So-net無料ブログ作成
検索選択

蹉跌集め III-2 [小説]

2.

電車の中は全体として落ち着いてはいたが、連れのいる人々は先ほどのミサイル警報の
ことをヒソヒソ、あるいは声高に語っているのだった。

清はひやひやしていた。
明らかに朝鮮学校の生徒というチマチョゴリ風の制服を着た女の子がすぐそばのドア
付近に立っているのだ。誰かに絡まれなければいいがと念じていた。

「あなた、朝鮮学校の生徒でしょ。」

ああ、と清は落胆した。
女子生徒の斜向かいに座っていた二十代半ばくらいのスーツ姿の女性が女子生徒に
呼びかけたのだ。

「よくそんな平気でこんなところにいられるわね。」

女子生徒は下を向いてしまう。

「地下鉄で避難してんの?どんな気分。え?母国の将軍サマがあなたという同胞をも
含めて日本人を大量に殺そうとしている今、どんな気分?」

「そうだ!」

少し離れたところに座っていた六十代と思しき男が賛同の声を上げた。

「お前、北だろ。けぇれよ、とりあえず、え!けぇれねぇんなら、韓国に行け。
なにをおめぇ、日本人と一緒に地下鉄で退避してんだ。おう。ミサイル着弾を合図に
テロか、ゲリラか。そのカバンの中、何入ってんだ。」

「無体なことを言ってはいけませんよ。」

MNEMOが言った。

「私には見えませんが、朝鮮学校の子でしょう?まだ少女でしょう?」

「少女も何も、イスラム過激派なんて子どもだってテロに使うわよ!」

スーツの女がヒステリカルに言った。

女の子は恐怖を感じ、電車が西早稲田の駅に着きドアが開くや、すぐに下車して行った。

「お前さんも朝鮮人か。」

六十男がMNEMOに言った。

「なに人だ、ですか。」

MNEMOはフフっと笑った。

「お宅様はなに人でいらっしゃるんですか?」

「ふざけんな!」

男は気色ばんで、唾を飛ばしながら言った。

「おりゃあ、生粋の日本人だ。明治神宮近くに住む、神道への信仰厚い大和健児だ!」

「私も神道の神様を崇敬していますよ。まあ、主に熊野様やお諏訪様の系統ですがね。
一番尊崇もうしあげるのは村の鎮守の神様ですがね。お稲荷様もいいなあ。
ああいう静かなお社や祠にこそ日本を感じますなあ、私は。」

「何言ってんだ、あんた。」

「縄文人も稲作はしていたと聞きましたが、陸稲でしょうね。やっぱり本格的な
水田耕作をもたらしたのは弥生人でしょう。弥生人は大陸からの人ですよ。」

「だからなんだ!」

「生粋の日本人て何ですかね。今上陛下も日韓サッカーW杯共催のとき、
桓武天皇のことに言及され、その母高野新笠が百済・武寧王の子孫であると
おっしゃっていますね。平和を尊ばれ、行動でそのことを示される天皇皇后両陛下への
尊崇の念もまた私は厚く抱いているものです。」

「ふん!」

スーツ姿の二十代の女性が鼻を鳴らした。

「それなのに韓国人は『日王』は韓国人の血を引いていると認めたなんて言ったのよ。
何が日王よ!」

「分かります、その呼称への違和感。」

「違和感?冗談じゃない、憤激よ!」

「しかし、自分の国の帝でもないのに天皇とは呼べないでしょう。
まあ、それでも、日本国天皇でいいでしょうにね。」

「そ、そうでしょう。そうよ。」

女は語気を急激に弱めた。

「韓国の人も、今上陛下のお気持ちを、世界平和実現へのお取り組み、先の大戦への
深い個人的内省による慰霊のご巡幸などから汲み取って静かに報道すればよかった。
高野新笠へのご言及は本当にどれほど重いことだったか。」

電車の中は静かになっていた。


まもなく新宿三丁目に着いて、MNEMOと清は下車した。
MNEMOのたっての希望で、熊本ラーメンの桂花へ行き、太肉麺を食した後に
末廣亭で柳家小三治を聴くというのであった。
十二月の下席、人間国宝が語ってくれるのだが、予約ができないから並ばねば
ならない。それは覚悟していたが、清によるともうすでに長蛇の列だと言う。

MNEMOは挫けた。
目が見えなくなって、なおさらずっと立って座席を確保するのはしんどいことだ。
暇をつぶすこともままならない。

MNEMOは清と近くのビルの地下に在る少し価格設定が高めの居酒屋へ入った。
席に座って、MNEMOは同郷の旧友セミ(粟田)に電話をした。


<つづく>




nice!(0)  コメント(0) 

2017 皐月雑記 -4-

「蹉跌集め」第3部に入りました。
久しぶりだったせいか、多くの方に読んでいただけたようです。
ありがとうございます。

*

T2aTですが、E2aTにタイトル変更を考えています(って、どうでもいいが)。
残念ながら歌入れなどは6月初旬にずれ込みそうです。

*

亡き父の代表句のひとつ、

風船の青だけ溶けて夏の空
ーはじめ

を、さきほどtwitter上で英訳し、発表しました。

Only the blue balloon
becomes invisibleー
the summer sky!

です。



nice!(0)  コメント(0)