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蹉跌集め -27- [小説]

27

光は藤熊に電話してから、決然と上高井戸の幸嗣のアパートへ向かった。
ドアをノックすると、やはり母親が出てきた。

「はい?」

「すみません、有馬っていいます。先日も伺いました。」

母親はあからさまに迷惑そうな顔をした。

「バンドの人にちゃ会わんいうて言うたやろ。」

「幸嗣、幸嗣ぃ、頼む、少しでいい、話をさせてくれ!」

光は奥にいるだろう幸嗣に強引に呼びかけた。

「あんた、やめてま、まだ寝とんがやから!」

母親が語気を強めて言った。

「なん、いいちゃ、母さん、ちょっ<こ>こいつと話してくっから。」

幸嗣がジャンパーを羽織りながら現れた。

「でも、幸嗣、この人らちに傷つけられたがやろ?」

「せやから落とし前つけてこんなんがやぜ!」

「か、なん言うとるがけ!!

幸嗣は玄関から出て、先にタンタンと鉄の階段を下りていく。
光が後を追う。

幸嗣は無言でどんどん八幡山駅の方へ歩いていく。

彼が入ったのはあの高架下の洋食屋だった。

「あら、コウさん、久しぶりぃ。」

古希過ぎのウェイトレスのトキちゃんがうれしそうに言った。
しかし、マジマジと幸嗣を見つめて、

「なんか病み上がりみたいね。痩せちゃって」

と心配そうに言った。

「ちょっとね。あのトキちゃん、今日はゴメン、飲み物だけで。」

「うん、いいよ。お連れさんも?」

「あ、はい。僕も、じゃあ、コーラで。」

光が言った。

「んじゃ、俺、バヤリース。」

「はいよ。」

トキは二人はなにかそれなりに深刻なことを話すのだろうと察した。
飲み物を出すと、厨房に早々に引っ込んで行った。

「で。」

幸嗣がぶっきら棒に言った。
たった一音の<言葉>に抑揚はなく、光に話を促すような響きはなかった。

「うん。あの・・・まず、謝りたかったんだ。」

幸嗣はバヤリースをコップに注がず、瓶に口をつけてグッと飲んだ。

「もう、いいよ。・・・って言うのは、その話はってこと。お前のこと、
<あいつ>のことはそうは言えない。分かる?話したくないんだ。
でもお前らのこと、赦せてない。」

幸嗣は厳かと形容すべきような口調で言った。

「でも、悠奈はー」

「その名前は<言うな>!」

そう怒鳴って、幸嗣は結局図らずも<忌まわしき音韻>を口にしてしまい、
これ以上ないほどバツの悪い表情をたたえた。

「・・俺のことなんか愛してないんだよ!」

光が幸嗣の大声に負けずに怒鳴り返した。

トキが厨房の暖簾を少しめくって二人を見ている。

「何言ってやがる、明らかにあいつはお前に好意をー」

「ああ、一瞬のな。それはあったろうよ。恋多き子かもな。」

「なにぃ?」

「あの夜、俺は彼女といろいろ話した。お前のことも。俺はお前のこと、知り合って以来
ずっと尊敬してた。JAPPSの立ち上げに一番積極的だったのはお前だし、
音楽でこの世に幸をもたらすんだって燃えていたな。でも、俺たち、ぶつかるようになって
いったよな。俺はお前の前向き前向きっていう音楽に辟易し始めた。
音楽はそればっかりじゃないって。人間の弱さを歌ったっていいじゃないかって。

あの夜も悪口を散々言った。彼女、最初はいなすようにしていたけど、
お前のことを庇いだし、俺を批判し始めた。俺はお前に対して冷笑的に過ぎるって。
お前も依怙地だけれど、俺もだって。なぜ互いのいいところを活かし合わないのかって。」

光は幸嗣と目を合わせずに話していた。
「ゴクリッ」という音が聞こえて、チラッと幸嗣を見ると、それはバヤリースを飲んだ
音ではなく、生唾を嚥下した音だと知った。

幸嗣は呆然として店のドアの方を見ていた。

「それから彼女は・・・俺が眠った後に、アパートの前の土手で、ある老人と会った。」

「・・・・・・・え?」

「その老人から、徒然草の話を聞くんだ。」

「徒然草。なんだそれ。」

「俺のアパートの対岸で、鎌倉末期に起こった果たし合いの話さ。」

光はその続きを語った。幸嗣はずっと口をポカンと開けてはいたが、真剣に聴いた。

「そうだったのか。」

幸嗣が言った。

「俺の名字は本当は浄土だ。黒部市に特有の姓でな。浄土ということば自体、
俺が信じる宗旨でも特に問題はないけれど、なにしろ浄土は十万億土の西方に在るって
いうのが俺んちの宗旨だ。俺は賢治さんと同じでな、菩薩に憧れたんだよ!
だから俺は浄土幸嗣という名を捨てた。『宮澤の幸を嗣(つ)ぐ』って改名した。
そのご老人は、顕本法華宗の方なんだろ?」

「しかし、どんな仏教の宗旨宗派も分け隔てしない人だったって。」

「・・・『だった』って何だ。」

「三年半前に亡くなっているんだって。」

「何言ってんだ。あの夜に悠奈が会ったんだろ!」

「察しろよ。」

幸嗣は心底驚いて、気もそぞろ、光のコーラを掴んで飲んだ。

「その老人に会ってから、悠奈が明らかに変わったんだ。」

「そ、そりゃそうだろうよ。」

「いや・・・恋をしたんだよ・・・本当の。」

「何ぃッ!何言ってんだお前!」

狼狽に近い体で幸嗣はテーブルの上のバヤリースの瓶を倒した。
トキちゃんがたまらず出てきて、こぼれたジュースを拭いた。


<つづく>



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蹉跌集め -26- [小説]

26

「いや、あの、日本語じゃないとやらないとかじゃないんです。」

高田は悠奈の反応を見て、一挙に大量発汗する。

「ただ、折角の才能でしょう、日本でまずは勝負していただければってー。
悠奈さんの声、唄ならきっと日本語でもハマりますよ、ええ。
日本語で唄ったことはありますか。」

悠奈はまだ言葉では反応しない。

「ウチ、あの、ホムラーですけれどね、ま、会社が新宿区市谷本村(ほんむら)町に
在るもんすから、ホムラーなんですが・・・知ってましたよね。
・・・で、世界のホムラーですから、ネットワークもあるんで、いずれ世界進出も
視野に入れるっていうつもりなんですよ、ええ。」

「今の時代、日本語も英語もないと思うんですけれど。」

悠奈がようやく反応したが、その声のトーンは明らかに低かった。

「重要なのは、私がどんなことを歌うかっていうことなんです。デモの歌は、自然に、
ほんとうに自然に私に降りてきました。そのとき、英語であることとか日本語である
こととかは超越していました。12弦ギターの弦を張り替えて、清新な気持ちになった
ときに、フッと降りてきたっていう感じで。

あの歌を日本語に翻案してしまえば、あの歌ではなくなってしまうんです。」

「おっしゃることはよく分かります。」

高田はハンカチで汗を拭きながら言った。

「日本語で降りてきたっていう歌はないんですか?」

「ないですね。私の歌のノリは英語の音韻でこそ出るからです。」

高田はコーヒーを飲み干しているのに気づき、お冷やをグッと呷った。

「いや、あの、ごめんなさいね。日本語じゃないとやらないとかじゃないんです。
可能性は探れないかって、上司の者が言うもんで、一応・・・。」

「高田さんはどう思っていらっしゃるんですか。」

悠奈の声には冷たさがあった。

「いや、あの、あの歌を聴いて十分だって思っていてー」

「あの歌の詩はどうですか。」

「いや、あの、訳詞でしか味わえなかったんですけど、いい情緒だなってー」

「どの辺りですか。」

「いや、あの、年12回の満ち欠けって、なんか、あの、女性らしいなって・・・」

「<あ>たしは何も英語でしか歌わないとか主張したいんじゃないんです。
あたしは、主義主張で英語で歌いたいなんて言っていないんです。
ただ、作品として、歌として、何語で歌われているかなんていうことは超越して、
味わっていただきたい、それだけなんです。」

悠奈は<素>になると自分のことを「わたし」ではなく「あたし」と言う。

「わ、分かりました、悠奈さん、すみませんでした、変なことを言ってしまって!」

高田は何度も頭を下げながら悲痛な声で言った。

「どうか、その上司の方に私(<わ>たし)の思いをよろしくお伝え下さい。
その上で、また結論をお聞かせいただければと思います。」

悠奈は静かに言った。

「では、今日はこれで失礼します。まだ体が本調子でないので。」

悠奈は立ち上がり、深く一礼して、レストランを出て行った。
高田は呆然と見送った。


<つづく>




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蹉跌集め -25- [小説]

25

翌日昼前藤熊に電話が入った。

「お忙しいところすみません。そして馴れ馴れしく・・・。先日多摩川でお会いしたー」

「えーと、あのバンドのー」

「有馬です。光です、ヴォーカルの。」

「ああ、はいはい。」

「すみません。突然に。」

「いや、いいけど、どうしました?」

「あの・・・悠奈のデモ録音のことなんですが。」

「うん、昨日ね。バッチリでしたよ。とんでもないタレントだね。」

「・・・そうですか。どんな歌でしたか。」

「え?どんな歌って・・・。そりゃ彼女自身に聴かせてもらったらいいんじゃないの。」

「はい。ただ、ちょっと今彼女とは・・・。」

「そっかあ。で、その歌のことを知るとなんなのかな。」

「いえ、あの、あくまで参考に。僕らも藤熊さんに褒めていただいた曲を仕上げにかかる
つもりなので、あのー」

「参考にはならないんじゃないかあ。」

「あ、参考っていうか、あのー、彼女の詩の世界が僕なんかにはとても刺激になって・・・。」

「Twelve Times a Yearってタイトルでね。自分を月になぞらえた歌だね。」

「Twelve・・・月・・・ですか。」

「うん。」

「あの、youって言葉は出ていますか。」

「出てるよ。新月の私が、見えない私が、涙の雨を降らし、あなたに私を感じさせるって
いうようなね。・・・でも、ほんとに悠奈ちゃんに直接聴かせてもらったら?
仲直りしてさ。」

「ええ・・・。新月の私、ですか。ゼロになった私ってことなんだな。」

「あのさ、光君、電話で詩の鑑賞会っていうわけにもいかないし、昨日一緒にデモ録音に
立ち会ったディレクターからそろそろ電話も入るんでね、レコード会社の会議の結論を
教えてくれるんだよ。」

「すいませんでした。またご連絡させてください。」

光の電話が切れる。
するとほぼ同時にコール音が鳴った。
ディスプレイは「高田ミュージ」と表示した。

「はいはい、どーも、お疲れ様ですぅ。」

「あ、克さんすか、どーも。悠奈さんの件、満場一致でした!」

「んー、当然でしょ。」

「写真も居酒屋で撮ったわりにはいい感じで撮れてて、みんな魅力的な子だねって。」

「ね。彼女はかわいいし、美しいし、凛としているし、そんで愛嬌もあるでしょ。」

「ほんとに。いや、すばらしいタレントをご紹介いただきました。」

「はいはい。ま、彼女のプロジェクトにはもちろん絡ませてね。」

「もちろんです。彼女と克さんとは契約とかってあるんですか?」

「いや、ないよ。ホムラーがついてからその辺はって思ってて。」

「了解です。で、僕、彼女と会って話したいんですが、いいですかね。」

「レコード会社としての相談ならもちろんですよ。ただ報告してよ。」

「ええ、そりゃもうしますんで。」

「ミュージ、お前、個人的なこととか話しちゃいかんよ。」

「な、なに言ってんすか、克さん!そんなあ。」

「いつ会うの?」

「早速今夜にでも。」

「卒業式とかって言ってなかった?」

「調べたら24日なんですよ、Wは。」

「え、今日は20日じゃん。」

「はい。」

「あー、よっぽどあの打ち上げがつらかったんだぞ。」

「・・・ちょっと僕酔っちゃったからなあ。克さんもつまらんシャレとか言うし。」

「おい、お前、何言ってんだよ。」

「まあ、そのお詫びかたがた、事務的なことを・・・。」

「そう。じゃあ、それはよろしく。」

藤熊はそう言いつつ、不安を覚えていた。



高田は悠奈を夜の6時に新宿伊勢丹の明治通りに面する入り口に呼び出した。
悠奈は乗り換えなしの丸ノ内線でやって来た。

「いやあ、どうも、ご足労で。」

高田が声を掛けた。

「昨日の今日で、なんだか気ぜわしくてすみませんね。」

「いいえ。お骨折りいただいてありがとうございます。」

悠奈はそれなりの正装をしていて、高田は少し驚いた。卒業式の帰り風を装っているのか
とも思った。それでも、悠奈のスーツ姿はボディーラインが美しく出ていて、高田はしばし
見惚れるのだった。

「・・・まずは、店に入りましょ。いいとこがあるんで。」

「ええ。でもあの、お酒とかは今日は・・・。」

「え、ダメ?」

「すいません。昨日ちょっと悪酔いしたのか、あれから苦しくなって。」

「そうなの?ありゃあ。」

「一応お仕事の話でもありますし、今晩はできれば手短にしていただければ。」

「も、もちろんです、ええ。あのー、今日午前のプレゼンの結果をご報告するって
いうのがこの会合の、会合?・・・ミーティング?ーまあ、それのしゅ、しゅ、
主旨ですから。」

「はい。」

「じゃ、この7階にある南欧料理の店でいいかな?」

「食事はしなくていいので。」

「え?いや、お腹減ってるんなら、食べてくださいよ。」

「あ、あの空いていませんので。お茶とかで。」

「そ、そうですかあ。じゃあ、そうしましょうか。」

二人はエレベーターに乗った。
高田は明らかにガックリという風情だった。何もしゃべらず、ただ下を向いていた。

レストランに入って、高田も食欲が失せたのか、ウェイトレスに「飲み物だけでも
いいか」と尋ねた。ディナータイムなのでと断られ、しぶしぶという感じでパスタと
よく知らない「野菜が多い料理」、そしてコーヒーと紅茶を頼んだ。

「あの、2つ料理頼みましたけど、どっちも僕が食べますから、気になさらないで。
ディナータイムなんでね。」

高田が苦しげな顔で言った。

「すいません、食べられなくて。」

「いやあ、いいんですよ。昨夜はすみませんでした、ちょっと調子ん乗っちゃって。
悠奈さんがその後に体調わるくなっちゃったなんて、申し訳なくて。」

「緊張の糸が弾けたら、なんだか・・・。」

「そ、そうだったんすね。」

飲み物が運ばれてきた。

「で、会社の結論ですがー」

高田がコーヒーにミルクを入れ、かきまぜながら切り出した。

「ぜひ、やらせていただきたい、と。これは満場一致の結論でした。」

悠奈は顔を紅潮させた。頭をペコリと下げて、

「ありがとうございます!私のような未熟なシンガーを買っていただいて」

と言った。

「みんなあなたの声、才能に惚れ込みました。もちろん容姿もです。まあ、容姿は歌に
とっては二の次以下ですけれど、それも重要なので。昨夜撮らせていただいた写真、
みんな気に入ってくれました。」

悠奈はただ頭を下げた。

「ついては正式に契約したいのですけれども、悠奈さん、事務所に入っていらっしゃい
ますか。」

「いいえ。私はアマチュアの大学生シンガーですから。」

「そうですよね。では、藤熊と私の方で事務所当たってみますが、それでよろしいですか。
責任を持っていい事務所と渡りをつけますから。」

「はい。藤熊さんとのご縁はもうすでに固いものだと思っております。」

「・・・。」

「もちろん、高田さんとお会いできたこともありがたいご縁だと思っております。」

「・・・こちらこそです。」

高田は少しぬるくなったコーヒーをグッと飲んだ。

「でね、悠奈さん。」

「はい。」

「日本語で歌うってことも考えておられます?」

悠奈は唇を噛んで、黙ってしまう。


<つづく>




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