始してください。」

放送されていることばはほぼ同じだが、時差によって、そして反響によって、
音がスクランブル状態となり、事態の異常さが増幅されて伝わるようであった。

MNEMOはたじろがなかったが、清(さやか)は狼狽した。

「清さん、あなたは私にかまわず避難してください。」

「そ、そんなわけ、いきません!さあ、MNEMOさん、行きましょう。
おそらく全く一刻の猶予もないですから。」

清はそう言ってみたが、どこに頑丈な建物が在るというのか。
メトロ副都心線の雑司が谷駅へとにかく急ぐしかない。

「先生、これが先生が亡くなって101年目の日本ですよ。」

MNEMOは墓を後にする前にそう言った。

清はGPSを使い、最短距離で駅へ到着するルートを探しながら、MNEMOの手を引いて
走る。

その途中、またもやふたつの区の緊急放送が流れた。

「内閣官房からの情報です。北朝鮮から発射されたミサイルは、日本海に落ちた模様です。
東京への飛来はありません。繰り返します。東京へのミサイルの飛来はありません。」

清は歩道上でへたり込んだ。
MNEMOはじっとしていた。


雑司が谷駅入り口に着いて、エレベーターでB1へと降りる。
改札の手前で、清が話しかけられる。

「この黒メガネのおっさん、MNEMOじゃねぇの?」

清は困惑して返事をしないままMNEMOの手を引き改札を通ろうとした。

「ちょっと待てよ!」

ぞんざいな口調で話す声の主は、四十歳くらいの短髪の男だった。

「おらッ。お前、MNEMOだろ。アメリカで目を撃たれたんだよな。」

清とMNEMOは改札を通ったが、その男もついてきた。

「おめぇみてぇな極楽トンボのお花畑野郎がさんざん政府批判しやがって、
で、どうだ、この騒ぎだ。おい、聞いてんのか。ミサイル野郎をつけ上がらせた責任、
おめぇ感じてんのか。」

清はグイグイとMNEMOの腕を引きながらホームへ急ぐ。

「反核で、そんで目の負傷で売名しやがって。おい、国賊野郎!」

「MNEMOさんはそのことで一銭も利益として受け取っていませんよ!
あの歌でそういう利益が発生したら、主に福島の子どもたちのために寄付するんですよ、
全額ね!」

清が大きな声で言った。周りの心ある人々の加勢も見込んでのことだった。

「ふん!名を売ったのは変わんねぇじゃねぇか。ジョン・レノンにでもなりてぇか!」

MNEMOは立ち止まった。

「なりたくありません。」

彼はポツリと答えた。

「JohnはJohn、私は私です。あんな偉大な人間にそもそもなれるはずがない。」

MNEMOは男の声がする方向へ向き直る。

「あなたがおいくつか知りませんが、私は見ての通り、そう長くは生きられません。
私が名声や富を求めることはもはやありません。かなり昔からそうなのです。
カッコつけているようですが、私はそんなものより静かな暮らしの方がよほど価値
あるものと思ってきました。だから、実は反核の歌を世界に問うたりするのにも
躊躇がありました。私や仲間が歌でどれほど反戦・反核・反原発の運動に貢献できる
ものか、全く分かりません。どれほどの力があるか今も分かりません。

私はこうして視力を失い、隠遁者の生活の大きな楽しみである四季の流れを目で
楽しむことができなくなりました。反核の歌を世界に問うてすらも、隠遁したい自分を
抑えられなかった卑怯者ですよ、私は。盲目となって、なんだか初めて決心が
ついたんです。広島、長崎、福島の経験をした日本の歌うたいとして、
そのことを、日本の伝統的な詩歌のこころを活かしながら、死ぬまで歌っていこう、と。
人様の前で、お目を汚してね。」

MNEMOは手を差し出す。

「握手してください。ね、一緒にこの国の土と水と空気を守り抜きましょうよ。
このユーラシア大陸東端から少し離れた温帯モンスーンのすばらしい国土を、
一緒に守り抜きましょう!」

男はたじろいで、一歩後ずさりした。
清の目をチラリと見て、バツ悪そうにその場を立ち去っていった。


<つづく>




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蹉跌集め II-19 <完> [小説]

19

MNEMOは帰国歓迎会の後、九十九里・横芝光町の「不動明王御上陸之地」へ
スティックの運転で連れて行ってもらった。

不動明王の像にお参りしてから、明王が遥かを見つめられているその先、
つまりは渡ってきたばかりの太平洋の東の果て、目が見えても見えはしない
サンフランシスコに向き合った。

「McGuinnessさん、ありがとう。そしてお安らかに。」

MNEMOはそう言って、浜風の匂いを惜しみながら狛江へ帰った。



SUBTLYのT2aTの視聴回数は一気にまた増加した。
悠奈もRAJOYも同じチャンネルにPVを載せるという。
清や発見にコメントを読んでもらいながら、MNEMOは勇気づけられたが、
中には心ないコメントもあった。清や発見にはそういうものも跳ばさず読むように
言っておいた。

「Unfathomable.」

MNEMOはそういうコメントの後は必ずそう言った。

木野先生にもチロにも8日夜に挨拶に行ったが、清が言うには雲が空全体を覆い、
オリオンは見えないとのことだった。木野先生もお出ましにはならなかった。


翌12月9日、漱石忌だ。
MNEMOは清に雑司が谷の漱石の墓へ連れて行ってもらった。
17年ぶりのことだった。
日本時間では9日ながら、アメリカ東部では8日であり、Johnの命日だ。
MNEMOは漱石の墓の前でJohnの#9 Dreamを聴いた。
漱石は『夢十夜』、Johnは#9 Dream
どちらも両親の愛に恵まれなかった天才。
特に早くに失った母を慕い続けた。

Took a walk down the street
Through the heat whispered trees
I thought I could hear
Hear
Hear
Hear

Somebody call out my name
As it started to rain
Two spirits dancing so strange


通りを散歩した
暑さの中木々が囁いた
聞こえる気がした
聞こえる
聞こえる
聞こえる

誰かが僕の名を呼ぶ
雨が降り出して
ふたつの魂が奇妙に踊っているんだ


MNEMOにはその「ふたつの魂」の奇妙な踊りが<見えた>。

そのときー



第二部 <完>




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蹉跌集め II-18 [小説]

18

12月初め、MNEMOが発見(ほつみ)と清(さやか)に連れられて帰国した。
うれしいことに、SUBTLY、藤熊、悠奈と永、Somogumiの関係者ばかりか、
RAJOYのメンバーも全員成田まで来てくれたのだ。

ニュース・ヴァリューもあるから、報道各社も取材に来た。一言と問われ、

「Peace & Loveを歌い続けます」

とだけMNEMOは言った。

帰国歓迎会は、粟田の手配で成田市内の鰻屋の離れで行われた。

「え〜、これからMNEMOの音楽への情熱、意志が鰻登りとなることを祈念して、
カンパ〜イ!」

粟田の音頭でみなが杯を上げた。

「え〜、ユナイテッド航空は避けることができ、オーヴァーブッキングもなかったようで、
無事帰国できました。」

MNEMOが戯けて一声を上げた。

「とは云え、日本に無事戻っても、アメリカより安全なのか全く分かりませんし、
正直帰ってくるのが怖かった。」

みんな飲むのをやめてしまう。

「本当に、ひとりの歌手が何を歌おうが空しいっていうのが本音です。世の<すさみ>は
もう限界点に達しています。もう、ほんのささいなきっかけで世界の終焉という局面に
至ってしまう。」

MNEMOはサングラスを取る。

「こんなんなってしまいました。」

一同が目を背けたい気持ちになる。

「こんなんなってしまいましたと言いつつ、自分ではどんなんなったのか、見えません。
嫌なもの、怖いものを、もう見なくて済みます。それはありがたいことかもしれない。
でも、見たいものが見られなくなってしまいました。絶望的です。
病院の許可を得て付き添ってくださった小梅屋清さんのお顔も当然見えません。
視覚以外の四感で彼女を認識しているのです。一番の頼りは触覚ですと言ったら、
ちょっと問題になってしまうので・・・」

みながクスッと笑って、ようやくまた飲みだす。

「では、嗅覚かっていうと、また何を嗅いだんだってなってしまうしー」

みなが爆笑になる。

「味覚だったら、もっと問題だ。」

清が真っ赤になっている。

「だから、ええ、聴覚ですね、これしかないと言っていいくらいだ。
彼女のナース・シューズの靴底と床が擦れ合って出す音や、リズム、むろん彼女の声、
鼻歌とかですね、それで彼女を認識する。きっとかわいい子でしょうね。」

一同が拍手をする。

「ナースなんていう存在がこの世にあるかぎり、人類は捨てたもんじゃないですよ。
人の命を救うため、それこそ命を賭している人が大勢いるのも確かでしょう?
そういう人々を嘲笑うかのように爆弾を落としたり、銃弾を浴びせたりする愚か者も
また大勢いるのだけれど、きっと神仏はそういう者たちを容赦しません。
神仏は沈黙しているようだけれど、必ず見てくださっていますよ。そしてどうされるか、
それが分かったら我々は神仏になってしまう。それは無理というものです。
unfathomableという英語があって、測り知れないって意味ですけど、
僕はこの間ニュースを聞いていて、いつもunfathomableと呟いてきた。
この愚かな人為の報いはどうなるのか、と問うていたからです。」

MNEMOは清からビールをグラスを手渡してもらい、少しだけ口に含んだ。

「うまいなあ!ビールは2ヶ月ぶりかな。
・・・僕は10月8日に撃たれました。John Lennonの誕生日前日で、多くの人が
『Johnおめでとう』、『今こそIMAGINEを』というプラカードを持っていました。
この映像が私の脳裏に焼きついたほぼ最後のものとなりました。
そしてこの日はまたチロという私の<恩師の猫>の命日でした。
この2者は私の人生を変えた重要な人、そして動物です。

この2者のおかげで私は命までは奪われなかったと確信しています。」

粟田が拍手をし、みなが続いた。

「奪われなかった命を、これからどう生きるのか。それは自明です。
火を見るよりも明らかです、と言いつつ見えませんが。
私は一神教の信者ではありませんがー

みんな神の子だろう、と。
神の子同士が殺し合ったら、神への背信でしょう、と。
悪魔の子だと思うような者でも、その悪魔すら神の子でしょう?
だって神はすべてを創られたのでしょう?

私は歌い続けます。
みなさん、どうかお助けください。」


<つづく>



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