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蹉跌集め -53- [小説]

53

「平和も歌ってほしいよ、悠奈ちゃん。」

薗畠が続けた。

「僕は長崎の人間だ。終戦時僕は4歳くらいだったけれど、佐世保っていう軍港に
育ったろう、すでに軍国少年だった。戦艦ごっこをすでにやってた。
ある日母が泣いている。どうしたのって訊くと、長崎のじいちゃんばあちゃんたちが爆弾で
やられてしまった、もう長崎には行けなくなったって言うんだね。よく憶えている。
母が泣くのを見るのは初めてだったからね。

戦後、少年になってからは反動でアメリカ音楽にのめり込んでいった。ジャズだね。
そしてプレスリーだ。僕もリーゼントをキメて、W大の頃は勉強そっちのけ、
東京のジャズ喫茶やライブハウスの草創期に関わった。ビートルズが出てきた頃だ。

ポップスはね、本当に平和と一体だ。その平和が失われそうになった時、僕らや少し下の
団塊の世代たちで団結して平和の歌を歌った。僕はゲバんなかったよ、もちろん。
東京の音楽にのめり込む不良学生たちは不良なりに平和を希求したんだ。」

「MNEMOさんが言っておられました。自分は反戦・反核・反原発をそのものズバリで
歌う気はないと。詩歌はプロパガンダじゃないと。」

悠奈が言った。

「そうだね。」

薗畠が首肯した。

「Read between the linesっていうのに堪えられてこそ詩歌だ。」

悠奈は光のForget It Allを思い出した。

「その行間にあるのが、ナルシシズムや性欲や功名心とかだったら最悪ですね。」

悠奈のことばに薗畠も藤熊もドッキリする。

「それでは詩歌とは言えません。」

悠奈は虚空を凝視しながら言った。




JAPPSは幸嗣書き下ろしのScales of Desireのリハに入っていた。

Scales of desire
Come off one by one
Scales of desire
Oh, what have you done?

My inside hurts
So badly I can't stand it
My inside hurts
But you don't care a bit

光が自分でつけた詞を歌う。

「ごめん。」

曲が終わってすぐにケンスキーが言った。

「怨念がこもってていいとは思うんだけどさ、なんか失恋組曲だよね、
前のと合わせて。」

光と幸嗣が憮然とした表情になる。

「いや、それ狙うっていうんならそれはそれなんだけどさ。音楽ジャンル的な対照って
いうことなら、そうなっているんだけど、詩の世界としてもコントラストがあったら
いいんじゃねぇって思ってさ。」

「例えば?」

光が憮然としたまま訊く。

「いや、それを示すのは俺にはむずかしんだけど。失恋の歌2連発って、JAPPSとして
それでいいのかっていうのはあるよ。むろんアルバム単位とかなら大アリだと思うけど。
デモの2曲でしょ。どっちも失恋の歌っていうのは・・・。」

「そうだな、考えてみれば。」

芳樹が言った。

「俺らのバンドとしてのモチーフは恋ばかりじゃないだろう。」

「あのさー」

周平が声を上げた。

「なんか、JAPPSってEagles化してねぇ?」

「え?」

みんながキョトンとする。

「Eaglesってさ、リンダ・ロンシュタットっていう女性シンガーのバックやってたの。
んで、みんなそのリンダに恋しちまってさ。Witchy WomanだのNightingaleだのって
歌作ってさ、みんなでリンダのこと思いながら演奏したんだよね〜。」

みんなは黙ったままだ。

「どこまで彼らのひとりひとりがリンダと発展したか知らないけど、
みんなリンダに気に入られようって必死だったはずだよ。
まるで極楽鳥のオスの求愛ダンスみたいなもんさ。でもリンダは結局カリフォルニア州
選出だったかの民主党上院議員と恋するんだな、これが。」

沈黙がいっそう深くなる。

「俺もさ、悠奈のこと嫌いなはずないよ。あんな才能があってかわいくてきれいな子が
そばにいたら誰だって意識するし、恋もするよな。JAPPSでの存在感を競って、
悠奈にアピールしたいっていう気持ちは誰にもあったでしょ?あったでしょ?」

芳樹とケンスキーが素直に頷く。

「それってバンドの技量発展にはいいことだよ、確かに。でもさ、悠奈に囚われ過ぎては
いけないってことだよな、ケンスキーが言いたいのは。」

周平はそう言って、スティックをクルクルクルッと回した。

「悠奈にアピールすんのやめようよって言うんじゃないんだ。」

ケンスキーが言った。

「でも悠奈モチーフっていうの、ベタ過ぎてさ。2曲カップリングすることもないよ。
幸嗣の曲なら、それこそ宮澤賢治世界を翻案した歌詞とかさ、あるじゃん。」

「トキちゃんそのものの歌でもいいんでないかい?」

周平がおどけて言った。

「古希のトキ ときめくとき 過ぎ去りてー なんてな。」

幸嗣がムッとして、

「だからそのトキちゃんの『欲望の鱗』ってのをもらったんじゃないか!」

「でも、それってトキちゃんの老いの境地でしょ?」

ケンスキーが言った。

「知足のことなんでしょ。なにも悠奈の歌にしなくたって。」

光が下を向いてしまう。

「な。違うこと歌おうよ。世界を目指すんだろ、俺ら。恋の歌もいいよ、もちろん。
でもさ、それだけじゃないじゃん。MNEMOさんらSUBTLYとジョイントすんだろ。
別にMNEMOさんらの反戦・反核・反原発に合わせようとかじゃなくて、
俺らなりの平和のメッセージってありうるんじゃないの?」

JAPPSはその日のリハをその後早々に切り上げて、互いに2曲めをどうするか考えて
くることを「宿題」にした。


<つづく>




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