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短編小説5 光の春のうたた寝 その3



「四の五の言わず、さっさと手術してくれ!」

昌秀はその後毎日のようにそう独り言つのだった。

「俺は健やかとは言わないが、目の手術ぐらいちゃんと耐えられる。
全身検査なんて要らない!」

子どものようにゴネた。

「正月を跨いでしまうのも口惜しい。めでたさも中位なりおらが春だ。
目の検査はもう個人クリニックのも含めて2度やったんだし、23日に手術を
決行してくれれば、新年を文字通り晴れ晴れと迎えられるのに!」



悶々とした思いを抱きながら、遅々として進まぬような日々だったが、
いよいよ全身検査日が来た。

昌秀はまたもや徒歩で慈愛へと行くのだった。
冬晴れで、日光は抜けるような青空をやすやすと透過し、角度が低い分、
目を直撃する。多摩川の開けた景色も霞みに霞んでただただ昌秀を憂鬱にさせた。
昌秀が夜や未明の散歩をするのはこれがあったからでもあった。
昔も「ラジオ深夜便」を聴きながらほぼ誰ともすれ違わずラジオに集中して歩くのは
大好きであったのだが、日光を避けたいからという理由もここ数年加わっていた。

病院の検査受付に行き、まずは検尿、次に大嫌いな採血だ。
看護師は昌秀の腕を見るなり緊張した表情になった。太り気味というのもあるが、
そうでなかったときからもずっと昌秀の腕の血管は盛り上がり浮き立って見える
ことはない。それでもベテランの看護師は探り当て、
「はい、チクっとしまあす」と言い、注射針を刺した。
昌秀は顔をそむけ、何も考えないようにした。

「はい、結構です。」

看護師の声に昌秀はどれほどの安堵感を得たか知れなかった。
しかし次は胸部レントゲン写真撮影だ。
変なものが写らないか不安がまた一気に高まった。
ドアを開けると、技師はシャドー・ピッチングをしていた。呑気なものだ。
そしてさっさと手順を踏んでいく。あっという間に終了。
次は心電図。これもあっという間に終わった。

この検査結果がもう明日には判定されているというのだ。
主治医が明日開口一番なんと言うのだろうー
昌秀はそう思いながらまた来た道を戻って行った。


翌日。
医師は開口一番、「検査結果はOKです」と言った。
昌秀はその言葉を聞いただけで辞去し、近くのバーミヤンで祝杯を上げたいと思った。
しかし医師はまた目の検査をし、深刻な状態であることを繰り返し言った。
昌秀もどう手術がむずかしいのかを具体的に訊いた。
水晶体が硬く膨れているから、メスを入れたとたんに角膜が破裂するかもしれず、
またそうならなくとも患部を除くためには水晶体を支える部分に下方向の
圧力が相当にかかり、それが「落ちてしまう」恐れがあることー
白濁したモノが溢れて、それを除去するのもむずかしく時間がかかることー
などだった。

そうした問答を3分くらいして、昌秀が「わかりました」と言うと、
昌秀のこれまでの不作為をずっと口調的に責めてきた医師が突然昧の悪そうな
表情をした。

「あの、唐突で申し訳ないんですが、今年いっぱいで私、異動でここを離れることに
なりましてねー」

医師はそう切り出した。

「この期に及んでの主治医交代っていうのは申し訳ないんですが、
代わりに河端という医師が担当します。腕は確かな人です。」

昌秀はすぐに「これはラッキーだ」と思った。
河端という医師のことは全く知らないが、今の担当医よりはベテランであることは
すぐに察知できたし、「腕は確か」というのは、この慈愛が白内障手術の高い評価を
得ていて、その実績を生み出している医師の一人であることを意味していると
思ったからだ。

昌秀は、狛江駅近くの個人クリニックでのことも含め、
今までで一番心を軽くして病院を後にした。



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