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蹉跌集め -52-

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「既存の売り出し方はしないよ、悠奈ちゃん。」

薗畠が言った。

「あなたの言語フリーな姿勢をも理解してウチはあなたをやるってこと。
このインターネット時代に日本語に固執するのはかえって愚かな選択肢になりうる。
CDとかのメディアの時代ではもはやないのはとっくのとうに分かっている。
いかにネットで視聴してもらうか、ということだ。そうなれば、世界を相手にするのは、
ネットがそうなのだから当たり前、そのときmultilingualismが武器になる。」

悠奈は大学の大先輩の言に胸が躍った。

「ヴィジュアルが音楽に劣らず大事になる。まずあなたは美しい。大変なメリットだ。
ただきれいなだけでなく、感性と知性の奥深さが伴った美だ。本当の音楽を求める
層には、まずシンガーのたたずまいからそれを嗅ぎ取る。あなたは十分その芳香を
放っている。そして、声、詩の外面を裏切らない深さ、叙情性。これもあなたには
しっかりある。楽曲的なインパクトー 12弦ギター1本というシンプルさが基本というのも
大きな売りになりうる。もちろんすべての楽曲で12弦ギター1本ということではないに
せよ、悠奈=12弦ギターというのは、今までにないtrademarkになる。」

藤熊がしきりに頷いている。にこやかだ。薗畠と事前に話し合っていたのだろう。

「そして、何を歌うかだ。恋の歌は欠かせない。僕が1音楽ファンとしてなら、
偏見とか差別とかではなく、女性シンガーには恋をまずは歌ってほしい。恋は人間の
本質部分のことだ。恋は人間が声を出せるようになって以来の歌の源泉だ。
君の恋の歌にファンたちがあるときは吐息で、あるときは涙で、あるときは笑顔で
反応する。君が現にしている、あるいはしてきた恋そのものを想像するんだ。」

悠奈は唾を嚥下する。

「今の世、ヴァーチャルな女性シンガーでも同じようなことができてしまう。
ヴァーチャルな女性に恋焦がれてしまう者など今や珍しくない。
制作者側の大フィクションに喜んでノセられる。ヴァーチャルがリアルと境界を
なくしてしまうようなことだ。しかし、ヴァーチャルは絶対にリアルには敵わない。
感覚というのは視覚と聴覚だけではない。その他の嗅覚や味覚、そして触覚を
視覚聴覚で想像するしかない。その図式自体は、リアルなシンガーについても同じだ
けれど、しかし、生身のシンガーが日々どこかで暮らし、誰かと付き合い、
だれかに恋をし、笑ったり泣いたり、何かに憤ったり、心打たれたりしているという
事実は決定的だ。ヴァーチャル歌手には絶対にないことだ。そのリアルな生活の中、
そのシンガーはファンのfive sensesにリアルに訴えるんだ。」

薗畠は長広舌になったと詫びながら、焼酎のお湯割りをお代わりした。

「悠奈ちゃんの生身・・・いやらしいことを言うようだけれど、3次元の悠奈ちゃんが
ファンたちにそのres extensa(延長)を常に感じさせていくんだよ。」

「Descarte(デカルト)ですね。」

悠奈が言った。

「そう。あなたというres extensaがいつも動き、いつも<人間している>ことを。
それはまず恋だろう。恋している悠奈を感じさせる音楽とヴィジュアルが欲しいんだ。
いや、手に入れるんだ。」

「私は恋に恋している段階です。」

悠奈があっさり言った。

「まだ子どもなんです。私は恋多き女だって、ある人に言われました。でもそれはいつも
幻想なんです。恋は今までいつも幻想でした。私のTwelve Times a Yearも、想像です。
触発される出来事はありました。けれど、恋に恋する女の歌にとどまっています。」

「それはそれでいんだよ。」

藤熊が言う。

「その恋がリアルになる時をシンガーが焦がれ、歌い、男のファンは悠奈ワールドに
自分こそその恋の相手になるんだと<排他的に>没入する。女性ファンは共感する。」

「そうそう。」

薗畠が頷く。

「悠奈が本当の恋をする日を、悠奈が焦がれ、ファンたちも待望するー
いい図式だよね。」

「結局そんな恋は訪れなかったってなってもいいですね、ずっと売れる。」

藤熊がふざけて言った。

「ひどい、藤熊さん!」

悠奈が笑いながら藤熊の脇腹を押した。
三人の哄笑の声が響いた。


<つづく>






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