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蹉跌集め -47- [小説]

47

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3月も押し詰まった29日、幸嗣はトキの洋食屋にいた。

「トキちゃん、今日はちょっと話し相手になってもらえるかな。」

「まあ、コウさん、どうしたの、あらたまって。」

トキは幸嗣に向かい合って座る。

「俺、実は大失恋したんだ、最近。」

「あらッ!」

「そんでね、あまりのショックで・・・。」

「それ以上言わないでいいわよ、コウさん。」

トキはやさしく言って立ち上がり、冷蔵庫からビールを持ってくる。

「コウさん、これあたしからの快気祝い。」

「え?快気って、まだ・・・。」

「そんなことあたしに打ち明けてくれたんだから、快復よ。」

幸嗣はジーンと来る。
トキはコップにビールを注ぎながら、

「そういうこともあっての人生じゃない?」

と言った。

「あたしなんか何回叶わぬ恋をしたか分かんないのよ。恋っていうか憧れねッ。
でも分不相応だなって、いつも引いてしまうのよ。」

「でも、マスターと出会って、幸せな結婚生活してんでしょう。」

「妥協だよ!」

マスターが厨房から笑いながら叫んだ。
トキはウハハハハと笑って、遠いマスターにゲンコツを見せる。

「お互い、そう思ってんのよぉ。」

トキはビールを注ぎ足しながら言った。

「妥協ってマイナスな感じするでしょ。でも、知足っていうじゃない?
妥協と知足って同じじゃないにしても、とっても近いって思うのよ、この歳になると。」

「名言だな。」

幸嗣がポツリと言った。

「欲はね、これはもう人間には欠かせない。でも、歳をとるにつれて、欲の鱗が
剥がれていく感じなのよ、一枚一枚。その代わり、歯も、髪も、筋肉も、骨も一緒に
剥がれていくのねッ。これが嫌んなっちゃうんだけど、しかたないわね、
こればっかりは。」

「欲の鱗か。」

幸嗣は感心する。

「コウさんはまだ若いから欲の鱗で覆われてて、それはそれで自然でしょ。
その硬さに任せて何かにぶち当たっていくっていうのが青春よね。
でも、ぶち当たって剥がれる鱗もある。それも仕方がない。代償でしょ。
剥き出しになった繊細な部分の痛みが、何かを教えてくれるんじゃないの。」

「どうした、まるで哲学者だな、トキ。」

マスターがまた声を掛けた。

「・・・トキちゃん、やっぱトキちゃんと話してよかった。すげぇ良かった!」

幸嗣がたまらずという趣で叫ぶように言った。

トキは「アラッ、そーお?」という表情をしてから微笑んだ。

「ね、トキちゃん、欲の鱗っていうフレーズ、いただいていい?」

「気に入ったの、コウさん、ミュージシャンとして。」

「うんうん頷く、宇奈月温泉だよ!」

トキが大笑いする。厨房からもマスターの笑い声が聞こえた。


<つづく>




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