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短編小説 4

赤裸々

多摩川を歩きながら、NHKラジオの『朗読の時間』で田山花袋の『蒲団』の最終回を
聴き終えた克夫は、自分が矢来町の近くに住んでいた頃のことを思い出していた。
矢来町はこの小説で何度か出てくる新宿区に在る町の名だ。

彼が矢来町の隣の箪笥町に住んでいた頃、粋な佇まいの家の前を散歩中に通ったことが
あって、能楽堂の近くだったこともあり、矢来町はなかなかの格式高い町と知った。
その粋な家が古今亭志ん朝師の家であったことを知ったのは、克夫が市ヶ谷砂土原町へ
引っ越した2001年だった。名人志ん生の次男で、菅原道眞の血を引く美濃部家ー
江戸時代では直参旗本だったという名門出身の当代一と言われた噺家が亡くなった
年だった。

克夫にとってみればそれまで矢来町は「漱石の妻鏡(子)の実家が在った町」だった。
柳家小三治のファンだった克夫は志ん朝が「矢来町」と掛け声をもらう噺家である
ことは知らないでいた。

その「名人」が惜しまれに惜しまれて亡くなった年、克夫は苦境の中にいた。
砂土原町から漱石終焉の地である早稲田南町への散歩は頻々と行われており、
漱石病と自ら言う鬱状態にあったのだった。


花袋の小説は煮え切らぬ話がダラダラと続くものに思えた。
漱石も創作していた頃に発表されたこの「自然主義」文学は、当時としては
センセーショナルな赤裸々さに満ちたものだったらしいし、確かにそこまで書くか
というような心理描写もあるにはある。

自分が評価できぬ青年に愛弟子の女学生を奪われた文士が、田舎へ帰らせたその
愛弟子の残り香を蒲団に嗅いで身悶えするラストシーンは、現代の感覚でもおぞましい
ように思われた。結局その女性を自分のものにできなかった悔しさ、
そして彼女と婚前交渉をしたに違いない青年への嫉妬を吐露するだけの中年男の話は
不快で、こんな話で興奮した明治末期の読者たち、その時代にも嫌悪感を覚えた。

多摩水道橋の交差点下の道を歩き、再び土手道へ出ると、
富士が藍色のシルエットになって茜空の西の果てに見えた。
徐々に灰色が混じってくる。
そして間もなく黒色になった。

「もっと自然主義だろ。」

克夫は独りごちた。

「小汚い心根の者が、英語なんかを処処に使ってカッコつけんじゃないよ。」

花袋のインテリ臭を嗤った。

「条件節が仮定法過去完了だらけの最終部なんかただただ野暮、野暮の極みでゲス。」

克夫は志ん朝が敬慕した六代目三遊亭圓生の口真似をした。

空の暖色がいよいよ完全に褪せる前に克夫はYouTubeで「お気に入り」のメドレーを
聴き始めた。

EaglesのTry and Love Againのイントロで、多摩丘陵に光る家々の灯火の輪郭が
克夫には二重にも三重にも見えた。



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