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短編小説 3

贅沢の余韻

康雄はサントリーホールでのフォルクスオーパー・ニューイヤー・コンサートを
鑑賞した。

1月2日、まだTokyoは本格始動していない。

康雄は上気しながら近くのドトールに入り、喫煙者用の仕切られた部屋に入る。
椅子に座り、窓越しに健康志向の人々で混む店内を見た。
こちらは空席だらけなのに「外界」は満員盛況だ。

自分は正月二日にウィーンから来た楽団の演奏を聴きに来れた。

「俺はどう考えても余裕のあるー
英語で言えばwell-to-doな、ドイツ語ならwohlhabendなー
人間なんだな。」

そう思いながら、煙草に火をつけた。

「しかし、己は時代遅れの喫煙者、健康意識も<こぎれいな>人々との差は画然と
している。」

そう独りごちて、紫煙を吐いた。

「どうも居心地が悪い。
本来自分は正月二日にウィンナ・ワルツなどを鑑賞する輩ではないだろうに。
ドトールは何も高級志向の珈琲屋などではない。
そこは自分には分相応だ。
コンサート後そのままインターコンチネンタル・ホテルでコーヒーを飲めば徹底して
いたろうけれども、喫煙所へ行かねば煙草は吸えないし、なにより、そこまで
徹底したいとも思わない人間だ。」

そしてこのドトールに入っても<差別化>がある。
同じコンサートを楽しんだ人々が何人も一緒に入店したが、みな非喫煙者のフロアで
コーヒーを飲んでいる。

康雄はコーヒーを早々に飲み干し、煙草を2本吸って店を後にした。


帰途ー
混み合うこともない電車に乗って、康雄はコンサートのことを思い出す。
ソプラノ歌手の美しい声は特に印象的だった。
プログラムを読みながら、頬が緩む。

「フォルクスだぜ、民衆、大衆のオペラ楽団なんだ。」

そう思った。
しかし、あの優雅さ、余裕ー
それを正月に日本で鑑賞する自分は?


電車がある駅で動かなくなった。

「相互乗り入れしております東武東上線で人身事故がありました。暫く停車いたします。」

車内アナウンスがあった。

「え?元日に確か二件人身事故があったばかりじゃないか!」

康雄は暗澹たる気持ちになった。

4日からは通常勤務だ。
3日はこの贅沢の余韻に浸りながら、ゆっくりするつもりだった。
その「贅沢の余韻」が急激に減衰し、消えてしまったように思えた。

4日からはまた薄給の一会社員に戻る。
今年会社は大丈夫だろうかとふと不安になって、コンサートのプログラムをカバンに
しまい、頭を掻き、俯いたままになった。



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