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蹉跌集め -33- [小説]

33

悠奈が中野坂上の自室に帰ると、母親暢子が部屋の中にいた。

「母さん、なんだ、来てたの。」

「来てたのって、悠奈、あなた今日卒業式だったんでしょう。」

「うん。」

「うん、て・・・。今日ぐらいお家に帰ってきて報告したらいいのに。」

「明日行こうって思ってたの。ゆりえ達と祝杯あげるって約束してたし。」

「そうなのぉ。お父さんも期待してたのに。」

「ごめん。」

悠奈が着替えを始める。暢子はじっと我が娘を見ている。

「なーに、お母さん、そんな凝視して。」

「大人んなったわねぇ。」

「なに、いきなり。」

「あなたさ、レコード会社の件、どうなったの?」

「明日藤熊さんていうプロデューサーと会うの。」

「あたしはあなたが何をしたっていいと思ってるのよ。お父さんもね。
人生なんてままならないんだから、好きなことがあってそれでやっていけるんなら
それでいいって思ってるのは何も変わってないけれど。」

「けれど?」

「人の倫は外しちゃダメよ。」

悠奈は黙った。

「音楽の世界って、ほーんと、奔放だものねぇ。ポピュラーもクラッシックも、
ミュージシャンたちってほんとそういう風だから音楽やれるのか、音楽をやっていると
そうなっちゃうのか。」

悠奈はスウェットシャツに着替えて、ドッカと座布団の上に座って、暢子と向き合った。

「母さんだって、ピアノやってたんでしょ、かなりの腕前だったって。
もう全然弾いてくんないけど。」

「あたしは業界に属したことはないもの。ただ仄聞するいろんな噂にもう呆れちゃってね。
なんでみなさんそんなにお盛んなんだかって。」

暢子が茶を淹れる。
茶碗のひとつを悠奈の前へテーブルを滑らせスーッと差し出す。

「ねえ、悠奈。あなたはだれかいるの?」

「だれか。」

「好きな人よ。」

「好きな人?いるよッ。」

「あら、正直に言うわね。」

「別に。隠す必要はないもの、訊かれたら。」

「そ。まあ、どんな人とかって、普通の母親のように詮索はしないわ。」

「そこが母さんのいいところ。」

「なによ、そんな褒め言葉要らないよ。」

暢子が茶を啜った。上品な啜り方だった。

「ほどほどにしなさいよ、なにしろ。」

「ほどほど?なんかギャンブルとかお酒とかのことみたいね。」

暢子はハハハと笑った。

「それに近いんじゃないの?」

今度は悠奈が笑った。


暢子はお茶を飲み終わると、「じゃ、帰るわ」と言った。

「明日来てよぉ、ほんとに。」

「うん。」

「そのプロデューサーさんとの打ち合わせの前?後?」

「う〜ん。まだ決めてない。」

「いつ会うの、その方に。」

「ちょっと話が混み入るからって、夕方食事しながらだって。」

「そう。じゃあ、昼ね、家に来るの。」

「多分。」

暢子が帰って行った。


悠奈はパソコンを開けて、メールを確認する。
やはり十三から返信が来ていた。オーディオファイル送付のお礼だ。


悠奈さま

早速あなたの歌を聴かせていただき、本当にありがとう!
歌の出だしから数秒後にはもう私は石化していました。
petrifiedです、ええ。石になってペテロになってしまいました。
だからあなたの最初の弟子になります。どうか歌唱法と、
詩のつくり方もご教授ください。

でも、悠奈さん、

Domine, quo vadis?

私は<聞い>ています。
あなたの心の行方。
私に鍵を渡してくださいますか。
木野先生が私にあなたの部屋へと通じるドアの鍵をくださった。
同じ<紀伊>の出自を持つ者同士として、<気ぃ>を使ってくださった
(ここは紀伊弁で)。
そして私はあなたの部屋の前で佇んでいます。
いや、あなたは海だ。
私は船で乗り出したいが、今それはなく、<quay>で佇んでいる。
<奇異>なことでの出会いでしたが、それゆえに貴い。
どうか<貴意>を伺わせてください、近い裡に。

龜井十三


悠奈は卒倒しそうになった。


<つづく>




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Mooさん、褒め過ぎ。Moo much.

テスト作りが終わって、授業まであと1時間半。
また小説書くかなあ。

Mooさんが最大級の賛辞!

私が、

「エドモン・ロスタンのシラノが第5幕の終わりでつぶやくセリフ
(「哲学者たり、理学者たり、詩人、剣客、音楽家、将た天空の旅行者たり・・・」)
を彷彿とさせるようなお方」

なんて。誉め殺しですよ、これは。

しかし、そんな人になれたらすごいですね。もう遅い。
Mooさんだって、「エドモン・ロスタンのシラノ」なんて、数学教師にしてその
ご教養に脱帽。なにしろgreatなオーガナイザーだし。

まあ、誉め合っていても読んでいる方々には顰蹙モノ。
もうやめます。

Mooさん、どうかこれからも愛読者でいてくださいませ。
Simoちゃん、世古ちゃん、そしてMooさんしか今のところ読者であることを明かして
くださっている方はおりません。Kなんかなんにも言ってこないんですから、
旧友甲斐(?)のないヤツです。(笑)

貴重なファンのみなさま、本当に感謝です。



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蹉跌集め -32- [小説]

32

十三は小日向の自宅で悠奈のTwelve Times a Yearを聴いていた。
BlueToothを使い、自分のオーディオルームを悠奈の歌で満たした。

あまりのすばらしさに目が眩みそうになった。
なんという清らかな声、1音1音を大切に歌う節回しは哀感に満ちている。

なぜかたまらず十三は窓を開け、外気を吸った。
春雨がいつのまにかシトシトと降っていた。
しばらく外を眺めて、窓を閉め、また悠奈の曲を流すー

On the night of a new moon
The invisible me sheds a tear
So you can feel me 'cause it's raining

月齢カレンダーを見ると、次の新月は28日だ。
十三はその日に何かが起こりそうな気がした。
いや、自分が引き起こしそうな気がした。

それはいけないー
わかっている。
自分には妻がいる、幼い娘もいる。


「ちょっと散歩してくるね。」

十三は妻の花乃里(かのり)に声を掛けた。

「あら。雨が降り出しているわよ。」

「うん。そうみたいだね。でも、春雨っていいじゃない。」

「粋狂なことね。おそくならないでよ。」

「うん。」

十三はよく夕食後に散歩に出る。だから花乃里に不審そうにする様子はなかった。

十三はすでに悠奈の歌をスマートフォンに落としていた。早速聴き始める。
十三の家は丸ノ内線茗荷谷駅に近い。それでもその夜は人通りが少なかった。
切支丹坂を上っていると、なぜか突然悪寒がした。

「井上筑後守下屋敷跡か。なんだか俄然最近になって不気味さを増したよな。
あの映画で。くわばら、くわばら、沈黙、沈黙、と。」

十三は心の中でそう言って、また悠奈の歌に聴き入った。
するとすさまじい音量のノイズが突然入って、思わず十三はイヤフォンを外した。

「な、なんだ!」

ダウンロードした音源だから、雑音が入ることは普通ありえない。
接触の問題かとも思ったが、スマートフォンもイヤフォンもどっちも新品だ。
それにノイズの音が出していた音量と全く釣り合わぬほど耳つん裂くものだった。
十三は不気味さにとても嫌な気分になった。
結局切支丹坂を登りきらずに、踵を返した。

音がなくなって、しじまの中、悠奈のことをあらためて思った。

「訊かれなかったから既婚とは言わなかった。それは正しいことではなかったか。
・・・最初からちゃんと言うべきだった。けれど、そんなことを脈絡なく
言い出すのもかえっておかしい。言えなかった。

でも今更、どう切り出せばいいだろう。友だちでいてくださいって?

木野先生、どうしたらいいんでしょうね。悠奈さんに偶然出会ったあの夜、
僕は成績付けをしていて、疲れて、成願寺の方へ気分転換に歩き出したんです。
そのまま行って神田川べりを歩こうかって。
なんというご縁を先生は結ばせてくださったことか!
僕の人生は一変しそうです!」


JAPPSは用賀のスタジオでForget It Allと名づけられた光の曲の集中
リハーサルをしていた。

If you could read between the lines
You'd run back to me
But you dare not fall for me
Because you're such a fool!

君が行間を読めたなら
僕のところに走って戻ってくるのに
でも君は僕と恋に落ちようとしない
なんてバカなんだ!


光の熱唱にメンバーたちは異様さを感じたほどだった。
幸嗣も「fool」のところでこれ以上は出ないほどの声量と共に地声でハモった。

そのときだったのだー
十三のイヤフォンにすさまじいノイズが入ったのは。


<つづく>




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蹉跌集め -31- [小説]

31

卒業式を終えた悠奈は、学友たちと早稲田の馬場下を歩いていた。
東西線に乗って、中野へくり出そうというのだ。もっといいところがありそうだが、
屈託なく互いの門出を祝い合おうというなら、馴染みの店こそが一番だった。

「ブロードウェイ」に平行する東側の小路にその店はあった。
ビストロというような風情の構えながら、マスターはどんな料理も作ってくれる。
何々の伝で今日はどえらく美味い寒ブリが入ったよ、などと言っては刺身で出し、
富山の「魂を醸す」という幻の銘酒を出したりする。

悠奈がその店を知ったのは、大学のゼミの教授中田恭三に以前連れて来られた
からだった。聞けばマスターはその中田と同郷で、長岡の出身だということだった。
家が互いに近く、母親同士が親戚のように親しいのだという。

「卒業おめでとう、みなさん!」

マスターが満面の笑みで出迎えた。

「今日はお祝いでいっぱいサービスするからね!」

悠奈たちは歓声を上げる。

「まず・・・。久保田のね・・・ふふふ。」

「ひゃあああ、萬寿、萬寿ですかあ、マスター!」

「キャアアア!」

戸田ゆりえと小保内志寿(おぼない・しず)がたまらず奇声を上げた。
悠奈は二人を「ユーリシーズ」とまとめて呼んでいた。最高の学友である。

「ヘッ、へッ、ヘッ、ヘッ!」

マスターが絵文字のような顔で笑った。背後に隠していたfrostyな瓶を彼女らの目の前に
かざして、

「なんと、翠寿でございますぅぅぅぅ!」

悠奈たちは欣喜雀躍した。

「これね、ほんとは四月発売なんだけど、蔵元の朝日酒造さんの社長が特別に僕に送って
くれてね、みなさんによろしくって!」

「うにゃあああああ!」

戸田ゆりえが頓狂な声を再び発した。彼女は三人娘のうちのjester(道化)を自称する。

「久保田、久保田、久保田!」

ゆりえが唱導する。悠奈も志寿も手を打って唱和する。

「そういえばー」

悠奈が気づく。

「小保内志寿って久保田翠寿の字のうちふたつも合ってるね!」

「そうなのよ〜!」

志寿がよくぞ気づいてくれたというように言った。

「あたしんちねぇ、前にも言ったけど、おじいちゃんの田舎は岩手なのよ。
二戸市って言って、陸中なんだけど、あの津波に遭った、じぇじぇじぇの久慈よりは
内陸でね。そこには小保内っていう名字の人がいっぱいいるんだけど。」

「そのほかんとこには<ほぼない>名字よね。」

ゆりえがギャグった。みんな笑う。

「お父さんが久保田好きでね。まあ、百寿で十分、むしろ百寿が一番って言うんだ
けど。『寿』の字はさ、本字があって、わたしは『さむらいふえひとくちちょっと』って
憶えたんだけど、ほら、あの『壽』の字あるじゃない?」

「なに言ってんの、ほら、ラベルに書いてあるよ。」

ゆりえが指し示す。みんながまた笑う。

「そうそう、これこれ!いっつも迷うのよね、どっちの字で書こうか。
志寿か志壽かって。」

志寿が空中に書く。

「本字じゃ重すぎでない?」

ゆりえが言う。

「でもね、小保内と組み合わせると、悪くないのよ。小保内志壽。」

また空中に書く。

「そうかなあ。」

ゆりえは不同意のようだ。

「横書きだと分かんないのよ、立てて書けば分かるの!」

「超重心が下じゃん。あなたみたいよ。」

「もーッ、このソバカス女!」

悠奈はこの二人のやりとりを笑いっぱなしで聴いていたが、ふとしみじみした気分に
なったー これからはそうしょっちゅうこうして集まれないんだと思って。

「それでもさあ、女って結婚すると大体ダンナの名字んなるじゃん。」

ゆりえが言った。

「夫婦別姓なんて当面今の政権のままじゃありえんし。」

「うん、まあね。わたしはむしろ改姓したんだけどね、ご先祖様には悪いけど。」

志寿が言った。

「『おぼない』なんて一発で読んでくれる人、ほんといないよ。『こぼうち』とか、
『しょうほうない』とかって何度読まれたか。その点悠奈はいいよね。
佐藤を読み間違える人っていないもん。」

「あたしは佐藤って全然嫌いじゃないけどね。まあ、平凡ではあるわね。」

「佐藤とか鈴木ってなんであんなに多いんだろね。」

悠奈は「鈴木」に反応する。
龜井十三のことを憶い出した。


<つづく>




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