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蹉跌集め -46- [小説]

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悠奈は「阿弖流為」での飲み会の後、たった一週間で多摩川べりに引っ越してきた。
父母は最初反対したが、プロのシンガーになる娘が「いい環境で創作したい」と
言う以上、認めざるを得なかった。

藤熊とMNEMOは歓迎会をすると言って再び「阿弖流為」に悠奈を呼んだ。

「マンションは玉泉寺とはこの道を挟んで逆方向、より多摩川に近い方なんです。」

悠奈は「阿弖流為」が面する商店街通りの道を指差して言った。

「ズバリどこかは訊かないよ。」

藤熊が笑って言った。

「川原だとね、本当に宿河原に対面するところが歌の練習とかにバッチリだよ。」

MNEMOが言った。

「僕は夜とかでも歌っちゃうけれど、悠奈さんはそうもいかないよね。でも昼間でも、
アコギ弾いて歌っている若者をたまに見るよ。」

「そうですか。あそこの正に対岸ですか。」

悠奈は少し不安げな表情で言った。

「大丈夫だよ、木野先生がちゃんと悠奈ちゃんにはついていらっしゃるから。」

MNEMOはきっぱり言った。

「そうですよね。」

悠奈はにっこり笑った。


「悠奈ちゃんね、ホムラーとの契約が終わったから、次はプロダクションだけど、
MUZIKっていうところに君を紹介したいと思ってるんだ。そこの薗畠社長に会いに
行きたいんだけど、いつがいい?」

「私はもういつでも。」

「薗畠社長はねー」

MNEMOが言った。

「僕も本当にお世話になったんだ。そうそう、悠奈ちゃんの大先輩さ、Wで。
世界志向でね、僕をニューヨークやロンドンに連れてってくださったし、僕が1995年に
再デビューして、そのアルバムのミックスとマスタリングもロンドンでやらせて
下さったんだ。ミックスはビートルズのプロデューサーGeorge Martin設立の
Airでやらせていただいたんだよ。」

「すばらしいですね!George Martin、私も好きです。The fifth Beatle。」

「おお、いい発音だなあ!・・・聴かせていただきました、Twelve Times a Year。」
苦しくなるぐらい切なくて、よかった。」

悠奈は黙礼した。

「よかったら、悠奈ちゃん、僕が仲間とやってるSUBTLYのギグ、一緒にやろう。」

「ええ、ぜひ!」

「僕ら8月に向けて反核・反戦・反原発の曲をYouTubeに上げるんだ。
その記念ライブをやろうと思ってね。」

「知ってます。私、ぜひジョイントさせていただきたいです!」

「ただね、悠奈ちゃんはまだアーティストとしてのディレクションが定まって
いないから、こんなもうmajorなんてどうでもいいアーティストと
一緒にやってカラーがついてしまうのはどうかっていうのもあるんだ。」

「そうなんだよ。」

藤熊が言った。

「まだちょっとカラーの強いギグとかに参加するのは早いかな。」

「でも私、反原発です。もちろん反核・反戦ですし。」

「うん、そりゃそれでいいんだけど、それをどう訴えていくかについてはstrategyが
いるっていうことさ。」

「だから、SUBTLYのギグもね、そういうズバリのタイトルは打たない。」

MNEMOが言った。

「悠奈ちゃんが出易いようにっていうのもあるけれど、花は秘してこそっていうのも
あったりするしね。もちろん、旗幟鮮明にするべき時はするけれど。」

「・・・分かりました。」

悠奈は得心したという声の響きで答えた。

「でね、藤熊さんー」

MNEMOが続けた。

「JAPPSの連中が一緒にやりませんかって。」

悠奈が顔を曇らせた。

「ああ、そうなんだ。彼らのデモ、聴いたよ。」

「そうですか。」

「いいんだよ、これが。光のヴォーカル、幸嗣のギターなんか鬼気迫って。」

「どんな楽曲なんですか?」

悠奈が恐る恐るというような感じで訊いた。

「タイトルがね、Forget It Allでね・・・ああ、聴く?俺ダウンロード
したんだ、スマホに。」

悠奈は体を強張らせた。それでも聴いてみたいという誘惑も強かった。

If you could read between the lines
You'd run back to me
But you dare not fall for me
Because you're such a fool (fool!)

大サビの、例の「fool」の連呼のところで、悠奈は「ギャッ」と言ってイヤフォンを
たまらず外した。

「聴かなきゃよかった!」

そう言って悠奈は慄いている。

MNEMOがすぐに代わって聴き出した。聴き終わってー

「ベタだな、こりゃ。悠奈さんへの、モロ悠奈さんへのメッセージだ。」

「聴かすんじゃなかったか?」

藤熊がすまなそうに言った。

「いいえ!」

悠奈がきっぱり言った。

「私が返歌するだけです。」

キリッとした目で悠奈は虚空を見つめていた。


<つづく>




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