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蹉跌集め IV-3 [小説]

3

MNEMOは清に手を取られながら、にこやかにロケ車の方へ近づいてきた。

「MNEMOさん、本当にうれしいです、私のロケにお付き合いいただけてー
無理を言って申し訳ありません。」

悠奈がMNEMOの手を取りながら言った。

「清さん、ありがとうございました。狛江のご自宅まで私が看護しますから。」

「いいえ、何もしてません。」

清が言った。

「病院もちょうど休みでしたし。なんだかすごいロケになりそうですね。
ぜひ後日談をお聞かせくださいね。」

清はそう言って皆に挨拶しながら、自分のクルマに乗り込み、會津若松へ向かった。

MNEMOがロケ車に乗ると、ケンスキーがお供していいかと加賀美に訊いた。
快諾されて、彼はMNEMOの隣に座る。

「では、今日は月山の夕景をバックに悠奈さんを撮ります。」

加賀美が言った。

「今日は三日月です。日没前にはもう現れています。」

「剣のような三日月今〜だね。」

藤熊がEUROYのヒット曲の一節を歌った。
MNEMOがハハッと笑う。

「121号線で米沢を経由し、13号、それから112号を使って月山です。
今正午過ぎですから、十分一般道でも間に合います。撮影終了後は、湯殿山温泉で
宿泊です。」

みんなニコニコとして聴いている。
しかし悠奈は緊張のせいか、目をつぶって俯いているのだった。

「悠奈、君のそのままを写してもらえばいいんだから。」

ケンスキーが椅子越しに後ろから声をかけた。
悠奈はにっこりと微笑んで、MNEMOの隣へと席を移った。

「MNEMOさん、私、呼ばれているっていう実感を今ひしひし覚えていてー」

と悠奈が言った。

「うん、分かるよ、悠奈さん。確かに呼ばれているよ。」

「そうですよね。」

「あなたに纏わるいろんな<意思>が待っている。」

「意思ですか?」

「そう。それを感じ取れる人が、まあ、言ってしまえば選ばれたる人だね。」

「大丈夫だよ。」

ケンスキーが言った。

「俺もMNEMOさんに負けないほど霊力に恵まれているから。守るよ。」

「ケンスキー君の方が上だよ。」

MNEMOが苦笑して言った。

「君はwandで魔法が使えるじゃないか。Harry Potterだ。」

「僕がそれを使えるのは、意思の攻撃に対してだけです。限られてるんです。
Muggleの世界では決して使えないんです。だからズルしたことは一度もない。」

「Muggleの世界、人間界のことだね。」

「ええ。」

「意思には邪悪なものもいるの?」

「邪悪というか、不可抗力的生命への意志だね。意思はどうしても意思表示するのさ。
変な話だけど。表示するのは、3次元界にまた戻りたいからなんだよ。」

「表示すると戻れるの?」

「縁(えん)が正に縁(よすが)なんですよ。」

MNEMOが言った。

「さっきから同語反復ばっかりだけれどね。意思が意思表示するとか、縁がよすがだとか。
でもそう言うしかないんだな。縁のある人がその縁の生じたところに来ると、
意思は俄然動き出す。Vector化するというか。」

「そう。」

ケンスキーが言う。

「スカラーだったものが方向性を持つんだ。」

「むずかしいね。」

悠奈がポツンと言った。

「その縁ある人に働きかけが行われる。意思が3次元世界に戻るための。」

MNEMOがそう言って、窓外の景色はどうかと悠奈に尋ねた。

「飯豊山ですか、あれは。秀麗な姿ですね。」

「突兀七千有余尺さ。」

「とっこつ?」

「僕の高校の校歌の一部でね。そうか、飯豊の山々が見えているか。
残雪があるでしょう?」

「ええ。いっぱいありますね、まだ。」

「飯豊の語源にはいくつも説があってね。會津人は『いいとよ』とも言うんだ。
『いひとよ』は古代のことばで<フクロウ>のことなんだって。
でも『いいで』はどうなるんだっていうことになる。『湯出で』じゃないかっていう
説もあるんだ。」

「そうなんですか。出湯のある梟の山って、いいですね。」

「ハハ、合成してね。」

「あたし梟が大好きなんですよ。」

「俺も。」

ケンスキーが言った。

「そりゃそうだ。日本のHarry Potterだもんね、ケンスキー君は。」

三人は笑い、耳を傾けていた下山も藤熊も加賀美も粟田も笑った。

「さあ、そろそろ峠越えだよ。」

MNEMOがまるで窓外が見えているかのように言った。


<つづく>




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蹉跌集め IV-2 [小説]

2

バスは東北道から磐越道へと入って行く。

「え?山形道経由じゃないの?」

粟田が言う。

「ごめんなさい!」

悠奈が起立し振り返って言った。

「山形には會津から入ります。国道121号線喜多方経由で。」

「またなんで?」

「喜多方でMNEMOさんと小梅屋清(さやか)さんが合流します。」

「え〜。」

加賀美が代わった。

「MNEMOさんがこの旅にいてくださることが重要と判断しました。
その意味はきっと場面場面で理解されると信じています。
ちょうどMNEMOさんが長兄さまのご法事で會津にいらっしゃるので、お頼みしました。」

「なるほど。」

粟田が納得する。

「あいつがいれば、きっといろんなことが起こり、また解釈されるぞ。」

粟田はMNEMOの同郷・同級生なのだった。

「あと、もうひとつー」

また悠奈が立つ。

「先ほどからこのロケ車を追っている怪しいハイエースにお気付きの方は?」

粟田が「え?え?」と言いながらリア・ウィンドーから慌てたように覗く。

「あ!あれは・・・。」

RAJOYの楽器車だった。永(とこしえ)も乗っている。

「特にケンスキーさんが同行したいというたっての希望で。
なにしろ新アルバムの演奏はRAJOYに頼みますし。彼らは周平さんの近場、
錦糸町で集合して、那須高原辺りで追いついたようです。」

「え〜。」

今度は藤熊が立った。

「磐梯高原でちょっと早い昼飯休憩します。ほんとは喜多方でラーメンでもとかと
思ったんだけど、この人数じゃ厳しいんでね。そこでRAJOYと合流です。」

まもなく磐梯高原SAに着いた。

RAJOYのメンバーたちが心もちはにかむような表情で降りてきて挨拶をした。

「すごい楽しみです!」

ケンスキーが藤熊と立って談笑している。

「おお!」

粟田が北の方角を見て叫んだ。

「ほらほら、磐梯山、バッチリ!」

一同も秀麗な山塊を見て嘆声を上げた。

「こりゃ山形も晴れてるね!」

SA内の大食堂で皆は喜多方ラーメンを食した。
粟田は「まあ、合格の味だな」と言いつつも、やはり喜多方市内で食べたかったと言った。

光と幸嗣は相変わらず悠奈と永の前で不自然な寡黙を通している。
藤熊はそれが少し気になった。

「さあ、出発しますか。」

下山が言う。

「MNEMOさんたちとの合流は、喜多方駅前で正午ちょうどです。」

會津若松で高速を下り、一般道から121号線の會津縦貫北道路へ入る。
この道路はほぼ自動車専用道路になっていて、會津若松と喜多方を最短で結ぶ。

「順調だね。」

藤熊が言った。

「藤熊さん、どうです、なんか感じませんか。」

加賀美が問う。

「え?なんで。」

「ほら、MNEMOさんが言ってらした會津坂下(ばんげ)町に近づいてますから。」

「ああ、MNEMO説に拠る、藤熊家発祥の地ね。」

「ええ。」

「蘆名一族、藤熊氏はその町の一地区の名前なんだよな。でも、うん、何も感じない。」

「やっぱりそこに行かないとダメですかね。僕なんかはMNEMOさんや粟田さん、
そして川口エカさんと南アルプスの加賀美一族の土地へ行ったとき、いやはや、
すごい体験しましてね。鳥肌が立ちましたよ。」

「そうかあ。俺も行きたいな。けど、時間ないなあ。」

「また来ましょうよ。」

「そうだね。」

そんなことを話している裡に、ロケ車とRAJOYの楽器車は喜多方駅前に着いた。


<つづく>




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蹉跌集め IV-1 [小説]

1

時は経ち、晩春となった。
悠奈の月山・象潟ロケ出発日である。
関係者全員が新宿のスバル・ビル前に朝集合し、ロケバスに乗り込む。
バスが首都高に入ると、Somoこと下山聡が監督として運転席脇に立って挨拶をした。

「えー、おはようございます。
いよいよ、日本のミュージックシーンにとって得難い歌姫、佐藤悠奈さん、
すなわちJunoさんの次期アルバム用ヴィジュアル素材撮影のためのツアーがスタートです。」

自然に一同から拍手がわく。

「まずでは、悠奈さん、一言お願いします。」

悠奈は唐突さを覚えながらも、通路を挟んで運転手席左の二列目の席から
立ち上がって、お辞儀をした。

「みなさま、おはようございます。」

一同も挨拶を返す。

「天気も、山形秋田の方はまずまずらしいとのことで、安堵しています。
象潟は、芭蕉の句に因めば雨が降っていてもいいし、いいえ、むしろ降っていて
ほしいと思っていますが、晴れていたら晴れていたで、陸の小島の群れが鮮明に撮れ、
鳥海山も見えるでしょうし、それもすてきで、だからどちらでもいいという珍しい
旅です。」

皆が笑う。

「月山では逆で、絶対に晴れていてほしいのです。
なぜかー
MNEMOさんから大切な歌をお預かりしたからです。
Would You Be Mineという軽快ながらも一種の切なさ、哀切が響いてくる歌で、
MNEMOさんはずっとだれか女性のシンガーに歌って欲しかったのだそうです。
その栄誉を私がいただくことになりました。」

「構成の加賀美です。」

隣席の加賀美が立った。

「ごめんね、悠奈ちゃん、割り込んで。」

「いいえ。」

悠奈はにっこり笑って座る。

「悠奈さんとは二ヶ月半ほど、綿密に打ち合わせてきました。
スーパーヴァイザーの藤熊さん、および薗畠MUZIK社長、またホムラーの野津田
制作部長にもその構成の細部までご了解をいただきました。
そこで今悠奈さんが言われたWould You Be Mineです。
みなさん、音資料および添付書類は事前にチェックされてきたと思います。」

一同がめいめいのバッグからその紙資料を取り出す。

「悠奈さんのオリジナルは、みなさんもご存じのようにセレナーデと言うべき曲が多く、
それゆえにJunoは月の女神のようなイメージが湧くのです。
しかしローマ神話でJunoはJupiterの妻で女性最高神、結婚の神です。
Junoさんのイメージは月であってももちろんいいのだけれども、朝や昼の歌も欲しい。」

「なるほど。」

粟田が声を上げた。

「結婚を司るんだろうけれど、自身も結婚しなきゃね。」

「あ、セクハラ!」

藤熊がツッコんだ。

加賀美が咳払いする。

「Would You Be Mine、つまりプロポーズの歌ですね。
MNEMOさんによれば、なんと24年も前にこの歌が降りてきたと。
五月初旬、野川のほとりでのことだったそうです。
清々しいでしょ?そして憂愁もあるんですね、そこはかとなく。
悠奈さんは哀切と言われましたが。」

「結婚はいいことばっかじゃないからね。」

また粟田がツッコんだ。
加賀美は無視する。

「悠奈さんには月ばかりでなく、太陽と風にもなっていただきます。」

「さすが女性の最高神!なんにでもなれる!」

今度は藤熊がツッコんだ。

「きっとポップさという意味では、この曲が一番だという結論なんです。」

加賀美が大きな声で言った。

「月山では、残雪はあるでしょうが、雪が解けたところの高山植物ー
つまりはお花畑で、許される限りのイメージを撮りたいのです。
だから是が非でも月山では晴れてもらいたい!」

「大丈夫!」

粟田が言った。

「俺はすっげぇ晴れ男だからさ。」

「お腹が脹れ男だろ!」

藤熊がツッコんで、バスの中は大笑いとなった。


<つづく>



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蹉跌集め III-34 (第3部了) [小説]

34

「悠奈ちゃん、私ね、驚いたことがあるんだよ。」

MNEMOが山上の茄子漬けをモゴモゴと噛みながら言った。

「どんなことですか?」

悠奈が訊く。

「悠奈ちゃんのWhen There's No-One Left to Hearを聴いたときね、
僕が新百合の丘で浮かんできたメロディーとヴァース部分が同じなんだよ。」

「ええ?そうなんですか!」

「うん。不思議なもんだね。吉祥寺で聴かせてもらった時、僕は卒倒する想い
だったよ。」

「MNEMOさんのサンフランシスコでの一件があって、あたし、たまらずに思い切り
泣きたくなって、多摩川の河原へ行ったんです。泣いて泣いて、涙も涸れたとき、
あのメロディーが降りてきました。」

「ああ。降りてきたんだよ、確かに。」

MNEMOは多摩自慢に口をつけた。

「よみうりランドの在る丘から、多摩川の悠奈ちゃんに降りてきたんだよ。」

悠奈は戦慄を感じた。

「もう疑いないでしょう。加賀美一党の武士がー 戦いに疲れきって、敵前逃亡した
侍がー 僕に、そして悠奈ちゃんに、歌ってくれと想いを託したんだよ。」

現代を生きる加賀美一党の幸夫が唸る。

「そんな話をお聞きして、私はどうすればいいというのですかね。」

幸夫が言う。

「歌はともあれ、幸夫ちゃんは戯曲や小説で遠い先祖の想いを描けばいい。」

MNEMOが言う。

「今こうして、下山聡氏を通じて幸夫くんは僕に知り合い、
さらに僕はトーホグマンという自作の荒唐無稽な小説からケンスキー君を通じ、
また吉田兼好、しら梵字、いろをし房を通じ、多摩川丘陵のふもとの多摩川で
悠奈ちゃんと知り合ったんですよ。この巡り合わせー
加賀美一党の厭戦武士の配慮もあったということでしょう。」

「そうですね。」

悠奈が言う。

「加賀美さん、きっと月山、象潟でのロケ、そしてできあがる舞台、ミュージック
ヴィデオはすばらしいものになりますよ!」

加賀美はジーンときて言葉を失ってしまう。
悠奈が多摩自慢を注ぎ足す。
加賀美はそれを呷って、

「ああ、ご先祖様よ、感謝します!」

と言った。


<第3部了>




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蹉跌集め III-33 [小説]

33

そのときチャイムが鳴った。
加賀美がインターフォンを取って応答する。

「おお!悠奈さん!」

加賀美が歓喜の声を上げる。

「根本さん、いいですか、悠奈さんなんですがー」

「もちろん!」

程なく悠奈が部屋に入ってきた。

「すみません、お二人のお話中に。」

「いやいや。悠奈ちゃんが入ってくれれば、もっと話が弾むよ。」

MNEMOが応えた。

「悠奈ちゃんも飲む?日本酒だけど。」

「あ、じゃ、ちょっとだけいただいていいですか。」

加賀美がコップを持ってくる。

「冷やでいいね。」

「ツマミは、何かしら冷蔵庫に入っているでしょ。勝手に持ってきて。」

MNEMOが言い、加賀美が近江の漬物を見つけ、

「これはいいや!」

とテーブルに持ってきた。

悠奈が呆気にとられた表情をしている。

「どうしました、悠奈さん。」

加賀美が訊く。

「これ、山上の漬物ですよね。」

「そう。看護師の小梅屋清(こうめや・さやか)さんのお母様の実家が和歌山で、
どういうことなのか、帰郷すると滋賀にも必ず立ち寄るとかでね。
お母様と一緒に清さんが正月に行った際に、現地から送ってくれたんだ。」

「近江八幡とかに参拝されるんじゃないですか?」

悠奈が言う。

「おお。そうかもね。ということは、清さんのお母様の家は八幡信仰?」

「源氏ですね。」

加賀美が言う。

「うん。今度訊いてみよう。」

MNEMOが言う。

「でも、悠奈ちゃん、どうして山上を?」

「私の母方の実家が近江なんです。琵琶湖の東で。」

「そうなんだ。」

「山上のお漬物は家でも切らしたことがないほどなんです。」

「へ〜。」

MNEMOが驚く。

「俺んちの母方も、戦国末期に近江・蒲生から會津に来たみたいだよ。遠い話だが。
氏郷さんと一緒にね。」

「縁なんですね、これも。」

加賀美が言う。

「そうなんですよ、根本さん。」

加賀美が身を乗り出す。

「僕がお邪魔したのは、悠奈さんから例の新百合の丘でMNEMOさんが
体験されたエピソードのことを聞いたからなんです。」

「え?ああ、太平記のね。」

加賀美はRAJOYの連中の「太平記戦跡紀行」の話をし、悠奈との仕事の話も
合わせてMNEMOに話した。

「いやあ、驚いたね。」

MNEMOはしみじみと言った。

「僕が新百合の丘でその存在を感じたのが、加賀美一党のひとりだったというわけか。
んんん。トーホグマンを書いていた時に、気づかなかったなあ。加賀美遠光と、
長男秋山光朝のことも書いたんだけれどなあ。」

「MNEMOさんの、多摩丘陵との地縁はどうなんですか。」

加賀美が訊く。

「長く登戸で英語を教えていたからね。民家園や枡形城趾とかも何度も行っているし。」

「RAJOYの芳樹くんは、近くの専大に通ってたんです。」

悠奈が言う。

「あ、そう。つながるねぇ。
ん〜、でもその芭蕉の月山での句、象潟、西施・・・驚きだねぇ。
幸夫ちゃんはどう発想したの?」

「いや、実はですね。昨夜藤熊師匠と悠奈さんとで狛江で飲みましてね。
帰り、藤熊さんと別れてから悠奈さんと多摩川の土手を歩いたんです。
月がきれいでしてね。十三夜くらいだったかな。なにしろ冬の澄んだ夜空ですから、
玲瓏な月光が悠奈さんを照らしましてね。あんまりジロジロ見るわけにもいかず
困りましたが、悠奈さんがなんだか月そのものに見えてしまって。」

「うん、うん。」

「家に帰りましてね、悠奈さんのステージの構成を考えました。
そもそも悠奈さんを普通の女性に設定して、普通の生き方をしている中、
突然頭の悪い為政者たちの最悪の選択、すなわち戦争でその日常を断ち切られると
いうようなことで行こうかと思っていたんですが、どう考えても、
実際に月光の下で見た悠奈さんは、やっぱり、普通じゃないんです!」

「ハハハ!」

MNEMOが笑い、悠奈は顔を赤らめた。

「月という言葉から、そして悠奈さんが信夫佐藤の裔(すえ)だということから、
月山が浮かびましてね。」

「なるほど。」

MNEMOが大きく頷いた。

「当たるね、その企画。導かれてるよ。」

そう言って、山上の茄子漬けを所望し、悠奈が箸で口に運んでくれた。
加賀美は、「目が見えないのも悪くないな」と思うのだった。


<つづく>



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蹉跌集め III-32 [小説]

32

「アカシックレコードって、MNEMOさんご存じです?」

加賀美が言った。

「ええ。宇宙開闢以来の事象や想念、感情が保存されているっていうんでしょう、
アストラル界の光に。」

「ないしはアーカーシャの光にですね。」

「おもしろいですよね。NHKのラジオでね、広島大学名誉教授の前田宗鳳という方が、
アカシックレコードという言葉は使わずに、同じことを論じているのを聴きました。」

「ほう。広島大学名誉教授が。」

「ええ。キリスト教会に通いながら、14歳で出家して、臨済禅の僧となり、
後30いくつかのときに渡米してプリンストン大学かで比較宗教学を教える立場になり、
そこで村上春樹とも出会い、話もする仲になったそうですよ。」

「春樹、ですか。」

「彼はプロットなしで書くんだそうですよ。」

「ほう。MNEMOさんもそうでしょう?」

「ハハ。大作家と同列にされても困るけど。粟田なんか酷い言い様でね、
思いつくまま、行き当たりばったりで書く、なんてね。」

加賀美は大笑いしながら、酒をめいめいのグラスに注いだ。

「村上さん、自分が実際に行き、そこで湧いてくるイメージ・・
彼は『ヴォイス』と言っているそうですけど、それに耳を傾けていけば物語が
紡んでいけるそうですよ。」

「おお。その<土地の>記憶ですね。」

「そういうこと。彼が前世でそこに何らかのゆかりがあるのかどうか知りませんがね。
きっとなくても聞こえるんでしょうね。」

「ううむ。」

「彼の小説の特徴は想像力の根を無意識にまで下ろしていることにあるんだ、と。」

「むむ。」

「『地下一階の下にはワケのわからない空間が広がっている』と。『地下一階』とは
潜在意識で、その下というのは無意識のことだと。さらに彼は、こうも言っているとー
自分にとって小説を書くというのは、自分が経験していないことの記憶を辿るという
ことなんだと。」

加賀美は前髪を垂らして胸に刻むこむようにその言葉を噛み締め、
やおらグイッと酒を呷った。

「深い、文字通り、深いですね。」

加賀美はそう唸るように言った。

「僕はね、根本さん。学生時代にインド・ネパール、そしてチベットへ旅したことが
あるんです。」

「おお。」

「そこでね、最終的にはチベットでね、アーカーシャ光の体験をしました。」

「なるほど。村上さんの言っていることがよく、よーく分かると。」

「ええ。きっと彼も知っていますよ、少なくとも、アーカーシャ光のこと。」

「町田さんが言うには、村上さんの文体が地域的特色に依らないのは、人類普遍の
無意識との対話から物語が生まれてくるからだと。」

加賀美は「ああ!」と言って泣きそうな顔をした。

「すごい、すごいですよ、根本さん!」

「だからねー」

MNEMOが置いたグラスを少しだけ手探りしてとらえ、一口酒を啜って言った。

「村上さんとの彼我の差は大きくとも、僕も同じだなって思いましたよ、ええ。
だから、僕の書くものも地上階にいる人たちには荒唐無稽でデタラメに響くのは
当たり前なんです。僕も実は地下一階より下に彷徨うことがあるんです。」

「ええ、ええ。そうですとも!根本さんがその町田さんのラジオの話に出会うこと
自体がそれを物語っていますとも!」

加賀美は感激してMNEMOの手を取ってそう言った。


<つづく>



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蹉跌集め III-31 [小説]

31

「まあ、でも、こういう話はロマンということでね。」

MNEMOは笑って言った。

「そんなふうに解釈できたらおもしろいっていうことでしかない。
それがインスピレーションでしょう。」

「実におっしゃるとおりですね!」

加賀美は強く同意した。

「ただねー」

MNEMOは酒を飲み干し、加賀美がすぐにそれを満たしていく。

「霊は存在するからね。」

「ええ。」

「僕は粟田と共に18の時、しっかりと幽霊を見てしまっている。
これはもうどうにもならない。私と粟田と、そのとき一緒に見た他の4人はー
当時の高校の担任、日本史の教師で唯物論者も入っていたのですがねー
自分らだけの事実・真実であっても、そうなんですよ。」

「よく分かります。長岡藩士の霊ですね。」

「と僕は解釈しているんですけどね。」

「その霊も当然自分の悲運を理解してほしい、さらに戦争の空しさをも訴えていると。」

「そのとおりです。僕に託された使命なんですよ。
だから、太平記に強い興味を持っていた頃に、多摩丘陵、新百合の丘で吹き込まれた
霊感はその延長線上での出来事だと思うんです。」

「ええ。」

「そして幸夫ちゃんにとっても、僕にとっても、ひいては粟田やSomoちゃんにとってもー
出羽の国での霊感ならさらに棒もエカ君にも、つながっていくー 悠奈ちゃんを中心に。」

「いや、MNEMOさん中心なんじゃないんですかね。」

「ハハハ!」

MNEMOは大笑いした。

「悠奈ちゃんが中心とした方が美しい!」

今度は加賀美が大笑いした。

「藤熊さんはどうなるんですかね。」

「ああ。師は坂東の人だよね。桐生の人だ。藤熊という姓はね、會津坂下(ばんげ)という
ところのー」

「『トーホグマン』で読みました。元々蘆名一族で、金上氏と同じ、戦国時代會津領だった
今の新潟県阿賀町津川の麒麟山城城主だったんですね。伊達政宗に敗れて、
決して追っ手のかからない山深いところを関東方面へ逃げて、たどり着いたのが桐生と。」

「いやあ、よく読んでくださっているなあ!」

「そしてそこで創建したのが<根本>神社なんですものね!」

「どうしてなんでしょうね。會津で縁を持ったとしか思えない。
母方の祖先は近江蒲生氏郷についてきたというのですけれどもね、もちろん、それより
以前に違う系統の母方の先祖がいたのは当然で、もしかすると、藤熊氏とつながるのかも
しれません。ただ、『根本』神社ですからね。父方との縁なのでしょうかね。
これについては、まだ霊感が降りてこない。」

二人は笑った。

「ただね。悠奈ちゃんの母方のご実家が近江だというんですよ。
唯一出てくる非東日本でね。ここでも僕につながるのかと思ってしまうんです。
あと、木野先生ね。長州生まれで、広島原爆の惨禍でご家族を失っていらっしゃる。
長州は戊辰戦争、広島はむろん核のことで私につながってくる。
さらに『きの』は『紀』でしょう?古代の紀の国の豪族ですよ。
和歌のこころを最初に説いた紀貫之を後に生み出す一族ですよ。
歌、歌です。これで決定的に木野先生とつながっていると私は信じている!

ま、僕のことはともかく、悠奈ちゃんをぜひ平和の歌姫にしたいですよね。」

「はい。静謐な月の夜のイメージで。」

「うん。」

二人はそれからも四方山話に耽るのだった。


<つづく>



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蹉跌集め III-30 [小説]

30

「夜分にすみません。」

加賀美がMNEMOに玄関先で謝った。

「いや、いいんです、どうぞどうぞ。」

MNEMOが娘の発見(ほつみ)に手を引かれながら居間に入っていく。

「どうぞ。」

発見が加賀美を招き入れる。
お茶を出して発見は家に帰ると言った。

「ああ、ありがとう。いつもすまないね。」

清が會津若松の病院へ戻ってからは発見が通ってMNEMOの世話をしているが、
なにしろ主婦の身であって、そうそう長くもいられない。
MNEMOは盲目ながらも部屋に在るものの位置関係をよく把握していたが、
さすがに食事を作ることはできなかった。

「大変ですね。」

加賀美が切なそうに言った。

「娘に迷惑かけちゃっているのがね、一番つらいね。」

MNEMOが応えた。

「で、どうしました。なんだか興奮の気色を声に感じたけれど。」

「ええ、それなんですがー」

加賀美は多摩自慢という酒の一升瓶をテーブルに置いた。

「多摩の地酒です。やりませんか。これを飲みながらお話ししたいんです。」

「ほう。多摩自慢のことかな?」

「はい。すみません、勝手にコップを持ってきます。冷やでいいですかね。」

「ああ、構いません。」

加賀美はめいめいのコップに七分ほど注いで、MNEMOの分を手渡した。
加賀美は自分のコップを持ち、MNEMOのに慎重に近づけて、

「では、今年もよろしくお願いします!」

と言い、MNEMOのコップに軽く当てた。「キン」という音がした。

「おお、久しぶりの乾杯の音だ。」

MNEMOは顔をほころばせた。
加賀美はグッと呷った。

「多摩の酒にしたのには理由がありましてね。」

そう言ってから、加賀美は微に入り細に入り悠奈との話を再現した。

MNEMOはチビリチビリやりながらじっと聴いていたが、加賀美の話が終わると、

「そうだったんですか」

と言って、居ずまいを正すようにした。

「幸夫ちゃん(加賀美のこと)が月山と象潟こそ悠奈ちゃんにふさわしい
シューティングの場所だと思ったのは、どうだろうね、偶然だろうかね。
ただ、偶然というのはない、摂理と言えと言われてしまえばそうなんだけど。」

「Providence、ですか。」

「そう。Providenceはprovideの名詞形のひとつ、天の配剤のことです。
幸夫ちゃんの自由な発想というより、悠奈ちゃんがそうイメージせしめたというか。
そしてその悠奈ちゃんの発想せしめた力がプロヴィデンスなんだろうね。」

「なるほど。」

「悠奈ちゃんは信夫佐藤の血を引くというよね。福島の県北です。山形にも程近い。
ご先祖で出羽三山巡礼をした人は多かろうと思いますよ。」

「ええ、ええ。」

「さらにね、聞くところでは、悠奈ちゃんの母方だったか、姓が市川というと。
市川は千葉にもあるけれど、どうも聞いていると甲州の市川なんですね。
市川ないしは市河は、武田冠者・源義清が常陸から配流されてきたところです。」

「義清って、新羅三郎義光の次男ないし三男で、加賀美遠光の父ですね!」

「そうなんです。歌舞伎の市川家も、ここの出身です。ただし堀越姓だけれど。
市河氏というのは義清の弟が祖になるんですね。」

「なんと・・・。私の遠い遠い親戚筋なんですね、もしかすると。」

「そうなりますね。しかもおもしろいのは、市河氏は新田義貞に呼応して北条を
攻めているんですよ。ところが後に足利方につくんです。」

「ええ?じゃあ、芳樹くんに語りかけた多摩丘陵の加賀美某と同じですね!」

「悠奈ちゃんに、幸夫ちゃんのイメージを豊かにする力があるのも当然かな。」

「実は私の母は、山形の上山の出なんです。」

「おお、蔵王の麓のね。信夫佐藤は平泉の奥州藤原氏の一族でまた陪臣だから、
勢力は広く、上山にもその子孫は多いんじゃないのかな。」

「お笑いください。ズバリ、母の旧姓は佐藤です。上山にも佐藤さんがいっぱいです。」

「やっぱりねぇ。」

MNEMOは愉快そうに多摩自慢を呷った。

「いや、見事なprovidenceじゃないですか。」

「でね、この配剤ですがー」

加賀美が身を乗り出すようにした。

「つまり、甲斐源氏と信夫佐藤・奥州藤原氏の合従連衡と言っていいのですか。」

「うまいなあ。連衡には『衡(ひら)』の字が入っている。藤原氏らしい。
因みにね、悠奈ちゃん、ある折に、新宿のどこだったか、父方の祖母の姉妹が蕎麦屋をやって
いるって言ってね。聞いたら、その祖母の家は藤原姓なんだよ。」

「出来過ぎですね。」

「本当にね。驚くばかりだ。まあ、甲斐源氏の加賀美氏については、どうだろうね、
一族の秋山光朝が頼朝に殺され、その子下山光重などは侍を捨て、子孫は寺社大工に
なっていくのだけれど、重要なのは、後に身延山に日蓮宗の本山久遠寺ができて、
下山の者は早々と帰依しているんだね。むろん加賀美遠光からは小笠原や南部という
名門武家も出ているのだけれど、長男の秋山光朝とその子下山光重の系統は、
厳しい立場になっていったとは言えるだろうね。

自分が厳しい立場だから信心するというのもあるけれど、他の幸いのためにと
信仰することもある。法華経はそういうお経でしょう?多摩丘陵の加賀美さんも、
きっと信心深い人だったんじゃないかな。厭戦なんていうのもその表れかも。
悠奈ちゃんが、顕本法華宗の寺の息子だった木野先生に惹かれるのも、
そして逆に木野先生も悠奈ちゃんに惹かれたのも、そういうことかもね。

そして信夫佐藤ですけれど、実は私にもその血は流れています。母の父は佐藤でね。
頼朝に殺された義経さんのお供をしたのも信夫佐藤ですからね。鈴木=亀井という
熊野神社神官の血筋の人もそうだったけれど。奥州藤原氏は仏国土を夢見た。
こちらは浄土信仰、阿弥陀信仰です。
できれば戦はしたくないとずっと隠忍自重してきたわけです。

まあ、結局、甲斐源氏と信夫佐藤・奥州藤原氏の合従連衡が、悠奈ちゃんを
中心に今の世に実現したということですかね。目的は厭戦を超えて、
ズバリ、反戦ということでしょう!」

「ははあッ!」

加賀美はなぜか深く頭を下げるのだった。


<つづく>



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蹉跌集め III-29 [小説]

29

「MNEMOさんは昔新百合ケ丘で英語を教えていたことがあるんだそうです。
ちょうど再デビューが決まる1年前だったそうです。」

「ほう、そうでしたか。下山と何度も一緒にMNEMOさんとは飲んだことがあるんですが、
初耳です。」

「ほんの少し前のことです。お加減はいかがっていうのもあって、ご年賀にMNEMOさんを
お訪ねしたら、散歩に連れて行ってくれないかとおっしゃって。」

「ええ。」

「多摩川の土手道を調布の方へと。途中のお地蔵様や、戦没者慰霊碑、そして水神様などに
新年のご挨拶をまだしていないから、と。」

「MNEMOさんらしいですね。」

「ええ。お参りを済ませて、もう少し歩きたいとおっしゃるので、そのまま川上の方へ。
目が見えなくても正確にご自分がどこを歩いているかお分かりになるんですよ。」

「そうですか。」

「そして、よみうりランドが対岸の向こうに見えるところまで来て、なんと指を差して、
『悠奈ちゃんはあそこに行ったことがあるかい』って訊かれたんです。
私はいいえと言いました。MNEMOさんはこう言われました。

『あのランドの丘はずっと新百合の方まで連なっていてね、小田急の登戸駅から
ロンパリの方向に来ているようだから意外なようだけど、そんなに離れていないんだ。
僕は再デビューが決まる1年前、新百合で英語を教えていてね、昼ごはん、
マックかなんかをテイクアウトで買って、新百合の駅から北の方向へ
歩いて行ったんだ、食べるところを探しながらね。

気持ちの良い風が吹く七月の下旬、でも食べるところがなくて。
その頃はまだ駅周辺は再開発整備中だったんだね。
どんどん丘の上の方へ歩いて行くことになったんだ。

木立があって、その根元のところに腰を下ろすことにして、マックの袋を切って広げて
敷いてね。食べてると、爽快な一陣の風が吹いた。
そのときね、メロディーが口をついて出てきた。
ところがね、爽快な気分にふさわしくない、マイナーのメロディーなんだね。

歌詞をはめてみると、

Too tired to go on living this way
I don't wanna fight, no more

って。
どうしてなんだろう、どうしてこんな詞がって、思ったよ。

僕はね、ちょうどその頃、大河ドラマで足利尊氏のことをやってて、興味を持ってね。
府中の郷土の森にある歴史資料の常設展示フロアに何度も通っていたんだ。
そこで新田義興とその家来由良兵庫助のことを知るきっかけを得るんだ』と。」

加賀美は唸る。

「つまり、つまりー 悠奈さんは芳樹さんに今日連れ出される前に、太平記関連のことを
MNEMOさんから聞いたばかりだったっていうことですか。」

「そうなんです。そして、昨夜加賀美さんとお会いしたんです。」

「MNEMOさんの、遠い昔に多摩丘陵で口をついて出てきた歌は、加賀美の、
戦争を忌避した者の心情、ということですか!」

「はい。そう確信しました、今日のことで。」

加賀美は顔の火照りを感じて、おしぼりを頬に当てる。

「そして高石神社のことですー」

悠奈が続ける。

「MNEMOさんは、自分の相棒の棒さん、川口エカさん、そしてSomoさんの
親御さんが秋田出身ということで、表敬訪問だと言って数年前に行っておられるんです。
同じ東北なのに一度も行ったことがないからとも。
そのとき、月山にも行き、さらに象潟にも行って!

そして、そしてです!
芭蕉は月山で西施のことを強く思い、恋い焦がれたと。
月と西施は芭蕉のそのときの恋人の<なぞらえ>だと、ブログに書いてらっしゃるんです!」

「ええッ!」

加賀美は仰け反った。

「僕もMNEMOさんのブログはたまに覗きますが、そんなことが?」

「まるで、まるで、今日のことをほぼすべて予言していたようじゃありません?」

「本当に!いや驚きました、心底。」

加賀美は、「これは今晩飲まずにはいられない」と言い、MNEMOのところへ話に
行くと言うのだった。


<つづく>




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蹉跌集め III-28 [小説]

28

新百合ケ丘の駅で悠奈が加賀美に電話すると、すぐに加賀美が現れた。

「いやあ、どうも突然にご足労をかけました。」

加賀美が言う。

「いいえ、早速構想を練っていただいてありがとうございます!」

悠奈がお辞儀をする。

加賀美が先導して、エルミロード内の珈琲屋に入る。
おしぼりで手を拭きながら、

「ちょっと混んでいますが、ここのコーヒー、うまいんで」

と加賀美が言った。
悠奈は疲れもあって、甘味を求め、ラテを頼む。
加賀美は当然のようにブレンドのブラックだ。

「早速ですが、百合丘にいらしたんですよね。なぜまたそこに?」

悠奈はラテをひと口飲んで、フーッと息を吐いた。

「加賀美さん、本当に、想像を絶する顛末なんです。」

悠奈が太平記戦跡・史跡巡りの話をする。
大学で歴史を学んだ加賀美は、熱心に聴き、最後の自分の電話とその内容がいかに
奇跡的かということを理解した。

「悠奈さん、それはー」

加賀美が一呼吸置いて、コーヒーを啜った。

「凄まじいです、ええ。これはもう、なんというか、<ついてます>ね。」

「『ついている』?」

「ええ。宛てる漢字はいくつかありますが、そのどれもいいっていう・・・。」

「<にすいにうま・したごころ>の『つく』、つまり憑依ですか、まず。」

「う〜ん、寄り添っているって感じですけれどね。」

「<にんべんにすん>も。」

「ええ。これは月という語も太陽と付きものということから来たという説がありますね。
どなたかが、太陽のような存在が、悠奈さんと共に在る。」

「あとは<着>ですか。」

「うん。着は俗字ですね。著が本字です。<集まる>という意味があります。」

悠奈は加賀美の話に再びクラクラとするようだった。
あまりにもinspirationalだからだった。

「私の先祖についてはー」

加賀美が続ける。

「出は甲斐だと聞いています。今の南アルプス市辺りだと。
加賀美遠光についても、ちょっと調べたことがありましたが、いやあ、その子孫が
矢口での義興謀殺に厭気がさして多摩丘陵の方へ敵前逃亡したっていうのは・・・
芳樹さんが聞いたんですって。」

「ええ。」

「細山に住んでいる、ちょうど大学で太平記のことを講義で聴いた・・・か。
ちなみに芳樹さんの姓は?」

「津田です。」

「んんん。斯波氏系の津田かな。斯波は足利の流れです。」

「そうなんですか。」

「それ以上紐解くのはやめておきますがね。」

加賀美はコーヒーを口に含んだ。

「僕が神奈川に住むのも、それも新百合に住むのも、お導きかな。
そして何にしても、潮音寺・高石神社の芭蕉句碑!
どういうことなんでしょう、私の発想とのつながり!」

「本当に!」

「僕はねー
そもそもSomogumiの社長Somoと、とある大手建設会社で知り合いましてね。
Somoは本名下山聡といいまして、本来ならSimoなんでしょうけれど、
『そう』や『そうちゃん』って呼ばれることも多くてSomoになったんです。
彼が、そう、2年前かな、下山のルーツは甲斐の身延町で、下山大工の末裔なんだと
言って、一緒にそこを訪ねたことがあるんですよ。

そのとき、なんですよね。加賀美遠光のことをちょっと調べたのも。
と云うのは、下山氏は加賀美遠光の長男秋山光朝の子で分家なんですね。
この秋山光朝は平重盛の娘を娶って、頼朝に睨まれ、結局殺されてしまうんです。」

「平重盛って、清盛の長男?平家の当主ですか。」

「ええ。敵将の娘をもらった裏切り者ということになってしまった。」

悠奈は一瞬気が遠くなって、その刹那に多くのことを想像した。

「下山大工というのは手練れの建築家集団で、僕が下山くんと建設会社で出会うのも
なんだか当たり前な気もしてきます。」

悠奈は目を閉じたままになった。

「僕はね、悠奈さん。その月山と象潟の撮影はSomogumiに頼もうと思っているんです。」

悠奈にはすでに月山が見えるようだった。未だに行ってはいない出羽の地。
象潟も、芭蕉も、西施も見えるようだった。

「加賀美さん、あたし、MNEMOさんからお聞きしたんです、実はー」

悠奈はそう言って、水をひと口飲んだ。


<つづく>



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