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蹉跌集め -24- [小説]

24

悠奈は居酒屋ではしゃぐ高田の相手をしていて、この人ではないと確信していた。
先祖は小太郎もそうであったろうように豊島の高田か、新宿の高田馬場、
あるいは中野区の上高田の出身らしかったが、なにしろちっとも縁を感じないのだ。
そしてもちろん、全くタイプではなかった。

藤熊は熱弁した。
EUROYよりも世界進出の目がある、と。なにしろルックスがいいことが
MNEMOとは大きく違う、とも。あいつも若い頃はなかなかだったけど、とは
言ったけれど。日本人なら女性の方が世界ではウケる、などとも。

悠奈はそれなりに楽しく飲んだけれども、緊張が解けて一挙に疲れを感じだし、
「卒業式に備えないと」と言って辞去を申し出た。高田はどこの大学ですかと
訊いて、Wだと知り、「才媛だなあ!」と大声で言って、

「いやあ、聖しこの夜!」

と言うから、なんじゃそれはと藤熊が突っ込むと、

「才媛とnight・・・なんちゃって!」

とふざけて、いよいよ悠奈は付き合っていられなくなった。

「すみません。そろそろ。」

高田はシャレの不発に本当に打ちひしがれたような表情になった。

「悠奈ちゃん、ありがとうね!今日は。」

藤熊が悠奈のことを察してそう言い、帰りやすくしてくれた。

「本当にすばらしかった。これからもよろしくです!」



店を出て、悠奈は初台近くの山手通りへと通じる小さな道を歩いた。
本当に疲労困憊状態となって、全身に異様な痛みを感じた。
なんとか長者橋辺りまで歩いてきたが、突然目眩がして、フラフラと道端に倒れ
そうになって、その勢いでギターをビルの壁にしこたま打ちつけてしまった。

「ああッ!」

悠奈はケースを開けて、ギターの状態を確かめた。
ネック部分を見ている裡にいよいよ目眩がひどくなって、ギターに縋るように上半身を
突っ伏してしまった。

「大丈夫ですか?」

男の声がした。

朦朧とする意識の中、必死に悠奈は立ち上がろうとしたが、再び倒れそうになり、
男性が咄嗟に抱き起こした。

「す、すいません!大丈夫です、大丈夫・・・。」

「いや、大丈夫じゃないですね。お家は近くですか?」

「は、はい。成願寺の前です。」

「そうですか。じゃあ、歩けるようなら、このギター私が持ちましょう。」

「すいません!」

悠奈はようやく男性の顔に目の焦点を合わせられた。
ドキッとした。
もう夜なのに、つやつやとした、自ら光を発するような顔!

「き、木野先生ッ!」

「え?木野先生?」

男性は悠奈に劣らず驚いていた。

「木野先生をご存じなんですか?」

悠奈はふたたび夢の中のような心持ちになっていた。

「私はすぐそこ、坂上の青梅街道沿いに在る芳泉学園で教師をしている者です。
龜井十三といいます。木野先生のご薫陶を芳泉学園でいただいた者なんです。
あなたも芳泉の関係者ですか?」

悠奈は「この人だ」と確信していた。
木野はあの夜、こう言ったのだった。

「私はあなたと一緒にいなければならない。けれどそれは叶わない。
それでも、私の魂を受け継ぐ者があなたの前に必ず現れます。
あなたがこの世での使命を達成するのを援ける者が。」


<つづく>




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蹉跌集め -23- [小説]

23

悠奈の12弦ギターは清々しい響きでコントロール・ルームを満たした。

「ああ、いい音だね。」

藤熊は久しぶりに録音で聴く12弦アコースティック・ギターの音に感嘆した。
イントロが終わり、そのふくよかな音色の上に悠奈の歌が乗ってくる。

Twelve months
Twelve times a year
I see myself waxing and waning

「おお!」

藤熊はまたも感嘆の声を上げた。

「いい声ですね。」

エンジニア君がはにかむように言った。

「ね。」

藤熊はスピーカーを見つめながら同意した。

そこに三十がらみの男が入ってきた。大手レコード会社のディレクター高田巳代治だ。
藤熊は高田と目を合わせ、手を少し上げただけで、集中を切らさず悠奈の歌を聴き続けた。

フィーネとなって、数秒後、エンジニア君は録音ボタンを大袈裟なほどの手振りで
offにした。

「ううううむ、これは凄い!」

普段アーティストをそう褒めることのない藤熊が唸って賛嘆した。

「いいっすね。」

高田が言った。

「もう録れちゃったよ、ミュージ。」

藤熊は巳代治のもじりの綽名で高田を呼ぶ。

「ええ?もう終わり、克さん。」

高田も藤熊を親しく呼んだ。

「パツイチですよ。」

藤熊が言った。

「まあ、プレイバックしましょ。」

藤熊はトークバック・ボタンを押し、

「悠奈ちゃん、すばらしかったよ。もう録れちゃった。こっちで聴く?」

と言うと、悠奈は、

「あ、は〜い。」

と返事をし、間もなくコントロール・ルームに入って来た。

高田が立ち上がって、

「どうも、初めまして、ホムラー・レコードの高田です。下は名字じゃないのに、
『みよじ』です。すみません、遅れて」

と名刺を差し出しながら言い、お辞儀をした。

「いいえ、なんか早く終わっちゃって・・・。佐藤悠奈です。初めまして。」

悠奈が名刺を受けとりながらそう言うと、藤熊がすぐに左右のスピーカーの中心前に
位置するソファーを両手で示しながら、「どうぞお座りを」と勧めた。
悠奈は恐縮しながらも、腰を掛けた。

エンジニア君は椅子を180度回転させて、悠奈を見つめ、指示を待った。
悠奈が無言で頭を縦に振った。
エンジニア君は、ニコッと微笑み、コンソールに向き合った。
プレイバックが始まった。

高田は頭から曲を聴いて、あらためて、そしてさらなる感銘を受けていた。
藤熊は目をつぶって聴いている。

曲が終わって、エンジニア君がまた180度椅子を回転させて3人の会話を待った。
しかし視線は主に歌姫に向けられていた。
高田は「ホーッ」と息を吐いて、首を小刻みに何度も何度も縦に振った。

「すごい、すごいですよ、克さん。これはもう・・・。」

「な。すごいだろ。」

藤熊は得意げに言うどころか、ただまたもや感心したという口調で応えた。

「詩、これっすか。」

高田はざっと読んで、

「もう一回聴いていいです?」

と言った。
エンジニア君は待ってましたというように、「ハイ!」と元気良く答えてボタンを押した。

詩を見つめながら、高田は何度か天井を仰ぐようにした。
悠奈はその仕草を見るとはなしに見たが、決して高田の顔は見なかった。

悠奈はちゃんと気づいていた。
「高田」という姓は、鈴木九郎の娘小笹の結婚相手だった小太郎と同じだ。
そしてなんと「巳代治」の「巳」は蛇のことだ。きっと巳年生まれなのだろうけれど、
そして彼の両親が音楽好きで「ミューズ」や「ミュージック」に掛けた名前なのだろうと
推察できたけれど、大蛇に変身したという小笹とこれまたつながるようで、
その話の出来過ぎに少し怖くなっていた。

「克さん、もう早速月曜の会議で悠奈さん、推しますよ。」

高田は力強く宣言した。

「そうか。そうしてくれよ。」

「ウス。」

エンジニア君は、普段そんなことは決してしないのに、悠奈にコーヒーを出した。

「あ、すいません。」

悠奈が頭を下げると、彼は名刺を差し出した。

「このスタジオのエンジニア、鈴木風詠(ふうた)です。よろしくお願いします!」

悠奈は「またも!」と一瞬ドキッとしたが、なにしろ鈴木姓は多いからな、と思った。

「名字は全然珍しくないですけれど、名前はおもしろいでしょう?」

「ああ、風が詠うって、すてきな名前ですね。」

悠奈がそう反応すると、エンジニア君は心の底からうれしそうな顔をした。

「悠奈さん。」

高田が割り込んだ。

「月曜にプレゼンして、もう間違いなく通ると思いますから、すぐご連絡しますね。」

「はい、ありがとうございます。」

「克さん!」

高田は藤熊に真剣な表情で呼びかけた。

「・・・打ち上げ行きましょ!」

藤熊は笑ったが、風詠クンは渋い表情をした。誘われるはずもなく、また自分から
まぜてくださいとは言えない立場だった。

三人はスタジオを後にして、すぐ近くの居酒屋に入った。


<つづく>




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蹉跌集め -22- [小説]

22

悠奈のレコーディングの日が来た。
悠奈のマンションから初台のスタジオまでは至近というべきほどの距離だ。
渋谷本町というのがその所在地、悠奈のマンションは中野本町だ。
同じ「本町」ではあるが、渋谷の方は「ほんまち」、中野の方は「ほんちょう」だ。
まさに山手通りの(中野)長者橋付近でほとんど両町は接している。

悠奈はまず家のすぐ近くの成願寺へ参り、一度戻ってMartin D-28をソフトケースに
入れ担ぎ、西新宿の熊野神社へ向かい、参詣した。
そこからその名も十二社通りを南下し、西参道方向へ歩いていた。

悠奈には予感があった。
おみくじはあえて引かなかったが、「待ち人来る」を確信していた。
それが誰であるかはまだ知らない。けれど今日会うと信じていた。

藤熊は集合20分前に「迷っていないかい」と丁寧にメールをくれた。
「実は私の住むところからそこってほとんど隣町なんですよ」と返した。
「あら、そうなんだ。じゃあ、お待ちしていますね」とまたメッセージがあった。

迷うこともほとんどなく、10分前にスタジオに到着した。
藤熊はにこやかに出迎え、「都心に住んでんだねぇ」と言った。
悠奈は実家が昔の角筈ないしは淀橋に当たる西新宿5丁目で、今は独りで中野坂上に
住んでいると言うと、藤熊は「よく知ってるよ、あの辺」と言った。他愛ない話を
ひとしきりして、「さて、じゃあ、準備しようか」と藤熊が言った。

スタジオは小さな規模のものであったが、こぎれいで雰囲気が良かった。
悠奈はブースに入って、ケースから愛器を出した。藤熊は、

「あ、やっぱり12弦だったんだね」

と、にこやかに言った。

「すいません、ひどい音で録ってしまって。」

悠奈が詫びた。

「いや、いいんだよ。曲と歌の力は十分伝わったからね。
でも、悠奈ちゃん、あれどこで録った?」

「新宿駅南口前の歩道でです。」

「え〜ッ、やっぱり野外だった。しかもそんなとこで!」

「はい。私の新宿愛なんです。私は生粋の新宿っ子なんで。」

「へぇ〜。こりゃ驚いたなあ。」

エンジニアがアコギ録音の機材セッティングを終えた。

「藤熊さん、これが譜面と歌詞です。」

悠奈が手渡すと、藤熊は「ありがとう」と言って歌詞を読みだした。

「うん。あらためていい感じだなって思うよ。悠奈ちゃん、英語はどこで覚えたの?」

「私、父が洋楽ファンで、赤ん坊の頃から父の趣味に付き合わされて。もう1歳ぐらい
から歌い出していたそうです、父の好きなEaglesとか、Doobieとか、70年代後半から
80年代のヒット曲を。」

「そうなんだ。」

「発音は勝手に身につきました。中学受験で英語にそれなり強い私立女子校に入って、
高校の時1年スコットランドに留学しました。」

「スコットランド?」

「はい。長老派の女子校でしたので、提携があって。」

「そうなんだ。聞いてもいい、校名。」

「ふふ。番町の学校です。アメリカの選択肢もあったんですけれど、ケルトが好きで、
望んでスコットランドへ行きました。」

「すごいなあ。才媛だね。」

「とんでもない。落ちこぼれです。」

「大学は?」

「今4年です。」

「どこ?」

「Wです。」

「おー、Wかあ。やっぱ才媛だ。」

「とんでもない。就活もしないで、音楽三昧です。」

「じゃあ、ちょっとマイク調整とか、やりましょうか。」

「はい。」

「あ、そうだ。ディレクターね、今前の仕事が終わって、電車ん中なんだって。
まもなく来ますから。」

「あ、はい。」

悠奈は少しドキドキしたが、調弦をおもむろに始めた。
それを終えると、ミックスルームからの指示を聞くため、ヘッドフォンをした。

「どうする、悠奈ちゃん。せーので歌もギターも一緒に録っちゃう?」

藤熊が訊いた。

「どうですかね。」

「いやさ、そういう一発録りのフィールも悪くないかもなって。南口前歩道録りの
イキフンが良かったもんだから、なおさら。」

「そうですか。じゃあ、そういうことで一回やってみます。」

「うん、そうだね、ちょっとお試しでやってみようか。」

「はい。」

「じゃあ、マイク立て直しま〜す。」

「はーい。」

若い男のエンジニアが来て作業をする。悠奈はチラッとその横顔を見る。
エンジニアも悠奈をチラッと見て、視線が合い、顔を赤らめた。

「では、お願いします。」

エンジニア君はブースから出て行った。


<つづく>




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加藤医師記念小学校をつくりたい

私は笑えない。

「戦闘行為はなかった。しかし武器を使って殺傷あるいは物を破壊する行為はあった。」

これ、首相の答弁です。

「傷害行為はなかった。しかしナイフを使って他者の皮膚や筋肉などを切る行為はあった。」

こう言うのと等しくはないですか。

ほんとにね・・・。
上のようなことを、国語の先生たちはどうやって解説するんでしょう。

「AということをBで意味はAと変わらず言い替えて、でもAとBはことばとして
違うでしょう」って解説するの?

先生:肥満というのは必要以上にからだに脂肪をつけることよ。
児童:ということは、肥満と必要以上にからだに脂肪をつけることは同じですね。
先生:いいえ。ことばが違うじゃない。
児童:・・・。

*

今朝の「明日へのことば」ー 国境なき医師団の日本会長、加藤寛幸さんが話された。
お話を聴いていたら、まるで戦国時代や江戸初期に日本に来たカトリック宣教師の
ようだと思った。

大やけどをして、3日歩いて診察を受けに来る少女がアフリカにはいる、
こういう子どもたちなどを助けたい、スーダンや南スーダンではいつも自分の命も
自分の医師としての信念を貫くためには捨てる覚悟だ、
エボラ出血熱の治療にも行った、感染の恐怖はあったが、使命感でやりとげた、
けれど、今は話題に上らない、あの世界中の大騒ぎは、自分の国にエボラが入って
こないとなってからは、結局世界の関心が薄れてしまった、それはおかしいー

そう加藤さんは語っておられた。
日本ではバイト医師として働くーいつでも国境を越えて、病み傷つき、
しかしそのままでは手当てを受けられない人々のために現地へ行けるようにするためだ。
将来の生活不安も正直ある、とおっしゃっていた。
それでも本当に困っている人々を救済するために、続ける、と。

世の中にはこういう方々がいる。
なんという気高い行為だろう。

天皇皇后両陛下はこういう加藤さんのような日本人の存在をどれほど喜ばれるか!

翻ってー




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蹉跌集め -21- [小説]

21

幸嗣が退院した。
精神的な錯乱状態も薬が完全に体から出きって以来治まった。
JAPPSのメンバーたちは退院に付き合えなかったが、その事実はおさえており、
メンバー相互に連絡をとりあって、上高井戸の幸嗣のアパートに全員で退院祝いを
しに行こうと、3月18日土曜日に京王線の八幡山駅に集った。

「よ。みんなご苦労さん。」

最後に駅の出口に現れた芳樹が光、ケンスキー、そして周平に挨拶した。

「歩いてきたんか。」

周平が言った。

「ああ。散歩にもならないくらいの距離だしな。」

芳樹はそう言って高井戸の方へ早速歩き出した。

「聞いたか。」

ケンスキーが芳樹の後ろ姿へ向けて言った。

「うん?」

「悠奈、藤熊さんのハート、射止めたみたいだぜ。」

「なんだそれ。」

「悠奈、早速デモを送ったらしい。そしたら藤熊氏が大絶賛でさ、今度初台の
スタジオで正式録音だってよ。」

「へえ、そりゃすごいな。」

「俺たちも急がないとな。光の、あの河原で歌ったヤツ、録音しないと。」

「ああ。ますます幸嗣への説得がむずかしくなったけどな。」

「え?あ、そっか。光の曲で決まりだから・・・。」

光は俯いて歩いていた。

「光の曲だとか、幸嗣の曲だとかじゃねぇだろ。JAPPSの曲だぜ。」

ケンスキーが言った。

「そりゃそうだけど、病み上がりの幸嗣が、光とやりあった幸嗣が、どう思うかだ。」

芳樹が冷厳たる事実を躊躇なく言った。

みんな黙った。

甲州街道と環8の交差点まで来た。世田谷区と杉並区の境だ。
幸嗣のアパートまであと少しだ。

「言っちゃ悪いが、こんなところ住んでちゃ、幸嗣はダメだ。」

芳樹がクルマの騒音に負けないよう大きな声で言った。

「空気は悪い、騒々しい、空が開けていない。」

「ああ。」

周平が頷いた。

「なんでここにしたんだろな。あいつって、富山の出身だろ。海山に恵まれた
ところに生まれ育ってて、こんなところにいたら、変わっちまうよな、性格。」

幸嗣ー 浄土(じょうど)幸嗣は黒部市の出身で、姓が示すように熱心な浄土真宗の檀家の
家に生まれた。しかし、宮澤賢治のように、永代祖先が守ってきた阿弥陀の教えへの帰依に
あるときから馴染まなくなった。それゆえかこの東北岩手が生んだ稀代の童話作家を
ことのほか崇敬していたー 芸名は宮澤幸嗣とするほどに。

幸嗣は数年前悠奈の<「12」因縁>について聞かされた時、衝撃を受けた。
幸嗣の母は同じ富山の氷見市出身で、旧姓が「十二」という氷見特有のものだった。
そのことを悠奈に話したが、悠奈は珍しがったものの、それ以上話は盛り上がらなかった。
それでも幸嗣は一方的にこのことに運命的なものを感じたのだった。

なにより、1オクターヴを、すべての調で演奏でき、移調転調を可能にするために音階
分割する時に現れる数こそ12なのだ。ギタリストの幸嗣は、「Giovanni_12etjuno」
というメールアドレスを使っているが、「Giovanni」は『銀河鉄道の夜』のジョバンニ、
さらに「12et」とは「12 equal temperament(12平均律)」のことで、その頭文字
「et」がフランス語の「〜と」ともとれて、その目的語が「juno」、つまり悠奈なのだ。

悠奈はこのメールアドレスの秘密をあるとき幸嗣に告げられた。
「おもしろいですね」と悠奈は言ったが、少しtoo muchなものを感じた。
幸嗣はそのときの悠奈の複雑な表情を見てとれなかった。


芳樹たちは予め幸嗣を訪ねるとは告げていなかった。
顔を合わせず、電話で話がこじれてもしかたがないと思ったからだ。

外付けの鉄製階段をコーン・カーンと音を立てながら四人は上って行った。
ドアを周平が叩く。
まもなく出てきたのは初老の女性だった。

「はい。」

「あ、こんにちは。僕ら幸嗣君の友人でして、お見舞いに・・・。」

女性は顔を曇らせた。

「バンドのお仲間?」

「あ、そうです。」

「せっかくやけど、帰ってもらえんけ。」

「え?」

「だれにも会いたくない言うとるがですちゃ。特にバンドの人とは。」

「・・・。」

「バンドも続けるかどうか、決めとらんいうとるし。
精神状態もいつまた悪くなるかわからんしね。」

女性は外に出てドアを閉めた。

「私、幸嗣の母やけど、悠奈さんちゅう人は一緒に来とられんがけ。」

「いや、今日は一緒じゃないです。」

「その人だけは絶対に来んようにゆうて。何が起こるかわからんからね。」

母親は中に入って、ちょっとだけ頭を下げ、ドアをゆっくり閉めた。

四人は項垂れて階段を下りた。

再び環8と甲州街道の交差点まで来て、周平が叫んだ。

「ああ!もう幸嗣なしでJAPPSやるしかねぇんじゃねぇの?」

「それはダメだよ!」

光がすぐさま反発した。

「俺と幸嗣が和解してこそバンドはホンモノになるんだ。」

周平たちは俯いた。

「藤熊さんが仕上げろって言ってくださったあの歌、こういう意味なんだー

僕のせいで
君がバラバラに引き裂かれることの意味は
わかっているさ

だから僕は君のもとを去るよ
ああ、君、僕は悲しいよ

僕らはすべてを手にしたって僕は思ってた
僕の夢見たことのすべては君のためのものだったから
でも君はだれか違う人を見つけてしまった
ああ、君、僕は悲しいよ

I know what it means
To be torn at the seams
because of me
So I'm leaving you
Oh, baby, I'm sad

I thought we had it all
Since everything I dreamed was just for you
But you've found someone else
Oh, baby, I'm sad」

光は行き交うクルマの騒音もあって、河原で歌った時よりも大きな声で熱唱した。
最後の「sad」のところではほとんど嗚咽して。

「you've found someone elseって、誰だよ。」

芳樹が鋭く突っ込んだ。

光はチラッと芳樹を見て、「さすがだね」とか細い声で言った。

「わからない。でも幸嗣じゃない。幸嗣がこの歌を聴けば、俺じゃないのも
きっと分かるはずだ。」

「じゃあ、誰なんだ。悠奈の見つけた『someone else』って。」

四人はそれから交差点でしばらくずっと何も言わずに立っていた。


<つづく>




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