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蹉跌集め -50- [小説]

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ケンスキーは理科大の電子工学科を出ているエンジニアだ。
家も理科大に近い牛込矢来町に在る。
MNEMOとバンド内では一番の親交を持つようになっているのも、トーホグマンを
おもしろおかしく読んだことに併せて、MNEMOが矢来町の隣町である牛込箪笥町や
その南隣りと言っていい市ヶ谷砂土原町に住んでいたことを
ブログで知って、一層の親近感を覚えたからだった。

ケンスキーは、光から電話を受ける前に以下のメールをMNEMOに送っていた。

「MNEMOさん、こんにちは。JAPPSのデモが完成し、藤熊さんにデータを送り
ました。よい返事が来るといいなと思っています。さて、バンドですが、いろいろな
事が起こって一時はどうなるかと思いましたが、今は雨降って地固まるというような
感じになっています。ところで、僕は生粋の理系人間ですが、霊魂の不滅は
ソクラテスのように信じています。宇宙生成時11次元であったものが7次元も減って
しまっているようですが、私はその7次元はまるで折り紙のようにこの4次元宇宙に
折りたたまれていると信じているのです。その7次元を<行き来>できる存在こそ
霊魂だと。人間は肉体を持つがゆえ、そうはできない。しかし、それでもイマジ
ネーションでどこへも行けことはみな知っているではないですか。John Lennonは、
intuitionと言っていますが、takes me anywhereだと。だから、MNEMOさんの
トーホグマンの荒唐無稽さは僕にはなんらそうではない。そして悠奈が木野先生に
出会ったというのも、全く不思議なことではないのです。変な理系人間ですが、
だから音楽なんかやっています(笑)。そして音楽は、11次元の宇宙でも響き
渡るものです。空気とかがなかったら振動する媒体がないではないかって?
魂に響くのですよ。魂はどこにおいてもその媒体なんです。」

MNEMOはこのメールを読んですぐ返信した。

「ケンスキー君、すばらしいメールをありがとう!君の言う通り過ぎて、
心踊って、君が女性だったら一発で恋に落ちていましたよ。(笑)
Forget It Allは藤熊氏を通じて聴かせてもらいました。
僕の趣味に非常に適うもので、JAPPSのファンになりました。
みなすばらしいアプローチぶりで、若いのに、君たちはすごいね!
特にケンスキー君のイントロ8小節終わりから入ってくるピアノの
秀逸な叙情あるいは叙景に涙が滲みました。北の丸公園の朝の
ようでね・・・。あそこの、千鳥ヶ淵に面する西の端は、
赤坂や麹町のビル群が見えるけれど、なにより美しい夕陽が見える。
夕方にばかり行ったけれど、ある日早朝に行ったことがあってね。
鬱蒼たる木立に朝日は遮られるけれども、その暗がりの中、
君が弾いたあのピアノのメロディーを僕は聞いた気がするんだ。
きっと11次元を僕の魂が自由に行き来して、<前以って>君の
ピアノを聞いていたんだと思うよ。(笑)僕が砂土原町にいた時の話さ。

ねえ、ケンスキー君、ぜひJAPPSとSUBTLYのジョイント・ギグやろう!
SUBTLYには今キーボードもリードギターもいない。
どうだい、特別友情参加で、弾いてくれないかい?」

ケンスキーはこのやりとりがあって、北の丸のMNEMOの言った場所へ無性に行きたく
なった。神楽坂をずっと下って、牛込橋を渡り、早稲田通りをまた緩やかに上って行く。
靖国通りに出て公園へ。武道館を左手に見ながら、少し行って右に曲がり、
ひたすら行き止まりまで行くと、柵の下、千鳥ヶ淵が見えた。桜を観る人々が
夥しい。こちらはクスノキが樹冠の方で新葉を吹いている。美しい。

ケンスキーはMNEMOが絶賛してくれた自分のピアノ・プレイを聴いた。
目を閉じた。
そのときケンスキーに、すばらしい未来が見えた。

Immortal are our souls!
(我らが魂は不滅なり!)

ケンスキーは西の空に向かって叫んだ。


<つづく>





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渡瀬さんのご逝去を悼んで

熱狂的なファンだったわけではないけれど、好きだったなあ、渡瀬さん。
あの声がいいんだ。
なんというか、まず顔の造作とぴったりっていうトーンで、
さらにシリアスな台詞の後でも、ふっと気が抜けるような冗談を言いそうな感じ。
お兄さん(渡哲也さん)とは違う「ふら」が恒彦さんにはあった。
そこが好きだった。

タクシードライバーとか十津川さんとか、彼の推理モノが好きだった。
別に熱心に見ていたわけではないけれど、CATVではよく彼のドラマが放送され、
チャンネル・サーフィングでたどり着くと、まずは数分間見てしまう。
筋がおもしろそうだとそのまま最後まで。

72歳・・・
そうなんだなあ。

ご冥福をお祈りします。



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蹉跌集め -49- [小説]

49

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光が多摩水道橋に近づいたとき、スマートフォンが鳴った。

「はい。」

「あ、もしもしぃ、藤熊です。」

「あ、藤熊さん。お世話になっております。」

「いいえ、こちらこそです。でね、光くん、いただいたデモね、いい出来だと
思ってます。」

「ありがとうございます!」

「これで僕の知り合いのディレクターたちに当たってみるけれど、一点だけ。」

「はい。」

「これがJAPPSの代表曲なのはもちろんだけれど、JAPPSのすべてを語ってる?」

「といいますと?」

「JAPPSって名前がなかなか過激でしょう?それがこのバラードで勝負っていうので
いいのかなっていうこと。バンド名はジャップスだけど、ギャップスを感じるんだ。」

「・・・。」

「だから、カップリングが欲しいんだよね、有体に言うと。」

「はい。考えてみます。」

「うん。もしみんなが急ぐんなら、早めに。」

「分かりました。ありがとうございます。」

「は〜い、じゃあー」

「あ、藤熊さん!」

「うん?」

「悠奈のことなんですが。」

「うん、どうした。」

「狛江に引っ越しましたか?」

「ああ。どうだろうな、僕が言っていいのかどうか。」

「西河原公園でさっき見かけたんです。」

「あ、そう。話さなかったの?」

「・・・話せませんでした。」

「そっか。」

「実は、悠奈が好きになった男性が僕らの録音のときに来たんです。」

「え?なんでまたそんな。」

「僕らのブログで知ったらしくて。そしたら、彼も悠奈にフラれたって言うんです。」

「ありゃ。」

「今悠奈は誰に恋してるんでしょう。」

「ハハ、僕にだよ。」

「は?」

「冗談だよ。そんなの僕が分かるはずないじゃん。」

「そうですか。そうですね。」

「悠奈ちゃんてそんなに恋多き女性なの?」

「え?・・・まあ。」

「ほんとの恋をしたことがないんだな。」

「・・・。」

「まあ、僕はそういうことには立ち入らないので。」

「すいません。じゃあ、メンバーたちと話してみます。」

光は電話を切って、すぐに芳樹たちに電話をし、最後に幸嗣にかけた。

「幸嗣?藤熊さんがカップリング曲が欲しいって言うんだ。」

「そっか。任せてくれ。俺今新曲ができた。タイトルはできてる。
Scales of Desireだ。」

「欲望の尺度、あるいは天秤か?」

「いや、欲望の鱗さ。」

「ああ。」

幸嗣はトキの話をした。光は感心する。

「いい話だな。」

「だろ?いい歌詞を頼むぜ。テンポは150くらいのハードロック系だ。
データ送るよ、今日中に。みんなにも。」

「おお。で、幸嗣。」

「ん?」

「悠奈と今会ったよ。狛江の公園で。」

「・・・。」

「もちろん約束してとかじゃない。偶然だ。」

「・・・偶然の多い話だな。」

「一言も話さなかった。悠奈、狛江に住み始めたようだ。」

「え?」

「この時間、中野坂上からわざわざ狛江に来ないだろ。」

「だ、誰かと一緒か?」

「いや。一人だった。」

「・・・。」

「それほどまで木野先生や藤熊さん、MNEMOさんと一緒にいたいのかな。」

「でも、そりゃ恋愛とかではないわけで。」

「まあな。でも、突き抜けてる女だからな、悠奈。」

「ああ。」

「そうだ。ケンスキーがさっき、MNEMOさんから返事があって、ギグのジョイントの件、
前向きに考えてるって。」

「そうか。悠奈も出るかな。」

「お前もそう思った?」

「うん。3ピースのギグ。」

「悠奈が嫌がるだろ。」

「そっか。
・・・逆に嫌がられなかったら、なんか俺ら軽いよな。」

「・・・。」

光も幸嗣も黙ってしまった。


<つづく>



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蹉跌集め -48- [小説]

48

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光はJAPPSメンバーの誰よりも焦がれて藤熊からのデモについての感想を待っていた。
自分から藤熊に電話をかけることも考えたが、返事の期限があったわけではないので、
催促がましいことはしたくなかった。

散歩に出る。
境内の桜が満開の船島稲荷の方には行かず、川上へ、そして多摩水道橋を渡って狛江側へー
橋を渡りきって右へ曲がり、東京都側の多摩川べりを川下方向へ歩く。
自分がつい最近まで住んでいたところだ。

光はずっと自分の曲を聴いていた。
失恋による落胆、そして嫉妬ー
もちろんドス黒い部分もあるにはあるが、全体はリリカルな仕上げになっている。
そのリリカルなところを支える叙景性は、多摩川のほとりに住んでいるからこそ
育てられたものだ。光はそれをしみじみ思った。

河川敷のグラウンドへ下りて、少年野球の練習を少し見てから、
「やはり桜を見よう」と思う。川上へ数百メートル行くと、この近隣では最長の
桜並木が始まるのだ。

多くの人が花見をしている。
空は正に花曇りで、風が少しあって寒い。
1キロほど歩いて、土手道から狛江市の西河原公園へと下りていく。
この公園の桜も実に見事なのだ。

階段を下りきって左へ曲がり、桜が覆う道を行くと、右側の広場の方からギターの
音、それも聴き慣れた<あの>12弦ギターのシャリシャリした音が聞こえてきた。

「え?まさかー。」

広場へ行く径へと急いで戻って見渡すと、大きな桜の木の下で歌っている女がー
悠奈だった。

「なんで悠奈がここに?」

光は混乱する。
いろいろと推測はできた。誰か一緒にいるのか、藤熊か、MNEMOか・・・
それとも木野・・昼間に出るか?もしかして狛江に住みだした?

遠くから悠奈をしばらく見ていて、「同伴者」がいるかどうかを確かめようとした。
花見をする人々、子どもたちが、時折悠奈のそばに来ては演奏に聴き入ったりして
いるけれど、一緒にいる者はいないようだった。

光は迷う。
近づいて挨拶するべきか。

Forget it all
Forget it all
Everything I've ever said

Forget it all
Forget it all
Everything
and start again

自分の歌のサビが響く。
「君の許を去る」と現に歌っている自分なのだ。
Paul DavisのI Go Crazyの歌そのものじゃないか!

光はすぐにその歌を検索し、聴き出す。
チャートイン最長記録を持つこの80年代の名曲は、90年代生まれの光の心を打つ。
打ちすぎて、光は嗚咽してしまう。

そのとき3歳くらいの女の子が、5歳くらいのふざける兄らしい男の子に追われて
光のもとへ走ってくる。物怖じもせず、光の脚に絡みついて、兄から隠れようとする。
光は戸惑いながらイヤフォンを外す。

「キャ〜〜〜ッ!」

女の子は兄が近づくや凄まじい悲鳴を上げた。
広場にその絶叫は響き渡り、悠奈もその声の方向に視線を向けた。
悠奈が固まっている。
光がいることに明らかに気づいたようだ。

光はたまらなくなった。
女の子が光から離れて、桜並木の方へ走りだす。
独り立ち尽くす光は自分が丸裸になったような気分になった。

光は逃げ出した。

悠奈は光が階段を上りきって多摩水道橋の方へ走っていくのを見届ける。
ため息を吐いて、ギターをまた弾きだす。


<つづく>
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