So-net無料ブログ作成

蹉跌集め II-13 [小説]

13

Form is emptiness
Void is matter
We were made out of nothing
So what can it mean?

Form is emptiness
That does matter
What's your fuss about?
How have you been?

Depressed
Frustrated
Or numb
About anything going on
in front of you
or around you

But just imagine
The void in your heart
is nothing less than the cosmic vacuum
They're linked
Or they 'exist' as one

色即是空
空即是色
僕らは無からつくられた
だからそれがなんだって?

色即是空
それは実に意味があるじゃないか
君の大騒ぎはいったいなんについてのことなの?
今までどうしてたの?

ふさぎ込んでる
失意の中にいる
あるいは麻痺している
君の眼の前で起こることに
あるいは周りで起こることに

でも想像してみて
きみのハートの中の空は
宇宙の真空に他ならないと
ふたつはつながっている
ないしはひとつとして「存在」していると


光が宿河原の家に戻って詩を書いた。
心臓(フリダヤ)の空が宇宙の真空に他ならないからどうしたというのかは、
あえて歌わない。「梵我一如、だからどうした」は。
光の家に泊まることにした幸嗣は「いいね、いいね」と賛辞を贈った。
「さすが<しら梵字>と波長が合っただけはある」と戯けながら。



光たちが木野と話している頃、十三は家に着く直前だった。
「則天去私」の四字をずっと考えていた。
「私=我」そして「天=宇宙の摂理」とすれば、アートマン(我)を去って、
ブラフマン(梵)に則るということではないか、と。
むろんこの言い方だと、天と私は二項立てになってはいるが、私を去ることが
すなわちそこからいなくなるというより、天との一体化を言っているのではないか、と。
私の位置が天というところへ移動するというより、渾然一体化することではないか、と。
漢籍に詳しい漱石が、老荘思想に影響を受けぬはずはなく、また仏教にも詳しかったの
だから、これは漱石流の「梵我一如」のことなのではないか、と。

家に着き、ドアを開け、居間に入る。
沙桜を寝かしつけて、そこで本を読んでいた花乃里がきつい表情で
十三に一瞥をくれる。

「なあ、花乃里。What's our fuss about?」

十三が言う。

花乃里は怪訝な顔をして、

「あーた、何言ってんの」

と言う。

「How have we been? もうやめよう。」

「何を。」

「こういう状態。アホくさい。」

「あなた次第でしょう。」

「うん、だから。俺は漱石先生に負けない英文学者になる。」

「はあ?」

「則天去私だよ。」

「何言ってんの。」

「おいで。」

夜は更けていった。


<つづく>






nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。