So-net無料ブログ作成

蹉跌集め -81- [小説]

81

「ケンスキー、お前どうやってそんな魔法みたいなことを?」

芳樹が訊いた。

「MNEMOさんだってできるよ。俺たち、だから相性がいいのさ。」

「MNEMOさんも?」

「ああ。彼もときどき霊の話とか書くけれど、意思があるないに関わらず、彼は霊に
訴えかけられ易い人なんだ。少なくとも4次元アクセスは自由、おそらく5次元くらい
までチャンネルを持っている。」

「いいな、多チャンネルで、CATVみたいだ。」

周平が相変わらずカマす。

「彼はそれより動植物と会話できるだろ。それって大事なんだ。
それが多チャンネル化への鍵なんだよ。緑陰とは他次元が貫入するところで、
そこでセミたち、特にヒグラシが生と死を歌っているって、ブログで彼は書いていた。
その記事の写真、緑陰の写真がまさにここの葉桜だよ。緑陰ということなら、さらに、
とこちゃんの彼氏が北海道から送ってきた絵葉書に添えられた万葉集の歌の解釈も、
彼らしいものだった。

http://mnemosyneoforion.blog.so-net.ne.jp/2012-06-24

『いつ柴原』つまり繁れる雑木に『静謐とその内部の冥(くら)さを感じたいし、
その恒常性(つまり木立とその緑陰はどこにでも常にあるってこと)と許しを乞う
気持ちの常なることの一致を観る。
そして道の辺の景とそういうふうに対峙する詠み人にとって、
許しを乞う対象がどこからも「*pervadere(ラテン語で<通り抜ける>)」
してくる心持ちが表現されていると思えて、共感する』と書いているんだ。

彼はきっとチビスケの頃からそういう動植物との会話をしてきたんだ。
そして木立や林、森の冥さに、闇に、異次元の貫入を見てきたのさ。」

「それって子ども性、幼児性を失ってないってことか。」

芳樹が訊く。

「そういうことだね。だから大人になってからは生きにくい。」

「ああ。」

「俺は東京の都心生まれ都心育ちだろ。MNEMOさんよりはるかに動植物との会話
能力に劣るんだ。それはミュージシャンとしても手痛い経験不足だ。
彼の叙情・叙景能力にそう敵う人間はいないよ。」

「お手盛りな話だな。」

「ああ。彼が俳句や短歌をときどき詠むのも必然だった。それで自由になれた。
下手くそでも、環境と自分の心のつながりを意識し、それを超えて一体化する
練習なんだよ。むろん彼はチビの頃からずっと故郷會津の野山でビートルズや
ブレッドを歌ってきた。その時間を子ども時代から思春期までに限定して総まとめ
しても膨大だ。歌うたいとしての修業を知らないままにやってきたのさ。」

「ああ。」

「彼の父親は田舎レベルとは云え俳人だったし、母親は無類の花好きだった。
長兄はビートルズをその両親環境というべきところにもたらしたんだ。
MNEMOさんが5歳から6歳になりなんとする頃さ。」

「ケンスキー、お前は?」

「俺か。俺は核力のことを考えている裡に<おかしく>なった。
なぜ陽子と中性子はくっついているのかっていうことさ。
『強い力』って日本では言ったりする。その力を媒介するゲージ粒子は
グルーオンっていって、glue、のり・膠から名付けられた。
強い力の、重力相互作用との相対的強さは1040と大きいが、
影響範囲は10マイナス15乗mと小さいんだ。
伝わる平均時間は10マイナス24乗秒ほどでさ。」

「おお、それWikipediaのを<グルーオン>しただろ。」

周平が言った。

「・・・その説明もwhatやhowについてだろ。俺はwhyをひたすら考えた。
俺ってチビの頃からハリー・ポッターに似てるって言われてきてさ。
小学校じゃ、『愛日小のハリー』って綽名されたよ。」

「ハーマイオニーはいたのか。」

「理科の点数に<からい鬼>はいたけどな。」

周平はギャフンとなった。

「中学校は受験とか嫌で、ばあちゃんが住んでることもあって千代田区の九段中に
通ったんだ、早稲田通り一本で行けるから。あそこは北の丸に近くて環境いいしな。
そこでも『九段中のハリー』って言われたよ。でもすぐに九段中が中高一貫になるとかで、
いやんなって麹町中に無理やり転校した。そこでも『九段中から来たハリー』さ。
そう言われている裡に、俺はほんとにワンドを使って呪文を唱えるようになった。
愛日から麹中(こうちゅう)まで、ずっと独りで音楽室とか図書室、
実験室でワンド振ってた。もちろん指揮棒だけどね。」

至近距離で突然ウグイスが鳴き出す。
アオスジアゲハも数羽緑陰に入ってきた。

「そして中三のとき実験室で、あのさっきの呪文で、ドアよ開けって唱えたら、
開いたんだ。核力のことをむちゃくちゃ考えていた頃さ。」

「誰か生徒とか先生が開けたんじゃないの・・・てもう超能力あんのわかってるから
つまらん混ぜっ返しだけど。」

周平が自嘲して言う。

「ハハ。その通り。」

ケンスキーは笑った。

「でも、その先生、理科の先生だったんだけど、顔面蒼白だった。」

「なんで?」

「自分が開けようと思う半秒前にドアが開き始めたって。」

「すごいね!」

永が美しい笑みをたたえて言った。

「そんな力があったら、ケンスキー、俺たちのデビュー成功なんて簡単だろ?」

周平が真剣に問うた。

「それができたとして、楽しいか、周平。」

周平は口を開けたままだ。

「もっと言わせてもらうと、世の中なんて不思議だらけだろ。魔法だらけさ。」

「日本のハリー」のケンスキーがそう言うと、嫌味が一切なかった。
爺のMNEMOではそうはいかなかったろう。


<つづく>



nice!(0)  コメント(0) 

蹉跌集め -80- [小説]

80

RAJOYはバンドの体を成さなくなった。
7月最後のレコーディング・セッションに来たのが芳樹と周平、
そしてケンスキーだけだった。歌録りもあったのに光が来ない。電話をしても、
コールはするものの全く出ない。ラインとかの位置情報も切れている。
幸嗣はコール音すらせず、電話会社のメッセージだけが流れる。

聖古は絶望する。

「きっと・・・そうよね。」

そう言って永の表情を凝視する。
永は困惑などという表現ではおさまらない形相で下を向いてしまう。

「また起こったか。もうダメかもな。」

芳樹が深刻な声で言った。

「この前の土曜日、29日、光が僕を誘って牛込を歩いたんです。」

ケンスキーが言う。

「漱石ゆかりの地を歩きたいとかって言って。でも、実際は・・・。」

「実際は?」

聖古が続きを言えと督促する。

「・・・とこちゃんの住む街を歩きたかったんです。セレンディピティがあれば、
とこちゃんと会えるかもって。」

「やっぱりね。それから?」

「漱石の『それから』のように錯乱しました。」

「え?」

「いや、なんでもないです。そこからは知りません。
本当に光は明らかにおかしくなっていました。
ちょうど宿河原の岸辺でぼろぼろに取り憑かれたときのようだったんです。」

聖古はそのことは知らない。

「なに、その<ぼろぼろ>って。」

芳樹が説明する。

「結局取り憑かれたままだったの、じゃあ。」

聖古は<そういうこと>にも一定の理解があるから、くだらないと言下に否定せずに
さらなる話を求めた。

「そのときは悠奈ちゃんを巡ってだったんでしょ、恋の鞘当ては。」

「悠奈はそのぼろぼろの一方に取り憑かれたんですよ。同調したっていうか。」

芳樹が言う。

「幸嗣はそのぼろぼろの殺された師匠、殺したのが光に取り憑いたぼろぼろ
なんですよ。」

「その因縁が再び?」

聖古が訊く。

「悠奈が巻き込まれていたらそうでしょうね。」

「悠奈ちゃんはさっき電話したら普通だったわ。」

永が言った。

「だったら、関係ないかもな。」

「いや、悠奈はあの場で木野先生のお力やMNEMOさんの歌で憑依が解けたんだろ。」

ケンスキーが言った。

「光は二人を信じていないし、むしろ憎悪していたくらいに見えたし、それに幸嗣は
あの場に行ってなかったから、憑依が解けていなかったっていうこともありうる。
そうだとしたら、少なくとも光の言動の荒みは説明できる気がする。
・・・もしかすると、俺と光が別れた後、幸嗣と牛込柳町で偶然出会ったのかも。
逆セレンディピティだ!」

「なに、そのセレンゲティって。アフリカの平原とか?」

周平が言った。

「いや、日本語で言えば、僥倖みたいなもんだ。」

「は、ぎょうこう?ケンスキー、お前理系なのによく知ってんなあ。」

「字は書けないよ。棚ぼたって言っちゃうとちょっと俗に過ぎる。」

「ああ、笹の葉さーらさら。」

「それは七夕!」

「・・・まあ、しかし、二人がそのストーキング中ばったりっていうのはありうるな。
あいつら好きな女の住む街へ会える当てもないのに行き、
そこで互いに出会っちまう。」

「でも、出会っただけで決定的なことになるか?」

芳樹が問う。

「分からない。荒んでいる光がとんでもない態度をとったりしたっていうのはありうる。
俺にも、付き合わせておきながら、もう帰っていいよなんて悪態ついたし。」

ケンスキーが答える。

「いずれにしてもー」

聖古が厳しい表情で官僚答弁のように言った。

「もうこのセッションは終わりね。レコーディングやデビューそのものがどうなるか
結論は出さないけれども、永ちゃんにはできないにしても、私に何の断りもないって
いうのは許し難いことよ。なによりバンドそのものが・・・崩壊してない?」



永は野津田に電話をし、事情を説明する。
そして自分が光と幸嗣のところへ行くハメになるのだ。
もちろんRAJOYの他のメンバーも同行する。
周平の「楽器車」に乗り込み、まずはスタジオに近い上高井戸に行く。

部屋にはいないようだ。全く気配がない。
一階の大家に訊いてみても、よくわからん、ここ数日いる気配がない、と言った。

次に川崎の光の家へ行く。
母親が出て来て、非常に不機嫌そうに応対をする。

「私が聞きたいですよ、何があったのか。」

母親は言った。

「あなた方が以前来て以降は少し落ち着いたのだけれど、部屋に籠ることが多くなって、
ネットばっかりやって。土曜日に珍しくバンド以外のことで外出して、帰ってきたら
顔を腫らして、口の周りは鼻血まみれだったんですよ!そして無言のまま荷物まとめて
出て行っちゃったんです。ほんとに一体何があったのか、こっちこそ知りたい!」

「お母様、初めまして。ホムラー・レコードの音吏部です。」

永は名刺を差し出す。

「あら!あなた、『永』で<とこしえ>さん?」

「はい。」

「・・・光の部屋、『永』っていう字だらけよ。墨筆で。私は習字を始めたのかって
思ってたわ。『永』の字をきれいに書くには筆使いのすべての要素が必要っていうから。
・・・あなたの名前だったのね。」

みんな黙ってしまう。

「ねッ、何があったんです?あなたにフラれたの?」

「フラれたも何もー」

ケンスキーが言う。

「永さんは何もしていませんから。」

母親は深いため息を吐いた。

「なにしろ音楽なんかやっているからこんなフシダラなことになるのよ。
あの子はいい大学も出てるんですよ。なんのために学資を出してきたのか。
売れるからそれまでは援助してくれって、大学出てからも同居でしたしね。
そしたら今度は近くに住むから独り住いさせてくれ、作詞作曲で集中したいからって。
そして突然戻ってきてー 挙句これでしょ。もうほんとに。情けないったらないわ!」

永たちが挨拶して玄関を離れると、母親は<本当に>塩を撒いた。
クリスチャンであるはずなのに。

「ひどい剣幕だったな。」

周平が言う。

「ああ。しょーがねぇだろ。確かにバカ息子だ。俺もそうだけど。」

芳樹が応える。

「な、川原に出てみないか。」

ケンスキーが言った。

「え?今さすがに二人で決闘はしてないだろ。」

芳樹が言う。

「<痕跡>があるかもしれない。」


もう8月に入っていて、川原はかんかん照り、四人は熱中症を心配するほどだった。

「痕跡って何だよ、コンセキー、じゃない、ケンスキー。」

周平がゼイゼイ言いながら訊く。

「この時間じゃ無理かな。夜の方が分かりやすいんだが。
あ、ちょっと待って。やっぱりこれ血だ。」

ケンスキーは小石についている乾き切った血を指で押さえるようにして採って、
船島稲荷の境内へ入っていく。

「おお、あっちは緑陰があってちょっとはいいな。待ってよ、ケンスキー!」

三人がついて行く。

社の前、ケンスキーはショルダーバッグからタクトを取り出す。

「なんだ、おい。ここで指揮をすんのか。」

周平が汗を拭いながら、からかうように言った。

「これはタクトじゃなく、今からワンドだ。」

「魔法使いの杖?」

永が言う。ケンスキーは永の額の汗をくれと言う。永は怪訝な顔でケンスキーが指で
一滴の永の汗を取るのを許す。ケンスキーはそれをさっき採った血に混ぜる。
そしてそれを「ワンド」の先っちょにつけた。

「Exspecto matronuuuuuuuum!」

ケンスキーが絶叫し、「ワンド」をクルリと頭上で回した。

「ハリー・ポッターの呪文にそっくりだけど、patronumがmatronumに
変わっているわ。patronumがadvocate=弁護、matronumがmentor=助言・・・
似たようなものね。」

永がさすがA学英米文学科卒の教養を見せた。

ーなんということだ!
鼻の欠けたお狐さまたちの一体が突然そのまま本物のキツネになって、
ピョンピョンとケンスキーに近づき、ヒョイっと彼の肩に乗った。
なにやら耳打ちをしているようだ。

三人は目を見張った。

「Ego consummare!」

ケンスキーがワンドを今度は頭上でさっきとは逆に回転させた。
キツネはパッと元の台座に戻っている。

「いやー、この頃オカルトがなかったのに、また復活したな。
シリアスなのか純粋エンターテインメントなのか・・・。」

周平が今度は冷や汗を垂らしながら言った。

「あのキツネ、すっごくかわいかったね。」

永も悪乗りしている。

「あのね。」

ケンスキーが三人に近づきながら言った。

「ここで決闘しようとしたのは間違いない。
29日、二人は牛込柳町駅の外苑東通りの出口で偶然出くわしている。
俺が光と別れたほぼ直後だ。そこで光はあたかもとこちゃんの家に泊まった
帰りであるようなことを口走り、幸嗣はへたり込んだ後、俄然怒り心頭と
なって、決闘を光に申し込む。ならばふさわしいところが在ると言って、
二人はここに来たんだ。むろん剣などないから殴り合いだ。
そのとき流れた血がさっきのさ。光の血だ。

二人は石も使おうとした。けれども致命傷を負わすことに最終的にはためらって、
お互いにおもうさまに殴り合って気絶していた。」

「キツネさん、よくあんな短い時間でそれほどのことを語れたな。」

周平がポイントの違うところで感心した。


<つづく>



nice!(0)  コメント(0) 

SimoちゃんからSomoちゃんのセリフのメール来る

今、「蹉跌」、ラッシュかけています。
きっとトーホグマンのように第一部完というようなことで終わると思います。
早く書き終わりたいんです。

SUBTLYは、あることが決まったら一回リハして録音に入ろうということに
なっています。そのときには「蹉跌」を脱稿していたいのです。

すばらしいメールをMNEMOからもらいました。
え?
いや、ほんとにMNEMOないしは根本龍樹から。

「MNEMOさん。HNFのヴィデオ、予算ゼロでも僕、全力を尽くします!
もちろん会社の仕事が最優先になってしまいますが、できる限りのことをしますから。」

これは「蹉跌」75話の最終部のSomoちゃんのセリフです。
そのまんまをSimoちゃんがメールしてくれたのです!


追記

どうでもいいのですが、63話の「K」を「セミ」に改めました。
齟齬が生じるので。


nice!(0)  コメント(0) 

蹉跌集め -79- [小説]

79

真夜中、幸嗣は杉並区内の道路補修工事で誘導員をやっていた。
永のことをついつい考えてしまい、止めたクルマへの<お愛想>が悪くなって、
何度か通り過ぎざまに「馬鹿野郎、お辞儀ぐれぇしろ!」と怒鳴られた。

疲れ切ったが、同じ区内のこと、朝歩いて上高井戸まで戻ってきた。

「一眠りしたら、また牛込へ行こう。」

そう決めて、万年布団の中に潜り込んだ。



光は午前十時頃ケンスキーに電話をした。

「やあ。今日もしよかったらこれから散歩に付き合ってくんない?」

「え?夕方から塾なんだけど。」

「そこまで付き合ってとは言わないからさ。」

「どこを?」

「『漱石テリトリー』。」

「また、なんで。確かに光も昔っから読んでたみたいだけど。」

「いや、ほら、今年生誕百五十年だしさ、終焉の地に行ってみたいんだ。」

「生誕百五十年なら、まずは生誕の地だろ。」

「細かいこと言うなよ。生誕の地も行くよ。」

「んー。しょうがないな。どこで落ち合う?」

「落合。あそこで四女雛子さんの火葬をしたから・・・ウソだよ。」

「お前、なんか変なテンションしてない?」

「そんなことないよ。神楽坂行くよ。駅で電話する。」

「おう。」

午前11時頃、光が神楽坂駅に着いて、ケンスキーは家を出る。
1、2分で駅に着く。光は早稲田通りにすでに出ていて、手を挙げた。

「悪いね。お休みのところ。昨日、SUBTLYの試写に行ったんだろ?」

「ああ。悠奈もとこちゃんも一緒だったよ。」

光は黙ってしまう。知らなかったのだ。そして、またもやジジイたちとー MNEMOとー
一緒だったのかと忌々しい気分になった。ケンスキーは光が気分を害するだろうと
知っていて言ったのだった。

「どっから行く?」

「え?ああ。じゃあ、生誕と終焉、どっちが近い?」

「終焉。」

「じゃあ、終焉で。」

二人は早稲田通りを黙々と西進する。
外苑東通りと交差するところで信号を渡り、牛込柳町方面へ10メートルほど
歩いて右の小さな道へ入る。上りの坂道になったところで右側をケンスキーが
指差して、

「ここが漱石公園、漱石終焉の地だよ」

と言った。漱石の胸像が目立つところに立っている。

「おお。ここか。早稲田南町七。」

「ああ。」

光は一向に中に入ろうとしない。

「どうした、入らないの?」

「漱石って、病気だよな。」

ポツリと光が言った。

「『行人』とかって読んだことがあるか。」

「うん。確かにあれはほとんどパラノイアだな。疑心暗鬼が嵩じて。」

「漱石はほんとにヤバいほど病気だよ。心のな。」

「ああ、そうかもな。でも、のんびりした人であったようだし。」

「そりゃ、そんな時もあったろうけれどな。家族は腫れ物に触るようだったらしい。」

「で、入らないのか。」

「いいよ。遠慮する。人間不信、女性不信が憑りそうだ。」

「何言ってんだよ。じゃあ、生誕の地に行くか?」

「いや。牛込柳町に行こう。」

「どんな漱石とのゆかりがあるんだい。」

「いいから。」

外苑東通りに戻る。光は道の左側を行きたいと言った。横断歩道を渡る。
坂があるのをいくつか確認しながら、光は「こっち側に在るはずだ」と心の中で
呟いたー 永の住む処が。

「お前さ、光ー」

ケンスキーが言う。

「とこちゃんの家探してる?」

その言葉に光はけたたましいほどに笑ってみせた。

「住所とか全然知らねぇんだぜ、どうやって探せるんだ。」

「そりゃそうだけど。セレンディピティ、信じてない?」

「・・・鋭いな、お前。」

「俺は信じるぜ。ただ、それってそれに恵まれる人間の性根の善さが肝心な気がする。」

「なに言いたいんだ、お前。」

「ただの場当たりじゃ、ダメだろうよ。」

牛込柳町の交差点に来た。交差点名は「市谷柳町」となっている。

「どうすんの。とこちゃん、今日休みで柳町にいるとかって確信があんの?」

「知るか。」

「おい、そんな態度なら俺は帰るぞ。」

ケンスキーが珍しく声を荒げた。

「ああ、もういいよ。」

光は捨て台詞を言った。

「MNEMOにこのこと、言うなよ。」

「はあ?」

光はスタスタと大江戸線の駅の方へ歩いて行った。
ケンスキーは呆れて光を見送る。そして散歩だと思い、地下鉄を使わず大久保通りを
箪笥町方面へ歩き出した。



光は当てもなくただ地下鉄の出口周辺を歩き回った。
もっと防衛省に近い方に永は住んでいるのかもしれないと思い、また外苑東通りへ
戻ったときだー

「おい、光、お前何やってんだ、ここで。」

幸嗣だ。

「まさかー」

幸嗣が絶句していると、

「ああ。永のとこに行っていたのさ。」

咄嗟に口をついた嘘だった。

「な、なにッ!?」

「悪いな、幸嗣。またもやで。」

幸嗣はその場に人目も憚らずへたり込んでしまう。

光は明らかにおかしくなっていた。


<つづく>




nice!(0)  コメント(0) 

蹉跌集め -78- [小説]

78

一行が中野・上高田の飲み屋を7時半頃出て、
藤熊が「じゃ、狛江組は一緒にシータクで」と言うと、

「すみません、藤熊さん。悠奈、<お借り>してもよろしいですか、今夜」

と永が言った。

「女同士の話があるんですよ。私の十二社の実家に泊まります。近いんで。」

悠奈が言った。

「はいはい、了解です。いい話をしてください。
じゃあ、ネモちゃんと俺は、電車にするか?」

「そうですね。経費節減!」

「はいよ〜。」

愉快な爺たちが駅に消えた。
悠奈と永はタクシーを拾い、山手通りに出ると、その日のいろいろなことについての
感想を車中で語る暇もほとんどないまま、あっという間に十二社に着いた。

悠奈の父母が永を歓迎し、二人はすぐに悠奈の二階の寝室へ上がって行った。

「どうしたの、とこちゃん、あらたまって。」

悠奈がカウチに座った永に早速問うた。

「音楽のことじゃないのよ。」

永は悠奈の母親からもらってきたジンジャーエールの蓋を開けて言った。

「幸嗣くんのこと。」

「ああ。」

悠奈はヘナヘナ倒れこむようにベッドに伏した。

「とこちゃんのこと好きだって?」

「まあね。この前のセッションで北海道での登山の旅行記を手渡してきたのよ。」

「え?」

「私の彼氏が5年前遭難した山に幸嗣君行ったのね。」

「・・・。」

「写真、随筆、詩、短歌、俳句、それからインストラメンタルの楽曲CD・・・。」

「それで?」

「最後のページに、『I want to be him. No. I want to take the place of him』
って。」

「なんと言うべきやら。」

「私はRAJOYの高田との担当co-directorであって、それ以上でも以下でもない。」

「そうよね。」

「旅行記以外にも手紙が入っていて、どうやら私の家の辺りに来てるみたいなの。
漱石テリトリーですね、とか。漱石終焉の地にびっくりするほど近いんですね、とか。
腹減ってそこらの松屋で食べました、とこちゃんもたまに来るのかな、とか。」

「ヤバいね!ヤバいよ。」

「もちろんどうしたらいいのかなんて訊かないよ。私はキッパリ言うわ。
でも、幸嗣君て・・・。」

「そうなの。本当にむずかしいよ、どう彼に得心させるかは。あたしも本当に
苦しんだもの。もう、本当に苦しかった。」

「そしてねー」

永がさらに苦しそうな表情をして言った。

「光君からも手紙をもらったの。」

「ええッ!」

「やたら英語が多い手紙で。その中に、新しい歌詞らしいのがあって、
その1ラインが『Don't fall for the old guy』って。」

「ああ・・・ああ・・・。」

悠奈は絶望的な気持ちになって、枕を頭の上に被せて突っ伏した。




同じ頃幸嗣はトキの店にいた。
中瓶のビールをコップに注ぎながら、

「トキちゃん、俺、トキちゃんのアドバイスに逆らっちゃったかも」

と言った。

「あら、コウさん、どういうこと、それ。」

トキがつまみのお新香を出しながら言った。

「俺、また恋しちゃってさ。前の子と劣らぬ美人で才媛で。」

「まあ!」

トキはそう驚いたような声を出しつつ、他の客の注文の品を持って行く。
戻ってきて、

「コウさんならそれなりのステキな女性と交際できるだろうけれどねぇ。
でも自分ではまた高望みかもって思っているの?」

と訊いた。

「うん、自覚はある。でもね、すげぇいい女なんだよ。容姿ばっかじゃないよ。
ほんとにね、心真っ直ぐで、頭が切れて・・・もう、あんつーか、すっげぇイイ女
なんだよ!」

「まあ、妬けちゃうわね!」

トキがそう言って、厨房へ入って行く。
幸嗣はグラスのビールをガッと呷って飲み干す。
これから現場だ、もうこれ以上飲んではダメだと言い聞かせて。



同じ頃光は自宅でPCの前にいた。
MNEMOのブログを読み続ける。

「しょーもねぇジジイだな!」

何度記事を読むたびに言ってきたことか。

「なーにをキレイごと言ってやがる!」

これも何度言ってきたか。

「しかし、こいつは闇の深いジジイだ。特に漱石への傾倒は尋常じゃない。
なにかあったに違いない、ヤツの言う『漱石テリトリー居住時代』に。」

そう思って、光は明日その「テリトリー」を歩いてみようと思う。
それはそのままつまり永の居住地区を歩くことでもある。
そうだ、それならやはり「テリトリー」の住人ケンスキーを誘おう。
あいつの意見も聞いてみよう、と。


<つづく>




nice!(0)  コメント(0) 

蹉跌集め -77- [小説]

77

試写後例のごとく飲み会となった。
Somoと粟田は仕事ということで来られなかった。

Somogumi社屋の近くの飲み屋に入り、乾杯の後、藤熊が、

「ロングランでやっていけば、視聴回数稼げると思うよ。まずはできる限りの拡散だ。」

と言った。みんなは頷く。

「まーこの。」

MNEMOが言った。

「拡散ということで角さんの真似を・・・。」

悠奈と永は引いている。そもそも「誰?」ということなのだ。

「営利じゃないですからね。それにしても儲けが出たら制作費を引いて寄付します。
被爆者団体や福島の子どもたちのために。」

MNEMOが言った。

「でもさ、日本人rockアーティストで反核・反原発を世界的に訴えているの、いる?」

みなに訊く。

「英語でっていう意味なら、まあ、ほとんどいないだろうな。」

藤熊が答える。

「だとしたらそうできることに感謝して、アップロウドしようぜ。」

永が深刻な表情を崩さないのに気づいた藤熊が声を掛けると、

「MNEMOさんのさっきのお話がこたえました。」

永が言った。

「ホムラーの一員として、広島の鎮魂曲を自社で扱っておきながら、
原爆忌50年の節目という年に、その広島支社がそのCDをおそらくほぼ一切宣伝して
いなかったっていうのが本当にショックで。」

「そういうことも生じちゃうんだよな、売れるヤツのプロモでみんな忙しいとか、
言い訳して。」

藤熊もホムラーOBとして嘆いた。

「問題は、そのアメリカ人ギタリストと日本のホムラーが契約していたことです。」

MNEMOが言う。

「ホムラーの海外支社からのお仕着せじゃなかったんですよ。なのに、ある日
同じレーベルだったってことで僕に一枚視聴盤をくれて、僕の番組があった
広島や富山でかけてねとかと言われたわけでもないのです。
SRやWMっていう同レーベルの女の子たちの新CDと一緒にくれた内の一枚でね。
東京とかでは少しはプロモをしたでしょうけれど、肝心要の広島ではFM局回りすら
やっていない。もしかすると、そのアーティストと楽曲の存在すら知らなかったん
じゃないのか、と。ま、私も全然広島支社の人たちに歓待された覚えもないですしね。
売れそうもない新人なんて、そんなものだったんでしょうね。」

「悔しいです。」

永がそう言って、ハイボールをグッと飲んだ。

「ほんとなら、MNEMOさん、SUBTLYをホムラーは応援すべきです。」

「いや、いいんだよ、とこちゃん。こんな爺バンド。きっとRAJOYの、
ケンスキー君を除く連中、特に光くんや幸嗣くんは『このクソジジイ』とかって
俺たちのことを言ってそうだし。」

そう言ってMNEMOはワハハと笑った。

「光や幸嗣はMNEMOさんやSUBTLYに嫉妬してますからね。」

ケンスキーが言った。

「なにをお言いですか、ケンちゃん。」

MNEMOが親しく応える。

「嫉妬なんて歳の近いもの同士が覚えるべきものです。」

MNEMOはとりあえずビールをスキップし最初から行った冷酒を呷った。

「数ヶ月前にラジオ深夜便で山本一力さんの講演を聴いたのね。彼は土佐人で、
そのことを誇りにしている作家だけれど。彼が言うには土佐人は功は遂げても、
名にこだわらないと。ジョン万次郎、小野梓のこととかを例にしていたけどね。」

「小野梓はWの建学の母って言われています。」

悠奈が言う。

「らしいね。大隈さんしか知らないよね、一般の人は。それが証左だ。ジョン万次郎も、
江戸末期唯一と言っていい米語の使い手だったわけでしょう。
当時あったなら日本英語学会の至宝ですよ。
彼なしでは対米交渉はできなかった。さらに船乗りとしての活躍もあって、
咸臨丸は彼なしでは太平洋横断などできなかったと。でも結局東京で市井の一私人として
亡くなったんだって。

俺たちSUBTLYは、世間的には功も名も遂げていない。でも、齢を重ねて自分たちが
音楽をずっと続けてきたことにより、音楽というものと<自分>というものとの合致が
進んだんだよ。もうほとんどイコール関係って言いたいくらいさ。これは年の功。

山本さんが言っていたー 自分の名などより、自分の営為こそ受け継がれることの
重要さを。

と言いつつ、土佐ということなら、その土佐人の血を引いたフェリスの女子高生
だった堀明子さんが俺には一番の土佐っ子だな。」

「山本さんの話も多摩川端を歩きながら、聴いたんですね。」

悠奈がほほ笑みながら言う。

「ハハ、そうそう。その日は雨降っていたなあ。」

「その堀明子さんの記事、読みました。大好きな記事のひとつです。」

http://mnemosyneoforion.blog.so-net.ne.jp/2014-06-22

「うれしいなあ、悠奈ちゃん。ありがとう。でね、で・・・
こんなアホなバンドが日本にいた。みんな、誰一人として米英で暮らしたこともない
のに、幼少時代や思春期とかに60、70年代ロック・ポップスの黄金期を体験した
ことで人生狂わされて、なんと英語で歌って世界を狙おうとした。
ーまあ、それなりの海外実績はあるけれどねー
そして<晩年>とうとう音楽とはPeace & Loveということであり、
それを<日本人として>、<日本の歴史を背負いながら>世界へ楽曲を発信する。
その使命を天命と感じてね。
これはもう、商業ベースとかということじゃないんだ。」

悠奈も永もケンスキーも感激しながらMNEMOの話に聴き入っていた。

「ま、ネモっちゃん、そんなに気負わないでさー」

Halがウィスキーを舐めながら言った。

「おいら、高校の時から反戦ビラ撒いてたからさ。清志郎さんの大ファンで、
彼の反原発姿勢とか、めっちゃ共感したしね。」

「筋金入りだよね、ハロちゃんは。それから浦和Redsファンということでも。」

「ファンじゃない。メンバーだよ。」

「あ、そっか、サポーターは12番目のメンバーだよね。」

「おいらにはさ、今SUBTLYが歌っていること、訴えていることはその頃と変わらぬ
モチーフなんだよ。ただ、もちろん、そのテーマへの到達度は全然違ってるよ。
おいらも名前なんかどうでもいいー ああ、このベースいいなって思ってもらえればね、
後世の人にー 特にベース弾きに。・・・な、スティック!」

Stickは急に振られて、

「いいんじゃないですかあ」

と、いつものセリフを言った。


<つづく>




nice!(0)  コメント(0)