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黒部辺りの富山弁は?

『蹉跌集め』第20回、加筆しました。
3月11日のことを書いていますので、そのことに触れなきゃって。

あと富山弁、特に黒部市辺りの呉東弁はあれでいいでしょうか?
富山市出身のMooさん、呉西の浩美さん、お詳しくはないかも、ですが、
よろしかったらご教授ください。




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蹉跌集め -29- [小説]

29

悠奈が高田に会ったときに正装だったのは、その前に芳泉学園に龜井十三を訪ねた
からだった。介抱をしてくれた龜井に礼を言うためだった。
龜井はその訪問をたいそう喜び、昼食に悠奈を誘い出し、1時間ほど話したのだ。

龜井は学園では一般教育で英語を教えている。

彼の父母は木野の主宰する在家仏教者の会の会員で、彼は幼い頃から木野を知って
いた。なにしろ木野の顔から発する光に幼い十三も魅せられていて、
木野のことを「顔が光るおじちゃん」と呼んでいたのだそうだ。

思春期になって十三は木野をさまざまな意味で慕い、大学も同じところに通いたいと
強く念願するようになり、猛勉強の後、駒場の国立高校に入学、そして東大合格、
文科三類から木野と同じ文学部へ進学した。インド哲学を専攻しようとは思って
いたが、直前で英語英文学研究科に変更した。理由は幼少の頃以来の洋楽好きで、
現代のポピュラー音楽における英詩を専門にしたくなったからだった。
もちろん木野からの薫陶は受け続けていた。

「十三」という名は、母親がまずは「閏月を入れた一年」のことを愛したから
ついたのだという。1976年、十三が生まれた年は、1月と3月に朔(新月)が二回
あったが、2月に朔がなかったという。十三はその2月に生まれたのだ。
本当は朔がないからこそ、朔太郎と名付けようかとも思ったそうだが、
母親が「後の月」ばかりかどの月の十三夜の月も満月よりも好きで、
これは徒然草の百三十七段、「月はくまなきをのみ見るものかは」に強く共感した
ことも大きかったそうだ。また何かと忌み嫌われる13という数字に<同情>したと
いうこともあり、あえて息子を「十三」と名付けたのだと。

また、「かなり決定的だった」のは、父親が数学者で、「七海」という名だそうで、
「息子が13なら、私の7と『セクシー素数』だ」と言ったことだったとか。
母親は、「それはすてきだこと!」と大感激したという。

映画監督の伊丹十三とは直接関係はないとも言った。ただし母は彼のファンだったと。
伊丹は「一三」というそれまでの芸名を「十三」に改めたのだそう。「マイナス3」を
「プラス3」にして景気をつけたのだとか。

悠奈は十三のこうした話をクスクス笑いっぱなしで聴いた。
なんと楽しいのだろう、なんて知的なのだろう、と感激しながら。

そして悠奈には決定的な話が十三からされた。

十三の家は、家伝によると、義経の従者だった藤白鈴木氏の龜井(鈴木)六郎重家の
流れであると。義経さんの家来としては佐藤継信・忠信兄弟も鈴木重家・重清兄弟に
並んで有名だけれど、と言ったところで、悠奈の姓が佐藤であることに気づき、
もしかしてその佐藤氏と関係はあるかと訊いたのだった。

悠奈は<いよいよ来た>と思い、力強く首を縦に振ったのだった。家伝ではまさしく
福島の信夫佐藤氏の末裔だ、と告げた。

なんという縁だろうと十三は言った。悠奈の家がかなり古くから西新宿近辺に住んでいる
ことを聞いて、きっとそれは鈴木九郎との縁であろうとも言った。
十三も、明らかに紀氏の流れの木野との縁や、紀州から来て自分が勤務する中野東部を
開拓したという鈴木九郎との「藤白鈴木氏」同士の縁を感じていたと言った。
そして、悠奈と会った、と。

悠奈が音楽をやっていることは12弦ギターの持ち主であることから知っていたが、
十三はさらにその音楽の傾向などを訊き、その答えにも驚いた。悠奈はあのときデモを
録った帰りだったこと、そのデモが早速ホムラー・レコードに気に入られ、どうやら
デビューに漕ぎ着けられそうだということも話した。

そしてここ半月ほどの一連の出来事のすべては話さなかったが、木野との不思議な
出会いについても率直に語った。十三は、そういうことだったんですね、と言った。
うれしいことで、すばらしい縁だ、と感激しつつ。

そんな話をしてから、悠奈は高田と会ったのだった。


<つづく>




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砂鉄集め -28- [小説]

28

幸嗣はトキに謝りもせずに、光を見つめて、

「なんでそんなこの世の者ではない人に悠奈が惚れるんだよ!」

と語気強く問うた。

「もちろん確証はないさ。」

光が言った。

「でも辻褄が合ってしまうんだ、そう考えると。」

「辻褄?」

「徒然草の因縁のことを悠奈に話してくれたのはその木野という老人で、
俺がまずいろをし房と同調してしまったことを彼女に告げた。
いろをしは浄土教系のぼろぼろだった。
もちろん阿弥陀如来が絶対で、阿弥陀様の救済こそを乞い願う。」

「お前、確かキリスト教の信者じゃなかった?」

「父母の影響でね。ただ全然熱心じゃない。俺の両親は浜松の出身なんだ。
会社の関係で川崎に住むようになったけれど。父母は浜松の日本キリスト教団の教会に
属してた。日曜のミサには必ず行った。俺もチビだった頃はいつも連れて行かれたし。」

「洗礼名もあるのか。」

「いや、プロテスタントではふつう洗礼して聖人名をつけることはない。
父が言うには、有馬はあのキリシタン大名の末裔だって言うんだ。
本当なら筋金入りだ。」

「でも、キリスト者のお前になんでいろをし房がー。」

「俺、遠藤周作の『沈黙』を読んでいたんだ、もう十何年も前にな。で、マーティン・
スコセッシが映画化したろ。今話題沸騰だ。」

「ああ。」

「彼のキリスト教の描き方は、まるで阿弥陀信仰のようなんだよ。
俺は最初読んだとき、違和感を覚えた。けれど映画のことで再び話題になって、
再読した。そしたら、激しく、激しく、遠藤さんのキリスト像に共感したんだ。

彼は言っている。
『基督は美しいものや善いもののために死んだのではない。美しいものや善いものの
ために死ぬことはやさしいのだが、みじめなものや腐敗したものたちのために死ぬのは
むつかしいと私ははっきりわかりました』って。みじめなものや腐敗したものたち、
どうしようもない凡夫たちこそ阿弥陀様は正機として救ってくださるんだろ。」

「それで。」

「いろをし房はそう、まさにそう言って、日蓮を慕うしら梵字の師匠
しの梵論と言い争い、彼を二荒山で、角筈つきの錫杖で撲り殺してしまった。」

「つまり俺がそのしの梵論だっていうのか。」

「彼の気に同調してしまったんだよ。」

「お前がいろをし房に。」

「ああ。」

「悠奈がしら梵字?」

「彼女の場合は、どちらかと言えば、しら梵字が惹かれたんだろ。」

二人はこの後長く黙ってしまう。


他の客が入ってきた。
トキが応対する。
幸嗣が目が覚めたような顔をして、トキに、

「トキちゃん、ごめんね、おっきな声出したりして。おあいそで」

と言った。

「いいのよ、コウさん。ほんっとにいろいろ大変ね。」

トキちゃんは心から同情するというような大げさな口調で言った。

「ごめんね、飲み物だけだけど、なんと650円でございます。」

光は「おもしろい言い方をするおばあさんだ」と思い、ニッコリしてしまった。

「幸嗣、ここは俺が払うから。」

光が言ったが、幸嗣は黙って300円を光に渡した。

店を出て、幸嗣が「芦花公園に行くか」と誘った。「ああ」と光は即答した。
八幡山駅から歩いて7、8分のこの都立公園は、徳富蘆花の屋敷跡に造られたものだ。

光は、気がつけば春風駘蕩とまではまだ言えぬものの、「光の春」というにはもう時季が
あまりにも春たけなわの方にシフトしている、と思った。「そうか、明日は春分、
お彼岸か」と呟いた。

二人は公園内に入って、ベンチに座った。

「しら梵字も悠奈に惚れたのか。」

幸嗣がボソッと言った。
光はしばらく黙っていたが、

「ああ。」

と返事をした。

「その悠奈が・・・<本当の恋>をしたっていう・・その老人って。」

幸嗣が聞きにくそうに言った。

「高名な仏教学者であり、また実践者だったらしい。さっきも言ったが、
特定の宗旨宗派を分け隔てしなかった人だ。お前が慕う宮澤賢治にも詳しく、
弟の清六さんと親交があった。」

「うらやましい。」

「あいだみつをを最初に見出した人でもあるし。般若心経を文化勲章の中村元
教授と共訳共著した。パーリ語、サンスクリット語に通じている。」

「すごいインテリだな。」

「東大印哲さ。学徒動員で陸軍少尉になって中国大陸ですさまじい経験をし、
広島の家族を原爆で失った。」

「・・・。」

「そして、そしてだー」

「な、なんだ、おい。また奇天烈な話か。」

「彼は保育科で有名な芳泉学園短大の学長だった。」

「はあ?」

「むろんほとんど若い女性しか行かない短大さ。」

「だから?」

「お前の宗旨だろ、女人の成仏は。提婆達多品第十二。」

「お前、よく調べたな。」

「また十二だよ。」

「・・・あ!そうか。」

「法華経だけが男ばかりか善女子も成仏できるって言っているんだろ。」

「そうだ。尊い教えだ。」

「木野一義という名だそうだ。彼の法華経についての本でも、女性はすばらしい、
大好きだって書いてあった。」

「そりゃ、俺だって。お前もだろ。」

光は咳払いをした。

「木野先生は法華経的な心で学生たちに接したんだろう。」

「ああ。」

「奥様も教え子だったそうだ。あるとき木野先生がご病気かなんかで長く休まれて、
ある女学生が心配のあまり泣いて泣いて、どうにもならなくなったって。
それが後の奥様さ。先生のご快復を祈り、いろいろと甲斐甲斐しく手を尽くし、
とうとうお二人は結ばれたんだって。」

「・・・。」

「法華経はカラッとしている、絶対肯定の教えだっていうのが木野先生の主張で。」

「・・・。」

「その学園が在るのが、悠奈のマンションのすぐ近くなんだ。青梅街道を挟むくらいの。」

「!?」

「木野姓は紀に通じ、太古の昔からの紀州ネイティヴだ。悠奈のマンションの斜向かいの
成願寺、実家の前の熊野神社を建てたのは鈴木九郎、この人も紀州の人だ。」

「・・・。」

「悠奈は佐藤姓だけれど、鈴木九郎とつながるんだそうだ。義経さんの家来の佐藤継信と
忠信はどちらも勇猛な武者で、兄の方は屋島で義経さんの身代わりになって矢に当たり
戦死、弟の方は吉野に逃れた義経さんをさらに逃がすため僧兵と戦い、自刃して果てた。
鈴木九郎の祖先の鈴木重清と龜井重家兄弟がやはり源義経の従者で、こちらは奥州衣川で
泰衡の兵と戦い討ち死にしているんだ。そんなこともあって九郎は追悼のために
平泉へ行っている。鈴木九郎の祖先たちと佐藤氏が血の同盟で強く結びついているんだよ。
生き延びた者や子孫たちが親戚以上の付き合いをするようになった。」

「よく調べたな。」

「九郎の名は義経さんの九郎判官という別名に因む。いや、もちろん九番目の息子
だったのかもしれないが、それにしてもその九郎つながりでますます義経さんを
崇敬した。だから紀州から出てまずは平泉、衣川を旅したんだ。そして山岳修験者とも
交わり、彼らの知識経験を生かし金採掘、精錬で大儲けをする。
そして今の中野東部や西新宿一帯を自分の本拠とし、佐藤氏の者たちも呼び、
厚遇したのさ。」

「まるで見てきたかのようだな。」

「むろん以来鈴木と佐藤の縁組もあったろう。複数回あってもおかしくない。」

「で?」

「悠奈はあの夜木野先生に出会い、恋をした。自分の今や過去のことはもちろん、
未来のことも語り合ったにちがいない。悠奈は歌とは何かに開眼したにちがいない。
悠奈はもともと巫女のような女だった。きわめて霊感が強い。すさまじいほど
木野先生の魂と交流したのは疑いない。」

「でも、この世の者でない人と恋に落ちたってー」

「その木野先生の魂がincarnateしたら?」

「何?」

「肉体を持ったら?」

「そんな人間いるのか?」

「知らない。知らないけれど、きっと・・・いる。」

芦花公園の木立が、春風にやさしく揺すられていた。


<つづく>



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