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One for All

この頃調布の方へ歩くことは滅多になくなっていて、
だから1年くらい前まで早朝や未明ウォーキングですれ違った方々が今ご健在か
分からないのです。

きっと校長先生だったのではと私が勝手に想像していた、
「おはよう!」と正に校長然と挨拶されるご老人は、
今どうしていらっしゃるでしょう。
いつもマスクをされ、夏でも厚着をされていましたっけ。

最後に調布の布田に在る堰辺りまで歩いた数日、「先生」にはお会いできなかったのです。
またそこまで行くウォーキングを2週間くらい続けたら、
ご健在かどうかが分かると思うのです。
午前4時頃に染地というところの土手道に上ってこられる方でした。

それを確かめたくないというのも、
今のウォーキング・コースを変えない理由のひとつなのです。

私の中学・高校同級生は、合計して10人ほどがすでに他界しているようです。
450人くらいの内です。
驚くような割合ではありませんが、ひしひしと感じるものがあります。

自分のやり残しをちゃんとやり終えたいという個人的な思いはもちろん募りますが、
それが個人的な満足を得るためではないのだという、
ちょっとカッコつけた言い方をしたくなります。
個が公に対して何ができるか、ということです。
そして何かができて、それで個の満足とする、というような境地ではないのです。

ただ、後の世代の幸福のため、何ができるのか、ということなのです。



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