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蹉跌集め -56- [小説]

56

MNEMOは翌日SUBTLYの8月に向けた反核・反原発の歌のリハーサルに臨んだ。
スタジオはまたまた宿河原と言っていい場所に在る。

「おはよう。」

いつも定刻10分前には必ず来ているHalに挨拶する。

「ども。」

HalはいつものようにMNEMOをチラッと見て、そう挨拶し、もうセッティングして
あるベースを弾き続けようとした。しかし今回そうはいかなかった。
若く美しい女性がMNEMOと一緒に入って来たのだから。

「初めまして。佐藤悠奈と申します。」

呆気にとられているHal。
そこにドラムスのStickもスタジオに入って来た。彼も驚く。悠奈は再び挨拶する。

「ごめん、どうしてもSUBTLYのリハを観たいって・・・。」

MNEMOが謝る。そして悠奈のことを手短に紹介する。
トリオのスタジオは狭く、悠奈は使われないギターアンプの上に腰掛けた。

I don't blame you for being ignorant
How could I blame you, I'd be so arrogant
But Mr. T
You should never have done that
To a T

MNEMOが歌う。「Mr. T」とはトルーマンだし、トランプでもある。

On August 6, 1945
On August 9, 1945
As planned, hundreds of thousands of people could not survive
Women and children were burned alive
No!

MNEMOの詩はみごとな脚韻を完璧に踏み、歌は鬼気迫る。
Halのうねるベースは、弾く者のクールさに反比例して灼熱を音にする。
Stickのドラミングは原爆を投下され、灼かれた人の鼓動のようだ。

悠奈は強く強く動かされる。

リハ時間が半分経ったとき、<がたい>のいい男性が入って来た。

「おお、どうもHenry、忙しいところご苦労様です。」

MNEMOが言った。
悠奈はこのEUROYのキーボードとヴァイオリンのプレイヤーが途中参加するのを
知らされていた。しかし、「この人がAthenaの作曲者か」と思い、
しばし注目した。

「ども。」

「ども。」

HalとStick、そしてHenryは互いに挨拶した。心なしか皆緊張しているようだった。
MNEMOは悠奈という「藤熊組の後輩」をHenryに紹介した。
Henryは「そうなんだ。よろしくです」と言って微笑んだ。

HenryはSUBTLYの8月プロジェクトに賛同し、協力したいと申し出ていたのだった。
EUROYの活動は長期にわたってなされていない中での話だ。
SUBTLYはどうしてもHenryの上モノ(キーボードやリード楽器など)プレイヤーとしての
力量、編曲能力を必要としていた。もう一緒にやるだけじゃないか、ということだった。
悠奈は固唾を呑む想いだった。

Henryはまずキーボード・アプローチを披露した。
厚みを加えるアプローチというより、音の空間を生かすものだった。
それをシーケンサーに録音して、次にヴァイオリン・ソロを弾いた。
断末魔の人の絶叫の表現として解釈していいのだが、哀しみがあった。
その哀切は、生へのもの、そして人類の愚かさへのものだった。

曲が終わって、SUBTLYのメンバーはみな黙っていた。
すばらしい手応えにみな感動していたから、余計な「音」を出したくなかったのだ。

悠奈も押し黙っていた。
これがバンド音楽というものなのだ、と圧倒されていた。
JAPPSもいいバンドだ。けれども、これが年季、経験というものの差かと思った。
もちろん若々しいからこそのすばらしい音もある。けれども、こうしたシリアスな
音楽では、どうしても音楽のであれ人生のであれ経験を積まねば出ない音がある、
と思い知った。

それは落語に似ていると悠奈は思った。
悠奈は祖父に連れられて新宿末廣亭へ何度も通ったことがある。
若手の落語は元気が良くて、チビだった頃悠奈には十分おもしろかった。
けれど老齢の大御所たちの噺にはついていけなかった。
齢を重ねなければとてもできない演目があることを悠奈が知ったのは15歳くらいに
なってからだった。いわゆる人情噺というのは、才能ある若手でも、逆立ちしたって
並みの老齢落語家には敵わない、と。

リハが終わって、食事をしようということになった。
登戸駅近くの安くてうまい中華料理屋に5人は入った。
ひとしきりSUBTLY & Henryの話が終わって、悠奈の話になり、初老たちはそれなり
デレデレになって盛り上がった。

「あのー、SUBTLYのギグに私、どうしてもジョイントで参加したいです。」

悠奈が決然と言った。

「そのお話はすでにMNEMOさんとさせていただいてましたけれど、
今日はっきりそうしたい、そうすべきだって思いました。」

「いいんじゃないですか!」

Stickが言った。

「僕はまだ悠奈さんの歌は聴いてないけれど、なにしろ藤熊組でしょ。
さらに僕もお世話になったMuzikの後輩でもある。薗畠社長に見初められたんなら、
もう鬼に金棒だもんね。」

悠奈はTwelve Times a Yearをひとりひとりに聴かせる。
HalもStickもHenryも、ひとりひとりパッと表情が明るくなり、
まるで灯火が次々と点るようだった。

「いやあ、いいんじゃないですか!」

同じセリフをStickが繰り返した。むろんトーンはより高めになっていた。

「悠奈ちゃん、それはつまり、JAPPSともタイバンになるのを了承ってことね。」

MNEMOが言った。

「はい。構いません。」

「JAPPSって?」

Stickが訊いた。MNEMOはいろいろと説明をした。

「JAPPSとやるともれなく若い女性オーディエンスがついてくるらしいよ。」

MNEMOが笑って言った。

「悠奈ちゃんが出たら、若い男性ばかりか中年壮年老年の男性ももれなく
ついてくんじゃないの?」

Halがボソッと言った。

みんな大笑いした。


<つづく>




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