So-net無料ブログ作成
検索選択

蹉跌集め -54- [小説]

54

悠奈は薗畠・藤熊との会談の翌日、多摩川・二ヶ領堰の東京側の端で歌を唄っていた。
四月上旬、天気は快晴だった。対岸の宿河原を見つめながら歌うことになるのだが、
視線を川下の方へ移すと、ソメイヨシノとは違う、なにやら奥床しい花色の桜が
見えるのだった。

「MNEMOさんが言ってらした、山桜ね。」

新宿っ子の悠奈は山桜がどんなものかは分からない。しかし、ソメイヨシノなどなかった
古代から、歌詠みたちが愛でたサクラとは山桜のことだと知っていた。たまらなくなって
悠奈はギターを自宅へ置いて、対岸の川崎へと歩いて行った。

土手道を船島神社を下に見ながら過ぎて、木立のあるところへ下りていく小径を見つけた。
木漏れ日差すきれいな木立だ。その真ん中を通る小径を進んでいくと、右側、
つまり多摩川側に山桜が数本咲いていた。

「うわあッ!」

悠奈は感嘆の声を上げた。なんという清楚な佇まいの桜だろう、と。
うつくしく透き通るような若葉がしっかり出て、白にピンクがほんの少しだけ混じった
花が、手毬のように丸く、ふんわりと集まって咲いている。
若葉の色との対象がみごとだ。ソメイヨシノとは趣がはっきり異なっている。

「ソメイヨシノはクローンなのよね。サクランボような実が小さくできるけれど、
それは決して結実ではない。それに比べ、ヤマザクラは個体変異が著しいって。
いろんなサクラと交雑してきたとも。ソメイヨシノのように一斉に咲いて、
一斉に散るということもないんだわ。」

悠奈は節をつけて本居宣長の有名な歌を歌う。

敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花

勇ましいことを言って、大和魂などと言って騒ぐ人たちは、この宣長の歌をどう解釈して
いるのだろうか。悠奈はこの山桜のたたずまいは確かに日本人にとってその心の象徴と
したい花だと思う。

「悠奈ちゃん。」

突然の呼びかけに悠奈は振り向く。

「ああ、MNEMOさん!」

「奇遇だね、と言いたいけれど、今やご近所さんだしね。」

MNEMOが笑って言った。

「それでも奇遇ですよ。」

「そうだね。・・・山桜、見に来たの?」

「ええ。あっちの、ほらあの手すりがあるところで歌の練習をしていたら、
この桜が見えて、たまらず来ちゃいました。」

「そうなんだ。僕はね、今日来なかったら山桜の最高の輝きが見られないなって。
なんだか明日からは花曇りが続くらしいよ。」

「そうなんですよね。」

悠奈はスマートフォンのカメラで山桜を撮影しだした。

「そうだ、どうだったの、薗畠社長との会見は。」

悠奈は撮影をパッとやめて、

「あ、はい、すばらしい会談になりました。ありがとうございます!」

と言った。

「いや、僕が感謝されるようなことではないよ。」

「いいえ、プロデューサーも、事務所もあたしがMNEMOさんの後輩になるんですよ!
すべてはあそこで、あの川原でMNEMOさんと偶然お会いしたからです。」

「うん、でも、ケンスキー君が僕の小説の名前を言ってくれてなかったら、
何にも起こってなかったね。もちろんその前に、いや随分前に、徒然草が吉田兼好さんに
よって書かれていなかったらなかったし、同時代にぼろぼろのお二人があそこで決闘を
されてなかったら、なかったことだったね。」

悠奈はしみじみとした表情で深く頷いた。

「ケンスキー君・・・彼が大きいよ、ほんとに。彼とはね、ずっとメールのやり取り
してるんだ。彼はThe Realm of Athenaのファンになってくれて僕を知った。
だから付け加えれば、あのアニメがなかったら悠奈ちゃんとこうして話していない。」

「本当に不思議ですね、縁て。」

「そのアニメが主題歌を求めていることを知ったのはSomoちゃんていうアニメ監督の
おかげで、そのSomoちゃんと知り合ったのは1984年発売のアニメ主題歌のおかげ、
そしてその主題歌を担当させていただいたのは藤熊さんのおかげなんだよね。」

「遡っていくとすごいことになってしまいますね。その藤熊さんとは、會津の蘆名氏
時代にまで遡るんでしょう?」

MNEMOが笑う。悠奈も笑う。

「ねぇ、MNEMOさん。MNEMOさんは『トーホグマン』で小笹さんのことを書かれて
いますよね。そして実は小笹さんに娘がいて、ささゑっていう竜女で。」

「あらら、悠奈ちゃんも読んだの?」

「ええ。諏訪湖ではすごいことが起こりますね。そして仁科王の謎解き・・・。」

「そこまで読んでた?」

「ささゑってMNEMOさんにとってどんなイメージなんですか。」

「う〜ん。もうだいぶ前のことだからなあ、書いたの。」

「そもそもなぜ鈴木九郎さんに、十二社に関心を持たれたのですか?」

「竜女、蛇女に関心があったからです。あの物語でも書いたけれど、僕は中学生の頃
田舎の山寺の天井に棲んでいたヤマカガシを友人たちと殺めてしまってね。
その負い目っていうのが凄かったんです。祟られる、祟られているって思うと怖くてね。
そして中沢新一さんの『アースダイバー』に出会う。

中沢さんは山梨市の人で、叔父さんは網野史学の網野善彦さんでね。
こちらは同県笛吹の人なんだ。山梨はね、あそこで書いたように、Mooさんていう
安曇野に終の住処を建てた畏友がいて、その方の口利きで大町市へ英語を教えに行き、
さらには松本市に週一回通ってね。山梨、何度通ったかわからんくらいで。
そのたびに、富士や南アルプスに何度も睥睨されて、なんだか縁があるところだ
なあっていう感覚が育っていったのさ。そして源義光、甲斐源氏との縁を知るんだ。

そして途中には諏訪があるでしょう。天竜川は諏訪湖が水源です。
諏訪はすさまじい歴史を有するところでね。縄文人と弥生人が交わり、かつ互いに
最終的には折り合った地です。なぜ分かるか。それは諏訪大社の上社、下社という
分かれ方で判然とするんです。

『天竜』川ですよ。ね。竜神信仰です。諏訪湖の湖底にいる竜神です。
諏訪湖はね、中央構造線と糸魚川静岡構造線が交わるところなのですよ。

竜、竜なんだよ。僕は竜に惹かれてしまうんだ。
俳句は竜胆子って名でだいぶ昔からやっていてね。これは清和源氏の笹竜胆の家紋に
因んでつけたんだ。母方の石川家の家紋でね。

仏教なら龍樹の『空』の理論に惹かれ、小説は根本龍樹で書いているんだ。

だからね、私が唯一好きな東京の繁華街新宿で大蛇となった小笹さんのことを
無視できなかった。僕の田舎ではね、熊野さまが地区の鎮守、そしてお諏訪さまが
町の鎮守なのね。東京新宿に在る熊野様に惹かれないはずがない・・・
こともないか。」

MNEMOがつながりがあるのかないのかわからないような話を大長広舌し終えて、
ハハッと笑った。

悠奈は深く感動していた。


<つづく>



nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。