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短編小説5 光の春のうたた寝 その4



年が明け、いよいよ入院日が近づいた。
昌秀は喜多見不動堂への初詣でももちろん目の手術の成功を祈願した。
7日には千葉県の横芝光町に在る不動明王像にも参って祈りを捧げた。

8日月曜には、Skypeで英語を教えている長野の中3生に、授業終了間際、
「明日とうとう入院です。来週の今日、みなさんのお顔がくっきり見え、
またテキストが昔のようにしっかり読める目になっていることを希望しています」と
言い、生徒たちが頷くのを見て感動するのだった。

また多くの友人たちが激励のメールをくれた。
昌秀は自分は幸せだと心から思った。


9日午前10時ちょっと前、昌秀は慈愛の入院受付のカウンターにいた。
やはり2.5キロの距離を歩いてやってきた。
その日も冬晴れの日で、見える世界は霞みまくり、眩しく、徒歩は危険ですらあった。
今回ばかりはタクシーをとさすがに思ったが、ひとつもつかまらなかったのだ。

3A病棟へ行くよう指示され、ナース・ルームで担当の若い看護師高田美涼を紹介され、
彼女が昌秀を病室へ案内した。そこで彼女には紋切り型の挨拶などが続いて、
入院生活の流れなどの説明があった。

「パーテーション」で区切られた4人部屋、「準個室」ー
昌秀は早くも居心地の悪さを覚えた。
窓側の隣には見舞い客が来ており、会話がなんの障害もなく聞こえてくる。
聞く気がなくても聞こえてしまうのだ。どうも腎臓を悪くした老人らしい。
透析を始めるのか始めたのか、そんな段階のようだ。会話の相手は連れ合いだ。

20分ほどして突如その夫婦の会話が右翼的な言辞にあふれてきて、昌秀は面食らう。
なるほど、4割とかの国民が政権を今でも支持しているのを昌秀は不思議に思っていたが、
こういう普通そうな夫婦もこうして国防の話題では豹変するのだと思い知った。
「アメリカに押し付けられた憲法なんてダメだ」と妻の方が言う。
夫の方は、「そう」と首肯している。
そして1分も経たぬ裡に妻は「アメリカと共同して北朝鮮には強い態度で
当たらねば」と言うのだった。昌秀はアメリカは敵対国なのか友好国なのか一体
どっちだと声を出さずに笑った。

「いやはや。」

昌秀は笑った後に憂鬱になった。

通路側の隣も腎臓を病む人らしい。看護師と交わす会話の口調から自分よりは
若そうだと思えた。どうも自分は医師や看護師が思うほど深刻な病状ではないと
心から信じているようで、入院自体が大袈裟なこと、連れ合いが勝手に承諾した
ことだと言いたいらしかった。なにしろ横柄さがあった。

窓側の左斜向かいの患者はかなり深刻な病状に思えた。
この人も腎臓を病んでいるらしく、透析をずっと施術されているらしい。
言語不明瞭で、とにかくよく咳をする。痰を吐き切れないというようなのだ。

この人間模様の病室で、2泊とは云え、人生初の手術の前後を過ごすのかと思うと、
昌秀の沈鬱はいっそう募る気がした。



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