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蹉跌集め -20- [小説]

20

翌日悠奈は中野坂上の自室に閉じこもった。
ちょっと動かなければ茫っとしてしまう。
愛器の12弦のMartin D-28を抱き寄せて、数弦を中指で弾(はじ)いた。

「うー!」

と言って、突如弦の張替えを始めた。

「シャリーン!」

すばらしく乾いた音がした。

乾いた音ー
悠奈はいつも憧れてきた。

悠奈の生まれたのは歌舞伎町の大久保病院、育ったのは西新宿十二社。
昔ならいずれも低湿地だったところだ。十二社には昔池があった。
中野長者鈴木九郎と娘小笹ゆかりの池だ。中沢新一は低湿地だったから歌舞伎町や
十二社は<水>商売の街になったという。妖しさのある低湿地には、茶屋が立ち、
男女が集った、と。

そういう話が悠奈には時に忌まわしく、湿気を厭い、さわやかで清々しいものを
好むようになった。

「12」という数は悠奈について回るー 彼女にはそう思えた。
十二社もそうだし、そこの湿気(熊野神社、中央公園の緑)と対照的な音を
出すアメリカ・ペンシルヴェニア生まれのマーティンのアコースティック・
ギターは、その清廉というべき響きを極限まで追求したら12弦となった。

さらに悠奈は自分の名前がローマ神話最高の女神Junoに因んでつけられたことを
意識していた。彼女の父は「悠奈は6月生まれだから」と言ってはいたが、
おまけのように言った「最高神ジュピターの妻で、結婚と出産の神、そしてダイアナと
共に月の神でもある」という話はずっと悠奈の意識下に沈殿していた。
「12」は1年における月の満ち欠けの回数であり、6月の6は12の半分、
さらに誕生日は12日だ。

「明日は3月12日だわ。」

悠奈はそう気づいて、シャリシャリの音を出すマーティンを弾き始めた。


Twelve months
Twelve times a year
I see myself waxing and waning

On this night of a new moon
The invisible me sheds a tear
So you can feel me 'cause it's raining


なんと雨の歌になった。


12ヶ月
1年に12回
あたしは満ち欠けする自分を見るの

この新月の夜に
見えないあたしは涙を流すの
雨が降ってあなたが私を感じられるように


悠奈はその夜この歌を新宿南口の広い歩道で歌ったー
レコーダーを目の前において、甲州街道を走るクルマの音、雑踏のざわつきを
背景音にして。

3.11ー
6年前あの大震災と原発事故が起こった日だ。
悠奈は当時16歳、市ヶ谷の駅ですさまじい揺れに遭遇した。
原発からの放射能が、悠奈の祖先の地信夫(=福島北部)の地へ降り注いでいった。
道行く人々はもうあの日のことは何も気にしていないように見えた。
その悲しみも歌にこもった。

自室に戻り悠奈はそれをすぐ藤熊のPCへと送った。
そしてケータイの方には、「歌、PCへ送らせていただきました」とメールした。

10分くらい経ったろうか、藤熊から電話が来た。

「もしもしぃ。藤熊でございます、どーもッ。」

「こんばんは。ちょっと晩い時間なのに、メールとかしてしまってすいません!」

「びっくりしたよ、悠奈ちゃん。」

「あ、すいません、あたしー」

「すっげぇイイじゃん。もうほんとに心動かされたよ・・・すごい!」

「・・・ありがとうございます。」

「ねぇ、それでね、どうかな、これ正式に録音してみない?」

「はい、そのつもりでしたけれど。」

「あのね、悠奈ちゃんのアコギと歌だけでいいと思うんだ。でもちゃんとした
スタジオで録音しよう。僕が手配するから。売り込めると思うよ、絶対。」

「はい、お願いします!」

藤熊は翌日初台近くのスタジオをとったと連絡してきた。
メイジャー・レコード会社のディレクターを連れてくるとも言った。
1週間後だ。


<つづく>



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