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短編読み切り 『十三夜の月の下』

丘陵に在る駅から国道を渡ってさらに高い丘へと智樹は歩いて行く。
その高い丘を上りきって反対側の坂を下ると間もなく彼の家だ。

まだ浅い春で、すでに夜十時、同方向の帰宅者もそう多くはなかった。
上りの途中、電灯の下に男女が対面して何かを話している。
智樹は少し歩みの速度を落とした。
すると男が突然崩れ落ち、跪いて、女の腰に縋って太腿に顔を当てて泣き始めた。

女は智樹に気づき、男の手を振りほどこうとする。
「みっともない!」と言いたげな表情だった。
男は確かにみっともなくオイオイと子どものように泣いている。

智樹を追い抜く中年男性がいた。
なんらの躊躇もなく男女の側を通って行く。
さすがにあられもなく泣いている男も靴音に反応し、中年男性に一瞥をくれた。
とは云え、その「一瞥」も目の片隅で捉えたという風であった。

たじろがず、男は「頼む!頼むから!」と言って振り解かれた手を再び女の腰へやる。

智樹はいよいよその二人の脇を通り、男が四十歳前後であると見て取った。
女は二十代後半だろうか。
五、六メートルほど離れて、智樹は舌打ちをした。

「だせぇな。」

小さい声で言った。

「逆ならまだ分かる。みっともねぇ男だな。」

智樹は大きな音で咳払いをする。
ブーイングの代わりだった。

桜の花びらがまだそう干からびずに道脇に吹き溜まっている。
智樹は振り向くと、ひとひら、またひとひら、名残の花びらがあの男女に舞い降りる
ように落ちていくのが見えた。
電灯の光は二人を鮮やかに夜の闇の中で浮かび上がらせている。

智樹は一瞬、美しいと思った。
そして嫉妬心が澎湃と心の中で湧き上がってきた。

「ちくしょう。あの二人、生きてやがる!」

丘のてっぺんまで来て、空が開けた。
月が見えた。
十三夜の月だった。

家に帰ると、五十五歳の父が狭いダイニング・ルームでいつものようにテレビを見ていた。
二つ下の母は安物のカウチに座り、やはりいつもようにカタログを見ている。

「おかえり。」
「ただいま。」

親と子、ボソボソと挨拶をする。

番組のタレント司会者がクイズを出している。
父親は「Aだよ、A、答えは」と言い、しかし母親は一切反応しない。

智樹は二階の自分の部屋に入り、窓を開けた。
曇りがちの夜だったが、十三夜の月がまだ見えている。

今まで吸ってきた外の冷たい空気ー
なのに智樹はあらためて深呼吸をした。

パソコンを起動し、Twitterの画面を開く。
今見てきたばかりの坂の途中の出来事を書こうかと思った。
キーボードを叩くの音が夜のしじまの中、響くようだった。

智樹は暫く作文に勤しんだが、どうしても「つぶやき」が長くなってしまうのに
嫌気がさした。

そして大部分の文章をdeleteして、次の部分だけが残った。

「十三夜の月の下。俺も生きたい。」



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