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蹉跌集め III-1 [小説]

1.

豊島区と文京区の防災アナウンスが雑司ヶ谷墓地に突然鳴り響いた。

「只今、内閣官房よりJアラートが発令され、北朝鮮から発射された弾道ミサイルが
日本に飛来する可能があります。直ちに頑丈な建物の屋内や、地下への避難を
開始してください。」

放送されていることばはほぼ同じだが、時差によって、そして反響によって、
音がスクランブル状態となり、事態の異常さが増幅されて伝わるようであった。

MNEMOはたじろがなかったが、清(さやか)は狼狽した。

「清さん、あなたは私にかまわず避難してください。」

「そ、そんなわけ、いきません!さあ、MNEMOさん、行きましょう。
おそらく全く一刻の猶予もないですから。」

清はそう言ってみたが、どこに頑丈な建物が在るというのか。
メトロ副都心線の雑司が谷駅へとにかく急ぐしかない。

「先生、これが先生が亡くなって101年目の日本ですよ。」

MNEMOは墓を後にする前にそう言った。

清はGPSを使い、最短距離で駅へ到着するルートを探しながら、MNEMOの手を引いて
走る。

その途中、またもやふたつの区の緊急放送が流れた。

「内閣官房からの情報です。北朝鮮から発射されたミサイルは、日本海に落ちた模様です。
東京への飛来はありません。繰り返します。東京へのミサイルの飛来はありません。」

清は歩道上でへたり込んだ。
MNEMOはじっとしていた。


雑司が谷駅入り口に着いて、エレベーターでB1へと降りる。
改札の手前で、清が話しかけられる。

「この黒メガネのおっさん、MNEMOじゃねぇの?」

清は困惑して返事をしないままMNEMOの手を引き改札を通ろうとした。

「ちょっと待てよ!」

ぞんざいな口調で話す声の主は、四十歳くらいの短髪の男だった。

「おらッ。お前、MNEMOだろ。アメリカで目を撃たれたんだよな。」

清とMNEMOは改札を通ったが、その男もついてきた。

「おめぇみてぇな極楽トンボのお花畑野郎がさんざん政府批判しやがって、
で、どうだ、この騒ぎだ。おい、聞いてんのか。ミサイル野郎をつけ上がらせた責任、
おめぇ感じてんのか。」

清はグイグイとMNEMOの腕を引きながらホームへ急ぐ。

「反核で、そんで目の負傷で売名しやがって。おい、国賊野郎!」

「MNEMOさんはそのことで一銭も利益として受け取っていませんよ!
あの歌でそういう利益が発生したら、主に福島の子どもたちのために寄付するんですよ、
全額ね!」

清が大きな声で言った。周りの心ある人々の加勢も見込んでのことだった。

「ふん!名を売ったのは変わんねぇじゃねぇか。ジョン・レノンにでもなりてぇか!」

MNEMOは立ち止まった。

「なりたくありません。」

彼はポツリと答えた。

「JohnはJohn、私は私です。あんな偉大な人間にそもそもなれるはずがない。」

MNEMOは男の声がする方向へ向き直る。

「あなたがおいくつか知りませんが、私は見ての通り、そう長くは生きられません。
私が名声や富を求めることはもはやありません。かなり昔からそうなのです。
カッコつけているようですが、私はそんなものより静かな暮らしの方がよほど価値
あるものと思ってきました。だから、実は反核の歌を世界に問うたりするのにも
躊躇がありました。私や仲間が歌でどれほど反戦・反核・反原発の運動に貢献できる
ものか、全く分かりません。どれほどの力があるか今も分かりません。

私はこうして視力を失い、隠遁者の生活の大きな楽しみである四季の流れを目で
楽しむことができなくなりました。反核の歌を世界に問うてすらも、隠遁したい自分を
抑えられなかった卑怯者ですよ、私は。盲目となって、なんだか初めて決心が
ついたんです。広島、長崎、福島の経験をした日本の歌うたいとして、
そのことを、日本の伝統的な詩歌のこころを活かしながら、死ぬまで歌っていこう、と。
人様の前で、お目を汚してね。」

MNEMOは手を差し出す。

「握手してください。ね、一緒にこの国の土と水と空気を守り抜きましょうよ。
このユーラシア大陸東端から少し離れた温帯モンスーンのすばらしい国土を、
一緒に守り抜きましょう!」

男はたじろいで、一歩後ずさりした。
清の目をチラリと見て、バツ悪そうにその場を立ち去っていった。


<つづく>




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