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言っておきますが(笑)

いくら小説が自己満足の世界とは云え、MNEMOの自己陶酔とかで書いては
いませんので、どうぞ誤解のなきように。


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蹉跌集め -41- [小説]

41

悠奈は次のトーホグマンの言葉にまた衝撃を受ける。

「たとえば核力とは何か、陽子と中性子を原子核にとどめておく、引きつけ合わせて
いる力は何かとなれば、もう還元主義ではお手上げとなってしまう。
大事なものは目に見えない、なのです。

そこに神を見る、でいいのです。けれども、自分たちの理解が及ぶところまでは
人間知性の勝利を言い、及ばないところでは神秘を言うのはおかしい。

どちらにしても、存在の不思議に人間はいつもwonderを感じていなければ。

有神論者も無神論者も、だれであれ、なぜなくてもいい宇宙があり、物質があり、
生命があるか、意識=こころとは何かー
その答えようがない、言語化できないことを私たちはとどのつまり歌うしかない、
踊るしかないのです!(前にも同じことを言ったけれど!)」

悠奈はたまらず踊り出す。
たまらず歌い出す。

バランスを失って、壁に頭をぶつけながらも、また立ち上がって踊り出すー
ラララーと歌いながら。

ひとしきりの舞踏と歌唱の後、悠奈はたまらなくなってきた。

「狛江に行こう、狛江に住もう!」

MNEMOさんも藤熊さんも、木野先生も、みんな狛江の人よ、と思った。
狛江の、あの多摩川の岸辺には何かがあるに違いないと結論せざるを得ないと。
いや、もちろんもう知っている。
新宿から20分足らずで着いてしまう都会でありながら、あそこは「田舎」だ。
特に夜の和泉多摩川の土手などはもう本当に田舎だ。
広い広い空。
富士も美しく見える。
鳥や昆虫たちの歌も当たり前のように楽しめる。
そしてMNEMOが言った「雑木の静謐とその内部の冥(くら)さ」がある。

MNEMOさんは會津、藤熊さんは上州、木野先生は「木の国」の人ー
みんな<東京の田舎多摩川>でしか生きられないのだ、と悟った。
もちろん多摩のもっと奥深くなどは本当の田舎だけれど、三人は都会とのつながりを
同時に持っていなければならないのだ。そこに見出すバランスが三人を捉えて
離さないのだ、と。


悠奈はすぐに手を打つ。
もともと今住んでいるマンションは父の持ち物なのだ。
卒業し、ホムラーと契約し、プロダクションも決まる今、独立して暮らそう、と。
バイトをして稼いだ蓄えもそれなりにある。
狛江のワンルームならきっとなんとかなる。

物件を検索していて、さらにさらにたまらなくなってくる。
悠奈は藤熊に電話をしてしまう。

「おー、悠奈ちゃん、どうもですぅ。お元気ですか?」

「すみません、お時間ありますか?」

「うん、大丈夫だよぉ。」

「和泉多摩川周辺の、できれば川縁に近いところに住みたいんです。」

「ええ?そりゃまた突然だね。」

「どこかいいところはありますかね。」

「う〜ん、不動産屋さんじゃないと分からんけど・・・。
悠奈ちゃん、<総入れ歯>12が好きだったよね。」

「・・・。それ、『そういえば』のダジャレですか。ハハハハハハ!」

悠奈は素直におかしくて笑った。

「なんか悠奈ちゃん、明るくなったね・・・。」

藤熊が悠奈の変化を察知した。

「12丁目はないから、何丁目かの12とかは?ハハ。
木野先生とまた会いたくなった?そのチャンスが増えるからね、こっちに住めば。」

「はい。それから藤熊さんやMNEMOさんの第二の故郷でもありますものね!」

「え?ああ、そうだけれど。僕らなんかは別に・・・。」

「藤熊さんも狛江、大好きなんですよね?」

「うん。かれこれもう二十数年住んでるから、間違いなくここが故郷より、どこより長く
住んでるね。」

「そちらに熊野様はありますか?」

「ああ。ちょっと待って・・・。あ、熊野神社はないけれど、玉泉寺っていうのが在るよ。
寺号が熊野山観音院だ。熊野様、お稲荷様、お諏訪様を寺の境内で祀っているね。
新編武蔵風土記稿っていう文化・文政期に編まれた歴史書にも載っているから、
それなり古い寺院だよ。天台宗だね。本家紀州の熊野様ともちろん同じで神仏混淆だ。」

「いいですね!ウチも天台宗です。」

「そう。じゃあ、ここに一番近い12番地は、と。お、東和泉3丁目12、ハハ、
僕とMNEMOがよく飲みに行くバールんとこだ。」

「繁華街なんですか?」

「いや、繁華街なんて和泉多摩川にはないよ。」

「わかりました。なにしろ熊野様が和泉多摩川にもいらっしゃるって聞いて安心しました。」

「そう。引越し、手伝おうか?」

「とんでもないです。」

「遠慮しないでいいよ。MNEMOも駆り出そうか。」

「あ。MNEMOさんとお会いしたいです。お礼を言いたいので。」

「・・・そう。」

「引越しの手伝いに来ていただくとかじゃなくて、多摩川ベリnewcomerの歓迎会をして
ください。」

「お、いいね。そうしよう、その熊野様近くのバールで。」

「はい!」

「でね、悠奈ちゃん。プロダクション、いいところ見つけるからね。期待してて。」

「ありがとうございます!」

悠奈は電話を切って、またラララーと歌って踊り出した。


<つづく>





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蹉跌集め -40-

40

悠奈はそのときMNEMOのブログを読んでいた。
膨大な量の書き物で、圧倒されつつ。
検索ワードを入れて読むようにした。例えば「神」とか「原発」とかだ。

惹かれることばがあったー all-pervading。
「pervade」とは「通り抜ける、通り抜けてくる」という意味だ。
まるでニュートリノのことのようだが、これが「神の偏在」を意味する。

MNEMOの記事に「寄物陳思」というタイトルの一文があった。

http://mnemosyneoforion.blog.so-net.ne.jp/2012-06-24

道の辺のいつ柴原のいつもいつも人の許さむ言をし待たむ
(萬葉集 巻11-2770)

という和歌を引き、それが、国語学者大野晋の手酷く失恋した友人が死に場所を求めて
北海道を旅している間に彼に宛てたハガキに書かれていた、というのだ。
その和歌にMNEMOは強く強く共感する。

<繁茂する雑木との対置なら、許しをいつもいつも乞う気持ちもなんだか
明朗なニュアンスを帯びるようだけれど、
私はむしろ雑木の静謐とその内部の冥(くら)さを感じたいし、
その恒常性と許しを乞う気持ちの常なることの一致を観る。
そして道の辺の景とそういうふうに対峙する詠み人にとって、
許しを乞う対象がどこからも「*pervadere(ラテン語で<通り抜ける>)」
してくる心持ちが表現されていると思えて、共感する。>

悠奈はMNEMOのこの雑木の静謐の見方にそれこそ深く共感するのだ。
悠奈は雑木ではなく、新宿中央公園や熊野神社の木立にpervedereするものを
感じてきた。幼少の頃からだ。

「自分は大野晋さんの友人のような恋ができるだろうか。」

悠奈は自問した。
もちろん死に場所を求めるようなことになる手酷い失恋をしたいとは思わないが、
それほどにある人間を愛せるというのは僥倖というべきだと思った。
そして、幸嗣が自分をそれほどに愛してくれたことを再び真剣に考えた。

幸嗣にとって自分がall-pervadingになった、また今もそうである可能性は高い。
しかし一体どれほどに幸嗣は自分を理解してそうなったというのだろう、と思った。
もちろん恋は直接的には理解の問題とかではない。
もっと下世話なところでの話だったりもする。すぐれてsensualなことでもある。
一目惚れなどという現象は、理解などからは最も遠いことだ。
自分にとっての見てくれの良さに基づくのがおそらくほぼ大半だろう。
しかし、それを超えてしまっている一目惚れもありうる。
それが「縁」ということなのか。

さらに『トーホグマン』にこんな1話があった。

http://mnemosyneoforion.blog.so-net.ne.jp/2016-03-11

まずその前の1話で、東北を「白河以北一山百文」と蔑んだ西日本人中心の明治新政府の
人々が、盛岡南部藩家老家出身の原敬を憤らせる。けれども原はそのことを逆手に
取って、「一山」と号する。薩長などに逆らった奥羽越列藩同盟の東北や新潟の諸藩
出身者として苦労しながら、長州の重鎮山県有朋などの信頼を得つつ、
初の「平民宰相」となった彼。しかし、彼のルーツは近江の浅井家と同じであって、
巡り巡って先祖が盛岡藩士になった。もっと遡れば、浅井も原も九州久留米にルーツが
あるのだ。つまり原は歴とした東北人ではないのだ。久留米藩はむろん新政府軍に
名を連ねた。

また、同じ1話でこの物語でも大野晋のことをとりあげていて、80年代週刊文春で
「珍説」として小馬鹿にされた彼の「日本語タミル語起源説」が、後の、彼が亡くなって
からの遺伝子による系統解析の結果から有力な支持を得るという話をトーホグマンが
するのだ。

悠奈は、上でのことを承けての次の1話でトーホグマンが言うことに衝撃を受け、
そして目を大きく見開かされるのだ。

「この話で知るべき大事なことはふたつ」と言った後、トーホグマンはこう続ける。

「蔑み、差別とは無明であること。もうひとつは、逆に<同じ>と見ること、
人間なら人間、イヌならイヌ、ネコならネコと、こうした普通名詞、英語ならa/an
不定冠詞やまた無冠詞複数もある名詞はつまり頭の中で<同じ>として抽象化される
けれど、もちろんその人間も、イヌも、ネコも一人ひとり、一匹一匹、同じ個体など
ひとつとしてないということを認識すること。みな実は或るつながりにおいて
theやmyなどのdeterminer、つまり決定詞がつく特定の個体なのだ、ということ。

『3.11の震災や原発事故からの犠牲者や避難民』の一人ひとりにそのかけがえのない
人生があったし、ある、ということ。十把一絡げにはまったくできない、ということ。」

「そうよ、そうなのよ!」

悠奈は政権が飯舘村の避難指示を解除したというニュースを最近見ていた。
村民の個々の事情をひとつも見ず、ただ全体だけを見て「帰っていい」と言う。
しかも除染は徹底されておらず、年間1mSv以内の被曝を他の地域の人々には
基準としつつ、避難指示解除地域の人々には20mSvとして、それでは帰れない
という人々の声を無視するのだ。そして県は住宅支援を3月で打ち切る、と。

それでいて時代錯誤甚だしいことを言う<おともだち>にはただ同然で国有地を譲り、
補助金を出す。

悠奈は怒りつつ、そのページの続きを読む。


<つづく>




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2017 弥生短信

明日未明に出ないと會津の田舎につけないので、
Y先生が今日の授業を順延するよう取り計らってくださいました。
実はそのY先生、生徒たちを連れてTDLメインの旅を今日からされるのです。
これはY先生の塾の恒例行事で、今回は総勢30人以上を引率されるとか。
私もちょっとの間でも生徒さんたちと会いたかったのですが、
叔母のことがあって無理になってしまいました。
ゆえに、こっちが必ず安曇野へ行くのでその機会に、と申し上げました。

*

さきほどまで某通信大手のテクニカルサポートの方が来てくださり、
いよいよ私のスマートフォンが契約会社ごと変わりました。
当面私へのメールはSMSでお願いします。

*

このサポーターのM氏、とてもおもしろい人で、切り替え作業が1時間半もかかったのに
その間ずっと話していました。

曰く、函館出身なので「こっちのイカは食えない」、「おじさんが漁師で、
自分も高校までイカ釣りの手伝いをした」、「九十九里の大網白里市に家を持っているが、
奥さんのお父さんが要介護で、横浜のT区に今は住んでいる」、「奥さんは五所川原の
出身で、自分は元々ルーツが津軽、自分の親戚の間では津軽弁と南部弁が行き交うが、
自分は所詮ネイティヴじゃないので、結局どっちも外国語、同じように聞こえるけれども、
奥さんは両者が全然違うという」、などなど。

*

A君と連絡をとって、今度会うことにしました。
きっとすばらしい話ができると信じています。


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蹉跌集め -39- [小説]

39

JAPPSのメンバーたちはキョトンとした。

「なんで?」

芳樹が訊いた。

「俺たち、そいつのパペットじゃないか。」

「そんなことはないよ。」

ケンスキーが反論する。

「MNEMOさんに会ったのは、光んところへ行ったとき、偶然彼が通りがかったって
いうようなことであって。そんときさらに偶然にオレが彼の小説の題名を口にして、
奇遇だねってなったんすよ。こいつね、光って。で、そのとき恋の鞘当てをしてて、
傷ついていたのがこの幸嗣。悠奈と三人で徒然草の宿河原のぼろぼろとその師匠に
憑かれちゃった。そのぼろぼろのこと、MNEMOさんは昔っから意識していたみたいでね。

そんでそのMNEMOさんは、木野先生の著作を二十数年来愛読していて、
2008年だかに偶然木野先生と宿河原の対岸の狛江で出会うんですよ。
そこを偶々通りがかったのがMNEMOさんの師匠の藤熊っていう人で、
なんとMNEMOさんは仏教の師匠と音楽の師匠に一挙に会する。その邂逅をもたらした
人物が、MNEMOさんの1985年デビュー時の歌に惚れ込んでくれたファンの方の
お知り合いで、なんとMNEMOさんをその場へ引き出したばかりか、木野先生が
よろけて土手から落ちそうになったところを助け上げたってんだから驚きだ。
それでMNEMOさんはそのお知り合いの腕に抱かれたご老人が木野先生であることに
気付くんすから。それは1986年、MNEMOさんに、死んで宇宙の深遠さを
教えてくれた猫のチロが埋葬されたところのすぐ近くの土手だったんすよねぇ。
ま、ぼろぼろが決闘した川原の対岸て言ってもいいんだけど。

で、後年、つい最近のことですけど、悠奈は光の狛江のアパートにいて、
深夜に外の空気を吸いに出たー そして木野先生にお会いするんですよ。
で、その翌日幸嗣がナニして大変なことになって、さっきの宿河原でのMNEMOさんとの
出会いがあって、そんで、木野先生の御霊にまた会えないかってみんなで対岸の
狛江へ移動して、会えないねなんて言ってて、またそんときオレがトーホグマンって
いうMNEMOさんの小説の題名を口にしたら、藤熊さんが声をかけてきた。でー」

「だからお前、気づかないか。」

十三が冷ややかな声で言う。

「へ?何を?」

「だから、MNEMOっていう人間中心で動いてるだろ、お前ら、悠奈、俺。」

「MNEMOさんが狂言回し?宿河原でほんの5分ほど会っただけだ!」

光が語気を荒げて言った。

「時間の多寡で縁なんて決まらないよ。この髪の長い男の子が長広舌して教えて
くれたそのなんとかマンっていう小説の伝で言うと、MNEMOってヤツ、
縁結びの神様の子孫じゃねぇか?出雲のこととか、大国主、タケミナカタのこと、
諏訪のこと、書いてないか?」

十三が微苦笑して言った。

「書いてます!」

ケンスキーが今度はびっくりして答えた。

「旧弥生人のオオクニヌシ率いる出雲の民が、新弥生人のアマテラス一族に国譲りして
葦原中国を追われ、各地に分散していく。オオクニヌシの次男タケミナカタ率いる
その主流は諏訪へ行き、そこの土着の民、つまり縄文系の山の民と融合していく。
衝突もあったろうけれど、縄文の神もちゃんと保存しながらタケミナカタとその子孫たち、
そして縄文系の人々は共に諏訪に上社、下社という形で弥生・縄文の融合文化を
創っていったー。」

「そんなこと言ってんのか、そのMNEMOって。」

十三が驚いて言った。

「あんたさー、MNEMOって呼び捨てしたり、ヤツとかって呼んだり、
ちょっと不遜過ぎるぜ。もう還暦近い御大なんだからな。」

芳樹が怒って言った。
十三はバツ悪そうに首の後ろに手を回し、二三度撫でるようにして、

「すまん」

と言った。

「俺もそのMNEMOさんにお会いしないといけない気がしてきた。
少なくとも、そのトーホグマンを読まないといけないみたいだな。」

「検索なんかお手のもんでしょ。今日のレコーディングも、俺たちのHPのブログ
から知ったんだよね。それ教えたの悠奈でしょ?」

ケンスキーが言った。

「ああ。」

十三があっさり認めた。

「まさか悠奈があなたに復讐してこいなんてつもりで俺たちのことを教えたはずは
ないからー 悠奈も、衝突して、融和してこいっていうつもりなんだろうな。」

光がポツリと言った。

すると、コントロール・ルームから秋の夜のしじまを感じさせる、
なにか光が明滅するような、あるいは秋そのものの鼓動のような演奏が聞こえてくる。

「なんだ?スピーカー、直ったのか。」

「シーッ!MNEMOさんの1985年EUROY在籍時の歌だよ。椙山くんがかけたんだ。」

十三もずっと耳を傾けている。

...I have to fight
And I really fear
Tomorrow I'll be on my way

I'll be alone
Singing this song

If I were to sacrifice my life to God
I would tell Him that I'm really glad

'Cause I know
I know for sure
He and I have got the same design

So I'll always be a happy dreamer
No matter what it costs

・・・僕、戦わないといけなくてね
それは怖いよ
明日はその戦いの旅路にいるのさ

独り
この歌を歌って

たとえ神様に僕の命を捧げることになっても
僕は喜んでって言うよ
だって僕は確かに知ってるんだ
神様と僕のこの世への思いは同じだって

だから僕はいつでも幸せな夢を見るんだ
そのことの代価がなんであっても

十三も光も、幸嗣も芳樹も周平も、みんなMNEMOと話したくなった。


<つづく>




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蹉跌集め -38- [小説]

38

JAPPSはレコーディングの日を迎えた。

Forget It Allは失恋の歌、光と幸嗣の思い入れの強さに比例して、
芳樹たちの他のメンバーの1音1音にも魂が込められていく。

用賀のスタジオのエンジニア椙山(すぎやま)が驚きの声を上げる。

「いやあ、JAPPS、今回すごいっすね。なんか憑かれたかのような
パフォーマンスっすね。」

「なんだか生き霊そのもののspiritだよね。」

芳樹が噛みしめるように応えた。

光の唄入れが始まった。
コントロール・ルームで他のメンバーはまさに固唾を呑んでモニターを見る。
ヴォーカル入れのブースが映し出されているのだ。

ケンスキーのリリカル無比のイントロが始まる。
芳樹のフレットレスベースが高音域から低音域へと流れ落ちるような切ない
フレーズを絡める。

よく見ると光は涙を拭っている。

「大丈夫か。」

周平が言う。
幸嗣がそれを見て貰い泣きをする。

「せつねぇ!」

I know what it means
To be torn at the seams
Because of me
So I'm leaving you
Oh, baby, I'm sad

光が嗚咽をこらえて歌い出す。

「ギリギリだ。この哀感表現、その感情そのまんまだ。でもこらえている。
歌としての、泣き以上の技藝的コントロールがギリギリとられている。」

芳樹が冷静に判断する。

「グッときますね。」

椙山が言う。

Verse 1の最終小節2拍目から周平のドラムス・フィルインが入って、
いよいよJAPPSの全員の音が協和する。

「王道的広がり、いいっすね!」

椙山がフェイダーを微調整しながら呟くように言った。

大サビに来た。

「君が行間を読めていたなら
僕のところへ跳んで戻ってくるのに
なのに君は僕と恋に落ちようとしない
君がバカ、バカだからさ!」

ー 事件が起きた。

大サビ最終ライン、「君がバカ、バカだからさ!=Because you're such a
fool, fool!」の「fool」の連呼のところで、原因不明のノイズが凄まじい音量で
入り、スピーカー・コーンを破ってしまった。

「ウガ〜〜〜〜〜ッ!」

コントロール・ルームのメンバーたち、椙山、そしてもちろんヘッドフォンをしている
ヴォーカル録りブースの光も悶絶した。

全員の耳がキーンとなっている中、幸嗣が、

「これは器材上のエラーじゃない。俺ははっきり感じた。
ここには怨念がおんねん。」

「馬鹿野郎!」

芳樹が怒りの声を上げた。

「そんな百万年前から言われてるダジャレ言ってる場合か!」

「光、大丈夫か、耳!」

周平がトークバックする。
モニターを見ると、光が踊っている・・・。
いや、踊っているのではない、何かと格闘しているように見える。

「光!どうしたんだ!」

「生き霊だ、生き霊が!」

光もスプーキー(spooky)なことを言う。

「まあ、おかしくはないわな。」

ケンスキーが冷然と言った。

「ぼろぼろにも取り憑かれたんだしな、光も、幸嗣も・・・そして悠奈も。」

「ま、悠奈は木野老人にすんでのところで救われたけれどな。」

周平が言った。

「そんなこと言ってないで、光を救わなきゃ!」

そう言って幸嗣がコントロール・ルームのドアをバーンと開け放つと、
ドアが何かに当たって、強い反動が幸嗣を押しと止めた。

「イテ〜〜〜〜ッ!」

「あ、すんません!」

「すんませんじゃないよ、もう!」

見れば中年の男で、身形はよく、いかにも知的そうな面構えだった。

「ご用ですか?」

椙山が声を掛けた。

「いや、別に。」

その男は素っ気なく答えた。

「ちょっとどんなスタジオか覗いてただけ。」

「すいません、今日レコーディングで受付がいなくて。」

「いや、いいんだよ。うん。じゃ、また来るから。」

左肘を痛そうにしながらその男はスタジオを出ようとするー
その瞬間だった。

「あなた、悠奈の新しいボーイフレンドでしょ?」

光がブースから出ていて、声を掛けた。

「え?」

「分かるんだ、俺。あなたでしょ、きっと木野先生つながりの人だよね。」

男は黙ってしまう。

「俺ね、見えたんだ。さっき目をつぶって唄ってたら、坂が見えた。
小日向の切支丹坂だった。なんで知ってるかって?俺、両親に連れられて、
殉教者にまつわるところはほとんど行ったんだ。俺んちはね、有馬っていう姓で、
筋金入りのクリスチャンなんだよ。

俺、東大農学部に行ってた友だちがいて、そいつがいまだにあの辺住んでてね、
半年前くらいにも茗荷谷で飲んだんだ。両親との思い出の地だから、切支丹坂も
行ったばっかりさ。」

男は生唾を呑みこむ。

「何日か前、この歌リハーサルしてた時も、なぜか切支丹坂が脳裏に浮かんでね。
きっとなんかあると思って、念入れて唄ったよ。きっとね、俺の九州の先祖が
どういうわけだか俺のこの歌に反応してくれているって思ったのさ。

俺はこの幸嗣っていう男と悠奈を巡っていろいろあったんだ。それを乗り越えて、
悠奈の歌を一緒に唄ったんだ。

『行間を読めたら 君は跳んで戻ってくるのに』って歌詞がある。
おそらくそれ、あんたにとってドッキリする歌詞だよね。きっとあんたは悠奈に
手紙かなんか送って、その行間を読まれちゃったんじゃないの?
スノッブのくせに頭いいところを見せようとして、ペダンチックで嫌味な、
それでいて欲丸出しの文、書かなかった?」

男はたまらなくなった。

「お前、生き霊だな、ほんとに。驚いたよ。切支丹坂の怨霊の先祖さんと、そうか、
つながったのか、あんとき。
・・・俺は、そう、悠奈ちゃんと木野先生つながりで運命的邂逅をした。」

「ち。」

光が舌打ちした。

「お前らの怨念のせいで、アホなメールを送っちまった。俺が普段絶対書かないような
ひどい文だった。・・・そういえば、なんでこんな呪いを?」

「悠奈は知的な男が好きだからな。」

光が不敵な笑みをたたえて言った。

「でもさ、知的な男って、十中八九衒学的だろ。思い浮かぶだろ。
ああ、俺も含めてさ。例外にしないよ。悠奈はでも、ペダンチックな男にもまだまだ
ひっかかっちまう幼さがある。まだ22歳だしな。しかたがない。

あんたはもう四十過ぎてる?まあ、だったら相当知的なところも年季入っては
いるだろうけど、でもまあ、浅はかな欲が勝っちまったんじゃないの?
そういうことに行間読んで気づけよ、悠奈ー
って、まあそんな感じで歌ったんだ、俺。」

「お前なー」

十三がいよいよ本気で反論する。

「知ったような口を利くな、こら。お前らの横槍がなかったら、こんなことには
なってなかったんだぞ。俺と悠奈はいろんな縁で結びついているんだよ。」

「鈴木九郎っすか?」

ケンスキーが言った。

「え?」

「俺、MNEMOさんていう、悠奈も会ったことのある先輩ミュージシャンの荒唐無稽な
小説にハマってんですよね。それで、この手の因縁話のパターンてつかめてきて。
木野先生つながりって言いましたよね。じゃ、きっと木野先生の在家仏教会の関連じゃ?
そんで、確か木野先生は中野の学校で学長とかやってらしたから、あなた、そこに
勤めているとか。で、悠奈んちは中野坂上だし、バッタリ会っちゃった?
それも鈴木九郎ゆかりのお寺の前とか近くとかで。」

十三は口をアングリ開けてしまう。

「で、いろんな縁てさっき言いましたよね。そうすっと、木野先生と鈴木九郎さんが
繋がるとすれば・・・う〜ん、紀州ですか?そうだとすると、あなたも紀州に縁が
あって、鈴木姓だったり、あるいはMNEMOさんの小説で言えば、藤白鈴木氏の
一派の亀井さんだったり?で、悠奈は佐藤だから・・・そうそう、きっと義経さんも
絡むんだろうな。MNEMOさんの縁繋ぎの典型的パターンだ。」

十三は畏れ入ってしまった。
ヘナヘナと受付横のベンチに腰掛け、しばらく項垂れていた。

「おい、お前らー」

十三は徐にJAPPSのメンバーたちに向き合った。

「一番ヤバいのは、そのMNEMOっていうヤツだな。」


<つづく>




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