So-net無料ブログ作成

短編小説5 光の春のうたた寝 その2



「9日入院で、2泊3日ですから。」

担当医はことも無げに言った。

「まあ、むずかしい手術になりますが、がんばりましょう。」

口調には熱がなく、紋切り型に聞こえた。

「はあ。」

昌秀はまだ呆気にとられていた。
眼科医はコンピュータ画面に視線を完全に移した。
それまでも昌秀にしっかり正対して話すことはほとんどなかった。
ひとこと言うとすぐにディスプレイに向き直り、キーを叩いた。

「何かお聞きになりたいことはありますか。」

医師はチラっと昌秀を見て言った。
混み合いすぎる程の眼科待合である。「次に行きたい」ということか。
自分も担当医にかかるまで一時間以上待った。
なにしろ何回かの事前検査でそのたびに数十分待ったのだから。

昌秀は質問も浮かばずにそのまま辞去した。


昌秀は自宅から2キロ半ある慈愛まで歩いて来た。
帰りもほぼ同じコースを辿って帰った。
いつも歩くウォーキング・コースを使うのだ。
当然帰りは最後の1キロがその道程となる。多摩川土手だ。

冬晴れの多摩川河畔は昌秀の目には眩しすぎ、また霞みはひどくほとんど白い世界だ。
昌秀は最初に白内障の症状にはっきり気づいたのもここであったことを思い出した。

「もう3年近くになったか。」

眼科医の言う「むずかしい手術になる」ほど放っておいた自分のまさに不明を恥じつつ、
しかし今や後ろ向きのことを考えても仕方がないと思った。
東京の冬晴れは乾燥が激しいけれども、決して昌秀は嫌いではない。
むしろ冬薔薇(ふゆそうび)や蝋梅、早咲きの梅などを探しに歩いたりするのは
大好きで、凛としてクリアな青空を愛していたのだった。

「またそんな散歩がしたい!」

痛切に思った。


来月23日の全身検査も、しかし、不安だった。
そこで別の病気が見つかったらどうしよう、というわけだ。
過去をくよくよしてもしかたがないが、未来はどうだ。
もちろん哲学的には同じように意味がない。
それでも想像してしまうのが人間というものだ。

苦しい想いで昌秀は家に戻った。



nice!(0)  コメント(0)