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蹉跌集め II-8 [小説]

8

ある日MNEMOに見舞客が訪れた。McGuinnessの息子Patだった。
母を失ったというのに、MNEMOのケガのことばかり心配し、母の招きに応じた
ばかりに酷い目に遭ったことを詫びるのだった。

全くそんなことは当たらないとMNEMOは言い、来年の8月にもし反核集会があるなら
ぜひ出たいとまで言った。しかしPatは戸惑いながら、おそらく自分たちのような
市民団体では警備も十分にできないし、不測のことがまた起こってしまう可能性は
否定できないから、企画中止の方向だと言うのだった。

事件のビデオは拡散され、世界中多くの人々がこの反核集会存続を望んでくれているが、
今のアメリカではどんなことがあってもおかしくなく、ましてや、ナチやファシスタと
共に枢軸国として民主主義国家群の連合国を倒そうとした日本への原爆による鉄槌は
正当化されるに決まっているとする者がいまだ数多い中、銃社会のアメリカではこんな
ことが再び起こるのは確実だとすら思えるとまでPatは言った。

「I wouldn't be scared if I should be shot like my motherー」

とPatは言った。

「But I wouldn't be able to stand it if the people I invited to sing or
make a speech should experience such a horrible thing as you did.」

MNEMOはPatと熱く抱擁し合った。
Patは泣きながら、「But I'll never give up」と何度も言った。


Patが帰って、MNEMOは清に言うー

「実はね、Patが企画中止だって言って、ほっとした自分がいるよ。」

「・・・それでいいんですよ。」

清が応えたー
MNEMOの肩に<手当て>しながら。



東京では悠奈が永に電話で訴えていた。

「ねえ、とこちゃん、MNEMOさん、SUBTLYに連帯しよう、ね。
あたしのデビュー・アルバムに急遽連帯の歌を入れようよ!」

「そうね。私もいい考えだと思うわ。でもシングルもアルバムはもう<完パケ>だからね。
どうしたらいいか・・・。」

永はしばらく考え込んだ。

「まずは、悠奈のYouTubeチャンネルに載せたらどう?」

「なるほど。正式リリースというかたちではなくてね。」

「そう。歌、作れる、できるだけ早く。」

「ええ。すぐにできると思うわ。」


悠奈はGaragebandを起動し、リズムを打ち込み、鍵盤を叩いた。
12弦ギターを重ね、そのデータをすぐにスマートフォンへ移し、多摩川へ出て行った。
そのカラオケを聴きながら、10月中旬とは云えまだ暖かい日差しが降り注ぐ中、
上流の方へと歩いて行く。

呼ばれているような感覚があって、狛江高校のグラウンド西端で小道へ入る。
十三が桜の散った頃に歩いた道だ。

悠奈はあのお地蔵様に出くわす。
突然ミレーの「オフェーリア」の絵が脳裏に浮かんできた。

1024px-John_Everett_Millais_-_Ophelia_-_Google_Art_Project.jpg


オフェーリアは花を摘んで、花輪をつくり、カワヤナギ(willow)の木の枝に
それを掛けようとする裡に枝が折れ小川へ落ちてしまう。それでも彼女は己の危険な
状態を感じることができず("incapable of her own distress")に、
服が<浮き>となって、人魚のように川面に漂いながら歌を歌い続けているのだ。

Her clothes spread wide,
And, mermaid-like, awhile they bore her up.

しかし、しまいには、

her garments, heavy with their drink,
Pull'd the poor wretch from her melodious lay,
to muddy death.

服は水を含み、歌を歌う哀れな人を泥塗れの死へと引き込むのだ。


ー悠奈は自分の運命かと一瞬思った。

Go thy ways to a nunnery.

愛するハムレットに「尼寺へ行け」と言われ、動転の極みに達したオフェーリア。
出生の秘密を露にも知らぬまま、ハムレットの突如の変心に喪神するような思いに
なるのだ。

悠奈はMNEMOのブログ記事を思い出す。

http://mnemosyneoforion.blog.so-net.ne.jp/2008-06-11

ヤナギの木ー
ヤナギが強風に吹かれると発する音が「ululate(狼のような悲愴な声で泣く)」という
英語の動詞が意味する音のようだという記述部分が浮かび、
また「sing the willow(失恋する)」という慣用句も口をつく。
狛江の多摩川の河川敷にも数本のカワヤナギが在って、
小田急線の電車が鉄橋を通る時に乗客の目にとても目立つ木立になっている。
その木の下、自分も初夏には涼みながら歌った。

悠奈はフラフラ川の土手へ戻って行き、石の階段を上って、反対側の階段を2、3段
下りて、腰を下ろし、多摩川に向かって歌い出した。

Ululation
That's the right word to describe
the way I'm crying now
Singing the willow
I just hope, no, I want, to survive
holding onto the broken bough

狼の遠吠え
あたしの今の泣きようを言うには
それがふさわしい
愛を失って
あたしはただ希む、いえ、欲する、生きたいと
折れた枝にしがみつきながら


<つづく>




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